巫女だから
しばらくガタガタ揺れること、一時間。
街並みは
母国とは打って変わった洋風あればこそのきちっとした町並みに変化していく。
家や建物の連なりに乱れはなく、色合いもバランスがいい。
なんともいえぬ風景がそこに広がっている。
そこから数時間、飽きるだけの正しすぎる繁華街を通ると
「もうすぐですよ」
と、穏やかな口調が声をかけてきた。
「はい」
それにうなずき、前を見据える。
「・・!」
するとそこには、母国のただ広い城とはまったく別種の
広く豪快で壮大な城が在していた。
なんて・・大きいの--。
大きいだけなら圧倒はされなかったかもしれないが、
それ以外の言葉は見つかりはしなかった。
大きい。それだけの言葉で全ては表現できない威圧感。
迫力。豪華さ。偉大さ。古いなんて思わせられない新鮮感があふれ出している。
「ムーンシャーマ王国の姫が参られた、門をあけよ」
馬車を引く馬を操っていた側近は堅い口調で門兵に言葉を投げかける。
「御意!」
キィイイイーーーガラガラガラーー
門が開かれた。
パカッパカッと馬が走り、馬車をガタガタと引いて大門をくぐる。
門を通り、城の入り口に馬車は止まる。
「姫様、到着いたしました。
外にお出でください」
「はい。」
ガラッとドアを開けられて、私はそのまま馬車を降りる。
私は母国の隣国・・サンナイト王国の中心部を見渡した。
白い壁に彩られる金箔。
ステンドガラスの窓には細かく絵が描かれていた。
ガラスに反射する太陽の光から、
ようやく昼を過ぎた肌寒い秋だと感じられる。
「では今から
わが国の第二王子ヴァル殿下と対面していただきます。」
「はい」
「ではこちらへ」
そうして案内されるがままに側近のリドについていった。
カツンカツンカツン・・
足音を立てながらリズム感よく側近が歩き出した。
スタスタスタ
歩きながら城をじっくり観察する。
城の入り口から、紅いじゅうたんが細く長く続いている。
その場を惜しげなく歩いているのだ。
廊下の幅は最初こそ広く感じられたが、
階段を上り、階が高くなるにつれ廊下の幅もそれなりに狭くなっていく。
「殿下の住まうお部屋は東の塔の中階にあります。
中央の塔の中階にもつながっていて、騎士の宿舎にもつながっており
動きやすい場所を拠点としています」
「効率がいい場所ですね そこは。
殿下はかなりの実力者なのでは?」
側近の説明を聞きながら、私は城の見取り図を頭に叩き込む。
かなり広いのはいくつもの塔に別れているかららしい。
けれど、そこから最も効率のいい場所に住んでいるということは、
第二王子といえど、かなりの実力の持ち主なのだと分かる。
このサンナイト王国の城は、
中央の最も大きい塔から四方角に中くらいの塔がそびえたっている。
その四つの中の東が、第二王子にとってもこの国政にとっても
効率の良いと検討されたのが東の塔らしい。
「!姫様は聡明な方だ。
それだけで殿下の実力を測るとは。お察しの通り、殿下は仕事一直線ですからね、
それだけ実戦経験も豊富ですよ。」
側近は一瞬眼をみはったが、それでもゆかいに笑った。
私はそんなに下に見られていたのだろうか。
少しむっとした気持ちが沸き起こる。
「それは噂でも聞きました。他のことには興味がないとか」
「はい。そうなんです。
そこにも眼を向けてくれるよう策を練るのが今では側近の仕事です」
苦笑しながら側近は答える。
言葉からして、あまり側近には仕事が回っていないように思われた。
全部一人でやってしまうのだろう。
自分ひとりで片付けられる、そのほうが早い
とでも思っていそうだ。
「側近もたいへんですね」
「はい、殿下が主だからこそ続けられる仕事です」
側近はややテレ気味に答えた。私はそれを聞いて感心する。
“良い主従関係”
とはこのことをいうのだろうと思った。
「もうみえましたよ、あの部屋の扉が殿下のいる執務室です」
側近が私に声をかけた。
私は顔をあげて、その部屋の扉を見る。
「・・---!」
豪華でもシンプルでもない、光沢された木の扉。
その模様は扉の淵に、
洗礼された技術によって精霊が所々に小さく描かれている。
一見どこの貴族の屋敷にもありそうな普通の扉だ。
いや、“普通”ではなかった。
魔法がかかっていた。
木の模様は扉を飾り立てているが、それだけじゃなかった。
その模様に埋もれる精霊の目には魔法の玉が埋め込まれていた。
強力な魔法だ。
ドアノブにも手が触れる箇所に精霊の模様が刻まれている。
・・最近のものだ。ほんの数時間前のもののような・・。
かなり執拗で厳重に仕掛けられていた。
「殿下、姫を連れてきました。
対面を願います」
側近はドアに近づくが、ドアノブには触れなかった。
コンコンとノックだけして声をかける。
「リド、俺は妃はいらないといったはずだ。
何故今会わなければいけない?追い返せ」
機嫌が明らかに悪い低い声がドアの向こうからした。
開ける気がなさそう。
魔法で開けることすら、おそらくさせてはくれないだろう。
「殿下ーー!仮にも姫の前でなにを!?」
側近が悲鳴のような声を上げる。
「殿下、そんなに妃の存在は必要ないものですか?」
「!お前が妃か」
唐突に発した私の声に彼が驚くを肌で感じた。
「はい。私は貴方の妃となる巫女です。
生涯の伴侶には忠誠を誓います。それでも
殿下には邪魔ですか」
そう、私は巫女だから。
問わねばならない、ーーー生涯の伴侶となる彼の意思を。
「ああ、邪魔だね。
俺にはまだいらない。お前には興味がない。会いたくもない。
そうと分かったら帰ってくれないか」
「・・分かりました。
新しくかけられたドアノブの魔法は、このためなのですね」
ふうっと息を吐いて、言ってやる。
忠誠を尽くさねばならぬ相手に、
即答で拒否されたら、私だって暴きたくもなる。
「!何故、わかった・・?」
驚愕したのがわかった。明らかに声のトーンは上がり、
そして怪訝そうな警戒強めの低い声にかわる。
「殿下は、私か側近の方が
無理にでも貴方に会おうとするのを防ごうとしているのは、
新しくかけた跡のあるドアノブを見て分かります」
「!!」
「しかし、私は殿下の拒絶を受け取りました。
巫女は忠誠を誓うのに相手の同意が必要なので
私はここをでます」
私はここに断言した。
巫女は、神か、生涯の伴侶 に忠誠と身を捧げる。
伴侶は人間としての答えだ。
巫女とは本来、神に仕えるもの。
だから私はーー
「!?」
「姫様!?なにをおっしゃってーー」
側近が私を凝視する。
だが、私は扉に背を向ける。
「殿下は私が邪魔なのでしょう?」
「ああ。邪魔だ。俺に妃などいらん。
出て行くなり勝手にしろ」
「ならば、私は、神の下へ参ります」
そうして私は歩き出した。
「ちょっと待ってください、姫様、神の下ってどこへー・・!」
側近が道を阻んだ。
「どこって・・神山に決まっているでしょう。
別に死ぬわけではありません。」
淡々と私は答える。
「!!しかし何故ーー!」
「何故って、巫女だからに決まっています。
そこを通してください」
「だめです!姫様がいなくなったら
困るでしょう?貴方の国もこの国も!」
側近は取り乱していた。
かなり焦っているようだ。
だが、国のことを考えているなら、私は止められない。
「母国の王は、私ごときがいなくなったところで困りはしません。
私をもともと追い出したかったのですから。」
「っ!?」
側近が動揺した。知らなかったらしい。まあそれもそうだが。
けどチャンスだ。ここからたたみかけよう。
「こちらの国は・・殿下がいるなら大丈夫でしょう。
心配しないで下さい。私がいないだけで
この二国間の国交は途絶えることはないです。
では」
「待ってください!姫様!」
「側近である貴方に止める手立てはないです。
私を捕らえたいなら、神か殿下でも連れてきてください。」
「!!」
「神のご信託か、殿下の本心が私を必要とするなら、
私はここへ戻りましょう。
側近のリドさんでしたか、あなた方部外者には私は捕まりません。」
私はそう殿下にも聞こえるように言う。
私なりの配慮だった。いや、皮肉ともいうべきか。
そして巫女の呪文を唱えはじめる。
「我、念ずる場所へ飛ばせ、テレポート」
ヒュンッッ
そうして私はその場から消えた。
魔力の大半を使って移動に集中する。
ヒュヒュッ、
ーーーーーーーーーーーーシュタンッッ
「ーーふぅ。待って、いてください・・神様。
今、貴方の下へ・・、まいり、ます」
乱れた呼吸が、白い息を空に吹きかける。
目の前には、誰も侵したことのない領域が広がっていた。
その最深部には、私の向かう神山がそびえたつ。
私の下り立ったのは、二国の北の国境に在る
未開の地。