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仮称α

作者: 三等兵P

「お兄ちゃん……怖いよ、もう帰ろうよ………」


間もなく日が沈む時刻、ボロボロになった生徒は立ち入り禁止となっている旧校舎に怯えて兄の腕を掴む天城藍菓あまぎあいかが言う。


「制服なんてまた買ってもらえるから………」

彼女は14歳としては平均的な身長、体重、体型であり髪も黒で肩まで右に流したサイドテールが目立つくらいだが今は若干人目を引いていた。

それもそのはず、彼女はここの学校の制服ではなくジャージ姿であったからだ。

「いや、コイツを痛い目に遭わせないとな………藍菓を犯そうとした罪は重い」

「いや、ただ覗いただけですから痛っ!」


「減らず口を叩くなゴミ野郎。社会的に死にたいか、それとも旧校舎に隠した藍菓の制服を持ってくるか早く決めろ」


藍菓の側にいる2人の男子。

黒髪のセミロングが映えるやや背の高い1人は天城紅亜あまぎこうあ

17歳で、言うまでもなく藍菓の兄だ。

文武両道であり、なかなかモテる口だが本人は恋愛沙汰には鈍く誰の相手もしない。

さらに角張ったコバルトブルー縁の眼鏡が不届き者を見据える眼光を鋭くしており、睨まれる側にとってはまさに災難だった。


そんな生徒会長のような男子の横には裁判所に引っ立てられる容疑者のように腰に紐が巻かれ、後ろ手に縛られている髪の毛が赤と青のツートンカラーの不良、毛藤練滋けふじれんじが立たされていた。

紅亜と年は同じだが身長が10センチ以上低いため彼から見下ろされている。


「だぁかぁらぁ、オレッチはのぞ痛っ!」


典型的な変態で、体育をしていた藍菓の着替えを旧校舎に隠し、下着姿を見ようとしたが妹から制服が無いと連絡を受けた紅亜が急行、ドアのガラス窓から覗いていた練滋にドロップキックを敢行した。

ドロップキックは練滋の脇腹にクリーンヒット、そして今に至る。


「わかったよ、取ってこればいいんだろ!」


「そう、取ってこれば…………いやダメだ。このカスは藍菓の制服で何するか分からないからな」


実は紅亜は俗に言う「シスコン」が若干入っているため妹の事になると暴走気味になる。


「さあ毛藤なるゴミ野郎、藍菓の制服を取りに行くぞ」


紅亜は練滋に付いている縄を引っ張り、無理やりに旧校舎に引きずり込んだ。


「痛い、痛い、離せよっ!」


練滋は抵抗を試みたが先程紅亜に蹴られた場所が痛んだため引きずられるままに闇が支配する旧校舎へと引きずり込まれていった。





冬の日没前だからか旧校舎内は下駄箱置き場を除いて殆ど真っ暗であり、懐中電灯で照らさないとおちおち歩くことすらままならない。

さらに旧校舎は12年前の事故で閉鎖されてから手入れされていないため木製の床は風雨に晒されて至るところが劣化し、あちこちにネズミや虫が住み着いている。


言わば自然のお化け屋敷みたいなものだ。


だが紅亜はその不快な闇を恐れることなくLEDライトを取り出し、白い光で闇を照らす。


「おいゴミ野郎、どこに藍菓の制服を置いた?」


「けっ、自分で探すぎょえぇぇぇぇ!!」


あくまで非協力的な態度をとる練滋。

それに不快感を覚えた紅亜は紐を持ったまま練滋を突き飛ばし、更に引っ張ってヨーヨーのように弄ぶ。

当然、練滋には縄が食い込んで激痛が与えられるため、彼は絶叫する。


「いだだだだだ!!ごめんなざい!三階の、更衣室に、隠したから、ゆるじでぐれぇ!」


被害者で、見ている藍菓が同情する程紅亜にいたぶられた練滋はあっさりと隠し場所を吐いた。


「よし案内しろゴミ野郎、裏切ったら板の切れ目に突き落とすからな」


天城紅亜・藍菓兄妹は縛られた練滋を盾にして腐りかけた階段を上り、LEDライトの光で穴や腐りかけの床を回避しながら行く。

因みに旧校舎はよく不良の肝試し会場となっているためその一員である練滋は旧校舎の構造をよく知っていた。

更に練滋は不良なためナイフやドライバーなどの工具を持っていた。

これは不良が通行不可能な通路や場所を開拓するために必須の装備だ。

それを紅亜は押収し、今自らが使っている。


落ちている木材を拾って穴を塞ぎ、危ない場所を潰しながら3人は進む。






「ここだ、俺が隠した場所は」


練滋は縛られて盾にされながらも藍菓の照らすLEDライトに合わせて先頭を歩き、20分程かけてついに彼の隠した女子更衣室に辿り着いた。


「藍菓、俺がコイツを見張っとくから着替えてきな」

「えぇ………怖いからイヤだよぅ……後で着替える………」


「分かった、早くしないと日が暮れるぞ?」


藍菓は頼れる兄の視線を背中に受けながら女子更衣室に入り、置かれていた自らの制服を取った。






更衣室は窓が無いためLEDライトが無ければ真っ暗。

故に怖がりの藍菓は早々に退散した。




「天城閣下、大きなトイレに行きたいであります!」


「黙れ、穴に突き落とすぞ」


「お兄ちゃん、可哀相だよ……」


無事に制服を回収した天城兄妹だが、最後にとんでもないオチがついた。

練滋がトイレに行きたいと言い出したのだ。

幸い女子更衣室の二つ隣には男子トイレがあるため距離的には問題は無い。


「………はあ、分かった分かった、早よ行け。三分間待ってやる」


腹を捩って苦しむ人間は見苦しいと考えた紅亜は練滋の縄を解いてトイレに行かせてやることにした。


バタン。



ジャー、ジャー!!


ガラガラガラッ!!





しばらく、静寂が支配した。




「………もう三分」


だが、個室に入る音がしたため大と見当をつけた紅亜。

(仕方ない、もう少し待ってやるか………)





またしばらく静寂が旧校舎内に満ちる。

微かに聞こえるのはグラウンドで練習に励むサッカー部員の濁声だけ。






「………もう七分。遅い。アイツは何をやっている。藍菓、もう戻ろう」


「置いてけぼりは可哀想だよ………いつものお兄ちゃんはそんなことしないのに……」


「俺だって早くここから出たいんだよ。しかもアイツは不良。今頃窓から逃げ出してることだろう」



結局、侃々諤々の議論で三分を更に費やしたが一向に練滋は出てこない。



ようやく藍菓も練滋が逃げた事に同意、帰ろうとしたその時、


「………アアアァァァァァァァァァァ………」


という女が低く呻くような正体不明の声が2人の耳に届いた。


方向的には、






先程練滋が入っていったトイレからであった。



「逃げるぞ!」


「うにゅぅーー!!」


逃げるとなれば2人の足取りは軽く、腐りかけの階段を渾身の力で踏み抜き、ちぎれかけた手すりに身を預けて逃走、後ろから迫り来る影などお構いなしに旧校舎一階から飛び出した。



「はあっ、はあっ、逃げ切ったか………」


「やっぱりお化けがいたの…………」


「あなた達、どこから出てきたの!白状なさい!」


やっとこさ旧校舎を脱出した2人に迫る少女。

正直一般の生徒からしたら、こっちの方が正体不明の声より怖いと感じるかもしれない。


「はいはい、『十戒石板』こと桜木か。毎日生徒会のお仕事熱心だな。少し休んだらどうだ?」


まだ荒い息をしながらも紅亜は目の前に立つ黒髪で眼鏡をした少女に言った。

彼女は生徒会長の桜木柚梨菜さくらぎゆりな

中高一貫学校一規則にうるさく、紅亜がつけた徒名は『十戒石板』。

ちょうど主要な校則が10個あり、彼女はそれを徹底する事に熱心なため彼がそう名付けたのだ。


「そ、そうね………って話を逸らさないの!全く、あなたって人は!!」


あからさまにツンデレタイプだが実は『十戒石板』こと桜木は紅亜に片想い中であり、あまり彼に厳しいことが言えなかった。


「と、とにかく、あなた達のことは日誌に書いておきます………」

「困るなぁー、俺、怒られちゃうよー」


だが紅亜は狡猾だった。

彼女の片想いを悪用して自らの悪事をもみ消そうとしているのだ。


「あーヤバいなー、」





「………やっぱ書きません」


――勝った。

彼はそう確信した。


「だけどあの凄まじい悲鳴は何よ、まるで断末魔みたい…………」


「てか俺らもその断末魔聞いて逃げてきたんだから詳しくは分からん」


確かに、2人は断末魔のような声が聞こえるや否やピュッと逃げ去ったため正体が何なのかは知らない。



「………ちょっと見てくるから、日誌の管理お願いしてもいい?」


だが彼に関係ないことの仕事に関しては熱心なため、旧校舎の見回りも熱心にこなしている。


「はぁ…………」


だが紅亜の返事を待たずに柚梨菜は紅亜に生徒会日記を渡すと旧校舎へと入っていった。



「勘違いしないでっ!これはれっきとした生徒会のしごとだから!それに………な、何かあったら連絡するから!」








彼女が旧校舎に突入してから一分後、


「あ、携帯を図書室に忘れた。これじゃ連絡が取れないな」


さらっと深刻な事を言う紅亜。


「もうっ、お兄ちゃんしっかりしてよ!いくら藍菓の貞操のピンチだからって携帯を忘れちゃダメ!!」


ジャージ姿の妹に叱られる紅亜。


「………すまない」


「藍菓が取ってくるからお兄ちゃんはそこにいて!」


だが兄の為に携帯を取りに行く藍菓。


「図書室の自習室の一番奥にあるから、なるべく早く頼む!」


ジャージ姿でドタバタと校舎内に入ってゆく藍菓に紅亜は叫ぶ。

藍菓も大してしっかりしていないことは彼は百も承知のためだ。





しばらくは紅亜はグラウンドで練習に励むサッカー部員達をぼんやりと眺めていたが、やがてその先の校門に何やら頭が金色だったりレインボーだったりする変な人間の集まりを見かけた。

その集団は何やら凄まじい形相で紅亜やサッカー部員の方に近付いてくる。


「おるぁー!レンジ某はどこだぁ!!」


「あー…………」


紅亜はそいつらに見覚えがあった。

前に練滋が手を出した女の彼氏でそれが隣町の不良の総長だった事くらいしか記憶はないが。

その時に紅亜も総長とは知り合っている。

だが不良がいるのは何かと面倒だと感じた紅亜は、


「おーい、総長だったっけ?」

と呼びつけ他人に危害を加えないようにする。



「おぅ、天城じゃないか。久しぶりだな」


「そういや隣町だからあの件以来だな。で、また練滋と女沙汰か?」


あの件とは、練滋が総長の彼女をナンパし、それでボコボコにされた事件である。

最初は紅亜が練滋と勘違いされて襲撃されたが手下を数人同時に倒し、更に練滋を総長に引き渡したため総長とは知人の間柄となっている。


「そうだ、だから乗り込んできたんだよ!で、レンジ某はどこにおる!?」


「………本当のこと言うぞ、旧校舎だ。あいつめ、今度はうちの妹に手出しおったからボコそうと思ったんだが奴は旧校舎に逃げ込みやがった」


一部ホントで少しウソだが彼は気にしない。


ちなみに旧校舎といえばこの学校のある県全体で心霊スポットとして有名なため流石の総長も一瞬不敵な笑みが引きつったが、


「おもしれえ、行ってとっちめて全裸で逆さ吊りにしてやろうぜ、なあ子分ども!」


「「おおおぉぉっっ!!」」

やはり彼らは荒くれ者、まるで海賊か山賊かのようなどら声でそれに応える。


「早く行かないと逃げるぜ奴は、逃げ足だけは無駄に素早いから」


「だろうな」



そうして総長と鎖鎌や鉄パイプを持った愉快な仲間たち10人は雄叫びを上げながら勇躍旧校舎へと突撃していった。



柚梨菜が突入してから10分、隣町の荒くれ者が突入してから6分、制服に着替えてきた藍菓が紅亜の携帯を持って旧校舎前に帰ってきた。


だが、紅亜は旧校舎前にはいなかった。


「あれ、お兄ちゃんは………?」


辺りを見回すが誰もいない。

藍菓が携帯を取りに行く少し前までいた柚梨菜すらも。


「もう………トイレかな………」





その時、




「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


という凄まじい悲鳴が旧校舎から響き渡る。




「えっ、何何!?柚梨菜先輩っ!?」



藍菓は旧校舎の中をチラリと覗いた。


だが日は殆ど暮れているため中の様子は全く分からない。



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



するとまた凄まじい悲鳴が上がり、大気を震わす。


今度は男の声であり、それも複数の声であった。



(……怖いよ、お兄ちゃん早く帰ってきて……)




そう祈る藍菓であったが五分待てども、10分待てども見るだけで安心できる自慢の兄、紅亜は表れない。




それからしばらく断続的に悲鳴は上がるが、やがてある時刻を境にピタリと止んでしまった。




だが紅亜は大をしているのか、日が暮れきっても彼は現れず、逆に誰も旧校舎からは出て来ない。


(どうしょう………柚梨菜先輩もレインボーヘアの人たちも出てこないよ……柚梨菜先輩………何をしてるんですか………)




ここで藍菓に1つの疑問が出来た。


「…………ひょっとしたら柚梨菜先輩、レインボーヘアの人たちに襲われているんじゃ!?」




そう思うといてもたってもいられない藍菓であった。

「助けに行きたいけど………怖い……」



「でも行かないと柚梨菜先輩が………」








ちょうど都合よくライトは手元にあった。


旧校舎の地図も。


これで行くなと言う方が無理な話だった。


「………柚梨菜先輩、今行きますからね……」







日は既に暮れているため旧校舎は真っ暗であり、闇を照らす光は手元にあるLEDライトの白く強烈で、しかし照らす範囲は狭い光線だけだ。



下駄箱を通り過ぎ、廊下に差し掛かる。

藍菓は先程紅亜に言われたように床を照らしながら慎重に進む。


旧校舎の中は湿っぽく、時折床を虫が数匹這っていた。


悲鳴はもう聞こえないため手当たり次第に探すしかない。




藍菓は一階の廊下を端から端まで往復するが人間はおろか、めぼしい手掛かりすら見つからない。




というより扉の大半が開かないのだ。

窓は曇りガラスのため中の様子も分からない。





ギギィ………。



「??」



ダメ元で扉を引っ張る藍菓だが、それは吉と出た。



扉は軋みながら開き、新たなる道を指し示す。



その先には階段があった。ただLEDライトの光ではそこまで照らせず、暗い闇に包まれたままだったが。



「行くしか…………ないよね……」




藍菓はこれまで以上に慎重に進み、階段に差し掛かった。



ギシッ。


ギシッ。


ギシッギシッ。



ギシッギシッ


ギシギシ。


ギシギシギシッ。





13段の階段を降りると、LEDライトの明かりに照らされて鉄製の頑丈そうな扉が暗闇に浮かび上がった。


(この中にいるのかな…………柚梨菜先輩……)



藍菓は少し錆の浮いたドアに耳を押し当て、中の様子をうかがう。




だが、物音は聞こえない。



(よし、勇気を出して…………)



藍菓は扉のノブを回し、ゆっくりと鉄の扉を開く。



ギギギギギ…………




少しずつ軋んだ音を立てて開いていく扉。


中からは鼻をつくような悪臭が漂い、藍菓も顔をしかめるがここまで来たなら彼女も躊躇わない。




だが次の瞬間彼女の後ろからいきなり腕が伸びてきてノブと藍菓の手を掴み、扉をバタンと閉めた。



「何をやっている藍菓!そんな所を開けるな!!」


一秒後に聞こえる聞き慣れた声の叱責。


「お兄ちゃん………」


「全く、ちょっと来てみろ!」


その紅亜の顔には驚きがあった。


そして手を握られて階段を上らされ、一階の廊下にある直径2メートルある大穴へと連れていかれる。




「ちゃんと穴はライトで照らせとあれほどいったのに」


紅亜は自らが左手に持つライトでその大穴を照らす。




「!!!!!!」


穴の中の様子が明らかになるに連れて戦慄する藍菓。


そこは昔実験室でも有ったのだろうか、理科室のような机が並んでおり、その脇に割れたビーカーやら試薬の瓶が転がっている。



そこからは未だ煙が少し上がっており化学反応が続いてる事を物語っている。



そして………



「お兄ちゃん、あれって………毛藤……さんだよね!?」



転がっていた人体。


それは人体模型ではなく行方不明となった毛藤練滋が無惨な姿で倒れていた。



その強い酸に触れたであろう黒ずんだ体は否応無しに藍菓に嫌悪感を生み出す。

「ねっ、お兄ちゃっ、死んでる、」


突然の発見にパニックを起こした藍菓。



だが妹の悲痛な叫びを無視するように更に紅亜はライトを動かし、さらなる死体を照らし出す。


それは女性であった。


穴から落ちたのか、両足があらぬ方向に曲がっていたが性別までははっきり分かる。



「いやあぁぁぁぁあ!!柚梨菜先輩いぃぃ!!」



だが泣き喚いて死者が蘇る訳ではない。


その事実を紅亜は妹に示していた。



そして照らし出された場所に更なる死体が机の上に折り重なっている。


今度はあの不良集団であった。




レインボーの髪の毛やそばにある鎖鎌などの武器からそれと分かるだけであるが。





「いいか藍菓、よく聞け。お前が今開けようとしたのは12年前に事故を起こした旧化学実験室の扉だ」


「えっ………」


藍菓もその事故については知っていた。

だが、その部屋はコンクリートで埋め立てられたと学校の歴史には書いてあった。



「藍菓、よく考えろ。自衛隊の化学防護部隊が匙を投げた場所に建設会社の社員が入れる訳がない。だいたい硫酸硝酸を筆頭としてありとあらゆる毒物が気体液体問わずに充満する場所にコンクリートを流し込んだらどうなる?」


ここまで言われると藍菓も理解しだした。


「でもお兄ちゃん、人の声がするんだよ……」


「それは比較的新しい死体の喉を気体が通れば音は出る」


「鼻をつくような嫌なニオイ………」


「有害な化学物質は大抵臭い」


「水の滴るような音…………」


「薬品がたれてるんだよ」






しばらく、静寂が支配した。



「さ、藍菓。ここから出よう」


紅亜が声を出したのは数分経ってからであった。



「うん…………」



と言うなり紅亜は妹を置いて外に向かって歩いていく。


たちまちライトを消していた藍菓からは姿が見えなくなっていった。



「待ってお兄ちゃん、置いていかないで!!」



藍菓は慌ててライトを点けると兄の後を追いかける。

だが、追っても追い付かず、遂には旧校舎の玄関から出てしまった。




「おお、無事でよかった天城くん!旧校舎に入ったと通報があったからどうなったのかと心配だったんじゃ」



外には、校長や教頭、さらにはパトカー一台がいて何やら物々しい雰囲気であった。





「藍菓、藍菓っ、無事で良かった!!」


そう言いながら駆けてくるのはついさっきまで一緒にいたはずである兄の紅亜。


「え…………」




もしやと思った藍菓は後ろにそびえる旧校舎を振り返って見た。




そこにも紅亜の姿があった。



そして今彼女の手を握っているのも紅亜。



「あ…………お兄ちゃんが2人…………」




だがその旧校舎にいる紅亜はすぐさま光となって消えてしまい、妹を抱きしめている紅亜には見えなかった。



後に藍菓は知ったが、それは生き霊というものらしい。



そして藍菓が入ろうとした旧化学実験室には一酸化炭素や硫化水素が充満していて、扉を開けただけで即死するレベルだったそうだ。

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