閑話 見習い騎士のつぶやき(後)
我々は騎馬で城を出発し、捜索の途についた。すでに隊長の耳には、アンセルたちを乗せたと思われる馬車が向かった先に、賊の拠点の一つがあるという情報が届いているらしかった。そのほか目撃情報などをもとに、しばらくは順調に距離を重ねた。
が、道が大きく二つに分かれる地点で、立ち往生することになる。このあたりで目撃情報も途切れているうえ、片方の道の先にはかつて別荘として使用されたという城跡が、もう一方の道の先には古い砦があり、そのどちらもが拠点の一つである可能性が高いというのだ。
結局は二手に分かれて進むことになるのだろうと思いながらも、いったん馬からおりて、方針決定までごく短い休息をとることになった。
ふと顔をあげると、砦に続く方の道の先で、副隊長が小石のようなものを拾い上げているのが見えた。副隊長は隊長のそばに戻ると、青緑色のその小石を掲げて見せた。
「それは城の・・・裏庭の、敷石か。さて、こんなところに落ちていたのは、故意か、罠か、それとも幸運な偶然か。おまえ、どっちに行きたい?」
隊長に問われた副隊長は、躊躇なく砦に続く道の方を示した。すると今度は隊長が、躊躇なく声を張り上げる。
「よし、休息は終了だ。そこの二人、この場に残って正騎士団一班および補給班の到着を待て。残りの者は、まずは砦をめざす。もたもたするなよ、さあ、続け!」
こうして砦に到着する頃には、先行した副隊長の姿は見えなくなっていた。
砦はもぬけの殻で、ただしつい最近まで複数の人間が寝起きしていた痕跡があった。
さらに、砦のまわりに広がる森がとぎれたところで、盗賊騎士と思われる男が二人、倒れているのが発見された。崖に飛び込んだという、アンセルの行方は分からなかった。が、倒れていた二人はどちらも揃って、息はあったが組織への忠誠心などはなく、さほどの苦労もせずに、首謀者の居場所などを吐かせることができた。本拠地のおおよその地域は推測どおりということだったが、これで具体的な場所がほぼ特定可能になる。
その二人からさほど離れていない場所で、第一隊の面々が息をひそめるようにして同じ方向を注視していた。もしや最悪の事態かと皆の視線をたどったところ、気を失っているらしいティリアという娘と、彼女を腕の中におさめた副隊長の姿を目にすることになったわけだ。
おれも見守る皆の輪に混じって、同じく息をひそめた。
しばらくして、いったん大木の背後に身を隠した(?)副隊長がようやく姿をあらわす。
安堵のため息を漏らす皆に頓着することもなく、副隊長は隊長にむかって頷いてみせた。
それをみとめた隊長が皆に向きなおると、立ち並ぶ隊員の真ん中あたりを無造作に指し示した。
「これより先、二手に分かれる。こちらの班は、残念ながら、俺について帰城する。そちらの班は、正騎士団と合流、賊の本拠地に向かう。指揮は副隊長がとる。何か俺に報告すべきことがある者はいるか?」
二人の盗賊騎士のことについては、当然報告はなされている。あらためて挙手するものはいなかった。それを確認すると、隊長は遠征班の方を見渡した。
「皆も聞き及んでいるだろう、本拠地に出入りしているのは、潤沢な資金でやとわれた騎士崩れの者が中心だ。武器の密造基地もかかえ、刀剣類や火薬の扱いに慣れた人間が多いだろう。ここに油断してかかるような者はいないとは思うが、とにかく――皆、さっさと仕事を終えて、無事に帰ってこい。以上だ」
言い終わると同時に、隊長は副隊長の方に視線を送った。副隊長はかすかに頷いた。
おれは、「残念ながら帰城」班の方だった。本当に残念だと思うと同時に、ごく適当に分けられたように見える二つの班が、ちょうど同程度の戦力となっていることにあらためて気づく。
敵の本拠地と目される場所まで、行って帰ってくるだけでも一日がかり。先発隊として、まずは首謀者をおさえて摘発の目処をつけるところまでとしても、王城付近でも不穏な動きがみられるこの時期に、近衛隊の二本柱がガン首そろえて王都を離れるわけにいかないのだろう。
いい加減、地面におろせばいいのにと思っているのはおれだけではないだろうが、娘を軽々と腕に抱いたままの副隊長は、帰城する隊長の方に近づいた。
が、急に方向転換すると、なぜかおれのほうに向かってくる。とうとう目の前で立ちどまった副隊長の無言の意図および圧力を察し、おれは恐るおそる娘の身体を受け取った。
おまえなら無害だと言われているようで複雑な心境だったが、さらに、気を失っているはずの娘まで、まるでおれに渡されるのは嫌だというように顔をしかめた。
少しだけ泣いてしまいたいような気がしたが、仕方ない。
これはおれに対する副隊長の信頼のあかしのはずだと、自分を納得させた。