表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

結実(5)


 今度ははっきりと、聞こえた。薄暗い木々の向こうから、馬が駆ける足音、高くいななく聲、近づく枝葉のざわめき。

 とがった葉をつけた若木の枝が、ひときわ大きく揺れるのが見えた。差し込む光の中で塵あくたが舞い上がり、きらきらと粉雪みたいに降りそそぐ。


 森をなぎ払うようにして現れた馬上の人は、非現実的なほどくっきりと、切り取られたような姿をティリアの目に焼きつけた。

 そのときすべてがティリアから遠くなる。錆臭い血の匂いも、追い詰められる恐怖も、自分の肺があげる悲鳴も。

 ただ鮮やかな存在に目をうばわれる。

 ――ああ、なんてきれいなんだろう。

 冷たい夜色の瞳は、今も静かに燃え立っている。ふり乱された無駄に豪華な銀の髪が、王冠みたいに額を飾る。身体の輪郭の線は、今にも仄青い火花を散らしそうに鋭い。

 十年前のあの日みたいに、惚けたように、ティリアは見ていた。


 コルウスが馬から飛び降りる。馬がティリアの横を走り抜けていく。ティリアはコルウスの存在を確かめたくて、彼に向かって腕を伸ばす。

 そうしながら、いつも、同じだ、と思っている。


 会うときはいつも、怒っているのだ。それでも、こんなに、会いたいと思ってしまう。


 伸ばした腕がもう少しで届くというとき、彼の右腕が弧を描くように動くのが見えた。すぐ後ろでひどく現実的な鈍い音がして、背後に何かが転がった。

 それを振り向くこともせず、投げ出すようにしたティリアの身体は、奪うように抱きとめられた。

 渦巻く空気の中心にいるみたいだと思いながら、背骨をしならせて絡めとられたままのティリアの耳元に、しごく冷静な声が何かをささやきかける。

 飽和したようなティリアの意識には、そのささやく声がよく届かない。

 何?、と、くちびるだけを動かして問い返した。

「息、吐いて」

 ――息? 息・・・って何を言ってるんだろう、こんなときにこの人は、他に言うことはないんだろうか。

 と思ってからティリアは、息を吸い込んで吸い込んで、吐きだすのを忘れていたことに気がついた。子どもの頃、発作を起こしてこんな風になったことがあったのだったと、頭の隅で人ごとのように思い出す。


 細く長く、吐きだす息に、会いたかったのですとうわ言めいたことばが紛れ込む。自分を包み込む空気がそのとき、やさしく緩むのが分かって、それから――抱きすくめる腕の確かな存在を感じながら、絶体的な安心感の中で、ティリアは自分の意識がばらばらと剥がれ落ちる音を聞いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ