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日常と少しの非日常(16)


 自分が巻き込まれた事件について、記憶のかぎりをアルデアに伝えた後、ティリアは三日程度の安静を言い渡された。それは施療員の指示でも作業室長の指示でもなく、王女命令ということだった。

 もう明日からだって作業に戻れるし、むしろ早く戻りたい。そう思ったティリアだったが、命令とあっては従わないわけにいかない。しかも、これまた王女命令で、施療室ではなく、王宮の端に位置する部屋で休養するように言い渡され、現にゆったりとした寝台に横になっているところだった。

 付き添いなのか監視なのか、部屋の扉の横にはお仕着せ姿の娘が一人、無表情なままで立っていて、それも何となくティリアには気づまりだった。


 結局のところ、今回の事件は、身の代金目的の王族拉致未遂と推測されているようだった。警備の手薄な剣技大会の日が狙われたわけだ。実際、隣国でも王族の一人がさらわれて、金品が要求される騒動があったばかりだという。

 ティリアが王女と入れ替わっていたことについては、当然のことながら、危険を察知していたがための替え玉か、という見方をする者もいたらしい。が、最終的には、王女のいつもの型破りな行動が偶然に功を奏した、というあたりに落ち着いたようだった。

 アルデアの話では、何らかの理由で王女(に扮したティリア)を城外へ運び出す計画が頓挫したか、あるいは人違いだと気付いたかで、誘拐者たちはティリアを置き去りにして逃げたのだろうという。それ以上の話はアルデアもしなかったし、ティリアも聞こうとは思わなかった。

 ティリアが意識を取り戻すまでの間にみていた夢は、淡い印象を残すのみになっていた。その中で、荒れた手だの捨てるだのということばの欠片が記憶の網目にひっかかっていたから、あんがい王族にあるまじき手の荒れようが、人違い発覚のきっかけだったのかもしれない。


 寝台に横たわったまま顔の上に両手をかざすと、少しの誇りといたわりをもって、ティリアは荒れた手を静かに眺めた。

 彼女自身にはお咎めも、もちろん逆に褒美もなく、安静の期間が終われば作業室の日常に戻ることになる。雑用であれ何であれ、仕事に携われることの幸せが身にしみて、再び羊皮紙を手にするときが待ち遠しかった。

 そのうえ、先ほどまで見舞に来てくれていた作業室長のアンセルは、仕事に戻り次第、良いことがありそうだとほのめかしていった。どうやら、自分のペンを持てる日が近いらしい。

「ああもう、迷惑かけてばかりだ」

 ひとりごちて、熱心に話を聞きつつ今後のことなど気遣ってくれた、室長の穏やかな顔を頭に思い浮かべた。上長としてしばらくの安静のことを聞き及び、様子を見に来てくれたという室長は、のんびり剣技大会を見物していたことをしきりに気にしていた。

 思えば、街で物盗りに襲われたとき、王女の御前で木炭をぶちまけたとき、そして今回のことなどなど、自分が見習いとして作業室に入ったばっかりに、室長には迷惑をかけどおしだった。

 こんな状態のままではひどすぎる、今まで以上に仕事に身を入れなければ・・・そんなティリアの決意は、しかし乱暴に扉が開けられる音によってさえぎられた。


 開いた扉から姿を見せたのは第二王女のオルキア姫で、その腕にはたくさんの花を抱えていた。後ろにはいつもの女官がいて、携えてきた大きめの花びんを横のテーブルに置いている。

 慌てて寝台から出ようとしたティリアを身振りで制した王女は、無言のまま、抱えていた花々をティリアに差し出した。

 花たちは摘まれたばかりなのか、しっとりと霧をまとっているようだった。寝台に身を起こした姿勢でそれを受け取ったティリアは、王女の白い指が植物のアクで汚れているうえ、トゲでも刺さったのか、新しい傷ができているのに気がついた。

「この花・・・オルキア様がご自身で摘んでくださったのですか」

 王女は不機嫌そうにティリアの顔を見たが、その眼はいかにも泣いた後のように赤かった。うかうかと捕まってしまったせいで、一介の見習いごときをずいぶん心配してくださったのだろう。

 もちろん、ティリアとて自分の身はかわいい。それでも、この華奢な肩にたくさんのものを背負った意地っ張りな方が、麻袋につっこまれたり、それ以上の目に遭わされたりせずによかったと、つくづく思う。

「オルキア様。たくさんのお花をありがとうございます。それから、捕まってしまってすいませ」

「だーかーら。なぜあなたが、謝るのよ」

「ふっ」

「・・・チッ」

 いつもの調子でティリアの謝罪をさえぎった王女に思わず苦笑いすると、舌打ちでかえされた。

 そんな王女の様子に、ティリアの心もほぐされていく――さらわれたといってもかすり傷程度で済み、意識を失っている間に危機は去っていた。それでも安全な寝台の上にいる今でさえ、思い出せば鋭い恐怖に心が持っていかれそうになったし、紙一重の幸運がなければ自分の命は・・・と悪い想像をせずにいられなかったのだ。

「とにかく、三日間はのうのうと安静にしているのよ。分かったわね?」

「はい。ありがとうございます」

 自分は幸せだ、とだらしなくゆるんだ顔でティリアが礼をいうと、何ともいえない表情の王女は女官とともに部屋を出て行った。

 寝台から――あらたまって礼の姿勢をとれば嫌がるだろうと思ったので――それを見送ったティリアは、花に顔をうずめてさわやかな香りを楽しんだ。それから、女官が置いていってくれた花びんに活けようと、花を抱えるようにして立ち上がる。


 と、もどかしげなノックに続いて、再び乱暴に扉が開けられる音がした。

 王女が忘れ物でもしたかと扉の方を見やると――そこに見えたのは王女とは似ても似つかない人だった。

 入口のところに控えていた付き添い(または監視)人が、凍った視線を浴びせられて、あたふたと一礼すると、あっさり部屋を出ていってしまった。むしろこういうときこそ、この場にいて欲しかったのに。


 ――やはりというか何というか、ティリアに向けられているその顔は、静かに怒っているように見えたのだった。



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