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日常と少しの非日常(14)


 裏庭の隅にひっそりとたたずむ女官とおちあい、導かれるままに歩いていくと、王宮の裏と思しき場所に入口らしきものが見える。当然そこにも衛兵が立っているのだが、事情を知っているのかいないのか、女官が近づくとなんということもなく二人を通してくれる。

 さらに女官の後について人気のない廊下を右へ左へと折れながら歩くことしばらく、二階にあがると、ようやく目的の場所に着いたようで、女官が扉をノックして押し開く。


 中に入ると、その部屋は別の簡素な部屋へと続いており、そちらには、寝台と、水差しにカップ、盥、薬瓶といった、いかにもな病人看病セットがのった小さなテーブルがあった。

 そしてテーブルの横に置かれた椅子には、くつろいだ様子で下働きの少年――の格好をした王女が座っていたのだった。

 そのような装いもなかなか似合ってるな、などと呑気に考えていたティリアは、女官が手にしているものを見て、なけなしのモチベーションがダダ下がりになるのを感じた。

 女官がティリアにむかって差し出したもの、それは見るからに上質な布地を使ってつくられた、ティリアの外出着よりも立派な部屋着だった。いうなれば、体調のふるわない王女が部屋でお召しになるような。


「いろいろ誤解がありまして、オルキア様は現在、かるく謹慎中の身でございます」

 にっこり笑顔でぐいぐい部屋着を押しつけながら、女官が言った。

「こちらの部屋は、いくつかある王女のお部屋のうち、ごく軽い風邪などをおめしになった場合にお使いになる場所なのです。本日、体調のふるわない王女は、一日この部屋で静かにお過ごしになる予定です」

「なるほど、なるほど。ところで急用を思い出しました。帰らせていただいてよいでしょうか」

「さて、と。ご安心なさいませ。この私めがあなたの支度をお手伝いしますから」

 さらりと無視されたティリアがすがるように王女を見ると、彼女は楽しげな顔でこちらを眺めている。そしてその、楽しそうなお顔はやはりとても愛らしいのだった。


 抵抗をあきらめたのを見てとったのか、ティリアにステキきわまりない部屋着を押しつけると、ブラシだの香油だのよくわからない何かだのを両手に抱えて、女官がにじり寄ってくる。

 ――そう、さすがにティリアにも分かった。本日の自分の役割は、恐れ多くも、変装してお出かけの王女様の身代わり、つまりはアリバイづくりをすることなのだと。

 目を宙に泳がせながら、ティリアは、夜会用のドレスなんかを着せられるよりはマシだと自分に言い聞かせ、続いて、どんなことにも多少の利点を見つけられる自分を誇りに思おうとしてみた。できなかったが。


 そんなことを考えているうちにも、女官によるティリアの身支度は着々と進んでいる。部屋着への着替えはもちろんのこと、適当にたばねていた髪は丁寧にくしけずられてふんわりと編まれ、顔はごしごし擦られてから、香りのついた水だか油だかを擦り込まれる。

「あら、まあ・・・。なんというか、私の腕にかかれば、思った以上に見られるようになるものでございますね」

 そう言って女官が王女に扮したティリアを鏡の前にひっぱっていくと、少年の格好をした王女が隣りに並んで立った。映し出される像はぼんやりしたものだったが、鏡越しにティリアを見る王女は満足そうだった。

「あなた、ぽさっとしているわりに、姿勢や立ち居振る舞いには幾ばくかの品があるのよ。どこかで行儀見習いでもしていたのかしらね」

 確かに伯父の家でそんなようなことをさせられたこともあったが、それを言ってもなんの得にもならなそうなので、黙っておく。

 そして、ティリアも認めざるを得ない。王女との雰囲気や顔の造作の違いは明らかだから普段は気がつかないが、背丈、目の色、髪の色、といった部分部分だけを見てみると、意外にも二人の間に共通点は多いのだ――うっかり誰かに見られても、遠目ならごまかせる程度には。

 ちなみに、王女の瞳は紫がかった高貴な青で、ティリアの瞳は深い青。王女の髪は金茶色で、ティリアの髪は母親ゆずりの栗色。母親のそれよりだいぶ明るい色合いの髪は、光が当たればまあ金茶に見えないこともない。つまり、王女のパーツを少しずつ残念な方向にずらしたのが自分というわけだ。

 そんな内心の葛藤に気づくはずもなく、王女が少年めいたしぐさでティリアの背中を軽くたたく。

「では、わたくしの代わりにお留守番をお願いするわね。なるべく早く帰ってきてあげるから、おとなしくしているのよ。そうそう、あなたがわたくしをあんまり心配するといけないから、衛兵を一人連れていくことにしたわ」

「それは・・・いろいろとご配慮いただきまして、ありがとうございます」

 ・・・ほかに何と言えただろうか。


 王女が姿を消した後、王女以上にはりきった女官から簡単なレクチャーを受ける。王女と行動を共にするのはうっかり騙された衛兵の一人らしいが、女官には女官の役割があるらしく、この部屋にはときどき様子を見にくるだけだという。

 そして、正面の扉の外で番をする衛兵には、王女は機嫌が悪いから、な・る・べ・く 誰も通さないようにと指示してあるため、た・ぶ・ん 女官以外にこの部屋に入ってくる者はいないはずだ、とのこと。時おり小さな物音でも立てて在室を印象付けるほかは、布団をかぶって寝ていればいいから ら・く・し・ょ・う、らしい。


 説明を終えた女官も出ていき、一人になると、既にどっぷり疲れたティリアはさっそく布団にもぐりこんだ。

 ぼうっと天井を見上げながら、王女が楽しい時間を過ごせますように、そして自分の役割が平穏無事に終わりますように、と祈りはじめるティリアだった。




 どのぐらい時間がたったのか。女官から差しいれられた昼食を少しつまんだ後、再び一人とろとろとまどろんでいたティリアは、窓の方からコツコツという小さな音が聞こえたのに気付いて目が覚めた。

 たしかここは二階だったはず。怪訝に思いながら身を起して窓の方を見やると、背景の空はもう暮れ始めている。何かがちらりと動いた気がして視線を送ると、手すりにとまってこくびを傾げる、一羽のハトと目があった。

 なんだ、ハトが窓をつついたのかとほっとしてティリアは立ち上がった。そういえば、手紙を運ぶハトというのが存在するらしい。王女ならそういうハトの一羽や二羽を、手なずけていても不思議ではない。むしろ、ありそうな話だ。

 裸足のまま、ハトをおどかさないようにゆっくりと窓に近づいた。


 それは静かにカギを外し、窓を開いた瞬間だった――黒い人影が部屋の中にすべり込み、ティリアの口に布が押し当てられる。とっさに足を蹴あげたが、人影は小声で罵りのことばを吐くと、逆にティリアのみぞおちに拳を突きいれた。

 布には何かの薬が染み込ませてあるのだろう、痛みより先に意識が暗くなっていく。

 ――後悔もと暗し。あ、違うか。


 とにもかくにも、たとえ靴の爪先に石を仕込んでいたって、裸足じゃ何の役にもたたないのだと妙に納得したところで、ティリアは完全に意識を手放した。




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