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日常と少しの非日常(13)


 くどいようだが、オルキア王女の微笑みは凶器である。

 あの凶器に立ち向かえる者がこの世にいるだろうか、否、いるはずがない――ティリアは敗北感でいっぱいの心を抱えて、一人とぼとぼと裏庭を歩いていた。



 本日、筆写官をはじめとする作業室などの仕事は、公休日とされていた。王城の競技場で伝統ある剣技大会がとり行われるため、祝日に準じた扱いになっているのだ。

 この剣技大会はその昔、土地の女神に捧げられた競技であったらしい。その名残りか、勝者に祝福を与える女神――オルキア王女の姉姫、第一王女がこの役割を演ずる――以外の女性は、女人禁制のため場内に立ち入れない。しかし城で働く男性たちは、室長クラスは招待されて席がもうけられるし、それ以外は立ち見ではあっても、試合の様子や美しくしつらえられた席に座る王族の姿を見物できる。だから、この日は多くの男が競技場へむかう。

 では、たまの休日を楽しむ城の女性たちはどうするかというと、街へ繰り出すか、王都に家があれば短い里帰りか、競技場の壁にはりついて窓口から中の様子をうかがうか・・・三番目を選ぶ人が結局は一番多いのだが、だいたいこの三通りのいずれかの過ごし方をすることになる。


 ティリアはそのいずれでもなく、普段できない朝寝坊をして、それから調べ物や植物のスケッチをして充実した休日を過ごすつもりでいた。

 だから、朝方は宿舎でのんびりと惰眠をむさぼっていた。がしかし、そこはかとなく異常な気配を感じて飛び起きてみれば、すぐ目の前に寝起きにはまぶしすぎる代物――極上の微笑みを浮かべた王女のお顔があったのだった。

 微笑む王女に「ちょっとしたお仕事」をお願いされて――お願いといっても事実上の命令ではあったが、拒否すればきっと無理強いはされなかっただろう。だから、頷いてしまったのは、結局はティリア自身の意志なのだが・・・

 眠気がすっかり吹き飛んだ頃には、目の前には王女から説明をバトンタッチされたいつもの女官がいて、指定の時間に指定の場所で、女官さんとこっそり待ち合わせを約束させられていた。待ち合わせ後に、ごく少数の者しかその存在を知らない秘密の入り口から、王女の居室に向かうのだという。

 なんでも王女には行きたい場所があるらしい。例によって厨房係の娘が、剣技大会でアルデアが模範試合をすると騒いでいたから(ちなみに厨房係は公休扱いにならないという)、王女が行きたい場所とは競技場ではないかとなんとなく想像できた。

 それなら協力するのはやぶさかではないが、ティリアには自分の役割がよく見えなかった。王女も女官もはっきりとした説明をする気はないようで、それは信頼されていないからというよりも、このいたずら(?)が発覚したときに、ティリアに大きな責任を負わせないようにするためだろうという気がしていた。こういうひねくれた優しさを見せられてしまうとなおさら、断るに断れない。


 それにしても、夜の庭園で捕獲されたあの日から、まだ十日ほどしか経っていない。であるのに、「こっそり」だの「秘密の」だのという時点で、理由はどうあれロクな「お仕事」でないことは確定だ。

 これを知ったら、また怒るんだろう。それとも呆れて見離されるか――怒るであろう人の顔を思い浮かべそうになって、ティリアが慌ててぶんぶんと頭を振ると、嫌そうな顔をしてこちらを見ている女官と目が合った。

「もっとシャキッとしてくださいな。ではまた、後ほど」

 女官はそう言うと、王女につき従ってティリアの部屋を出て行った。

 その時点で、指定の時間まで、もうあまりのんびりしている余裕はなかった。身支度を済ませると、せめて少しだけでも草花を眺めて休日気分を味わおうと庭園に出たものの、さすがに気が乗らない。

 というわけで、結局あきらめて裏庭にまわると、指定の場所をめざしてとぼとぼ歩きだしたのだった。



 いざ探し始めると見つからないのに、探していないときにはいくらでも見つかる。そんな世の法則を思い起こしながら、いつだったか靴に仕込む石を探していたのも、たしかこの裏庭だった。

 俯き加減で歩いていたティリアは、今まさに、爪先に仕込むのによさそうな石を見つけた。今となっては仕込む気などなかったが、小路の端にひっそりと落ちている小石の手前で足をとめると、思わず拾い上げた。

 そもそもその石に気がついたのは、青緑色の小石が多い中で、その白い色と、平べったくきれいな楕円の形が目立ったからだった。重さを確かめながらひょいと裏返すと、何やら子どもの落書きのような、文字のようなものが描かれている。

 ふと何かを思い出しそうになったが、その何かはシャキッとしろよと眉をあげる女官の表情のフィードバックに押し流され、そっと石を元の場所に戻した。

 足を速めたティリアの耳に、自分が踏みしめる砂利の音が、奇妙に大きく響いた。




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