閑話 二人の会話
ところで。
アルデアの娯楽といえば、この友人をからかうことである。
しかしたいへん残念なことに、いつもどこか我関せずな風情のこの友人、人に弱みを見せるような可愛げはないのであった。よって、からかいのネタ探しには常に大きな困難が伴うことになる。
――品行方正、無駄に冷静。技においては、精鋭揃いといわれる第一隊にあっても一、二を争う。アルデアの友人にして、右腕でもあるこの男。
ところが最近、どうやらアルデアは、彼をからかうのに絶好のネタを掘り当てたらしかった。
「ちゃんと渡してきてやったぞ。毛を逆立てた猫みたいに警戒してたけどな」
心なしかもの問いたげな様子を見せる友人に、アルデアはなにげない調子で声をかけた。
まあ、品行方正だ冷静だと言ったって、要は、精神的な引きこもり男だったのだ、こいつは。
いや、我ながらうまいな、今の表現。
「だが、なかなか楽しい時間ではあったよ。おもしろい娘だよな」
言ったとたんに相手から殺伐とした空気が流れ出て、アルデアは内心のわくわくを隠すのに苦労する。
「なんだ、気に入らないんなら、自分で渡せばよかっただろう」
「・・・」
「だいたいな、何に使う道具かって聞かれたぞ」
「・・・道具、と言えないこともない」
真顔でそう言ったコルウスに、アルデアは少し呆れた顔を向けてやった。とりあえず、自分もほぼ同じセリフを口にしたことは棚に上げておく。
「あのな。手荒れに香油と手袋って、指にトゲが刺さった奴にトゲ抜きを渡す感覚なのかもしれないが。少なくとも俺も周りの人間も、おまえから道具ひとつもらった経験はないけどね」
「隊の連中は、トゲ抜きなど使わずに抜いてるじゃないか」
「はあ? そういう意味じゃなくて・・・」
「冗談だ」
「・・・おまえは。そんな悪い子に育てた覚えは無いぞ。とにかく、俺の親切な忠告を聞け。相手は若い娘なんだから、もう少し可愛らしいのを選ぶのが常識というものだ。手袋の大きさだって、自分と同じで良いわけないだろう?」
「・・・そういうものか」
「というか・・・なんだ、落ち込んでいるのか」
ああ、なかなか不憫で楽しいな。
珍しい反応を示した友人に、アルデアは生温かい目を向ける。
だいたい今までが、こいつは欲も執着も無さ過ぎだった。
認めるのは癪ではあったが、そのあたり、自分とこの友人とは少し似ている。誰かに言われるまでもなく、周りに与える印象が対照的だったとしても。
「まあ、そんなに心配するな。失敗から学べるのが人間というものだ」
自分たちのような仕事をしていれば、欲も執着もない奴ほど早くこの世を去る傾向にある。それは困る。
だからせいぜい、意地汚く執着すればいいのだ。モノにでも、人にでも。
「俺もだけどな」
「何が?」
「いや、何でもない」
花には水を、蝶には蜜を、俺には娯楽を。まあ娯楽以外に欲しいものがないでもないが、それはこの男には関係のないこと。
やや悄然としているように見えなくもないコルウスの背を一つこづくと、アルデアはいつものように歩きだした。
第一隊の隊長と副隊長がただならぬ雰囲気で密談。なんと、あの冷静な副隊長を落ち込ませるほどの凶事が勃発したらしい・・・
そのときの二人の様子をめぐってそんな噂がかけめぐり、一部の近衛騎士を恐慌に陥れたという。が、当人たちは知る由もなく。
冷えた空気に冬の名残を、ぼんやりと霞む遠い空に春の気まぐれを、どちらを多く感じとるかは人それぞれの、曖昧模糊とした季節を王都は迎えていた。