第十四話:生命
「―――――~~~♪」
俺の背中からなんとも幸せそうなハミングが聞こえてくる。
エリシアが歩けないと主張し、仕方ないので背負っているのだ。
……まぁ、俺にも責任があるのは認めるわけで。
ちょっと少しの間だけエリシアを撒いて一人になりたいんだが…。
俺は、てきと~に屋敷を歩き回りながらエリシアに話しかけた。
「エリシアー、どこまで運べばいいんだ?」
「……えっと、私の部屋まで……」
途端に背中の空気が重くなった。まだ降りたくないらしい。
……むぅ、仕方ない。
「なぁ、一緒に庭でも散歩するか?」
「――――はいっ!」
エリシアの顔が輝いているのが目に浮かぶようだよ。
まぁ、なんか背中にいい感触があたるし、別にいいか。
我が家の庭はなかなか豪華である。
貴族だから当然ではあるのだが、母さんが庭が好きなのだ。
花壇には色とりどりの花が咲き誇り、ベンチが置いてあったりして母さんと父さんが座ってイチャイチャしてるのを子どものころから何度も見ている。
何故か和風の池があったりするのだが、父さんの趣味らしい。
池の中をエリシアと一緒に覗き込むと、亀が2匹で仲良く泳いでいた。
「和風です……懐かしいですね?」
エリシアが小首をかしげながら問いかけてきて、俺は苦笑した。
「前世って懐かしいってレベルなのか謎だけどな」
「ふふっ、そうですね~」
と、エリシアの視線がベンチの方に向かってから、俺を見て遠慮がちに口を開いた。
「あの……アル?」
「りょーかい」
どうせベンチに座りたいのだろうと、答えを聞く前にベンチにエリシアを下ろしてやり、俺もエリシアの左側に腰を下ろした。
エリシアは不思議そうな顔で俺を見ている。
「(こういうところは)アルはすごいです…!」
「なんか心の声が聞こえた気がするんだが。エリシアが分かりやすいだけだぞ」
「でも、アルに分かってもらえるのはうれしいです…」
エリシアは本当に嬉しそうにそう言うと、遠慮がちに肩を寄せてきた。
俺も少し肩を寄せてやり、手を握ってやるとエリシアも握り返してきた。
……穏やかだ。
夏の強過ぎる日差しは、ベンチの脇に植えられた木にほどよく遮られ、俺とエリシアを柔らかく照らしている。肩と手の温もりも心地よく、思わず眠くなる……。
………
俺は少し寝てしまったようだ。目を覚ますと、右肩のあたりが微妙に重い。
「すぅ……」
俺の右肩にもたれかかったエリシアが安らかにお眠り中だった。
(寝たの朝だしなぁ……。まぁでも、チャンスだな)
俺は、隙があり次第なんとかしようとポケットに忍ばせておいたものを左手で取り出した。
取り出したのは曇り一つない、綺麗な白銀色の金属だ。鉱山でエリシアの固有魔法が直撃したあたりに落ちていたもので、これで何をするかというと――――。
俺は寝ているエリシアの左手をそっと持ち上げると、その薬指に金属を当て、魔力を流して呪文を唱えた。
「我が意に沿いて、姿を変えよ―――! <リファイン>!」
金属は、透明な光を放ちながら形を変えつつエリシアの指にはまり、エリシアの左手の薬指にぴったりな指輪になった。よし、成功。
そっと引き抜くと、エリシアが身じろぎした。
「……いやぁ…」
その寝言に、「実は起きてるんじゃないか、コイツは」と思ったが、規則正しい寝息をしていることから、どうやら寝ているっぽい。
ふっふっふ、いきなり指輪を渡されて驚くエリシアの顔が目に浮かぶぜ…!
まぁ、本音を言うと喜ぶ顔が見たいのだが。
そもそも鉱山に行ったのは綺麗な鉱石を使って指輪を作ろう!
と思ったからだったりする。エリシアはお見合いが嫌なのかと思って、告白することに決めたのだ。今思うと完全に酔っ払いテンションだったような気がするがまぁいいや。結果オーライで。
起きる気配が無いので、俺は適当に<天照>に書いてある紋様をアレンジしたものを指輪に彫り込み、なかなかいい感じに仕上がった。
…なんか、<天照>の紋様が昨日までと違う気がするが、気のせいだろうか?
いや、なんか<天照>と<月詠>を足して2で割ったような感じな気が…。
まぁ、気にしても仕方がない。サイズ違いの自分用も作ってから、俺も日向ぼっこに興じた。
…………
傾きだした日が俺の顔に当たって目をあけると、新緑の瞳が俺を覗き込んで微笑んでいた。いつの間にか俺は横になっていて、頭は何か柔らかいものを枕にしていた。
「アル、おはようございます」
「んぁ~、何で膝枕?」
欠伸をしながら問いかけると、エリシアの瞳に不安そうな色が見えた。
「…いやだったです……?」
「む、大満足かな」
俺は苦笑しながら起き上がり、エリシアの頭を撫でた。
エリシアは気持ちよさそうに目を細めながら言った。
「えへっ。アル、そろそろ戻ります?」
「…その笑い方珍しいな」
「ヘンです…?」
「……可愛いよ」
俺が立ち上がると、エリシアは何か期待するような目で俺を見てくる。
…さすがにもう歩けるだろうに。
仕方がないので手を差し出してやると、エリシアは顔を輝かせて俺の手を掴んだ。
夕日の中、俺とエリシアは手を繋いで並んで歩き、屋敷の周りを一周してから中に入った。
特にすることもないので、二人であてどなく歩いていると、赤ん坊の泣き声みたいなのが聞こえることに気づいた。俺とエリシアは顔を見合わせ…。
「……まさか?」
「……まさかです?」
二人で手をつないだまま勢いよく走り出した。
母さんの寝室をノックすると、父さんの声で返事があって中に入った。
部屋に入ると、母さんが赤ん坊を抱いて微笑み、父さんが俺とエリシアを見てニヤリと笑った。
「わぁ……!」
エリシアは早く行きたいみたいだが、手を離す気はないらしく、遠慮がちに俺の手を引いて急かしてくる。俺は苦笑して小走りで父さんの隣に立った。
母さんは赤ん坊を愛しそうに抱え、顔を輝かせているエリシアに微笑んだ。
「エリー、妹ができたわよ~! ふふっ、もう大丈夫でしょ?」
そう言って、母さんは俺に意味ありげな視線を送ってきて、エリシアがあたふたし始める。なんかあったのか?
「母さん、どういうこと?」
「ふふっ、エリーがね、妹だとアルをとられちゃうんじゃないかーって心配してたのよ」
「お母さん、言っちゃだめです…!」
……いや、別にいいんだが。
「…まぁ、世話とかはけっこう好きだが」
「……そ、そうですよね…?」
エリシアはなんとも微妙な表情になった。若干心配そうである。
母さんがそんなエリシアと俺を見比べて笑った。
「でももうエリーにぞっこんでしょ?」
「……否定はしない」
「――アル……!」
エリシアは恥ずかしがりながら喜ぶという、なんとも器用な顔になった。
その後、リリーとシルフと兄さんも呼んでみんなで赤ん坊を眺めて和んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
おまけ。料理コーナー
「おっしゃーーー! 準備はいいか、野郎ども!」
「よっしゃーーー! ものすごく不安だぜ、兄さん!」
兄さんと俺が雄たけびを上げ、包丁を振り上げる。
「私も不安です……」
「大丈夫、私に任せて、エリー!」
「料理なんていつぶりでしょうか♪」
先が思いやられるという表情のエリシアと、根拠のない自信がみなぎっているリリー、そして実力未知数のシルフ。
そう、動けない母さんのために晩御飯をつくるのだ―――――!
本日の調理人ステータス
リック兄さん age 16
Lv:1
包丁 80%
味覚 5%
味付け -70%
盛り付け 60%
知識 20%
スキル <悪夢の味付け>全ての料理に補正-50%
<紅蓮の料理人>火を使う料理に補正+20%
アル age15
Lv:12
包丁 85%
味覚 90%
味付け 70%
盛り付け 50%
知識 80%
スキル <脱線料理>気分で違うものを作ってしまう。
<隠し味・鷹の爪>スパイス使用補正+20%
エリシア age15
Lv20
包丁 90%
味覚 90%
味付け 90%
盛り付け 50%
知識 70%
スキル <一途> アルに作るとき補正+10% それ以外-10%
<肉焼き名人> こんがりなお肉が焼きやすくなる。
リリー age15
Lv:22
包丁 80%
味覚 60%
味付け 80%
盛り付け 80%
知識 90%
スキル <お菓子か破滅か>お菓子以外を作ると補正-50%
<隠された真実>味が見た目に反映されない。
シルフ age?
Lv:40
包丁 95%
味覚 85%
味付け 90%
盛り付け 30%
知識 80%
スキル <失敗製造機>とんでもない失敗を連発する。
<意外な真実>意外と上手くいく。
「そんなわけで、料理開始だっ!」
兄さんの掛け声で料理開始だ。
兄)「おおっ、なんか今日は調子がいいぞ!」
アル)「くさっ、兄さん! なんか変な煙でてる!」
エリ)「アルにおいしいって言ってもらうんです…!」
リリ)「お兄ちゃんを私の料理でギャフンと言わせてあげるわ…!」
シル)「てへペロッ☆ 砂糖と塩を間違えちゃたけど大丈夫ですよね♪」
全員)「「「「「かんせ~い!」」」」」
兄)「よし、まず俺が作ったのは――――!」
アル)「はい次~! 俺はカレーライスだっ!」
エリ)「おいしいです…!」
リリ)「むぐぐ、やるわねお兄ちゃん!」
シル)「さすがご主人様ですね♪」
兄)「お~い…もしも~し」
エリ)「私は普通にパンを焼いてみました!」
アル)「ん、美味しい」
リリ)「もぐもぐ……エリーは相変わらず流石らねぇ」
シル)「これを作ったのは誰だっ、料理長を呼べ~♪」
兄)「あの~みなさん?」
リリ)「私はパフェを作ってみましたっ!」
アル)「これでお菓子以外だったらどうしようかと思ったぜ…」
エリ)「いくらでも食べられそうです」
シル)「やっぱり女の子として甘いものは欠かせないですよね♪」
シル)「私は謎のスープです♪」
兄)「…ざわ…ざわ……」
アル)「自分で謎って言ってる上に色が黄色いんだけど……」
エリ)「ア、アル! これ美味しいです!」
アル)「なん…だと・・・!?」
リリ)「くっ、私の同類だと思ったのに!?」
兄)「…ざわ…ざわ…」
結局、兄さんの料理が食べられることはなかったという……。