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銀雷の魔術師  作者: 天城 誠
第六章:放浪編Ⅱ 
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第九話:洞窟の光



「ご主人様、目を開けてください――――!」


「ダメ…、目を覚まさない! よ~し、お目覚めのキッスをしちゃうぞ♪」



「―――――ハッ!?」


 なんかシルフがとんでもない事を言っているのに気づき、飛び起きるとシルフの顔が目の前にあった。シルフも俺が目覚めたのに気づき、楽しそうに笑った。


「……計算どおりです♪」

「…ほんとか?」



 周囲を見渡すと真っ暗だった。相変わらず魔力濃度が高く、魔力探知はつかえない。<アイテール>で照らせないかと思って手を伸ばそうとしたが、シルフが俺の手をやんわり掴んで止めた。



「…シルフ?」

「ご主人様はもう限界です。私がなんとかしますから、大人しくしていてください」



 シルフは俺を安心させるように微笑んだが、そのとき俺はおかしな物を見た。

 いつもなら実体化してもマナの塊であることには変わりなかったシルフの頬が切れて、血が流れていたのだ。



「……シルフ、血が流れてるぞ。治療しないと」

「え? うふふっ、驚くより治療優先ですか。流石ですね」


 俺はシルフの頬に手を当て、治癒魔法を発動した。


 高濃度の魔力に浸かりすぎた俺の体は治癒魔法を拒否してしまうが、他人に掛ける分には問題ない。魔法の発動に使った左腕が痛んだが、それだけだ。



 治療が終わると、シルフは薄く微笑みながら立ち上がった。


「ありがとうございます、ご主人様。よーし、シルフ頑張っちゃいますよ♪」

「ああ、頼むよ」




 俺は近くに落ちていた岩に手をつき、激痛をこらえて立ち上がった。

 シルフはきょろきょろとあたりを見渡していたのだが、その表情は硬い。


「どうした、シルフ?」

「……そんな、こんなことって……。<ウイング>!」



 突如、周囲に無数の赤い目が現れ、シルフが飛行魔法を発動。

 俺たちが急上昇すると、俺たちのいた場所に3方向から虹色の毒液がかかる。



「――――んな!?」


 俺が今まで見た中では、<キメラワーム>の分体が紫の毒液、本体が虹色の毒液だった。

 それが3方向――――まさかっ!?



 ジグザグに飛びながら上を目指す俺とシルフを追って次々と毒液が放たれる。

 と思ったら、上から紫の毒液が滝のように降ってきた。



「――――くっ!?」

「まだです! <ストームディフェンサー>!」



 俺とシルフを囲うように竜巻が現れ、毒液を弾き飛ばす。

 上に先ほどいた通路が見え、俺とシルフは通路に飛び込み、そのまま上に行く道を目指して飛び続ける。

 しかし、不気味な地響きが幾つも追いかけてくる。




「―――シルフ、さっきの何だか分かるか!?」

「<キメラワーム>の母親と子ども2体! おそらく上に出現したのは父親です!」



「――――くっそっ! シルフ、俺が弾幕を張る!」

「ダメです! 体が崩壊を起こしかかってるんですよ!?」



「……まだ持つ。どっちにせよ、このままじゃ――――<サンダーボルト!>」



 父親<キメラワーム>の本体、巨大なサソリのようなものが俺たちの後ろに出現し、猛然と追撃してきたのだ。<サンダーボルト>が顔面に直撃するが、構わず突っ込んでくる。



(――――分体が減ってる…! 残り8体!)



 シルフに吹き飛ばされたときに根元から千切れ飛んだものもあったが、やはり誰かきている。一瞬、さっきの崩落でも大丈夫だったか心配になったが、それどころではないと思い直し、左手で<キメラワーム>に狙いを定める。



「殲滅の雷弾よ、炸裂せよ! <サンダー・ディストラクト>!」



 俺の左手からバランスボール大の雷弾が放たれ、<キメラワーム>の背中に直撃すると、炸裂して雷を撒き散らした。脆くなっていたのか、分体の触手が4本砕け散る。



「グギョァァァ―――――ッ!」



 <キメラワーム>は痛みに耐えかねたのか、動きが止まった。

 しかしその時、シルフの声が響いた。



「―――――そんなっ!?」



 つられて前を見ると、違う<キメラワーム>が回り込んでいた。

 が、幸いにも右に分かれ道があり―――――。



 その道に入った俺とシルフは、行き止まりに行き着いてしまった。





 シルフの顔が固く強張り、上に向かって真空波を飛ばすものの、崩れる気配はない。

 俺も<天照>を引き抜き、振りかぶった。



「<白夜>!」



 <天照>は目も眩むばかりの白い光を放って壁と激突するが、壁はすこし抉れただけで崩れない!




 最悪なことに、この行き止まりは魔法鉱石がたくさん取れるポイントだったようだ。

 採掘に来たのなら最高のポイントだが、硬過ぎて穴をあけられないため、閉じ込められるポイントとして最悪だ。


 <キメラワーム>は何故かすぐには襲ってこないが、入り口のあたりでこちらの様子を窺っているのが分かる。





「――――くそっ!」

「……ご主人様、私が突っ込みますから隙を突いて脱出してください」



 シルフはかつてなく真剣な表情で両手を合わせると、その手に風が集まり、新緑の魔法剣が現れる。<シルフィード>ではない。


 その顔を見れば、譲る気がないのはすぐ分かった。

 それでも、俺も譲る気はなかった。



「…なら、全部倒せばいいだろ?」


 俺は感覚のない右腕を無理やり動かし、<アイテール>を握る。

 左腕の<天照>が白く輝いている。


 シルフは一瞬だけ悲しそうな顔になった後、笑った。



「ご主人様、精霊は倒されてもまた復活します。ご主人様は死んだら終わりです。

 そもそも、精霊は痛みなど感じないんですよ?」




「……さっき、血を流してただろ」

「…えっ?」




「傷口に触ったとき、痛そうだったぞ。俺の固有術式イクスティアを利用して完全実体化って言ってたよな、そのほうが強いとも言ってたが、痛覚とかも再現されてるんじゃないのか?」




 そう言ってシルフの目を見つめてやると、シルフはムスっとした表情になった。



「……なんでそういう無駄なところは鋭いんですか! はぁ、これでご主人様は絶対に逃げてくれないですね…」


「…悪かったな、基本的に鈍くて。――――シルフ!」




 シルフの足元の地面が溶け始めているのに気づいた俺は、シルフを突き飛ばして<天照>を地面に突き刺した。


 俺の手に、触手を切った感触が伝わる。




「――――そんな!? まさか…!」


「シルフ、全方向から来るぞ!」





 次の瞬間、床から、壁から、天井から無数の触手が飛び出してきた。

 通常の触手だけでなく、剣状のものや毒を噴射するものが混じっている。




「―――――あぐ…うぐぅ……」




 シルフは真空波を飛ばして大量の触手を屠ったものの、数が多過ぎて絡みつかれてしまう。

 



「《イクスティア》!」





 俺は、再び《イクスティア》を発動。その瞬間にすさまじい激痛に襲われるが、構わずシルフにまとわりつく触手を粉微塵にする。





「う…うおぉぉぉぉ―――――っ!」






 <キメラワーム>の本体がこちらの道に入ってくるのを見た俺は、銀の閃光となって特攻する。この《イクスティア》が終わればもう動けないと直感したのだ。




 指を動かすだけでも辛く、四肢がバラバラになりそうな激痛の中俺は毒液を体中に浴びながら<キメラワーム>の顔面に双剣を突き刺し、残った全ての魔力を流し込む。





「うおぉぉぉぉ――――ッ! <白夜月雷>!」



「グギョオォォォォ――――――!?」




 突き刺した双剣から、<キメラワーム>の全身に銀の雷が駆け巡り、<キメラワーム>が俺を振り落とそうとするが、俺は必死に剣にしがみつき、<キメラワーム>が天を振り仰いで絶叫した。





「――グギョァァァァァァァ―――――――――!」






 そのまま<キメラワーム>は動かなくなり、同時に銀に輝いていた俺の光も消える。

 震える腕で双剣を引き抜き、しかしその時、すさまじい衝撃とともに俺の体が宙に舞った。






 わけも分からず吹き飛ばされると、霞む視界に2体目の<キメラワーム>が見えた。




(……全部で4体いるんだっけ)






 どうやら俺は、鞭のような触手で弾き飛ばされたらしい。

 ものすごく怒っているらしい<キメラワーム>が徐々に俺に近づいてくる。




 しかし、シルフが両手を広げて<キメラワーム>の前に立ちはだかった。






 シルフは真空波を飛ばしながら竜巻を発生させて必死に攻撃を防ぐが、洪水のように毒液を吐きかけられ、全ては防ぎきれず全身に毒を浴び、服もぼろ布のような有様になってしまった。





 俺は見ていられず、必死に声を振り絞った。





「……もう、いいよ。シルフ」


「…何を…何を言ってるんですか!?」






「……もう、いいんだ。もう、痛みも感じないんだよ」


「何を勝手に諦めてるんですか…! ―――うぐっ!?」






 シルフが巨大なハサミを叩きつけられ、俺のすぐ横に転がった。

 シルフは腕を地面について必死で起き上がろうとするが、毒が全身に回ったのか起き上がることができない。






「…ごめん、シルフ。もし…みんなに、会えた…ら、『ありがとう』って……」



「ダメ…ダメです……!」








 遂に俺の前に来た<キメラワーム>が口を開け、俺はその毒々しいピンク色を見ながら目を閉じた。








『アル―――――――――――ッ!』




 

 ……幻聴だろうか。

 こんなところにいるはずは無いのに。

 俺なんかを助けに来てくれる理由なんて……。





 でもその声が聞こえた気がすると思うだけで何故か嬉しくて。

 もう会えないと思うと悲しくて。

 俺は一言呟いた。




『ごめん、エリシア……。大好きだったよ』





 俺の頬を涙が流れ落ち、視界が真っ白になった。








 目を硬く閉じていたのだが、いつまで経っても恐れていた痛みは来なかった。

 そっと目を開けると、雪が見えた。





 

 俺の目の前を縦に何かが貫通したように巨大な穴が開き、その穴の上のほうから暗い洞窟に光と雪が降り注いでいた。





 

 そして雪と光と共に、白い翼を広げた少女が舞い降りた。







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