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銀雷の魔術師  作者: 天城 誠
第六章:放浪編Ⅱ 
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第八話:真紅と深紅



 ギニアスたちは、十字路のようになった場所で分体と戦っていた。

 ただの通路よりは身動きがとりやすいと判断したためだ。

 もともと地中を移動する<キメラワーム>は全方位から襲ってくるので、なるべく開けた空間であるのが望ましかった。



『ギニアス、4,5,6体目が下、後ろ、正面からだ。囲まれているぞ』

「くそっ、囲まれてる! 下、後ろ、正面だ!」



 2体目と3体目の分体をなんとか消滅させたギニアスたちだが、すぐに次の分体が向かってきていた。ミリアはまだ余裕がありそうだが、ギニアスは肩で息をし、ガントも斧を地面について若干苦しそうだ。


 その二人の様子を見てミリアが怒鳴った。



「一時撤退! ギニアスとガントは先にいきなさい! 私が引き付ける!」

「何を言っている!? まだやれる! それに、ミリアを一人で残すなんて論外だ!」

「そうだぜ、嬢ちゃんが強いったって、それじゃ坊主の二の舞だ!」



「私を人間如きと一緒にするな! あんたら限界でしょ、引き際くらい見極めなさい!」

「……まだ<エレボス>がいる」



「あんたが死ぬわよ!? 一時撤退だって言ってるでしょ、後で戻ってくればいいの!」

「―――――だがっ!」




 その時、地面が激震して3体の分体が同時に襲い掛かってきた。

 3人は地面から飛び出してきた分体の口を回避し、地面から飛び出してきた分体はそのまま地面に引っ込んでいった。

 

 そして、前後から分体が紫の毒液を撒き散らして突っ込んでくる。

 ミリアが右の道を指さして叫んだ。



「もういい! 一体ずつ仕留めるわよ! <ヴォルケイン・スラッシャー>!」

「―――――わかった!」

「了解でぃ!」



 ミリアが炎の刃を撒き散らす。

余裕のあるミリアが殿を務める気配があったので、あまり余裕のなかったギニアスとガントは先に右の通路に入ったのだが、ミリアが来ない。


 ギニアスは嫌な予感がして振り返ると、案の定、ミリアが反対の左の通路に入って魔法を乱れ撃ち、分体の注意を引き付けながら狭い通路の天井すれすれを飛行魔法で飛んでいくのが見えた。

 体のあちこちを炭にされた3つの分体は、怒り狂いながらミリアを追っていく。




「―――――ミリアッ!」

「早く行け! 足手まといだし、私の戦いは見られたくないのよ!」

「―――くっ、どうする!?」





 ガントが困ったようにギニアスを見る。ガントもギニアスも、自分たちが限界だというのは分かっている。しかしギニアスは苦しそうな顔ながら首を横に振った。



「ガント、今なら脱出は可能だと思う。私は助けに行くが、ガントは好きにしてくれ」

「……へっ、こんな状況でおめおめと帰れるわけがないだろうよ」



「…すまないな」

「お互い様でぃ!」






………



けっこうなスピードで数分間飛び続けたミリアは、ものすごい速度で追ってくる分体がきちんと3体いるのを確認し、安堵の溜息をついた。

 今のギニアスとガントでは<精霊憑依>を使わなければ、たとえ分体一体が相手でも勝ち目はない。 しかし、それではギニアスが暴走するという最悪の事態も起こりえた。

 

 …いや、もう一つマシな手もあるが、私はあの黒いのは好きじゃない。



 

「……なんであんな頼りにならなくて弱いのに惚れちゃったかなぁ」


 

 ミリアは飛びながら呟き、自分の頬が赤くなるのを感じた。


(……アホかあたしは。シェリアじゃあるまいし、戦闘中に何やってるんだ)




 ギニアスの従兄妹のシェリアは、交流戦で同じチームだった<水>使いだ。

 ギニアスと違って王家の本流にあたる血筋なのだが、ギニアスに惚れており、戦闘中にギニアスの顔を覗き見しては顔を赤くしていた。



(まぁ、あんなギニアスでも命の恩人だからなぁ…)


 

 家を飛び出して道が分からなくなり、魔獣の群れに襲われた私をギニアスは助けてくれた。それだけで十分なのだ。多分。


 思えばエル(エルシフィアの略)はグリディアに殺されたって話なのに生きていた。

 この前は驚きすぎて気づかなかったが、もしかしなくともアルとかいうのに助けられて惚れてるのだろうか。



 私はギニアスと何にもないのに、エルは<ルーンクリスタル>なんて持ってるし、あんなコートなんてあげちゃって羨まし……って、戦闘中だって!




 徐々に距離を詰めてくる分体に感心しつつ、ミリアは前方にドーム状の空間を見つけた。

 話に出てきていた最初に出現した場所とは違う場所のようだ。壊れていない。




 ドームの中心に降り立ったミリアは、地響きが近づいてくるのを感じつつ魔力を全開放する。その体が瞬く間に真紅の鱗に覆われていく。



「はぁ、なんで本気だそうとするとこんなグロテスクな姿になっちゃうかなぁ……」



 ミリアの瞳孔が猫のように縦長になり、紅蓮に輝く。

 全身の真紅の鱗はまるで燃えているかのように煌き、妖しげな光を放つ。


 ……完全にドラゴンになる手もあるが、こんな狭い場所で竜になったら動きがとれなくなる危険がある。うまく動けなくて触手責めとか考えるだけで鳥肌ものだ。

 それに、完全変身には多大な魔力を消費するので気軽に何度もすることはできない。

 


 

 ……ギニアスが追いかけてきてるような気もするし、速攻で終わらせる。



 

 地面が激震し、無数の触手が飛び出してくるのを部分的な変身で翼だけ出して飛ぶことで回避したミリアは、獰猛な笑いを浮かべて右腕も竜の腕にする。



「限りなき真紅の弾丸よ、我が敵を打ち抜き、全てを焼き尽くせ! 《スカーレット・バラージ》!」



 見えない何かを切り裂くように真横に一閃された竜の腕から、無数の真紅の弾丸が放たれる。無数の触手が炭化して崩壊し、更に地面に隠れた分体を引きずり出し、焼き尽くす。



「まだまだ行くわよ―――――ッ!」



 ミリアはまだ継続している《スカーレット・バラージ》を今度は天井に向け、隠れていた分体を叩き出し、ものの数秒で炭化させる。



「はっ、ちょろいわね! このまま全滅させてエルに土下座させてやろうかしら!」



 まだ途切れない弾幕を今度は壁に向けると、分体が泡を食って逃げようとする。



「あたしから逃げようなんて10年遅いわっ!」



 十年前のあたしからなら逃げられたかもね、と自嘲しつつ、逃げ道を予測して弾幕を張る。狙いたがわず、3体目の分体も消し炭になる。




 と、そこでこちらに向かってくるギニアスの魔力を感知した。


「……あのバカ。足手まといだって言ってるのに」


 そう言いつつ、何故か頬が緩むのを感じていると、ギニアスに向かう4つの分体の魔力を感知した。



「――――そんなっ!?」






―――――――――――――――――――――――――――――――――――




『ギニアス、ドラゴン娘のほうに全力で向かえ。囲まれている、死ぬぞ』

「―――――っ! ガント、急ぐぞ。囲まれている!」

「――――んなぁ!?」



 <エレボス>からの思わぬ警告に二人は更に足を速めるが、地響きは瞬く間に大きくなり、前と後ろから分体が、上下からはこれまで無かった剣のような触手が襲い掛かってくる。



「<黒曜・村雨>!」

「<ヴァーニング・スマッシュ>!」



 ギニアスの剣から無数の漆黒の衝撃波が放たれ、触手を次々消滅させるがこれまでの触手と違って瞬く間に再生していく。

 ガントの斧が炎を纏って無数の触手を纏めて叩き潰し、焼き尽くすが同じく再生される。



 多過ぎる触手を捌ききれず、ギニアスとガントは無数の切り傷を負ってしまい、触手に含まれる毒で二人の体が悲鳴をあげた。



「――――ぐぅぅっ!?」

「―――――がはっ、こいつは効くな…!」



 ギニアスは激痛の中、必死に剣に魔力を集める――――。




「―――盟約によりて、現れよ! 暗黒の精霊<エレボス>!」




『なんだ、呼ぶ気がないのかと思っていたぞ?』



 黒髪黒目の威風堂々たる男の姿をした暗黒の精霊は、召還されると同時に周囲の剣状触手を黒い波動で一掃し、塵に変えた。



「……お前は呼ぶと私の魔力が無くなるまで帰らないだろう?」

『クックック、当然だ。せっかくの現世うつしよ。せいぜい暴れさせてもらう!』




『出でよ、わが配下たる鬼どもよ…! <黒鬼夜行>!』




 通路に無数の鬼が現れる―――――!



「……おい、エレボス」

『…なんだ?』

「…動けねぇじゃねぇか!」



 黒鬼で通路が埋め尽くされ、ギニアス達は全く身動きできなくなった。

 分体は鬼を食べながらどんどん近づいてくる。



『――――ハッハッハ、新感覚だな!』

「いいから早く消せ!」

「うおっ、鬼に俺の斧が刺さってるけど大丈夫なのか!?」




『残念だが、自爆以外に消滅させる方法を用意していない。ハッハッハ!』

「―――――はぁ!?」

「……自爆だぁ!?」



 言われてみればエレボスの黒鬼が消えるのは、ギニアスかエレボスが倒された時、自爆した時、黒鬼を直接消滅させたときの3つだけだった気がしてきた。



「そうだ、なら帰れエレボス!」

『いいアイデアだな。―――だが断る。』

「おい、もうすぐそこまで来てるぞ!」



 ガントが叫んだとおり、分体はあと数秒でギニアスたちを飲み込むだろう。

 ギニアスは剣を振って回りの鬼を切って動ける場所を確保しようとするが、そもそも鮨詰め状態過ぎて腕がほとんど動かせない。


 頼りのエレボスも、両手を広げた状態で動けなくなっているので前方と後方から接近する分体には何もできない。なんて間抜けな。





「おい、エレボス―――!」

『安心しろ、お前の愛しのお転婆姫が来たぞ』




「何してんのよ、この馬鹿ども―――ッ! 《ローズレッド・バレット》!」




 前方の分体の向こう側から放たれた、一発の薔薇の如き深紅の弾丸が通路の上の空間を駆け抜け、無数の黒鬼と2体の分体を纏めて貫き、焼き尽くす。


 それによってギニアス、エレボス、ガントは黒鬼の上に飛び乗ることでなんとか動けるようになった。



「そこの黒いの! ちゃんと働け!」



 上半分が焼けてぐずぐずになりつつも再生し始めている分体を警戒しつつ、ミリアが分体を挟んで反対側の通路からエレボスを怒鳴りつけた。



『やれやれ、仕方がないか』


 エレボスの体が漆黒の光を放ち、その両手が2体の分体に向けられた。



『<黒曜・崩天滅玉>!』



 エレボスの両手から分体に向かって小型の黒い球が放たれ、その球は分体に当たると物凄い勢いで分体を吸い込み始めた。



「――――小型ブラックホール!? 黒いの、あたしを巻き込むなっ!」



 地味に小型ブラックホールの重力圏につかまったミリアは、必死に羽ばたいてなんとか離脱に成功した。流石ドラゴンである。



『ハッハッハ、生意気な口を利いていると次は貴様を狙って撃ってやるぞ』


「…あんたがギニアスの魔力で顕現してなかったら今すぐ焼いてやるところだわ…!」




 ブラックホールが消えたのを確認してから、微妙な表情で全身に鱗を生やし、翼を広げたミリアがギニアスの隣に降り立った。



「……ありがとう、助かったよミリア」

「…ふんっ、ギニアスは情けなさ過ぎるわ。もっとしっかりしてよね!」



「ああ、頑張るよ」

「……というか、あたしを見て何か言うことは無いの?」



「ん…? ああ! よく似合ってると思うよ」

「……似合ってるって、服じゃないんだけど。もっとこう、『グロい!』とか」



「…いや、意外と可愛いかも」

「……はぁっ!? あんた、そういう趣味だったの!?」



「いや、そうじゃなくてミリアが――――」

「――――えっ」



『お楽しみのところ申し訳ないが、対ショック警戒だ』




「―――――うわっ!?」

「――――ギニアス!?」

「―――――うおぉぉっ!?」




 突如として鉱山全体が揺れているかのように激震し、床が崩落する。

 3人と1精霊は、奈落の底へと落ちていった。







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