第四話:目的地
というわけで、揚げパンとサラダと牛乳っぽい何かの朝食である。
ローラはまだ顔が赤いが、不機嫌というわけではなさそうだ。魔力酔いが少し残っているのかもしれない。
と、ディリスさんが例の樽を取り出し―――。
「<ニブルヘイト>!」
ローラが珍しく力を込めて(!マークつきで)魔法を発動し、ディリスさんは昨日より大きな氷像になった。うん、自業自得だな。
何事も無かったかのように俺とニーナさんは食事を続行し、ローラもすぐに食事を再開した。にこやかなまま凍っているディリスさんは、なかなかシュールだった。
3人は同時に食べ終わり、手を合わせる。
「「「ご馳走様でした!」」」
食べ終わった皿を魔法で浄化するのを手伝いっていると、ローラがディリスさんを二重三重に凍らしていた。昨日の暴走の元凶であるディリスさんに相当怒っているようだ。
俺とニーナさんにも大分非があるので、二人で内心ビクビクしていたのだが、ローラは俺と目を合わせると恥ずかしそうに目を逸らすだけであり、怒ってはいないようだ。
……嫌われた可能性は十分あるが。
っと、回復したことだし、そろそろいかねば。
エリシアが心配―――といっても冷静になれば、みんながいるから心配ないと思うし、時間が解決してくれる可能性だってあるのだが、せっかく思いついたことがあるのだから試してみねば。……できれば避けたいのだが。
…というか、俺を見るとエリシアが混乱しだしたらしいから下手に近づくのは逆効果な気がするのだ。
そう考えると、何故か胸に寒風が吹くのを感じ――いや、俺にも分かってるはずだ。
遅過ぎかもしれないが、俺に出来ることをやらねば。
「ローラ、ニーナさん、色々ありがとな、ちょっと急用があるからお暇するよ」
「ええっ、もう行っちゃうの?」
「……そう」
ニーナさんはあからさまに残念そうだが、ローラもちょっと寂しそうな気も…。
「ローラ、色々あったけど楽しかったよ、ありがとう」
「……私も、楽しかった。ごめんね、無茶なことして」
「いや、大丈夫だよ。おかげで魔力も回復したし」
「……よかった」
やっぱりまだ少し酔っているのだろうか、ローラは輝くような笑顔になって、俺は歪みまで見送ってもらい、外に出た。
手を振っているローラとニーナさんに手を振り返しつつ、<サンダーミグラトリィ>を発動した俺は、雷となって一気に南を目指した。
「……さすがエルフの魔力薬」
いつも以上の速度で俺は大空を駆け抜け、晴天に突如現れた白い雷で地上の人々を驚かせつつ、王国を目指した。
そんなこんなで1時間くらい経っただろうか。
俺は王国の首都にたどり着いた。
皇国や共和国と王国は建築様式はどことなく似ている西洋式なのだが、王国の城は皇国が純白なのに対して黒だった。すごい威圧感だな…。
ちなみに、共和国の城は灰色だ。
とりあえずギニアスを探さねば―――ん?
王国の上で滞空している俺に、真っ赤な人影が突っ込んでくる。
かと思いきや、突如魔力を放った。
「<ヴァルカディア>!」
「――――うおっ!?」
紅蓮の槍が俺に向かって放たれ、咄嗟にコートで防ぐ。
エリシア製コートは白銀の閃光を放ち、容易く紅蓮の槍を消し飛ばした。
「――――何しにきたのよ、あんた!」
ミリアだった。この赤ドラゴン娘は好戦的すぎないか?
エリシアじゃなくてコイツに会ってたら助けるのを迷ったかもしれん。
いや、ギニアスにはデレデレなんだな、きっと。
「だ、誰がデレデレですって!?」
「やべ、口に出してたか?」
「思いっきりね! いい度胸だわ、今日こそ私の恐ろしさを……!」
「そうだ、ギニアスに用があるんだけど」
無視して話してやると、ミリアは器用に空中でコケた。
そして、半目で俺を睨んできた。
「……決闘なら私が阻止するわ!」
「いや、約束があるだけだ」
決闘と約束は竜族にとって何よりも大切 (らしい)。
約束といわれてミリアは逡巡し始めた。
「つまり、ギニアスの約束を邪魔するなんてできないけど、ギニアスをこんなやつに会わせるなんてできない…! ってことだな」
「わざわざ言うなっ! …わかったわよ! じゃあギニアスにヘンなことしないって誓いなさい!」
「わかった。誓う」
「……案外あっさりしてるのね」
こうなってはどうにもできないのか、ミリアは大人しく「ついてきなさい」と言って城門の前に降り立った。
ミリアは意外と凛とした声で門兵に話しかけた。
「この者はギニアス様と約束があってきたそうです、通していただけますか?」
「これはミリア様…! もしや、アルネア様ですか?」
「へっ、なんで知ってるの!?」
早くもミリアの化けの皮が剥がれた。唖然としているミリアを放っておいて、俺が前に出て代わりに話した。
「はい、私が皇国十二貴族・フォーラスブルグ家次男のアルネアです。ギニアス殿と約束があり、訪問させていただきたいのですが、いらっしゃいますか?」
「はっ! ギニアス様はご自室にいらっしゃると思います。あの塔の3階です」
「ご苦労様です、それでは」
俺はこんなこともあろうかと習得しておいた王国式敬礼をしてから門を潜り、言われた通り塔を目指した。唖然としていたミリアも何故かついてきた。
「聞いてない!」
とのこと。不満そうだ。それで襲われた俺のほうが不満だよって話だが、ミリアの信頼などその程度なのだろう。というのは冗談で、確実に反論してくるミリアの説得が面倒すぎて後回しにし、つい忘れたとみた。
「ギニアスは忙し過ぎて忘れてたんじゃないか? ギニアスは大変そうだし」
ミリアの機嫌が悪いと面倒だと判断した俺は、一時鬱憤を晴らすより機嫌をとるほうが有益だと判断した。案の定、ミリアは頷いて肯定の意を示した。
「そうね、忙しいんだから仕方ないわね」
……意外と扱いやすいかもしれん。
うん、こいつ単純だ!
そんなわけで、多少機嫌がいいミリアに案内してもらってギニアスの部屋の前についた。
「ギニアスー、お客さん!」
「わかった、入ってくれ」
部屋に入ると、机に向かって何か書類を書いていたギニアスが立ち上がって出迎えてくれた。
「―――アル! 元気か!?」
「ああ、バッチリだ。ギニアスも元気か?」
「ああ。例の話なら、ここに―――」
そういうと、ギニアスは机から封筒を取り出して俺に渡した。
「ありがとな、ギニアス」
「いや、これくらい……」
ギニアスが交流戦の話をしようとしたのが分かったので、俺は軽く手を上げて制した。
「気にすんなって、これでチャラだよ」
「その程度でいいなんて、アルは変わってるよな」
「あー、よく言われる」
「ハハッ、そうだろうな!」
二人でしばらく笑いあい、蚊帳の外のミリアが不機嫌になってきたので、俺は急いでいることを告げて、お暇することになった。
「悪い、ギニアス。次は必ずお土産つきでみんなで来るよ」
「気にするなよ、楽しみに待ってる」
「あー、窓から出てもいいか?」
「……構わないが、城壁は門から出てくれ。騒ぎになる」
「了解、ありがとな!」
俺はそのまま飛行魔法で先ほどの門に戻り、王国首都の東へ向かった。
アルが器用に魔法で窓を閉めて去った後、ミリアは不思議そうな顔でギニアスに問いかけた。
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「ねぇ、ギニアス。あいつ、結局何の用だったの?」
「ああ、<ガルガント鉱山>で好きな鉱石・宝石を50kgまで持っていく許可証だよ」
「……えぇっ?」
「そんなヘンな顔をしないでやってくれよ、おそらく何か意味があるんだろう」
「……なんで50kg?」
「アルは1kgでいいと言ったんだが、器量を疑われると言って押し切っておいた」
「……って、あそこは未発見鉱石とか山盛りじゃん!?」
「まぁ、そうだな」
「ええっ!? あいつに渡すってことはエル(エルシフィアの略)に渡すってことだよ!?
負けてられないわっ…! ギニアス、私たちもすぐに行くわよ…!」
「…仕事中なんだが」
「じゃあ、終わったらすぐ! 準備しておくから!」
「はぁ、わかったよ」
なんだかんだ楽しそうにはしゃぐミリアに、ギニアスも楽しそうに苦笑した。