第三話:朝食とジュース
「そう、それじゃあアル君は凄いんだ~」
「…少しだけ?」
「……真似された」
ローラが「平和なうちにご飯食べたい」とのことで、俺とローラとローラのお母さん―――ニーナさんは世間話をしつつ朝食を食べていた。
ちなみにあるのは、パンと果物だけというなんともシンプルなものだが、どちらも洒落にならないくらい美味しい。……これだけなら皇宮より美味しいかもしれん。
「アル君はとっても美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ!」
「いえ、実際美味しいですし」
「……私にあてつけ?」
ローラが苦い顔――――かと思いきやほぼ無表情でニーナさんを見ていた。
うん、確かにローラは感情表現薄いかもしれん。
こっそり頷いていたのがバレたのか、ローラが半目で俺を睨んできた。
「アル……」
……やばい、ちょっと可愛―――じゃなくて、えーと。
「――――ローラも笑顔で食べてみたらどうだ?」
「……食べにくそう」
「えー、せっかくアル君が言ってるんだし、やってみたら?」
「……むぅ」
「そうだ、笑顔で食べるともっと美味しく感じるらしいぞ?」
なおも悩むローラに畳み掛けると、ローラは少し悩んでからほんのり笑顔を浮かべて食べ始めた。……ギャップが凄い。いや、可愛いけども。
「アル君…。ありがとう、すごくいいものが見れたわ!」
「俺も目の保養になりました」
「……もうやらない」
ニーナさんとガッツポーズを交わすと、ローラがムスッとした顔で食べ始めた。
「アル君…。これまたいいものが見れたわ…!」
「確かに、無表情より全然いいかもしれませんね」
「……私はどうすればいいの」
「笑えば…いいんじゃないかな?」
「……やだ」
せっかく名ゼリフを言ったのに、ローラに普通に拒否されてしまった。
あれ? シ○ジが言ったときってどんな反応されたんだっけ…?
……まぁいいや、ローラ相手だし、ここは定型句で攻めてみるか。
「なぁローラ、笑って食べてる時と、ムスッとしてる時と、無表情で食べてる時ならどれが一番美味しかった?」
「………笑ってるとき?」
「そうだよ、顔が笑っていると気持ちも自然と楽しくなるんだ…! それに、食卓の空気が明るくなって、他の人も笑顔になるからもっと楽しくなるんだ!」
「……ほんと?」
「オフコース! 試しにみんな笑顔で食べてみようぜ! みんなでやれば怖くない!」
「……わかった」
「わぁ~、楽しそう!」
なんか俺の周りって、こういうお決まりのセリフに乗っかる人が多い気がする。
ローラは再びほんのり笑顔で食べ始め、俺はそんなローラを見て笑顔になりつつ食べ、ニーナさんはノリノリでご機嫌だった。
「よっしゃー! 美味しいな、ローラ!」
「うん、おいしいね」
「うふふ、お代わりも沢山あるからねっ!」
そのとき、ドアが開いてにこやかにディリス氏が入ってきたと思ったら異様に楽しそうな食卓の空気を見て、一瞬スマイルが取れて愕然とした表情になった。
「な、なんだこの空気は……。私も混ぜろっ!」
ディリス氏がログインしました。
そのあと、よくわからないテンションでバカ騒ぎした。
おまけに、ニーナさんが持ってきた樽に入ったジュースを飲んだら何故か全員陽気な笑いが止まらなくなり―――――。
気がつくと俺はテーブルの上で寝ていて、周囲は混沌とした状況だった。
ニーナさんとディリスさんが部屋の端で抱き合って寝てるし、皿があちこちに散乱(木製なので特に問題ない)。
確実に掃除が大変そう―――いや、魔法なら一瞬か。
何はともあれ、テーブルから降りて魔法で綺麗にしておこうと思ったのだが。
テーブルから降りると、何かに足首をつかまれ、テーブルの下に物凄い力で引きずり込まれた。
「―――――なんだっ!?」
テーブルの下に引きずりこまれると、とろんとした緑の――ローラの目があった。
完全にできあがってるらしく、さっきのジュースの匂いがすごくした。
―――あー、そういえばディリスさんに樽丸ごと飲まされてたっけ…。
ローラは平時なら決して見せないだろう、とろけるような笑顔で言った。
「アル~、もっとのみましょう? まだまだありますよ~?」
そう言って、ローラはテーブルの横のデカイ樽を指差して楽しそうに笑った。
……え、何コレ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は逃げていた。幸いこの屋敷は広いので逃げ場には困らなそうだったが、ローラが外に出ると色々大惨事になりそうなのは分かったので、俺はそのへんも配慮しつつ逃げ回る必要があった。
「アル~、いっしょにのみましょ~う!」
「無理! その量は無理だから!」
デカイ樽を魔法で運びながら酔ってるくせに軽やかに追いかけてくるローラはかなり楽しそうだった。
ちなみに、酔うと言ってもお酒ではない。魔力回復効果のある薬ジュースの過剰摂取による魔力酔いだ。魔力泥酔すると戦闘力はむしろ上がり、魔力が洒落にならない量になる。
ただ、正常な判断はできなくなるが。
古の大戦では、兵を魔力酔いにして見事勝利を収めた名将や、酔わせすぎてまともに戦えなかった迷将もいたらしい。
「もぅ~。そんなににげると、こおらせちゃうよ?」
「…いや、ローラが飲んじゃってもいいんじゃないか?」
正直、今のローラが魔法を乱れ撃ちしてきたら逃げられる気がしない。
魔力をある程度消費すれば魔力酔いは止まるらしいが、その前に俺が死ぬ。
大人しくジュースを飲むという選択肢もあるにはあるが、前に飲んだときはエリシアと一緒に風呂入って寝たりしちゃってるので、同じ間違いは可能な限り避けたい。
というか、俺が家を飛び出した理由を考えれば絶対こんなところで飲んでる場合じゃない。
断固として逃げ切らなくては。
「アルもいっしょにのんでくれないといやっ! <ブリザード>!」
「――――っ!? <サンダーミグラトリィ>!」
屋敷の壁は魔法耐性があるのか凍らなかったが、いつもの倍以上の規模でブリザードが吹き荒れ、間一髪で雷になった俺は庭に飛び出し、そのまま偶然開いていた二階の窓の一つに飛び込み、魔力を消して気配を隠しつつ適当な部屋に入った。
その部屋は寝室っぽく、本棚とベッドと衣装棚と机しかない若干殺風景な部屋だったが、机の上に絵が置いてあった。
木々の合間からオーロラが覗くその絵は、妙な既視感があって―――。
その絵の隣に見慣れた<アストライオス>が置いてあった。
って、……つまり、この部屋は――――。
廊下の足音がトタトタと近づいてくるの感じ、俺は慌ててベッドの下に隠れた。
ドアを開く音が聞こえ、白い素足がベッドの前まで歩いてきて止まった。
息を止めて全力で気配を消す俺の努力も空しく、緑の瞳がベッドの下を覗き込んだ。
「ア~ル、みつけました!」
最早誰だよ、って感じの豹変っぷりである。パアッと顔を明るく輝かせるローラに、しかし捕まるのが悔しい俺は最後の抵抗を試みた。
「―――――《イクスティア》!」
しかし、さすがに体勢に無理があり、身体能力を超強化しても抜け出すのに一瞬だけ手間取り、ローラも魔法を発動した。
「―――――《エターナル・ゼロ》!」
ローラの手から金の波動が放たれ、俺は思わず身を硬くして目と口を閉じるが、なんとも無かった。手を動かしてみたりするが普通に動く。
――――が、なんと《イクスティア》が強制解除させられていた。
というか、魔力が練れない。
「――――なんじゃこりゃ!?」
魔力が練れないせいなのか、力とかも前世と同等程度に下がってしまった気がする。
……《エターナル・ゼロ》って言ったけど、治るよな? 治るんだよな?
「つかまえました~!」
ローラは輝くような笑顔で俺の腕に抱きつき、俺はベッドから引きずり出された。
「えーと、ローラ? この魔力が練れないのは治るのか?」
「うん、私がとめればなおるよ?」
「……治してください」
「じゃあ、アルもいっぱいのんでっ!」
ローラはにこにこしながら樽の蓋を開けて俺に近づけてくる。
え、なに? ダイレクト?
「ちょっ、タイム――――んがっ!?」
「いっき! いっき!」
「―――がはっ!? ちょっ、待っ――――んがghrlw!?」
「一気じゃなきゃ、やだっ!」
数分後……。
「よぉ~し、ローラもいっきしろー!」
「わ~い!」
俺もできあがった。しかも何を思ってかローラに更に一樽飲ませて、更に手が付けられない状況になった。
二人で謎の踊りを踊ったり、肩を組んでよくわからない歌を歌ったり、魔法でジュースを飛ばしあって水遊びっぽい何かをしたりした。
その後何があったのかはよく思い出せない……。
本日の教訓、ローラに魔力回復薬は要注意。
翌朝……。
目が覚めると頭がスッキリしていた。
ここも酒とは違うところだが、魔力回復薬なので魔力は全回復。むしろ体調はよくなっている。なんだかんだ交流戦以降は魔力枯渇状態だったのでかなりスッキリした。
ほぼ全裸でローラと一緒に寝てたりしたが…。
スッキリした頭で即座に離脱を決意した俺は、しかし身動きした瞬間にローラが目を覚まし、何とも過去の反省を生かせなかった結末に陥った。
「……おはよう、ローラ」
「……もうアレは飲まない」
幸い、いつもどおり冷静だったローラは即座に服を魔法で浄化して着て、特に怒ったり騒いだりしなかった。妙に顔が赤かったが。
俺、なんで家を飛び出したんだっけ……?
自分のダメっぷりに嫌気が差しつつ、魔力が回復したから目的地に行けると自分を励まして服を着たが、もう朝になっていたので朝食を再びご馳走になることになってしまった。
……今度こそ同じ過ちは繰り返すまい。