第四話:Drift
「……すぅ~」
「くぅ~…」
どうしてこうなった…。
俺は寝ぼけ頭で何があったのか必死に思い起こした。
普通に川の字で寝ただけのハズだったのだが(壁からユキ、俺、理香の順)、何故か目が覚めたらユキと抱き合って寝ていた。何故か布団が無い。
(――――まさか!?)
理香のほうを見ると、理香が一人で布団に包まって寝ていた。
軽く状況を推測してみよう。
1、まず、理香が布団を巻き取って俺とユキが布団から締め出される。
2、そのため、俺とユキは寒くなる。
3、知らぬ間に抱き合って寝た。
4、現在朝6時、ガッチリ抱き合って寝てます。
(―――――ふざけんなぁぁぁ!?)
いや、別に抱き枕自体は別にいい。ユキは可愛いし暖かいし柔らかい。だがしかし、ユキが俺の腕の上に乗っかって、かつ俺にがっちり抱きついて寝ている状態であり、俺が離脱しようとすれば99%起きるだろう。しかもガッチリ抱きついてるから胸が地味に当たるし。
ただでさえ昨日の夕方以降だけでも裸を見た上に、さわっちゃまずい所を触ったりしてるのだ。変態のレッテルは免れない。
マジで強固に主張させてもらうが、俺は変態じゃない!
だがしかし状況だけ見ると俺は完全な変態であり客観的に見ても完全に変態である。
……何はともあれ、起こさずに離脱する方法もしくはごまかす方法を――――。
「んぅ~……ぁれ?」
ユキさんがお目覚めになりました。
咄嗟に俺は寝たフリを発動。薄目を開けて様子を窺う。
ユキは寝ぼけ眼でこちらを見て、何度か瞬きして―――。
「―――――ふぇっ!?」
ユキがヘンな声を出した。
おお、状況を飲み込みだしたユキの顔がみるみる真っ赤になっていく……。
自棄になった俺は、他人事っぽく観察してみることにした。
ガッチリ俺に抱きついている状況をなんとかしようとしたのか、もぞもぞと腕を動かすが、結局俺に抱きしめられてるのは変わらないわけで。俺が起きるのではないかと、ちらちら俺の顔を窺ってくる。
結局、ユキは思い切って抜け出すことにしたらしい。もぞもぞと俺の足側のほうに移動していく。多分、俺が寝てたら目を覚ましてたと思うが、都合がいいのでそのまま抜け出してもらった。
「びっくりしました……」
真っ赤な顔で俯きながら小声で呟くユキを見ていると、悪戯心が浮かんだ。
俺は、いかにも寝ていますという声で寝言を言った。
「ユキぃ……さむい……」
「――――――ぇっ!?」
ユキは、布団を掛けずに寝てる俺の状況に気づいて、あたふたし始めた。
理香が布団を奪ったのは理解できたようだが、理香を起こすわけにもいかないと思って混乱しているようだ。
「か、風邪をひいちゃいます……!」
きょろきょろ周囲を見渡すユキだが、この部屋に他の布団はない。上着もクローゼットの中に入っているので、せいぜい床に転がってる座布団くらいだ。
思い悩んだユキは、クローゼットを開けることにしたらしい。そろりそろりとクローゼットに近づいていき、開けようと手を――――。
「…その扉を開けてはならぬぅ~~……」
「――――――ひぅっ!?」
絶妙なタイミングで放たれた俺の寝言によりユキが硬直し、そぉーっと俺のほうを振り返る。
「ゴキブリ・クロォゼットォ……」
「――――――へぅっ!?」
ユキはクローゼットが爆破されたかのように飛びのき、若干涙目でベッドに戻ってきた。ちょっと罪悪感があるが、なんだろう…。ユキが可愛いらしい。
ベッドの端で丸くなりながらクローゼットを全力で警戒するユキは、俺のほうを見てクローゼットを開けようとした理由を思い出したらしく、ゴキブリ疑惑クローゼットを数秒おきに警戒しながら部屋の中を見渡し始めた。で、座布団を発見したらしい。
他に何も無いからか、とりあえず座布団を回収することに決めたようだ。
そろりそろりと近づいて、座布団の裏にゴキブリがいないか不安になったのか、慎重にめくって確かめようと―――――。
「カサカサカサ~……」
「――――――――ひぅっ!?」
実際のゴキブリはカサカサ音を立てたりしないと思うのだが、ユキは半泣きでベッドに戻ってきた。やばい、可哀想になってきた。
やりすぎたと猛省し、そろそろ起きようかと思ったのだが…。
俺の前に戻ってきたユキは、ものすごい申し訳なさそうな顔で俺を見て、小声で言った。
「誠司……ごめんなさい。何もできなくて…。さむいですよね……?」
(……めちゃくちゃ胸が痛いんだが)
申し訳なさそうなユキを見てるこっちが申し訳なかった…。
今すぐ起きて謝ろうかと思ったのだが――――。
「そ、そうです! こうなったら…!」
ユキは何か思いついたのか、顔を真っ赤にしつつ決然とした表情になった。
……今起きたらユキの思いつきをパァにするとか思い、起きなかった俺が間違いだった。
(――――――んな!?)
何を思ったのか、再び俺の腕の中に入って抱きついてきたのだ。
いや、暖かい…、暖かいんだが……!
ユキは最初こそ真っ赤になっていたのだが、すぐに安らかな顔で再び寝始めた。
ユキが寝たのを確認してから、俺もなんとかしようと足掻いたのだが、ちょっと身じろぎするだけでユキが「んぅ~…」とか言って今にも起きそうであり、あきらめるより他になかった。
というか、ユキの幸せそうな寝顔を見ていたら色々どうでもよくなって、俺も二度寝した。
というわけで、12月24日 土曜日 午前7時。
腕の中で温もりがもぞもぞ動くのを感じた俺は、思わず目を開けてしまった。
そして、再び抜け出そうとしていたらしいユキとモロに目が合った。
途端、ユキは真っ赤になって慌てふためく。
「あ、あのっ!? こ、これは――――」
「…おはよう」
「お、おはようございます…?」
意外と俺が落ち着いているのに驚いたのか、若干疑問系で返すユキ。
俺が抱きしめていた腕を放すと、慌ててユキも腕を放した。
で、俺は理香のほうを見て一言。
「……理香が布団を奪ってたか。ごめんな、ユキ」
「い、いえ。その……私の方こそ……」
「あー、いいよ。……なかなかいい抱き心地だったし」
「―――――ぁぅ!?」
ユキを散々おちょくったのだから、多少変態っぽい言動になってもユキが気にしないようにしようと思ったのだが、ユキは想像以上に恥ずかしがって俯いてしまった。
うわっ、なんだこの気まずい空気!?
仕方ないので、理香をたたき起こして空気を変えることにした。
俺は、理香の布団を強く揺すった。
「おい、理香! 起きろーーー!」
「くぅ~。……あと5分」
「……ゴキブリ退治してやらないぞ?」
「おはようございます!」
実は起きてたんじゃね? ってくらいあっさり理香が目覚め、俺は欠伸をしながらベッドから飛び降りた。
「んじゃ、ユキ、悪いが昨日の服着といてくれ。理香、あとよろしく」
「は、はい!」
「お兄ちゃん!? 私が部屋から服をとるのは手伝ってくれないの!?」
「いや、父さんと母さんに話があるから。スプレーで頑張ってくれ」
「……わかった」
話というのがユキのことだと分かったのだろう。不満そうな顔ながらも、あっさり引き下がってくれた。
俺は階段を降りて、父さん母さんがいるだろうリビングに行くため、階段を駆け下りた。
おっと、顔は洗っておくか。
「おはようー」
リビングへのドアを開けると、トーストと目玉焼き、ベーコンの焼ける匂いがして、母さんは台所でベーコンを焼いていて、父さんは新聞を読みながら朝食をとっているところだった。
「おはよう、誠司」
「おはよう。今日はパンとご飯どっちにする?」
「ご飯で。…父さん、書置きしておいた話なんだけど…」
俺は父さんの向かいに座りつつ切り出した。
昨日、父さんと母さんが帰ってくる前に寝たので、書置きをしておいたのだ。無論、ユキのことだ。
父さんは新聞をテーブルに置き、こういうときしか見せない厳しい表情で俺を見た。
「誠司、お前のことだから分かってると思うが、犬や猫とはわけが違うんだぞ?」
「……分かってる。でも、だからこそ。アイツを放っておけないと思ったんだ」
真剣な目で父さんの目を見据えると、父さんはニヤリと笑った。
「お前がそんな目をするのは咲ちゃん以来だな……。前例があるわけだし、あんまりとやかく言うつもりはないけどな、踏み込むつもりなら責任は自分で持つんだぞ?」
「……ありがとう、父さん」
ほんと、いい父さんだと思う。こう言いつつも、何か問題があったら父さんは全力で助けてくれるのだ。
「それと、冬休みが終わるまでだ。分かったな?」
「…分かった」
そして、父さんは母さんの方を見て言った。
「母さんもいいよな?」
「完全に事後承諾じゃない…。でも、お母さんも誠司が気に入った子に興味があるわ♪」
「……母さん、別に気に入ったからしばらく預かる許可を貰おうとしてるわけじゃないんだけど?」
「えー。誠司って、気に入らないと交番に突き出して終わりじゃない?」
……あんまり否定できん。ムカツク子どもはグルちゃんで交番に強制輸送して終わりだからな。基準は反抗的かどうかだが。
「でも母さん。気に入らなかったら突き出すだけで、気に入ったから預かるわけじゃないからな…?」
「同じに聞こえるけど?」
「違うんだよ! カレーライスとライスカレーくらい違う!」
「母さん、誠司が恥ずかしがってるからそのくらいにしてやれ」
「あら、やっぱり?」
俺は盛大に溜息をつきつつ立ち上がり、ドアに向かって歩きつつ口を開いた。
「……もういいよ。んじゃ、ユキ連れてくる。なんか引っ込み思案みたいだからお手柔らかに頼むよ?」
「おお、誠司が気を使うなんて珍しいな、母さん?」
「やっと誠司にも春がきたのかしらね、あなた!」
「……父さんと母さんも気を使うことを覚えたほうがいいよ」
「いつもなら軽く流すのにな?」
「そうね、これはきたわね!」
ダメだ、話せば話すほど疲れる…。
階段を重い足取りで上った俺は、自分の部屋のドアをノックした。
「おーい、入って大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
焦った感じのユキの声が聞こえ、俺はホッと一息。
また覗いたら洒落にならんからな…。
十数秒して、遠慮がちに「ど、どうぞ」と声が聞こえ、俺は部屋の中に入った。
部屋の中では、昨日の服(買った方とお古)を着たユキが、脱いだ寝巻き(これも俺のお古だったりする)を抱えて何故かベッドに正座し、ぴょこんと立った寝癖を直そうと手で押さえつけていた。
「…なんで正座?」
「そ、その。落ち着かなくて……?」
俺は机に向かって歩きながら話しかける。
「いや、遠慮せずに座布団使っていいぞ。クローゼットに予備あるし」
「で、でも……」
「ん、別にクローゼット開けてもいいんだぞ?」
「ご、ゴキブリとかいないです……?」
あ、もしかしなくても俺のせいか。
「いないハズだぞ。いるとしたら理香の部屋のじゃないか?」
「そ、そういうことだったんですか……」
ユキはなにやら一人で納得したように頷いている。狙い通り。一応、俺は何のことだか分からないフリをしておく。
「……クローゼットがどうかしたのか?」
「い、いえ! なんでもないです!」
俺はその様子に若干微笑みつつ、机の引き出しから寝癖直しのスプレーを出した。
そして、直らない寝癖と格闘するユキの隣にいく。髪が長いから大変そうだ。この部屋は鏡無いし。
「ユキ、ちょっと直してやるから手をどけてみ?」
「――――えっ!? は、はい……」
適当にスプレーをかけて手で撫で付けてやると、癖毛ではないようで寝癖は簡単に直った。
……なんか、サラサラしてて気持ちいいかもしれん。
ユキの真っ白な髪は白髪と違って光沢があり、白金色にも見える。
例えるなら絹のようなさわり心地で、グルちゃんより気持ちいい感じだった(グルちゃん、ゴメン)。つい、寝癖が全て直っても撫で続けてしまった。
耳の横の毛を直すフリをして顔を窺うと、ユキは若干くすぐったそうだったが、概ね気持ちよさそうだった。
「ユキー、終わったーー?」
と、そこでいきなり理香が部屋に入ってきた。ユキがビクッと驚いて顔を真っ赤にするが、俺は内心の動揺を押し隠して、何食わぬ顔でスプレーを吹きかけ、髪を直すフリを続行した(とっくに全部直っている)。
「……お兄ちゃん、熱でもあるの?」
理香が興味深そうな目で見てきていた。「恋の熱なのか」と聞いてきているのは長年の勘で伝わってきたが、俺は何食わぬ顔で答えた。
「熱は平熱だが、あえていうならこの髪、めちゃくちゃ触り心地いいぞ?」
「――――ふぇっ!?」
「え、ほんと!? ユキ、私も触っていい!?」
恥ずかしがりすぎて、むしろ熱があるのはユキのほうな感じだったが、目をキラキラさせて駆け寄ってきた理香に「は、はい……」と遠慮がちにユキが答え、理香もユキの髪を触りだすと「おぉ~~!」と感嘆の声を出して、俺に向かって頷いて言った。
「お兄ちゃん、コレはいいね!」
「だろ?」
「あぅ~……」
そのあと、しばらくユキの髪を二人で弄り倒してから、俺は着替えてリビング戻ったのだが、合計で30分以上かかってしまった(いつもなら長くても10分)。
で、ユキと父さん母さんの顔合わせである。
リビングの食卓に全員で座り(イスは5個常備されている)、俺の左隣がユキで、右隣が理香。向かいに父さんと母さんという配置だ。
父さんと母さんは、ちゃんと優しい視線をユキに送ってくれていたのだが、ユキは緊張してるのかガチガチだった。
ユキが助けを求めるような視線を俺に送ってくるのを感じつつ、とりあえず話を切り出した。
「えーと、父さん、母さん。コイツがユキ。ユキ、俺の父さんと母さんな」
「は、初めまして…。 白河 雪です…!」
「初めまして、誠司の父の隆司だよ」
「母の香奈です。しばらくよろしくね、ユキちゃん」
「よ、よろしくお願いします…?」
そう言いつつ、ユキは若干不思議そうに俺のほうを見てきた。「…しばらくです?」って聞かれてる気がする。ああそうか。冬休み中預かるって言ってなかったな。もうすぐ帰されるか、1日くらいだと思ってるのだろう。
「悪い、言ってなかったけど冬休み中預かる予定だから。帰りたくなったら別だけど」
「―――――えっ!? ……い、いいんですか?」
「やったー! ナイスお兄ちゃん!」
ユキは「信じられないです」といった顔だが、どことなく嬉しそうだった。
理香は小躍りしそうなくらい喜んでいる。ユキの髪の毛にかなりハマったみたいだしな。
「そういうわけだがユキちゃん。誠司が嫌なことをしてきたら遠慮なく言ってきてな?」
「は、はい…」
父さんが言うと、ユキは既に起こった数々のハプニングを思い出したのか顔を赤くしたが、父さんと母さんはなにやら意味ありげに目を合わせただけで何も言わなかった。
……後で俺に絡んできそうだな。
母さんが空気を変えるべく、口を開いた。
「そういえば、ユキちゃんって歳はいくつなの?」
「は、はい。14歳で、明日で15歳です」
空気が一瞬沈黙に包まれ、次の瞬間爆発した。
「同学年だと――――ッ!?」
「―――――ユキって、クリスマスが誕生日っ!?」
「―――――……見えない」
「―――――うらやましいわ」
「……私、そんなに子どもっぽいです?」
ユキが拗ねたような顔で俺を見てきたが、俺は苦笑いだけ返した。
すみません、今回もこんな話です。
どれくらい過去編を続けるか、はかりかねてるんですが…。
止めようと思えばもういつでも止められるんですが、どうでしょうか?
そろそろ終わらせたら? とか、もうちょっとやれば? とかご意見いただけるとありがたいです!