第二話:Light fall [1]
12月23日。冬休み初日。
雪が絶え間なく降り続いていた。こんなに雪が降ったのはいつ以来だろうか。一応首都圏にあるこの街は、けっこう田舎だが雪はあまり降らない。
俺は、グルちゃんの散歩を終えて家に帰る途中だった。雨が降ろうが雪が降ろうが台風だろうが、俺はグルちゃんの散歩は欠かさないことにしている。グルちゃんが行きたがらないことがあればその限りでも無いが、今までにそんなことは一度もない。
そして、迷子(?)を見つけた。迷子だよな?
悩むのも無理はなく、その少女の髪は雪のように真っ白だったのだ。
実はお婆さんで、迷子じゃなかったなんてことだったら洒落にならない。
こっそり近づいてみると、少女の瞳は比喩ではなく真っ赤だった。
泣いて真っ赤になっているのではなく、もとから赤い色のようだ。
年は十代前半…俺の2つ下くらいだろうか? ちなみに俺は今14歳だが。
そして、少女の目から一筋の涙が流れ落ちるのが見えた。
少女の真っ赤になった手と、うっすら積もった雪、傘も差さずにずっとここにいたのだろう。どう考えても訳ありだよなぁ…。
何はともあれ、こんなところにいたら風邪をひくだろう。俺は少女の頭の上に傘を掲げて雪を遮り、言った。
「おいコラ、子どもは帰ってコタツに入る時間だぞ?」
声を掛けると、戸惑った表情の少女が顔を上げた。
異様とも言える髪と瞳の色だが、少女の顔はまるで人形のようで、そこまで俺に違和感を抱かせなかった。
この様子だと、コイツは家に帰る気ないんだろうなぁ…。
ひとまず親に連絡入れて適当にウチで暖めてから帰すのがいいかな。
ただ問題は、この街でこんなヤツは見たこと無いってところだ。
知ってる子どもなら話は早いんだが。
何はともあれ、ウチの近くの交番で中津さんに手伝ってもらえばすぐ見つかるだろう。
中津さんは、完全記憶能力持ち(だと俺が勝手に思っている)で、知らないことがあるのをみたことはない――――いや、グルちゃんは謎の生物扱いだったかもしれんが。
少女がいつまでたっても返事をしそうにないので、俺は溜息をついてから言った。
「はぁ…。お前まさか、帰るコタツが無いのか?」
帰る場所がないのか? と聞くと泣き出す子もいるので要注意。というか、明らかに訳ありだから聞いたんだからな?
それに、帰るコタツがあるってのは大事なことだ。
少女が頷いたのを確認してから、俺は少女の脇に手を入れて抱えあげた。
腕力にはそこそこ自信があったのだが、少女をとても軽かった。
驚く少女を無視してグルちゃんにのせる。まぁ、もし騒ぎになっても日頃から交番に迷子を届けまくってる俺の実績と、日頃の善行から特に問題にはなるまい。
幸い、少女は特に抵抗しなかったので、無事に交番に着いた。
ああ、俺の顔面以外は無事だったとも。
そして、そんなに帰りたくないのか、交番を見て泣きそうになっている少女を見て、一体どんな親なんだと思ったら、孤児院に入ってると聞き、微妙な気分になった。
大松さんはいい人だが忙しく、あそこの孤児院の悪餓鬼全ての面倒を見きれないのだ。
いや、特殊な事情がなければ子供同士仲良くやるんだろうが、この子の外見だと全くなじめなくても不思議は無い。
そんなわけで、いつ帰すのかは明言しなかった。最近孤児院に入ったってことは、最近ご両親が亡くなったってことだろう(多分)。で、その影響でこの子が塞ぎこんでしまっているから上手くいかないのだろう。
まぁ、父さんと母さんも慣れてるし、理香のヤツも面倒見はいいほうだし、なんとかなるだろう。
…………
そんなわけで、ウチの前に到着した。
「んじゃ、グルちゃんありがとな!」
「ガウ!」
とりあえずユキ(混同して面倒なので、コイツはユキと表記する)を下ろして、グルちゃんの散歩も終了だ。
俺がグルちゃんにビーフジャーキーをあげて手を振るとグルちゃんは美味しそうに咥えて、尻尾を一振りすると去っていった。
ユキも遠慮がちに手を振って、それに気づいたグルちゃんが尻尾を振って返答した。
「おっ、グルちゃんが尻尾を振り返すなんて珍しい…。グルちゃんが懐いた人二人目だ、おめでとう!」
そう言うと、ユキは怪訝そうな顔になった。
「飼い主さんには懐いてないんです…?」
「いや、もうあれは懐いてるんじゃなくてそれより上の何かなんだよ」
大貫さんとグルちゃんは熱い友情で結ばれているのだ。戦友みたいな?
それを言うなら俺とグルちゃんも相棒みたいなものだが。
「まぁ、とりあえず寒いし中に入るぞ」
そう言って俺は鍵をポケットから取り出してドアを開けて中に入り、少女も遠慮がちにそれに続く。
「ただいまー!」
「お、お邪魔します…!」
「おかえりー!」
リビングの方から理香の声がした。
でもまぁ、とりあえず…。
俺はユキの冷たい手を引いて歩き、洗面所に放り込んだ。
「とりあえず風呂に入っとけ。風邪ひくぞ」
「は、はい…」
毎日この時間に帰ってくる俺のために、理香が風呂をいれておいてくれるのだ。
(その代わりに俺が晩飯をつくる協定だが、理香がつくるとヤバイのでこれでいいのだ)
ユキを洗面所に放り込んだ俺は(洗面所と風呂場は繋がっている)、とりあえず適当に理香に事情を話して服を用意することにした。
リビングに入ると、理香はソファーに座って真剣な表情でマンガを読んでいた。珍しい。
「理香ー、迷子拾ってしばらく面倒みるからよろしく」
「うんー…って、またなのお兄ちゃん!?」
俺は冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぎ、一気に飲み干す。
「まあなー。今回は大松さんとこの子どもなんだけど、ちょっと不思議な見た目だけど大人しそうだから多分平気だと思うぞ?」
「男の子? 女の子?」
大人しいと聞いて、理香が身を乗り出してきた。
「女の子だな」
「やったー! お兄ちゃんグッジョブ!」
前に理香は俺が保護した女の子と仲良くなったことがあった。
親が仕事で忙しく、家出したその子を俺が保護して、いつも3人で一緒に遊んだりした。
その子が親と仲直りする手助けをしたりした(背中を押しただけだが)のだが、親の仕事の都合で引っ越してしまった。でも上手くやってるようで、毎年年賀状が来る。
そうそう、俺の両親は二人とも学校の教師で、いつも忙しい。
でも、とても優しくていい両親だ。
おっと、いけない。ユキの服を用意しないと。理香のを借りようかと思ったが、ユキはちっこいから無理かもしれん…。
「お兄ちゃん、その子の名前は?」
「ああ、ユキだってさ。特徴はちっこくて髪が白い」
「へぇ~」
「意外と驚かないんだな?」
「うん、偶然今読んでるマンガに出てるから。それにお兄ちゃんも驚いてないでしょ?」
「まあな。人間、大事なのは中身だよ」
「じゃあ、お兄ちゃんはアウトだね~」
「ははは~。今日の晩飯はカレーにするつもりだったんだけどなー?」
「お兄ちゃんには人間として大事なものが揃ってます!」
「よろしい。ところで、ユキの服どうしようか? 雪まみれで着れそうに無いんだが」
「じゃあ、私が買ってくる。どうせ近所だし。あ、お金はお兄ちゃん出してね」
「わかってるよ…。んじゃ、セーターは俺が昔着てたのでいいだろ」
「うん、下着と何か適当に買ってくるね」
財布から適当にお札を…。
「うおぉぉぉ―――っ!? 諭吉と5円玉しかないだと!?」
「いや、募金じゃないからお釣りもらえるよ?」
「おお、そうだった…。んじゃ、よろしく」
俺から諭吉を受け取った理香は、一旦自分の部屋に行って、ジャンバーだけ取って戻ってきて、ふと思い出したように言った。
「そうだ、サイズはどうするの?」
「ん? 子供用じゃないので一番小さいの買えばいいかな。それで小さ過ぎることは無いはず」
「はーい。それじゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃーい」
俺は理香に軽く手を振って、カレーを作り始めた。今日は隠し味にチョコレートを入れてみよう。
「おっと、ユキの服は洗濯しちまうか」
カレーは煮込む段階になったのでほっといて大丈夫だろう。
洗面所の前に行って、俺は叫んだ。
「ユキ! ちょっと洗濯機使うから洗面所入るぞー?」
「――――は、はい!」
返事したのを確認して扉を開けると、裸のユキが腕で胸とかを押さえて背中を向け、真っ赤な顔だけこちらに向けていた。ちっこくて細い体の割りに幼児体系ではなく、要所要所――――って、何やってんだ俺は!?
俺は一瞬だけ硬直したものの、すぐドアを閉めた。
おかしいな? 俺は確かに「入るぞ」と言って「はい」と聞いたんだが。
……まさかとは思うが、「入っていいか?」と言わないとダメだったか?
「……すまん、ユキ。俺の聞き方が悪かった」
理香だと、「いいよー」か「今ダメ!」のどちらかなので油断していた。
「えっと、だ、大丈夫です……」
消え入りそうな声ながらも許してくれるようで、俺はホッとした。
「っと、そうだ! 服を理香――俺の妹が買いに行ってくれてるから少し待ってくれ!」
「――――えっ!? そんな…申し訳ないです……!」
「どっちにせよ、お前の服はびしょ濡れだから着るの禁止だ。裸でいるわけにもいかないだろ?」
「はい……」
「あー、わかった! じゃあ今のお詫びの1つってことにしといてくれ。な?」
「わ、わかりました…」
よし、なんとか納得してくれた。
俺が変態だと思われたかもしれんが、悪いことばかりじゃないと思えば…。
というか、そうでも思わないとやってられん……。
と、そこでちょうど理香が帰ってきた。
「ただいま!」
「おかえり。ちょうど風呂出たみたいだからよろしく」
「はーい」
もう間違っても見るまいと、俺は台所に戻ってカレーにルゥを投下し、仕上げに没頭した。
カレーのいい匂いが漂うようになってきたころ、ユキと理香が戻ってきた。
ユキは赤いスカートと白いTシャツ、紺のセーター(俺のお古だから少しおおきい)を着ていて、髪は後ろで軽く結わえている。風呂に入ったからか顔色も良くなって、けっこう可愛い。
理香は「いい仕事したぜ」という表情で、ガッツポーズしてきた。
俺も苦笑いしつつガッツポーズを返すと、ユキが戸惑っていた。「何のサインです…?」って感じだろう。教えないのも可哀想かと理香に目で「言ってあげれば?」と伝えるが、「お兄ちゃんが言って」と返された。なぜかニヤニヤしながら。
むぅ、仕方ない。俺は肩を竦めつつ言った。
「今のガッツポーズは、ユキが可愛いなーって二人で話してたんだよ」
「――――えっ!? あ、ありがとうございます……」
真っ赤になって恥ずかしがる姿に、俺と理香は思わず笑ってしまった。
ユキは顔を真っ赤にしながら(多分、怒ってるのではなく恥ずかしがっている)、頬を少し膨らませて上目遣いに睨んできた。
「うぅ~…。どうして笑うんです…?」
「悪い悪い、可愛かったから。つい」
「ごめんごめん、ってお兄ちゃんが素直なんて気持ち悪い!?」
「理香、カレーに豆板醤入れてやろうか?」
「ごめんなさいでしたっ!」
「か、辛いのはやめてください!」
ユキまで慌てふためいて、俺と理香は顔を見合わせて笑った。
「うぅ~…辛いのはダメなんです……」
「冗談だって! 今日は甘めに作っといたよ」
「ほ、ほんとうですか!?」
「お兄ちゃんも甘いの好きだしね」
「甘辛いけどな。大松さんは辛いの好きだからなぁ…。あれと比べれば極甘だぞ?」
言いつつ、用意しておいた皿に盛り付け、理香に運んでもらい、ユキにはスプーンを持ってもらう。
そんなわけでテーブルにカレーが並び、俺たちは一斉に手を合わせた。
「「「いただきます!」」」
俺は一口食べて心の中で頷いた。うん、美味い。
水を飲みながら横の席のユキの様子を窺ってみると、恐る恐る最初の一口を口に入れるところだった。
口に入れた途端、ユキの顔がパッと明るくなった。
「おいしいです!」
「よっしゃ、どんどん食べていいぞ!」
「お兄ちゃんもカレーは上手だからね!」
「理香、お前には言われたくない」
「あはははは……」
ひょっとして、お昼ご飯を食べていなかったのだろうか。ユキは小さな口をせわしなく動かして無心に食べている――――。
「――――んむっ!?」
「―――――おいっ!?」
ユキが喉を押さえて苦しみだした。つっかえたようだ。俺は慌てて持っていた水をユキに押し付ける。
「――――流し込め!」
「―――――んぐっ……はぁ」
ユキはなんとか水を飲んで流し込むことに成功したようだった。苦しそうながらも息ができていた。まさかカレーを喉に詰まらせるとは。
「あ、ありがとうございます……」
「はぁ、気をつけてな?」
「お兄ちゃんが優しいなんて…。しかもそれお兄ちゃんの飲んで――――」
「―――ハハハ、理香に特別厳しいだけじゃないかな?」
余計なことを言おうとした理香に顔が笑ってるけど目が笑ってないという俺の得意技を叩き込んでやると、理香は殺気を感じたのか愛想笑いをしながらカレーを黙々と食べ始めた。
その後、調子に乗って食べ過ぎたユキが辛くなって涙目になってたりしたが、概ね平和に食事は終わった。
話が2話分の長さになったのでカットしました。




