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銀雷の魔術師  作者: 天城 誠
Episode:Snow
74/155

第一話:First

*今更言うまでも無いですが、この作品はファンタジーです。

 作中の設定は、実際の物理法則、生態系、法律などとは関係ないという方向でお願いします。






 舞い落ちる白い雪は、一体何なのだろうか。昔からずっと考えていた。

 太陽は笑顔。雨は涙。曇りは……顔を洗っている泡かもしれない。


 お父さんとお母さんは、雪はきれいだと、そして大好きだと言ってくれていた。

 私も、雪はきれいだと思う。でも、地面に落ちたら溶けて消えてしまう。

 


 そしてなにより、雪は冷たかった。



 私の心も冷たかった。



 雪が降りしきる中、公園のブランコに一人で座る私の手は、冷え切ってもう真っ赤になっている。それでも、帰りたいとは思えなかった。



 このまま……、ずっとこのままでいたらどうなるのだろう?

 私も雪のように溶けてなくなるだろうか?

 

 私の頬を一筋の雨が濡らし、その時だった。



「おいコラ、子どもは帰ってコタツに入る時間だぞ?」



 一瞬、自分に掛けられた言葉だとは思えなかった。私に声を掛ける人なんていないと思っていたから。


 傘で雪が遮られて初めて顔を上げると、犬(?)を連れた青年が私の上に傘を差し出していた。


 不思議な青年だった。いや、わたしから見たら青年というだけで、まだ少年かもしれない。むしろ少年っぽい。少年は人がよさそうな雰囲気で、かなり疑り深い私でも、何故かあまり警戒心が湧かなかった。



 突然のことになんて言えばいいのか分からずに戸惑っていると、少年は呆れたように溜息をついた。



「はぁ…。お前まさか、帰るコタツが無いのか?」


 …ふつう、帰る家じゃないだろうか。でも確かに帰るコタツはないので少しだけ頷くと、少年は「なるほど」と頷いた。



「そうだよな、帰るコタツがないのは辛いよな…。仕方ない、ウチのコタツを貸してやる」


「―――きゃっ!?」



 いきなり脇に手を入れて持ち上げられ、犬(?)の上に下ろされた。

 この犬(?)、大型犬以上に大きい上に、凄くフカフカしていて暖かい。



「おっと、落ちないようにちゃんと掴まっとけよ?」



 言われ、思わず毛を掴んでみると、サラサラしている上に柔らかくて、思わず少しだけ顔がほころんだ。それを少年が微笑ましそうに見ていることに気づき、私は顔が赤くなるのを感じつつ顔を俯けた。



「よし、ちゃんと掴まったな? グルちゃん、目標は俺のコタツだ。微速前進!」


「ガウ!」



 元気よく返事をしたグルちゃんはゆっくり歩き出した。少年は隣を傘を差しながら歩き、私とグルちゃんに雪がかからないようにしている。自分はモロにかぶっているが。



 それより、グル…ちゃん? この謎の巨大犬(?)は女の子なのだろうか。

 不思議そうに少年を見つめると、少年は視線を感知する能力でもあるのだろうか。前を見ていたのに、「ん?」と言って私の方を見て口を開いた。



「グルちゃんはロシア犬で、オスだけど飼い主さんの意向でグルちゃんって呼んでるんだ。『こんなに可愛いいんだ、グルちゃんだろ。それ以外認めねぇぜ』ってな」





 もし、この声真似が似ているのなら飼い主さんはお爺さんだと思うのだけど……。

 それに、この人が飼い主じゃないの? この人のお爺さんが飼い主さんなのだろうか?




「いや、飼い主は近所の大貫さんだよ。俺はそう……大貫さんの弟子マブダチかな」




 なんなのだろうか、この人は。心を読まれてるみたいで少し怖い。

 少し警戒するような顔になった私を見て、少年は楽しそうに笑った。





「はははっ、悪い悪い。けっこう当たってたか? グルちゃんの話なら誰でも興味あるかなーと思ってさ。あとお前、けっこう顔に出てるぞ」




 少年は邪気のない笑いで、笑われたことには不思議と腹は立たなかった―――。




―――きゅるるる…。




 …代わりにお腹が鳴ってしまった。私は顔が真っ赤になるのを感じつつ顔を俯けた。

 てっきりまた笑われるかと思ったのだが、こっそり覗き見ると少年が板チョコを差し出していた。




「2枚あるんだ。一枚やるよ」




 その顔にあるのは、哀れみでも慰めでもなく――――。

 

 お父さんやお母さんと同じ……優しさだった。





 板チョコを受け取って一口かじると美味しくて、思わず涙が溢れた。




「――――お、おい!? チョコ嫌いだったのか?」


 見当違いのことで慌てふためく少年が可笑しくて、私は泣きながら笑ってしまった。


「―――ぐすっ、ふふっ。……美味しいです」





「そうか、俺は初めてチョコの素晴らしさが伝わらない人に出会ってしまったかと慌ててしまったぜ……」


「私が泣いたから慌ててたんじゃないんです…?」





 そう聞くと、少年はみるからに不満そうな顔で口を開いた。


「む、せっかく人が見なかったことにしたのに…」


「チョコが嫌いで泣く人だとは思われたくないです。チョコレートが一番好きです」





 そう言うと、少年は輝くような笑顔になった。


「そうだよな! チョコレート最高! あと、カレーもいいよな?」


「……辛いのは苦手です」




 すると少年は大袈裟に落ち込んで見せ、膝をがっくりと地面についた。

 グルちゃんは「やれやれ、またか」といった表情で立ち止まって起き上がるのを待つ。

 すぐに少年は起き上がったのだが、その目がギラリと輝いた。

 


「辛さだけがカレーじゃない…! いいだろう、お前のその体にカレーの素晴らしさを刻み込んでやる!」



「――――ええっ!?」




 一体何をするというのだろうか。というか、よく考えたら誘拐されてないか?

 体に刻み込むとか、よく考えたらかなり危ない状況なのではないだろうか?



 でも、帰る場所なんてない……思わず再び涙が溢れそうになったが、その時少年は雪が降り続いているのに何故か傘を閉じ、叫んだ。



「しっかり掴まっとけ――――グルちゃん、全速前進! 滑るなよ!」

「ガウ!」



「――――きゃっ!?」




 言われて反射的にしっかり掴まった、次の瞬間。少年が素晴らしいスピードで走り出したと思ったら、私の体を突風が叩いた。




 私を背中に乗せてるとは思えないスピードで、グルちゃんは雪の薄く積もった歩道を駆け抜ける。少年も楽しそうに走っているが、かなりの速度だ。



 流れる景色と風が、私の涙を吹き飛ばした。




「おっし、次を左だ!」

「ガウ!」



「任せとけ!」

「グルル!」




 なんだかこの二人(?)会話が通じてるような気がするのだが気のせいだろうか。

 そして、左というのは次の十字路のこと?



 ……まさか、この速度のまま曲がるのだろうか?




 そのまさかのようで、一向に速度を落とす気配はない。表情が硬くなった私に気づいたのか、少年が私に笑いかけた。




「任せとけ、俺もグルちゃんも絶対滑ったりしない。万が一落っこちたら、俺が受け止めてやる!」




 その自信と優しさに満ち溢れた笑顔に、どんなにアホな事をしているのか忘れて、思わず頷いてしまった。普通に減速すればいいのに。





「いくぞぉぉぉぉ―――――ッ!」


「グルルル―――――ッ!」





 少年とグルちゃんは絶妙な角度で十字路に入り、グルちゃんは爪と4本の足を巧みに使い、なんと危なげなく曲がりきってしまった。かなりの速度だったのに。



 少年もどれくらい滑るか計算していたかのように巧くバランスをとり、若干滑りかけたものの、なんとか持ち直して曲がりきった。




 犬(?)に乗ってドリフトっぽく十字路を曲がったのは(当然)初めてだったので、思わず顔が綻んだ私に、少年はニヤリと笑いかけた。



「―――どうだ、気持ちいいだろ?」


「……――――はい! あっ!?」


「―――――ガウ!」





「――――え? んがっ!?」



 余所見をしていた少年は、落ちていた空き缶を踏んで、派手に転んだ。

 顔面を強か地面に打ちつけており、かなり痛いと思う。


 


 少年はものすごく憮然とした表情で、雪を鼻につけたまま立ち上がり、私はこらえきれずに少し笑ってしまった。



「――――くすっ」



「くっ、俺はリアクション芸人じゃないのに……!」




 そう言いつつ少年は空き缶を右の掌の上に乗せ、何を思ってか、左手を空き缶を押しつぶすかのように打ち付けて――――。



――――パンッ!



 両手が打ち合わされる乾いた音だけが鳴り、少年が手を開くと掌の上にあった空き缶は跡形もなかった。



「――――ええっ!?」


「よし、グルちゃん微速前進!」



 私の驚きの声を無視して、少年とグルちゃんは歩き出した。

 もう走るつもりはないのか、少年は再び傘を私とグルちゃんの上に差している。


 ……すごく気になる。どうして缶が消えたのだろうか。

 聞いてみようと思った。きっと何かトリックがあるのだ。



 しかしその前に、私たちはある建物の前で立ち止まった。



 …私にも何の建物であるかすぐに分かった。

 こういう時であれば、絶対に来る場所……交番だった。







 そう、迷子を拾ったのだから当然のことだ。

 私には帰る場所がないけど、帰らされる場所ならある。



 楽しい時間は、いつもこうして突然無くなってしまう。



 ……さっきよりも切実に、帰りたくないと思った。

 お父さんもお母さんもいなくなってしまってから、こんなに笑ったことなんて…こんなに楽しかったことなんてなかったから。



 それに、どうしてだろうか。この少年ともっと一緒にいたいと思った。


 

 でも、もう会うことなんて二度とないかもしれない。

 そう思うと、何故だか涙が溢れて――――。






「おーい、言っておくが俺は約束を破る気は無いからな?」



 少年が不満そうな顔で、私の顔をのぞきこんでいた。




「――――えっ!?」



 少年はそれには答えず、交番の中に呼びかけた。




「おーい、中津さん! いますかー?」



「はいはい~。いるよ~? 誠司くん、今日はどうしたんだい? 落し物? 迷子? 強盗捕まえた? それとも僕に差し入れとか?」




 中津さんという男の人は、どうやら警察官らしかった。制服を着ているのだが、なんだか警察官というには、のほほんとした感じだった。

 …そして、少年は誠司という名前なのだろうか?




「公園で女の子が一人でいたんだよ。なんか届出ある?」


「うん、3丁目の孤児院から来てるよ。大松さんとこの?」




「ん? あそこにコイツいなかった気がするけど?」


「あー、最近来た子らしいね?」



 ……中津さんという人は、書類など全く見ないで話しているのだが、まさか暗記しているのだろうか。いや、私が目立ち過ぎただけだろうか。


 それより、誠司…さん? は孤児院に来たことがありそうな口ぶりだった。私が来る前みたいだけれど。


 話がどうなるのか全くわからず、グルちゃんの上で体を硬くしていると、グルちゃんは私を宥めるように低く唸った。





「まぁいいや。大松さんに電話だな。中津さんよろしく」


「はいはい。えーと、あそこの番号は~?」



 中津さんは、やはり何も見ないで番号を迷い無く入力していく。…何者なのだろうか。



「ほいっ、誠司くん」


「ありがと。もしもし、誠司ですけど。大松さん?」




 中津さんがスピーカーモードにしたので、私にも会話が聞こえた。



『あら、誠司ちゃん? ちょっと今一人いなくなっちゃって……見かけなかった?』


「あー、今さっき拾ったんだけど、寒そうだからコタツ貸す約束したんだ。適当に帰しに行くってことでいいかな?」




『いつもいつもごめんね…。今度ウチに来たとき、カレーをご馳走するわ』


「おおっ! さすが大松さん、太っ腹!」




『あらあら、もう一度言ったらカレーに豆板醤を入れますよ?』


「…大松さんはいつもお美しいです」





『あら、最近の子はお世辞が上手ね!』


「滅相もありません。それじゃ、また今度」




『はいはい、ありがとうね』




――――ガチャッ。 ツーツーツー。




 ……適当に帰しにいく? そんなのアリなのだろうか。


 予想外の展開に呆然とする私に、彼はニヤリと笑いかけた。




「ま、これが日頃の善行の賜物だな。俺の父さんも母さんも細かいことは気にしないし、俺と妹もそうだ。お前が嫌ならすぐ帰すけど、どうする?」




「……帰りたくない……です」




「…そっか。お前、名前は?」





「…白河しらかわユキです」




 彼は、私に手を差し出し、微笑んで言った。




「俺は天城 誠司だ。よろしくな、雪」




「――はい…!」




 差し伸べられた手を握ると、冷え切った私の手に、とても暖かかった。



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