第十話:夢
エリシアは、お見合いの話で飛び出して、少ししたら気を失って落下してきたとのこと。
幸い、地面に激突寸前で目を覚まして勢いを抑えたので大事には至らなかったが、何を聞いても生返事で、俺ならあるいはということで、リリーが俺を探しに出ようとして玄関で鉢合わせたらしい。
結局、エリシアの様子がおかしかった理由は分からない。
一応、家の周囲に結界を張ったので、エリシアといえども俺に気づかれずに脱走するのは無理だ。エリシアが本気で逃げたら捕まえるのは至難の技だが。
……でも、どうしてあんなことになったんだ?
何か必ず理由があるはず――――。
『――――あり、がとう』
(―――――ッ!?)
胸がキリキリと痛む。
そうだ。この声は一体誰だったのだろうか?
……思い出したくない?
そう、なぜか思い出したくないと、俺は思っている。
その時、結界に誰か入ってきた。というか、誰かは分かったのだが…。
なにはともあれ、俺は玄関に行き、呼び鈴が鳴る前に扉を開けると、ちょっと驚いた顔のフィリアが扉の前にいた。
正直、突然の訪問に驚いたのは俺のほうだったのだが、フィリアは心配してきてくれたのだろう。せっかくなので得意技の全魔法遠隔式紅茶淹れを披露してあげた。
で、紅茶を飲みつつ、フィリアは<シルフィード>を渡してくれた。
「<シリウス>が見つけてくれたんです」
ニッコリ笑うフィリアに、俺も笑顔を返した。
「おお、ありがとな。フィリア、シリウス」
しかし、フィリアに心配そうな顔をされた。
「アル、大丈夫ですか?」
「へ? ああ、大丈夫だぞ?」
何を聞かれているのかよくわからなかったが、とりあえず大丈夫だといっておいたのだが、リリーにすら、いつもの呆れた目ではなく、心配そうな目で見られた。
「お兄ちゃん、無理してるのが見え見えだよ…。大丈夫?」
「リリーに本気で心配される日が来るとは……」
「…どういう意味?」
「え、そのままの意味」
「……まあいいけど。ほらお兄ちゃん、紅茶のお代わりあげる」
「…なんか気味が悪いんだが」
俺は冗談めかして言いつつ紅茶を飲むと、そのまま意識が遠のいて寝てしまった。
「……はぁ、いつものお兄ちゃんなら絶対気づいたのに」
「その……こんなことしていいんですか?」
睡眠薬を盛ったリリーを不安そうな目で見るフィリアだが、リリーは疲れたように溜息をついて、言った。
「だって、さっきからお兄ちゃん変だし。フィリアがいればエリーもなんとか見張れるし、お兄ちゃんは少し休んだほうがいいよ」
「…そうですね。私も微力ながらお手伝いします!」
そして俺は、いや、俺たちは夢を見た。
もう二度と戻れない夢。
刹那の夢。目覚めれば儚く消えてしまう。
それでもそれは、確かにあったんだ。




