第八話:墜落
さて、俺は隣の山の頂上付近にデカイ洞窟を見つけた。
高さがおよそ6m、幅12mくらいだろうか?
明らかに何かありそうである。
俺は一応武装チェック。<天照>、<シルフィード>、<アウロラ>、<アイテール>、<アルザス>。全て問題は無さそうだ。一応、鞘の向きを調整しておく。
少し重いのはいつものことだし、射出すればその分軽くなるから問題ない。それに、ミスリル製の武器はものすごく軽いし。
洞窟の中は、光る苔が生えていて薄明るい。こういう場所って、魔力濃度が高くて魔獣が強かったりするんだよなぁ…。
俺は、洞窟の中に足を踏み入れ、その空気に驚いた。
「…ものすごく嫌な予感がする」
魔力濃度が異常すぎる。魔力が濃過ぎて魔力探知が阻害される。濃霧注意報ものだ。
仕方ない。どちらにせよ戦うのなら――――。
「吹き荒れろ、破滅の風よ! <ルインズ・ハリケーン>!」
台風に匹敵する魔力の風が洞窟の中に吹き込み、溜まった魔力を一気に押し込む。ついでに、岩の表皮を一気に風化させつつ。弱い魔獣なら一掃できるだろう。
この術は突風と腐食・風化で攻撃する術で、何かを吹き飛ばしたいときには便利だ。
まぁ、今回は(魔力的な)見晴らしがよくなった代わりに呼び鈴を大音量で鳴らしたに等しいのだが。たくさん出てくる代わりに不意打ちはなくなるだろう。
俺は、念のため魔力をチャージしつつ洞窟の中に入っていった。
多量の魔力をチャージしている間は維持するためにマナが少しずつ減っていくのだが、今回はかなり危なそうなので贅沢言ってられない。
魔力を吹き飛ばしていることで、エリシアの危険感知魔法が発動しないのだが、それは俺の知るところではなかった。
さて、50mほど歩いただろうか。出るわ出るわ。蜂の巣をつついたかのように大量の魔獣の気配がわらわらと。
Bランク吸血コウモリの<ダークバット>や、Aランクトカゲの<バシリスク>など。ちなみに、<バジリスク>ではない。あっちはSSS級伝説魔獣で目を見ると死ぬが、こっちはただの凶悪なトカゲだ。
少なく見積もって50匹くらいはいそうだ。特にコウモリが多い。
まぁでも、こんな雑魚なら何匹いても変わらないかもしれないが。
「雷撃よ、敵を殲滅せよ! <サンダー・ジェノサイド>!」
俺の掌から銃弾の如きスピードで放たれた、バランスボールくらいの大きさの白い雷弾は魔獣の群れの前で炸裂し、大爆発した。
洞窟が激震し、俺は崩壊も考慮していたのだが、想像以上に丈夫だった洞窟は持ちこたえた。崩壊すれば雑魚一掃できたかもしれんが。
やっぱり、狭い洞窟の中なら火力で押し切れるな。全方位からだとやばかったかもしれんが。
「天をも切り裂く雷! <サンダーボルト>!」
追加で放った白い雷が魔獣の群れを深く抉り、魔獣の断末魔の叫びが洞窟に響く。が、まだまだ奥から出てくるようだ。どんだけ蔓延ってるんだよ。
「乱れ飛べ雷砲! <ガトリング・サンダーブラスト>!」
横一列に順に十数本のレーザーを叩き込み、一気に雑魚を吹き飛ばした。
しかし、爆煙を切り裂いて――――。
「グギャァァァァ―――――ッ!」
「――――んなっ!?」
恐ろしげに赤く輝く眼。鋭い牙に爪。若干退化気味だが、十分な迫力を持った翼。
…そして、広い洞窟一杯に広がる巨体。
おかしいな。<ディザスト・リザード>はこの半分くらいの大きさだとギルドにはあったんだが。まさか特異体?
しかも、なんか巨体に見合わぬ素早い動きでどんどん俺に接近してくる。カサカサと。
ドラゴンっぽい生き物がカサカサ接近してくるのはなんか怖い。マジで。
それでドラゴンに似てるって話をした時にエリシアがなんか不満そうだったのか。そりゃあ、こんなのとは一緒にされたくないよな。
――――というか、なんか尋常じゃなく速い!?
俺は慌てて出口に走り出すが、どんどん距離を詰められる。
「――――うおぉぉぉぉ!? <ウイング>!」
間一髪、飛び立った俺は洞窟を飛び出してそのまま上空へ。リザードは洞窟の前にあった岩に激突して粉砕。しかし何事もなかったかのように上空の俺を睨みつけてくる。
ビッグボアより間違いなく硬そうだな。さっきのワイバーン特異体よりは明らかに弱そうだが、あんまり戦いたくない感じだ。
まぁでも、上空から狙い撃ちにすれば――――。
そのとき、計ったようにリザードが退化しているようにしか見えない翼を広げ―――翼が魔力で拡張した。
「うわぁ……」
拡張した部分の翼は、レーザー製ですと言わんばかりに光り輝き、まさに光の翼。
…ってことは、あれに当たると真っ二つだろうか?
「――――グギャァァァァ!」
リザードはミサイルの如く地上を飛び立ち、一直線に俺に突っ込んできた。
めちゃくちゃ速い。
俺は咄嗟に<シルフィード>を引き抜いてぶん投げた。
「<サーマルブラスト>!」
白い流星となった<シルフィード>は、突っ込んでくるリザードの顔面に直撃し―――。
あっけなく弾き飛ばされた。
「―――嘘だろっ!?」
かつて、こんなにあっさり弾かれたことがあっただろうか。いや、ない。
しかも、リザードは俺の目の前にまで接近されてしまった。バチバチとスパークする光の翼の音まで鮮明に聞こえる。
俺は、せめてダメージを軽減すべく魔力装甲を全開にしつつ、牙と爪を避けるべく全力で下に飛び、しかし、あえなく激突。その圧倒的な速度と質量に叩き落された。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その数時間前。エリシアはリリーと家に帰ってきていた。空から。
馬が面倒だったので、私が軽く魔法で眠らせて飛行魔法で運んでいる。
同時に私とリリーと馬に飛行魔法をかける荒業だが、私の魔力は人間とは比較にならないほどあるので特に問題ない。
それでも、私の魔力操作はあまり上手じゃないので、失敗して魔力回路がショートし、魔力切れみたいになるのもしばしばなのだが。ただ魔力多ければいいというものでもない。
(アルが関係なければ失敗したことはないですけど…)
アルがピンチだと、つい魔力を一度に込めすぎてしまうのだ。前にアルに注意したのは私なのに。偉そうなことを言っておいて自分ができないなんて最低だ。そのことについてはしっかり謝りたいのだが、できない理由が恥ずかしくて話せそうにない。
…今度失敗したらちゃんと謝ろう。アルならきっと許してくれる。
と、下の街道を皇都に向かって走る馬が見えた。なにか特殊な郵便?
もしかすると、お父さんに何か特殊な任務でも入ったのかもしれない。もうすぐ子どもが生まれるお母さんも心配なので、早く戻ることにして速度を上げた。
「ねぇエリー。さっきの見えた?」
おそらくというか、ほぼ確実に先ほどの郵便だろう。
「はい。もしかして何かお父さんに任務です…?」
そう言うと、リリーは難しそうな顔になった。
「……そっか、エリーは話を聞いてなかったからなぁ。もっと面倒だと思うよ?」
「…え、リリーは何か知ってるんです?」
「あー、飛行魔法中だし家についたら分かるよ」
「ええっ、気になります…」
「意地悪してるんじゃないからね?」
若干きまずそうなリリーを見ていると、それが本心だと分かる。飛行魔法中だとまずいというのは、そんなに集中が乱れるような話なのだろうか?
飛行魔法は気を抜くと錐揉みして墜落するハメになる制御が大変な魔法だ。私はいつもは翼で飛ぶから楽なのだが、今回は3人纏めてなので翼は使っておらず、気は抜けない。
確かに、今ヘンな話を聞かされたら墜落するかもしれない。
仕方がないので、私は一気に速度を上げて家まですぐにたどり着くのを選択した。
「――――きゃぁぁ!? 速い! エリー、速すぎ!」
珍しく可愛い悲鳴をあげるリリーを無視し、数十分かかるハズの距離を数分で飛んだ。
そして、馬を厩舎においてから屋敷に入った。
「「ただいまー!」」
二人で同時に言うと、遠くからお父さんの疲れたような声が返ってきた。
「おかえり~…! 悪いんだが、二人ともちょっと来てくれ…!」
私はリリーと「話していた通りです」と顔を見合わせてから、小走りでお父さんの書斎に向かった。貴族にあるまじき行為だったりするが、この家では誰も気にしない。
手を洗うのが面倒なので、私は魔法で一気に全身を浄化した。リリーには自分でやってもらうけど。この魔法は独特の感覚があるので、他人にやられると凄くくすぐったいのだ。
前に私が泥まみれになった時にアルにかけられたのだが、筆舌に尽くしがたい恥ずかしさだった。しばらくアルの顔を直視できないくらいには。
リリーが手だけ浄化するのを横目で見つつ、私たちは書斎のドアの前にたどり着いた。
リリーがドアをノックする。
「お父-さん。入っていい?」
「ああー、入ってくれー!」
ドアを開けると、いつもお父さんが仕事に使ってるデスクの上にうず高く書類が積まれ、お父さんの顔が見えないくらいだった。
リリーが感心したように呟いた。
「…うわぁ、さすがお兄ちゃん」
「どういうことです?」
私が不思議そうな目で見つめると、リリーは気まずそうに目を逸らした。
「えーと…。実はお兄ちゃんにお見合いの話がいっぱい来るって話を聞いてて――――」
「――――えっ…!?」
アルがお見合い? お見合いということは…つまり、アレなのだろうか…?
私は普通に喋ったつもりなのだが、思いのほか掠れた声が出た。
「で、でも…アルはお見合いとかしないんじゃないです…?」
リリーが何か言う前に、書類の山の向こうからお父さんの申し訳なさそうな声が聞こえた。
「それが、この国だと貴族の協定でお見合いは断れないんだよ…」
もともとは優秀な血を残すことを目的として作られたもので、養子であるアルには関係ないハズなのだが、協定の内容は『貴族同士では、相応の理由が無ければ見合いを断ることは禁止』というだけであり、養子がどうこうとかは決まっていないらしい。
数百年前からある協定であり、例外はない。しかも最低でも誰か一人と結婚を前提に付き合うのが暗黙の了解らしい。
今までは、なんとお父さんが皇様経由で色々やって何とか押しとどめていたらしいのだが、アルが交流戦で優勝したせいで周囲からの圧力が洒落にならなくなったらしい。
「そんな……」
「だ、大丈夫だよ、エリー! お兄ちゃんなら何とか――――」
自分でも分かるくらい顔が真っ青になる私をリリーが励ましてくれたのだが、憔悴しきったお父さんの声が更に追い討ちをかけた。
「すまん、リリーとエリーにもお見合いの話がきてるんだ……」
「――――えっ!?」
「――――エリーはともかく、なんで私まで!?」
「ど、どうして私はともかくなんです!?」
私は純粋に驚いたのだが、リリーはいつものアルを見るときの呆れた目で見てきた。
「…エリーって、ひょっとしてお兄ちゃんと同類?」
「ええっ!?」
それって、私も鈍いってことなのだろうか。でも、私はアルと違って告白されたりしてないのに。
顔に出ていたのか、リリーは溜息をつきつつ指摘してくる。
「エリーはいっつもお兄ちゃんにベッタリだから、告白する猛者なんてそうそういないけど、お兄ちゃんが誰とも付き合ってないという情報は学校中の知るところだし、それならエリーも誰とも付き合ってないのは明白でしょ?」
とのこと。
あと、アルと私は母親違いの同い年兄妹だと思われているらしい(この国だと、養子より圧倒的にそっちが多い。一夫多妻制だし)。それだと結婚はできないので、チャンスがあると思われてるんだとか。
それでも、私にはどうしても聞かなければならないことがあった。
「で、でも、どうして私なんです!?」
そう言うとリリーは苦笑いして、私の肩に手を置いた。
「おめでとう、エリー。お兄ちゃんと全く一緒だよ」
「―――ええっ!?」
リリーはかつてなく呆れた顔で私の頬をぐにぐに引っ張った。
「エリーくらい可愛い子なんて、そうそういないんだよ? 自覚無かったのかぁ…」
「れ、れもっ! ほんなふうひいわれはほほないれふ!」
「え、そんなふうに言われたことない? あー、お兄ちゃんのせいだったか…」
「…いたいです」
「ごめん、つい」と、リリーは軽く謝って、それからお父さんのほうに鋭い視線を向けた。
「お父さん、私とエリーのほうはなんとかならないの? ねじ込みはお父さんの十八番でしょ?」
「むぅ…。アルとエリーは交流戦で活躍してる分かなり押し込んできててなぁ…。リリーは受けるだけ受けて、気に入らなければ断れるかもしれんが…」
言外に、私とアルはどうにもならなそうだと言われてしまった。
…私が無理に断ったりすれば、お父さんとお母さんに迷惑がかかるのだ。
それは、既に疲れきった様子のお父さんからも明らかだ。
でも、お見合い? 結婚を前提にお付き合い? そんなのは嫌だった。
行き場のない気持ちに目頭が熱くなるのを感じた私は、部屋を飛び出した。
「「エリー!?」」
お父さんとリリーの驚く声が聞こえるが、私は廊下を駆け抜けて中庭に出ると、翼を出して一気に飛び上がった。
風を切り裂き、分厚い雲を突き破って雲の上に出た私は、自分の空けた穴から遥か遠くの地上を見下ろした。
何もかも小さく見える。人も、建物も、木や山も。
でも、こんなに高く飛んでも、お見合いの話から逃げられるわけじゃない。思わずそう考えてしまい、溜まっていた涙が遂に流れ落ちた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。さっきまであんなに平穏だったのに。そう、アルがいない以外はとても幸せだった。
「……アル、会いたい…です」
アルがいないことを考えると、涙が止まらなかった。
初めて会った時、見ず知らずの私を命がけで助けてくれた。
ドラゴンなんてみたことなかったハズなのに、私なんかにご飯をくれて、こんな私に優しい言葉をかけてくれて、家族にしてくれた。
アルといるといつも楽しくて、夢みたいだった。
今までアルにかけてもらった言葉や、アルの笑顔を思い出していると、いつの間にか涙は止まっていた。
そう、アルと一緒にいるだけでそれ以上何もいらないくらい幸せだった。
このままじゃいけない…。
アルに私の気持ちをちゃんと伝えるんだ。
今まで、アルにちゃんとあの時のお礼を言ってない。
アルのおかげで、どれだけ私が救われたのか、どんなに幸せか伝えてない。
たとえ、アルが他の人を好きでも私の気持ちは…。
『ありがとう』と、『大好き』は変わらないから。
「私は――――、あ…れ……?」
急に、激しい頭痛と眠気に襲われた。
視界が白く明滅し、翼が上手く動かない。頭の中が生暖かい霧につつまれたように、うまく思考がまとまらない。ぐるぐる回る景色と、身体を叩く風がどこか遠くのもののように感じる。
(――――落ち…てる?)
小さかった山や建物が、徐々に大きくなっていく。
落ちたらどうなるのかという思考もうまく働かず、ただ、翼を動かさなければとだけ考えるが、遂に視界が真っ白しなり、意識を失った。
(ア…ル――――)