第四話:フィリアの『家』
磨きぬかれた銀の食器に、豪華なシャンデリア。
めちゃくちゃ豪華なディナーが並び、俺は後悔していた。
(―――――どうしてこうなった…)
俺は、ほんの少し前にあった戦闘を思い出そうとしていた。
――――――――――――――――――――――――――――
何故か追われていたフィリアに、襲撃者たち。
なんか記憶が曖昧なのだが、玄武とか青龍とかと戦った気がする。
気がつくと戦闘は終わっていて、マナがかなり減っていた。ただでさえ枯渇しかかっていたので、けっこうマズい状況だった。
とりあえず地面に降りて、壁に背中をつけてよりかる俺を、フィリアは心配そうに見て、言った。
「アル、大丈夫ですか? …どこかで休んだほうがよろしいのではないでしょうか?」
「あー、確かにちょっとキツイ…」
俺が肯定すると、フィリアはしばらく考えてから、「良い事を思いつきました!」と言わんばかりに顔を輝かせて、言った。
「もしよろしければ、私の家にいらっしゃいませんか?」
……迂闊だった。普通そこで気づくと思うのだが、俺が気づいたのは、フィリアの勢いに押されて、フィリアの『家』の目の前に着いてからだった。
前世の記憶のせいで、無駄遣いは良くないとか考えてたのが悪かった。
フィリアの『家』を、俺は呆然と見上げつつ、言った。
「えーと、フィリア。そういえばここが『家』だっけ?」
「はい!」
ニッコリ肯定するフィリア。
そう、俺の目の前にあるのは、皇国最大の建造物にして、最重要拠点の『ラルハイト城』だった。
落ち着こう。お城? いや、俺そういうのダメなんだけど。マナーとか。
というか、娘が男を家につれてくる状況って、皇様的にどうなのよ?
いや、彼氏とかじゃないけど勘違いされても仕方ないよな。
俺は、やっぱり断ろうとフィリアの顔を見た。
ニッコリ笑っている。そして、フィリアは言った。
「私、お友達をお家にご招待するの初めてなんです!」
(断れねぇ――――!? なんだそれ!? 反則だろ!?)
いや、ここで断るのは酷いだろ? そうだよな?
覚悟を決め、晩御飯だけでもご馳走になろうか?
いや、色々まずいよな!?
「えーと、フィリアさん?」
「はい、なんでしょうか?」
「やっぱりいきなりお邪魔するのもまずいし、明日というのは…?」
「大丈夫ですよ、アルは筆頭貴族なんですから、誰も文句など言わせま…言いません!」
(――――言い直した!?)
だが、俺が貴族としてそこそこ重要な地位にあるのも事実(次男だけどね)。
よくわかんないけど、フィリアが大丈夫だと言うのだから大丈夫なのだろうか?
って、問題はそこじゃない!
そんなことを考えていると、フィリアが俺の手を引っ張って歩き出した。
「それじゃあ、参りましょう!」
「待てフィリア!? タイム、タイム!」
「門兵さん、フィリア・ラルハイトと私の客人のアルネア・フォーラスブルグ殿です。通らせていただきますね?」
「「――――ハハッ! 了解いたしました!」」
フィリアが顔パスで城門を開けさせ、突破。門兵さんは俺を止めてくれたりせず、フィリアに敬礼して直立不動の体勢を取った。
フィリアは俺に悪戯っぽく笑って、門の中に引っ張り込み、門が俺の背後で重い音を立てて閉ざされた。
その後「頼むから手を離してくれ、妙な噂が立つから!」と頼み込んでなんとか手を離してもらい、どこに行くのかと思ったら――――。
「お父様、只今帰りました」
「…フィリア、また勝手に出歩いていたようだな?」
皇様――――!?
俺は、フィリアの『お父さん』の部屋に連れてこられてしまっていた。
しかも、フィリアは無断外出だったようで、皇様は不機嫌であらせられます!
とりあえず俺は地面に片膝ついてこの世界流の最敬礼。
「で、そのほうは何者だ?」
皇様がこっちに視線を向けるのを感じ、俺は顔を上げずに答えた。
「はっ、お初にお目にかかります。フォーラスブルグ家次男、アルネア・フォーラスブルグであります。陛下」
我ながらそこそこの出来だと思う。
しかし、娘が男を連れて帰ってきた皇様の心境やいかに…?
若干冷や汗をかきながら反応をうかがうと――――。
「おお、アルベルクのやつの息子か! よく来たな。まぁ、座れ!」
皇様は、ソファーを手で示し、座るよう言った。
…父さん、意外と顔広いよな。
とりあえず、とんでもない事態になるのは避けられそうだった。
―――――――――――――――――――――――――――
それからしばらく、父さんの話で盛り上がった。
いびきがうるさいとか、料理がおかしいとか、腋毛がすごいとか。
決して父さんの悪口を言って楽しんでいたわけではない。親しみを込めて、父さんの愛すべき欠点をあげつらっていただけだ。
「そうだな、それでアルベルクのやつがクリス(アルの母さん)に告白したのと同じ日に、私もレイナ(フィリアの母さん)に告白していたことが分かってな」
「それは、すばらしい偶然ですね」
「お父様、そんなこともあったのですね」
とまぁ、当たり障りのない世間話をしていた時だった。いや、もしかすると、皇さまはコレを虎視眈々と狙っていたのかもしれない――――。
皇様は、ギラリと光る目で、こう言った。
「そういえば、アルネア君はフィリアとどういう関係なのかな?」
…怖いんだけど!? 皇様なのに丁寧なその言葉遣いが怖いんだけど!?
「えーと、私は――――」
俺が、なんとか当たり障りのない言葉で返そうと、考えたその隙を突いて、フィリアが先に答えた。
「アルは、私の大切な友人です」
ギリギリ無難な回答だと思ったのだが――――皇様がユラリと立ち上がった。
「友人……ボーイフレンドだとぉぉぉ―――――ッ!?」
(ぎゃぁぁ――――なんか変なスイッチ入った!?)
どうしていいのかさっぱり分からない俺と、キレた(?)皇様の目が合った。
――――殺られる!?
皇様が殺気を放ちだしたが、慌ててフィリアが割り込んだ。
「―――あと、命の恩人でもあります。先ほど、街で襲撃されたところを助けていただきました」
その言葉に、皇様の顔色が変わった。
「―――フィリア、また襲撃されたのか!? だから一人で街を出歩くなと言っただろう!?」
「はい、以後気をつけます、お父様」
ホッとしたように笑うフィリアに、本気で心配しているらしい皇様が印象的だった。
どうやらいいお父さんらしい。個性的だけども。
「アルネア君、娘を助けてくれてありがとう!」
と、皇様が頭を下げて慌てふためく俺。
「いえ、そんな!? 滅相もありません、陛下!」
で、皇様が頭を上げてくれてほっとする俺だが、皇様の目が再びギラリと輝いた。
「――――が、娘の話は別だがな」
「お父様、アルと私はただの友人以上の何ものでもありません」
いや、何て言えばいいのか分からないんだけど…。
仕方ないので、俺は無言で冷や汗ダラダラで無言である。
皇様は、フィリアの言葉に少し考える表情をし、不満そうな顔で言った。
「それはそれで何か悔しいというか…。アルネア君、他に誰か好きな人でもいるのかい?」
皇様に、今度は真剣な表情で訊かれ、俺は普通に答えようとしたのだが―――。
「いえ、そういうわけでは――――――――」
『―――だから、その……アル、一緒にいてください』
何故かエリシアの言葉を思い出した。多分、交流戦前の馬車移動中の時のかなぁ……。
って、なんでこのタイミング!? まるで俺がエリシアを好きみたいじゃないか!?
いや、嫌いじゃないぞ? こう、妹というか家族的な『好き』というか?
可愛いと思うし、一緒にいたいとも思う―――――。
って、何考えてるんだ俺は!?
落ち着け…。とりあえず誤魔化すんだ!
「―――――ないような事も、あるようでなくもないです!」
思いっきり誤魔化しにかかった俺の言葉に、皇様は怒るかと思いきや――――。
「ハハハハ! アルベルクのやつと全く同じ事を言っているぞ?」
「え、父さんとですか!?」
楽しそうに笑う皇様は、フィリアを見て笑いながら言った。
「全く気づかないアルベルクに、クリスが必死でアタックしたものだ。例えば、アイツが料理が下手だからと言って毎日ご飯を作ったりとかな。フッ、お前も頑張れよ、フィリア」
「はい、頑張ります!」
フィリアが嬉しそうに答え、俺は「助かった…」と安堵の溜息を―――。
――――って、何も助かってねぇ!?
何故か皇様の許可(?)が出ただけだ!
唖然とする俺に、皇様が軽く説明してくれた。
「落ち着いて考えてみれば、フィリアが選ぶ男に間違いはあるまい。アルベルクの奴も鈍感なだけでいい男だった。ついでに、フィリアが男に興味を示したのは初めてだしな」
「お、お父様!」
皇様は、恥ずかしがるフィリアを手で制し、ニヤリと笑いながら口を開いた。
「せっかくフィリアの友人が遊びに来てくれたのだ、ディナーにしよう。アルネア君も食べていくだろう?」
……質問というより、確認だった。いずれにせよ、晩御飯くらいなら断るつもりは無かったのだが。
「はい、謹んでご一緒させていただきます」
俺は一礼しつつ言い、フィリアが嬉しそうに微笑んだ。
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磨きぬかれた銀の食器に、豪華なシャンデリア。
めちゃくちゃ豪華なディナーが並び、俺は後悔していた。
(――――豪華すぎるだろ!?)
一体幾らするのか見当もつかない感じに高そうな肉とか、魚とか、果物とか…。
前世で質素な暮らしを送っていた俺としてはかなり居心地が悪いというか。
ちなみに、ウチでは母さんが基本的に料理をするので、食材はいいけど手間は必要以上にかけない(エリシアが作ると異様に凝ったものもでてくるが)。
だがしかし、今ここにある料理は最高級の食材に凄まじい手間がかかっているのは疑いようもない…(多分、専属料理人が頑張って作った)。
要約すると、「こんな高そうなものタダでご馳走になっていいんだろうか」ってことだ。
貧乏性? はっ、そんなことは知らねぇな!
一回皇様と同じテーブルにつけば分かる。すごく緊張するから。
というか、俺と、フィリアと、皇様と、あともう一人このテーブルにいるんだが…。
めちゃくちゃ無言で睨みつけてくるんだぜ!?
怖いからな! めちゃくちゃ怖いからな!
何を隠そう、その睨みつけてきているのは次の国皇である、フィリアのお兄さんなのだ。
フィリアのお兄さんは、俺が晩御飯をご馳走になるのが決まって少ししたときに皇様の部屋にやってきた。そして、俺は軽く挨拶した。
「お初にお目にかかります、フォーラスブルグ家次男、アルネアです」
「ああ、私は皇太子のフィリス・ラルハイトだ」
互いに会釈し、普通に挨拶していた。ここまではよかった。
皇様の一言で状況は変わった。
「アルネア君はフィリアの客人だ。今日はもう遅いので、泊まっていってもらうのでそのつもりでな」
「「はぁ!?」」
俺とフィリス皇太子が同時に驚きの声をあげる。
「陛下!? 泊まっていくなんて一言も言ってないですが!?」
「父上!? フィリアの客人でしかも泊まりとはどういうことですか!?」
「いや、もう遅いしなぁ。そうそう、陛下じゃなく『お義父さん』と呼んでもいいぞ?」
冗談めかして言ってるが、この皇様、本気だ。目が笑ってない。
この場にいた全員がそれを直感した。
で、大混乱になった。
「いえ、遠慮させていただきます」
「ちゃんと説明してください、父上! しかも遠慮するとはどういう意味だ貴様!?」
「お兄様もお父様も落ち着いてください!」
「うわっ!? フィリアのお兄さん落ち着いて!」
「誰がお義兄さんだぁぁぁ―――――ッ!」
「いやー、他人が慌てるのを見るのは楽しいな!」
「お父様! ふざけてないでなんとかしてください!」
キレたフィリアのお兄さんが飛ばす<光>魔法が乱れ飛んだりして大変だった。
で、なんとか誤解を解いて(?)フィリアのお兄さんが落ち着いてから食事になったのだが、俺にすごく険悪な視線を向けてきていると。
まさかのお泊りは始まったばかりだが、どうなるのか不安すぎて胃が痛い俺であった。