表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀雷の魔術師  作者: 天城 誠
第五章:放浪編Ⅰ 
66/155

第三話:固有魔法と襲撃者



 固有魔法、それは魔法の基礎にして真髄。それぞれの強さの形、魂の形である。

 一般的な人間の魔術師はマナを使いやすい形・魔力に変換して使用している。さながら重油を分解して灯油だけ使ってるというところか。

 その場合、他の灯油以外はどうなるのだろうか?

 魔力の場合、マナ以外のエネルギーの一部は体に戻るが、ほぼ空気中に垂れ流しらしい。

 フェミルによると、人によるが平均でエネルギーの半分は無駄にしているらしい。


「それ、凄まじく無駄じゃんか…」

 愕然としつつ言う俺。俺とフェミルは、街の外の森の広場に来ている。


「まぁ、体の安全のためにはそのほうがいいんじゃ。お主らが普段使っていたのは型にはめられて形を整えられた魔法。安全性は高いし使いやすい。マナに込められた魂の形を具現する固有魔法は、ものによっては危険をともなう。やめるなら今じゃぞ?」

 返事は分かっているって顔で問いかけてくる。なんか楽しそうだな。



「勿論、やめないさ。で、どうやって覚えるんだ?」

 俺は、珍しく真剣な顔で問いかける。

「なに、マナを垂れ流しにして何か発動するか試すだけじゃ」

 さらっと言うフェミルだが…。


「垂れ流し!? 生命エネルギー垂れ流し!? 死ぬよな? 死ぬよなソレ!」

 大事なことなので2回言いました。


「なに、ちょっと瀕死になるだけじゃ。安心せい」

「俺、帰るわ。」

 俺は手を振りつつサクサク歩き出した。


「あー! 待て待て、冗談じゃ!」

「冗談で瀕死になってたまるか! …本当はどうやるんだ?」

「うむ、暴発させる」


「帰るわ」

 もうコントも面倒なので帰ることに。

「ちっ、仕方の無いヤツじゃな。逃げるのか?」

 フェミルが不敵な顔で言い放った。


「もちろんさっ! じゃ、また来年な。良いお年を~」

俺は即答し、魔力を集める。

「なんじゃと!? 待て待て待て!」

 慌てるフェミルに、俺は苦い顔で振り返る。

「なんだよ、まだ何かあるのか?」

「制御せずに発動させるから暴発というだけで、危なくないんじゃぞ? まぁ、垂れ流しの方が安全じゃが」


「…もし固有魔法が自爆魔法とかだったらどうするんだよ!」

「ああ、確かに私も昔、自爆魔術師を見たが瀕死になるだけで死んでいなかったぞ?」

「…自爆魔法が暴発したら死ぬんじゃないか?」

「そうじゃが、なら垂れ流しコースにすればいいじゃろう?」


 それでも、自分の生命を垂れ流しにするのは凄く嫌なんだぞ? まぁ、<リヴァイブ>とかは垂れ流しの典型なのだが、あれは人命救助なので例外である。

 なおも渋る俺に、フェミルは言った。


「いずれ通らねばならぬ道じゃ、早いほうがいいじゃろう。というか、垂れ流しにしたことがあるのか?」


「心を読まれた!?」

 仕方ないので軽くオリジナルのマナ譲渡式蘇生術<リヴァイブ>について説明した。本職のフェミルからならアドバイスをもらえるかもしれないし。




…30秒後


「はぁ!? マナの一部を譲渡じゃと!?」

 静かな森の中にフェミルの叫び声が響いた。

「え、まずい?」

「…マナは各人固有のものじゃぞ?」

「…まさか、拒否反応とか出る?」

 ひょっとして輸血みたいな扱いだろうか。うわ、かなりまずい気がしてきた。

フェミルは珍しく難しい顔で唸っている。


「……むぅぅ……まぁ、1、2回くらいなら平気じゃろう」

「ほんと?」

「一回なら、恐らく99%平気じゃな。同じ人間に何度もやらなければ大丈夫じゃ」

「そっかーー……」

 それなら今まではそんなに何度も使ってないし。大丈夫だよな?

 


えーと、エリシアに初めて会ったときに一回、オーガ戦で一回、タイダロス事件で一回に、ビッグボア襲撃事件で二回使ったけど違う人だし、それから……。


 急に指を折って使用回数を数えだす俺を見ているフェミルだったが……。

「どれだけ使っておるんじゃ!?」

 いつまでたっても終わらないのでツッコミが入った。今23カウント。

「え~、最近はあんまり使ってないぞ。学校も忙しいし……」

 



怪我人がいたら見過ごすことなんてできない。もう、アイツみたいなのは嫌なんだ。今の俺なら大抵のものは治せる。もう二度と……



 

「……どうかしたのか?」

 急に止まった俺をいぶかしむように、フェミルが言った。

「あー、何でもない。」

 えーと、後は…皇都で女の子の病気を治して、学校入って、合宿で……あ、エリシアが二回目。…校内戦エリシア三回目……交流戦だと、ケイネスに一回と、エリシアに一回?術名と方式は違ったが、マナ譲渡に変わりは無い。



 あれー…おかしいな? 4回? 4回だな。少なくとも。

「なぁ、フェミル……拒否反応ってすぐ出るものか?」

「…まさか、2回以上使ったのか? 何回じゃ?」

「少なくとも4回」

「なにやったらそうなるんじゃ!? エルフや高位獣人ならともかく、人間なら親族でも魔力を練ろうとした瞬間に暴発するぞ!?」



 暴発は、魔力が多ければ被害も大きく、かなり危ない。

 大丈夫だ…きっとまだ間に合う! 俺は魔力を解放し、魔法を発動する。

『我は雷! 天を切り裂き風よりも速く翔ける!<サンダーミグラトリ………>』




 が、魔法発動寸前で、あることが気になった。

 魔法を消して、聞いてみる。

「なぁ、エルフや高位獣人なら平気なのか?」

「ん? ああ。マナに人間よりも適用しておるからな」

「ドラゴンは?」

「はぁ!? そんなことはいいから早く……」

「いや、大事なんだって」


 フェミルは唖然としているが、一瞬考え、言った。

「ドラゴンのマナ適応性は全種族一らしいから、4回くらいなら譲渡しても大丈夫じゃと思うぞ…?」

「そっか、なら大丈夫だ」

 内心ホッとしつつ、俺は言った。やれやれ、無駄に慌ててしまった。


「……本当にドラゴンの知り合いがおるのか?」

 さすがのフェミルも驚いているみたいだった。

「まぁ、知り合いというか仲間というかなんというか?」

 まさか、前にココに来たエリシアがそうだとは言えない。よく考えたら、リリーにも言ってない気がする。なんてこった。


「恋人か?」

「んな!? ちゃ、ちゃうわい!」

フェミルの唐突な一言に、思わず慌ててしまった。


「…ほぉー、なるほどのぅ。お主が慌てふためくのなど初めて見たぞ」

 楽しそうに笑うフェミル。

「ええぃ、何勝手に納得してんだ! 違うからな! 告白してないしされてもないからな!」


「うむ、分かった。煮え切らない関係ということじゃな。で、告白してもされてもおかしくないくらいの関係なんじゃろ?」


「俺、告白されてもおかしくないな。とか思ってたらナルシストっぽいじゃねぇか!?」


「なんじゃ、贅沢なヤツじゃな。ドラゴンに好かれる人間なんぞ、御伽噺の中でも一度くらいしか見たことないぞ?」


「え、なにそれ? どんな話なんだ?」


「うむ、白いドラゴンのお姫様が人間の少年と恋に落ちるんじゃ」




「な…なんだって!?」

「なんじゃ、どうかしたのか?」

 思わず叫んだ俺を、フェミルが驚いた顔で見てくる。


「フェミルがそんなメルヘンな話を読むなんて…!?」

「馬鹿にしておるのか!? もう話さんぞ!?」

 自分の境遇も似たようなものだが、なんかフェミルの言い方がな。

 でも、似たようなものとういか、そのものじゃないか?



「悪い悪い、どんな話なんだ?」

「……よく考えたらあまりよい話ではなかった。帰らなくてよいなら、早く本題に入ろう」

 一瞬、仕返しかと思ったのだが…ちがう。

 

……俺は、その話を知っている。


 …そう、確かに良い結末ではなかった。でも、きっと…。






――――――――――――――――――――――――――――――――




 アイリア暦715年 7月23日 午後3時 アゼホ村の外の森の広場にて




 静かな森の広場に走る一直線の傷。その直線状の木々は無残に切り倒され、地面は焼け焦げている。一人たたずむフェミルは、溜息をついた。


「まったく、とんでもないヤツじゃ。一発で習得するとは思わなかったが、これが全てか?」

 まだ、何かある。あの消耗と森への被害から一発が限界だったが、あの技には何かある。だが、アルはコツは掴んだとか言ってとっとと出発してしまった。

「まったく、可愛げのない……」



その何かが、悪いものでないことを願って空を見上げた。





――――――――――――――――――――――――――――――――




同日 午前10時 フォーラスブルグ邸


 リリーは異変を感じていた。屋敷内の魔力がおかしいのだ。何かが足りず、何かが違う。物足りないし、どんよりしている。

 何かあっただろうか? と、一瞬考えて、すぐ納得した。

「はぁ、またお兄ちゃんは……」

 どうしてあんなに人助けばかりしているのだろうか? というか、エリーも行きたいなら言えば断られるはずがないと思うのだけれど。溜息をつきつつ、とりあえずエリーの部屋に行ってみることにした。




「エリー? 入るよー?」

 ドアをノックし、しばらく待つが返事が無い。そっとドアを開けて中を覗くと、テーブルの上に見慣れないものが置いてあった。

「…髪飾り?」

 銀色に輝く花の形をした髪飾りのようだった。まるで本物の花のようだ。いままでに一度もつけているのを見たことが無いのだが、いつの間に買ったのだろうか?


 一瞬、いないのかと思ったが、エリーは寝ていた。


「むぅ…仕方ないか…」

 不貞寝? いや、泣き寝入りな気がする。

エリーは変な方向で強情だから、きっと追いかけるように言っても聞くまい。

私もお兄ちゃんがいないと面白くないし、今年は違う方針でいってみよう。

私は、足早に自分の部屋に戻り、手早く荷物を纏めて母さんのところへ向かった。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――




同日 午後5時 皇都ラルハイト



 俺は困っていた。病み上がりであることをすっかり忘れて色々やった結果、マナが枯渇してしまったのだ。前にエリシアが魔力枯渇状態になっていたが、あれより深刻である。頭が痛いし、寒気がする。

 なので、俺は肉まんを食べながら路地を歩いていた。

 この理由は簡単で、マナ枯渇は食事か睡眠以外で治すのは困難なのだ。だから、俺は宿屋を探しながら食事をしていると。

 あまり高級な宿は好きではないのだが、大量に貴重品を持っているので、安宿に泊まるわけにはいかない。マナ枯渇してるから魔法使うのきついし。

 

 ちなみに今持ってるのは、魔法剣×3、精霊剣×2、コート、例の指輪×4、例の黒服、非常食1日分、魔法結界用の用具一式に、フェミル製の秘薬×3、それらを入れてあるリュックサックに、所持金は日本円換算でおよそ30万円といったところか。貴族にしてはありえない小額みたいなのだが、落としそうで嫌なので、これが限界だ。

 無一文でも魔法を使えばどうとでもなるが、たまにお金で解決できる人助けもあるので、一応もってある。まぁでも、ばら撒いたりはしないけども。この世界では、一度解決するだけではなく、再発防止もきっちりしておかないと危ないのだ。


 秘薬を使えば全回復しそうな気もするが、こういうのは美味しくないと相場が決まっているのだ。だから限界まで使う気はない。



 そんな感じで考えながら歩いていたら、後ろから声を掛けられた。

「……アル?」

 振り返ると、黒いフードつきコートを被った人が立っていた。撹乱魔法がかかってるらしく、今の俺だと誰だか分からない。俺が不思議そうな顔をしていることに気づいたのか、右手をフードにかけて素顔をさらした。長い金髪が夕日を浴びて輝いた。


 その顔を見て、思わず言ってしまった。

「……なにやってんだ、こんなとこで」

「私だってお散歩くらいしたくなるときもありますよ? アルはどうして黒髪なんですか?」

 若干不満そうな顔をしつつ、聞いてきた。


「あー、この方が色々と都合がいいんだ」

「…? なにかしていたということでしょうか?」

「ああ、人助け諸国漫遊を少々」

「そうなんですか…さすがアルですね。ところで、私も少し困っているのですけれど…」


そう言われただけで、大体の事情は察した。周囲に無関係な人間がいないことを確認しつつ、より人がいなそうな道を選んで進んでいく。


「あー、多いな。ちょっと調子が優れないんだが、そっちは?」

「<シリウス>があると撹乱できないので、置いてきてしまいました」

「他の武器は?」

「魔法剣一本と緊急転移用の魔法玉があるのですが、妨害されているようで発動できません」


「なるほど。一本貸そうか?」

「いえ、大丈夫です。24人でしょうか?」

「あー、それすら分からん」

「どうしたんですか? もしかして交流戦でしょうか…」

「いや、ちょっと特訓しててな。マナが枯渇してるんだ」

「……ごめんなさい、大変な時に」

「いや、いざとなったら特効薬があるんだ。まずそうだから食べたくないだけ」

「ふふっ、今はそれほどでもないということですね。さすがです」


 言いつつ、一応秘薬を準備しておく。



しばらく歩き、まったく人気のない十字路にたどり着いた瞬間、四方に黒ずくめの集団が現れ、24人の魔術師が、一斉に魔法を発動した。



「「「「「<ヴォルカニック・アロー!>」」」」」

「「「「「<ハリケーン・ストリーム!>」」」」」

「「「「「<ヴァール・シュトローム!>」」」」」

「「「「「<グランド・ストラッカー!>」」」」」



 正直、想定外だった。街中でこれほどの魔術を使えば周囲への被害は免れない。これは戦争で使うレベルの攻撃だった。となりからも息を呑む気配が伝わってきた。

 迎撃するつもりだったが、さすがにこの数は無理だ。秘薬飲んどくべきだった。





 

 皇都の裏路地に爆音が轟き、周囲の廃屋が崩壊する。しかし、黒ずくめの男たちはまったく油断せず、次の詠唱を始める。

 こいつら、プロだ。

 そう、こいつらは日常的に人を殺している雰囲気がある。

 ならば一切の遠慮はいらない。見過ごす訳にはいかない。絶対に。

 



 いつかの記憶を、焼け付くような痛みと共に、俺は思い出した。

 

『わりぃな、テメェらを殺すように頼まれちまったのよ』

 『助けて――――!』

 『なにしてるんだよ、お前は―――――ッ!』

 

 


 俺の思考が灼熱し、尽きたはずの魔力が爆発的に溢れ出す。

 急に増加した魔力に恐れる様子もなく、黒い男たちは魔法を発動する。



「「「「「<ヴォルカニック・アロー!>」」」」」

「「「「「<ハリケーン・ストリーム!>」」」」」

「「「「「<ヴァール・シュトローム!>」」」」」

「「「「「<グランド・ストラッカー!>」」」」」


 灼熱の矢、カマイタチ、高圧水流砲、岩の弾丸が再び放たれ、俺がコートの中にかばったフィリアが声を上げる。

「――――アルっ!」

「任せろっ! <絶鐘円!>」


 俺は<アウロラ>と<天照>を抜き放ち、二刀が漆黒の光を放つ。<風車>と同じモーションだが、放たれた技は違う。剣の通った空間が、何かに喰われたかのように漆黒に染まり、そこにあたった術は飲み込まれて消える。


 不気味な空間に飲み込まれる自分たちの術を見て、さすがに襲撃者たちも驚くが、もう遅い。


 俺は、両腕を広げて双剣をそれぞれ右と左の路地に向ける。

「<ゾディアック・サジタリウス!>」

 俺の叫びと共に、双剣からそれぞれ黒い雷が放たれ、左右にいた6人ずつ、12人が一瞬で、跡形も無く消滅した。


「「「「「<ヴォルカニック・アロー!>」」」」」

「「「「「<ハリケーン・ストリーム!>」」」」」


明確に焦りの滲む声で、灼熱の矢とカマイタチが放たれる。

 しかし、俺は獰猛な笑みを浮かべて双剣を構える。

「<羅刹鬼!>」

 双剣が漆黒の輝きを放ちながら唸りを上げ、前後に放たれた漆黒の衝撃波が近づく術を飲み込んで大きくなりながら襲撃者を切り裂き、飲み込んだ。




 襲撃者たちを一瞬で蹴散らし、しかし、俺は止まらない。上を見上げ、叫んだ。

「高みの見物とはいい趣味じゃねぇか! お前も招待してやるよ…!」

 <天照>と<アウロラ>を重ね合わせ、黒い閃光とともに二本の剣が一本の大剣になる。


「哀れな小鳥よ、翼を打ち抜かれ地に堕ちろ! <天崩落破!>」


 俺は、大剣を天に向けて掲げ、天をも崩れんばかりの轟音とともに先程の3倍以上の大きさの漆黒の雷が放たれる。


 が、それは天に届くことはなく、突如空中に出現した巨大な亀のような異形に受け止められる。そして、その背中の上の何も無かった空間から、やはり黒ずくめの青年が現れた。


『いやはや、情報と違いますね。アルネア・フォーラスブルグは敵を極力殺さずに捕まえる上、特殊魔力の<白>を持っていると聞いたのですが。<黒>の上に<闇>とは。私の部下は一体なにをしていたのでしょうか?』


「はっ、俺とフィリアが合流するように仕組んだのか? 全く無意味だな。お前に暗部の才能はねぇよ。農家にでもなったらどうだ?」


『いえ、偶然合流されたのでラッキーだと思っていたのですが…それに、これでも天才だと言われる凄腕暗部ですよ?』


「そうか。お前はよく分からないから様子見のつもりだったが、凄腕暗部か。なら消えろ」

 俺はそう言うと弾丸のように空中に飛び上がり、大剣で刺突の構えをとる。


「<ゾディアック・タウラス!>」

 俺は漆黒の槍と化して、異形の亀ごと貫かんと凄まじい速度で上昇する。


『甘いですね。その程度では、この<玄武>は貫けませんよ?』

「はっ、甘いのはお前だよ!」


 俺が玄武と激突する寸前、俺は漆黒の閃光と共に掻き消えた。

 


 上空に爆音が轟き、周囲の雲が吹き飛ばされる。突如上に空間移動した俺を、青年が大盾で迎撃してみせたのだ。


『今のは肝が縮みましたよ。それに、神具<不落盾>に直接触れるとは…なんですか、その武器は? 赤いバカの<城砕き>でもこうはなりませんよ?』


「ふん、肝が縮んだ割には元気だな。それに、情報垂れ流しは暗部失格だと思うが?」


『大丈夫ですよ。ちゃんと後始末はしますから』

「残念だが、片付けられるのはお前だよッ!」

 俺は大剣にマナを込め、漆黒に煌く大剣に刃をあてられている<不落盾>とやらが金属の悲鳴をあげる。

『――――ッ!?』

「武器に頼り過ぎなんだよ、お前はッ! <岩砕断!>」


 ガラスの砕けるような音と共に<不落盾>が粉々になり、青年は後方に跳んで剣を避けた。


『驚きました。これを壊されるのは2回目ですよ』

「―――――ちっ!」

 瞬時にその言葉の意味を察知した俺が切り掛かるが、<不落盾>に受け止められた。


『もうちょっと驚いてくださいよ』

「おしゃべりが過ぎるんだよ」

『ええ、よく言われます』

 そう、おそらく<不落盾>には再生能力がある。そして、おそらくそれだけではない。玄武という亀の名前に、神具とか言っていた。


『では、そろそろ反撃しましょうか。玄武!』

『お主は遊び過ぎる。肝が冷えるのは我のほうだ』

 玄武とやらの魔声らしき、やたら渋い声が聞こえた。やはり、精霊のような存在なのか?


『<凶撃・鏡面破!>』

 名前と魔力から、何となくその術の特性を看破した俺は、即座に上空に逃れる。

『逃げても無駄ですよ。この術の恐ろしさは必ずその身に返るところにあります』


 <不落盾>から、これまでに俺が盾に放った攻撃が全て一斉に放たれた。ありえない速度で直角に曲がり、俺を目がけて一直線に突っ込んでくる。


 この危機的状況に、俺は不敵に笑った。

「なるほど、ユニークな攻撃だ。だが、これならどうだ? 《絶衝・魔餓拿魏!》」


 俺の大剣が空中に円を描き、これまでの俺の攻撃が全て飲み込まれ、そして、俺の闇がこれまでに飲み込んだ全ての術が黒い雷となって一斉に放たれた。そう、襲撃者たちの放った術も加算されている上、闇に飲まれた襲撃者たちの魔力も、そして接触したときに奪った<不落盾>の魔力も、今飲み込んだ俺の術も全てだ。


『馬鹿な!?』

 青年が愕然とした表情になりつつも、<不落盾>を構える。

『くっ、<憑依霊盾!>』

 玄武の体が消滅し、<不落盾>が亀の甲羅のような形になり、一気に魔力が上がる。

 そこに黒い雷が激突する。

 耳をつんざく爆音と黒い閃光が皇都を染めた。



大剣をだらりと構える俺は、無表情に青年がいた場所を見据えていた。

『フ、フフフ。残念でしたね、これで僕の勝ちだっ! <凶撃・鏡面破!>』

『馬鹿、止めろ!』

 玄武が止めるが、もう遅い。青年の盾から黒い雷が放たれ、俺は愚かな獲物を哂った。

「ハハハッ、お前、なに見てたんだよ? 《絶衝・魔餓拿魏!》」

 再び俺の剣が円を描き、漆黒に全てが飲み込まれる。

『そんな……なんで!?』

「俺の全力を倍返ししたら防げる筈がないと思ってたんだろう? ただ反射するだけではなく倍返しにする術。性質の悪い術だが、最初に俺が《魔餓拿魏》を使ったときに気づくべきだったな。俺の術も倍返しな上、お前のしょぼい盾より容量が遥かに上なんだよ」

 まぁ、最初から全力じゃないのは黙っといてやろう。


『四神が…神器が負ける筈が無いんだっ!』


「んじゃ、安らかに眠れ。痛みも無く葬ってやるよ」


 漆黒の円から天が崩落するかのような爆音と共に漆黒の雷が放たれた。






しかし―――――、


「おっと、飛び入り参加か。歓迎するぜ?」

 放たれた漆黒の雷は、青い巫女少女が受け止めていた。


『<浄化術・蒼天!>』

 倍返し効果を無効化された漆黒の雷は、そこそこの威力にもどり、打ち消された。

『なにを呆けているのですか!? 早く逃げますよ!』

 青い巫女少女は、多分俺と同い年か少し上くらいのようだ。青みがかった黒髪が幻想的な雰囲気を醸し出している。呆けている黒い青年の腕を引き、青年が正気に返った。


「別に逃げてもいいが、一つ答えてもらおうか」

 そう言った俺を真っ直ぐ見据え、巫女は言った。コイツなら、馬鹿より話が通じそうだと思ったのだ。


『なんでしょうか? 正体をバラすわけにはまいりませんよ?』

「残念だが、その馬鹿のおかげでほぼ分かってるが。四神といえば帝国しかないだろう?」

『他国の策略かもしれませんよ?』

「まぁ、それはどうでもいい。その馬鹿は凄腕の暗部だと名乗ったが、汚い仕事をしたことはあるか否か。答えろ」

 そう言うと、巫女は無表情を取り繕いつつ返した。


『していなければ見逃すと?』

「残念ながら、『俺』の信念なんでな。その神器とやらは破壊するが」

 巫女少女は逡巡したが、その逡巡を誤認した青年が叫んだ。

『神器を渡すなんてありえないっ! たとえ死んでも渡すものかッ!』

『馬鹿っ!?』


「ならば、死ね。<ゾディアック・スコルピオ!>」

 それだけ言って、大剣を分離した俺は、双剣を構えて黒い閃光となって突進する。先ほどと比較にならない速度であり、黒い残像が現れ、残像を含めて4人の俺が一斉に刺突を放つ。


『<ディスペル!>』

 巫女少女が残像を無効化する。しかし、残像は消滅したが、その瞬間に爆発した。

『そんな…呪術!?』

 爆発で叩き落された少女は、空中で体勢を整えつつ俺を探すが、青年がいないことに気づいた。

『――――ッ!? <青龍衝波!>』

 青い龍の形の衝撃波が放たれ、爆煙の中の俺と青年のいる場所を的確に狙い撃った。

「いい感覚だな。もうすこしだったんだが」

 <不落盾>…いや、精霊具<玄武>のマナの9割を奪ったのだが、青い龍が青年を食って西に飛んでいってしまった。完全にマナを奪うと、精霊を奪うことができるのだ。が、過半数奪っても意味は無く、完全に奪わなければ当分使用不能になる程度だ。


「おっと、忘れ物だぞ。<サーマルブラスト!>」

 接近された青年が爆煙の中で咄嗟に使ってきた長剣を奪っていたので、返してあげることにする。

 漆黒の流星と化した長剣が、洒落にならない爆音と共に凄まじい速度で青龍を追撃し、直撃した。青龍をかたどった衝撃波は四散し、中にいた青年は見事に池に落下した。


「げ、池ポチャかよ」

『なんて威力……』

 少女は呆然と宙に立ち尽くす。


「で、巫女さんはただの巫女さんなのか? それとも同じ暗部か?」

 俺の視線に気圧されつつも、少女は気丈に答えた。

「確かに私は巫女ですが、四神の契約者である以上、非常時には暗部と同じ扱いになります」

 そう言って、少女は青い剣、<青龍>を抜いた。つまり、戦うと。

「いいだろう。その覚悟に免じて殺さずに……ちっ」

「…なんのつもりですか?」

 急に魔力を収めた俺を、少女が訝しがる。


「悪いが、理由が無い以上戦えないようだ。またな」

 そう言って俺は、さっさと地上に戻ろうとする。しかし…。


「――――逃がしませんっ!」

 少女が剣を構えて突っ込んでくるが、困ったことに魔力の供給を止められた。

「おい、どうすんだよ?」

「誰と話している!?」

 少女の剣が俺を貫く寸前で、白い光が割り込んだ。



「アル、大丈夫ですか!?」

 <シリウス>を取りに行っていたフィリアが戻ってきていたのだ。

 <シリウス>と<青龍>の二つの剣の魔力が反発し、スパークする。

「悪い、フィリア! 手加減抜きで頼む!」


「―――分かりました! <精霊憑依ユニゾン!>」

 

俺の声に応じ、フィリアがユニゾンを発動。

 で、俺はフィリアを甘く見ていたようだ。

 まさに日が沈む頃だったはずが、真昼のような青空に変わったのだ。

 <シリウス>は太陽のように輝き、眼が焼けそうな光を放つ。

 今まで一度も使わなかったのも納得である。非殺傷の試合で使える技ではない。


『――――なんて魔力!? <憑依霊剣!>』

 少女も対抗し、剣に青龍を纏わせるが、明らかに弱い。


「すみませんが、手加減しません! <ソル・ディストラクト!>」

 フィリアの<シリウス>が少女を指し示し、剣の先から、ありえない魔力の奔流が放たれる。

『<四陣・五行封穴!>』

 少女の前に《魔餓拿魏》と同じような虚無の穴が現れるが、数秒持ちこたえただけであっけなく崩壊。しかし少女は<青龍>を盾にすることで焼き尽くされるのを防ぎ、吹き飛ばされた勢いを利用して逃げる。


「<ライトニング・アロー!>」

 フィリアが右手を一振りし、無数の光の矢が放たれる。最早目で見ることができない速度で少女に襲い掛かる。

『<幻影繻!>』

 少女が矢に貫かれつつ叫び、その姿が掻き消え、後には俺と、小型太陽の如く輝くフィリアだけが残った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ