第一話:出発
フォーラスブルグ家の屋敷は広い。一応それなりの大国である、ラルハイト皇国の筆頭十二貴族だけのことはある。
エリシアは、住んで9年以上が経ち、さすがに構造を知り尽くした広い屋敷の中を、考え事をしながら歩いていた。
前にどうして十二貴族は十二人もいるのか聞いてみたところ、初代の皇の部下が十二の星の精霊剣を持ち、多大な貢献をしたことから任命されたのが始まりで、減らすことも増やすことも考えられたことは無いらしい。
私に言わせると大分腐敗してきているが、この十二貴族はものすごく立派だったらしい。まぁ、今でも他の国の貴族や、この国の十二家以外の貴族より全く立派だと評判なのだが。
こんな私でも養子としてこの家に引き取られたので、一応十二家の一員である。ただ、それがいいことかと聞かれると、答えに困る。
家の名前が欲しいのかなんなのか、やたらと告白されたり、色々もらったりする。羨望の目でみられたり、不躾な視線にさらされるのは、正直いやだ。
告白されようが何をもらおうが、私が他の人を好きになるのはありえないのだが、そんなことは分からないらしい。本人にも分かってもらえてなさそうだし。
アルが嫉妬してくれたら嬉しいけど、それは空からお金が降ってくるのを期待するようなものだ。起こりそうにない。
それどころか、アルは一日一回は人助けをしないと気がすまないのか? というレベルの人だから、いっつも誰かを惚れさせてる気がする。無自覚に。もはや犯罪者だ。
ただ、最早アルは告白しても承諾しない男としても学校中に知れ渡っているので、最近は告白されることもほとんどない気がする。
アルを監視してるわけじゃないですよ? ただ、アルが気にしない程度に常に一緒にいるだけです。
アルは鈍いので、基本的に常に一緒にいても嫌がったりしない。ただ、寝るときは断固拒否されるけど。
・・・そうじゃなくて、アルは最近はそんなに告白されたりはしてない。でも、0じゃない。それに、「今はそういうのは考えてないんだ、ごめん」とか言って断ってるからか、何故かアルにアタックする人が減らない。
普通はそれでも精神的ダメージで、二回告白しようとか、もう一度アタックしようとは思わないと思うのだが。私なら二度と立ち直れない気がする。
確かにアルはカッコイイが、顔が良い男なら他にもたくさんいる。他の男を好きになってくれればいいのに。
問題は、アルの好みが分からないことだ。年上や年下が好みだったり、獣人が好きとか、特殊な好みがあったらものすごく困る。
(もし、アルが誰かに一目惚れでもしたら・・・)
エリシアは不吉な考えを頭を振って追い払いつつ、ようやくたどり着いたアルの部屋の前で足を止めた。
(せっかくの夏休みです。とりあえずアルを起こして、どこか行かないか誘ってみましょう)
今はもう十時くらいだが、どうせ寝ているアルの部屋をノックした。
返事はない。まぁ、いつものことだ。どうやって起こそうか考えつつ、念のためもう一度ノック。起きなかったら、一緒に寝てもいいかもしれない。アルと一緒のほうがよく眠れるからだ。他意はない。ほんとですよ?
「アル、入りますよ?」
そう言いってから、ドアを開け、中に入った。
入った瞬間、いやな感じがした。アルの気配が薄い。そして、テーブルの上に手紙が置いてあった。
内容は、大体こんな感じだ。
『夏休みの宿題の召還獣探しのついでに、色々ぶらついてくる。一ヶ月以内に帰るから心配しなくても大丈夫だ、問題ない。』
「・・・・」
思わず何度も読み返す。なんだか期間が間違ってる気がするのだが。その場合、ぶらつくついでに召還獣探しではないだろうか?
極端な話、召還獣なんてそのへんの木でうるさく鳴いている夏の風物詩、<シキーダ>でも捕まえればいいのだ。普段はアレだが、あのうるさい鳴き声は撹乱や陽動に役立つ。寿命が一週間でも、召還獣には関係ない。
いや、アルは妥協とかは大嫌いだった。きっと、とんでもない大物でも狙っているのだろう。
だが、アルはケガが治ってない。大物を一人で狙うのは無茶だ。みんなで行ったほうがいいのに、どうして・・・
・・・ひょっとして、煙たがられてたのだろうか?
エリシアは、しばし立ち尽くした後、とりあえず、自分の部屋に戻った。
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「――――へっくしょん!」
そのころアルは、屋敷から南西にある獣道を歩いていた。昔から夏休みは一週間ほど放浪する。今回は大物召還獣を狙うべく、最長一ヶ月の予定だ。まぁ、早ければ一週間以内に終わると思うが。というか、夏なのにくしゃみ? 風邪だろうか?
さて、放浪するのに便利なので昔、ギルドに加入した。あれの加入条件はゴブリンを倒せることなので、余裕だった。
よって、ギルドに行けば魔物の情報は簡単に手に入る。召還獣の入手法の一つが、知能のある魔獣を心服させることだ。もしくは、手なずけたり、餌付けしたりする。
契約するという方法もあるのだが、やっかい極まりない。その場合の相手は悪魔とかそっちの方がほとんどであり、代償を求められると聞く。絶対面倒だ。
エリシアも誘えばよかったかもしれないが、昔から一緒に来たそうなのだが、何も言ってこないし、野宿とかするし、魔物の巣に突撃したりするのに女の子を誘うのってどうなんだ? って思い、誘わないのが慣例となっている。
というか、「ちょっと放浪してくる」ってエリシアに言うと、泣きそうな顔をされるので、思わず何も言わずに来てしまった。
いや、嫌なんじゃないぞ? 罪悪感に耐えられないだけだ。懐かしの、どこぞのチワワのウルウル攻撃なんて、アレに比べればミジンコに蹴られたようなものだ。
・・・いや、よく考えたら、無断で出てきたら、エリシアに怒られるんじゃないか?
ケガ完治してない、無断で出てくる、海とかほったらかし、しかも一ヶ月って書いてきた。
あれ? これって本気で怒られるんじゃないか?
いや、エリシアは謝れば基本的になんでも許してくれる。いや、俺がそんなにすさまじい悪事を働いたことがないからかもしれんが。
今まで、間違ってエリシアのお菓子を食べたり、間違って着替え中のエリシアと鉢合わせたり、間違って風呂場でバッタリとか、転んだ拍子に頭から胸に飛び込んだりとか、それくらいなら謝ればお咎めなし・・・
・・・俺、なにしてるんだよ。変態か? 俺って変態なのか? いや、わざとじゃないから大丈夫なのか?
そういえば、リリーとも風呂場で鉢合わせたりしてる。俺ってアレか? 馬鹿なのか? 学習能力がないのか?
リリーと鉢合わせたときは、超高水圧砲が飛んできたな・・・あれはやばかった。とにかく、それが通常の反応だ。
そのへんを考えても分かるとおり、エリシアは優しい・・・というか、やはり、エリシアに好意を持たれているので、見逃してもらってると考えるのが妥当なのか?
というか、エリシアって俺の事が好き・・・なんだよな? 別に、俺が命の恩人だから見逃してると考えられない・・・こともない。
いや、恋ってなんだろう? 仲のいい友達と、恋人の違いって何だ? 何が違う? どちらも一緒にいたいだろうし、傷ついてほしくないし、幸せでいてほしいものだろう。同性と異性の違い? その程度なのだろうか?
エリシアはいっつも俺の布団に潜り込むのが、寝心地がいいんです。としか言わない。エリシアって幼く見えるからなぁ・・・特に何も考えてないし、意識もしてないこともありうる。
俺とエリシアの関係って、何だろうな? 友人じゃないし、恋人でもない。どちらも父さんと母さんに引き取られて、一緒に9年過ごして、一緒に暴れまわって、一緒に馬鹿なこともやって、一緒に戦って、一緒に笑った。
実際、エリシアが俺をどう思ってるのかなんて、告白でもすればすぐに分かる。だが、エリシアの考えが想像と違ったら? 俺とエリシアは、まだ一緒にいられるだろうか?
そもそも、それで好きだと言われて、俺はエリシアを本当に想っているのか? 中途半端なことをして、エリシアを傷つけるのは絶対にダメだ。
思考の迷路に迷い込みながら歩き続け、ふと顔を上げると、いつの間にか村の前に着いていた。ここはアゼホ村。山の中にある大きな村だ。昔から放浪するときはよく来る。
俺はいつも通りに、貴族の証にもなる金髪緑目を、魔法で黒髪黒目に偽装し、村の門をくぐった。
アゼホ村は、山の中にあるために魔獣に襲撃される場合もあるらしく、魔物対策に周りを柵で囲ってあり。柵は高さ2メートルほどの魔法による木製。村で主要な職業は、木こり、狩人、農民、細工師といったところか。
人口はおよそ700人くらいだろうか? 魔法薬草師のフミ婆がいるので、このあたりは乳児死亡率が低く、村の自警団もなかなかの精鋭で(村としては)、村とは思えない活気がある。
俺は前世では首都圏育ちだったので、村の人口の基準とか分からないのだが、700人ってそれなりなんじゃなかろうか?
とりあえず、フミ婆の家でも訪ねよう。あそこなら村の大抵の情報は手に入る。適当に山中で見繕った薬草と引き換えに、情報をもらうのが常なのだ。
(俺は薬草の知識にも手を抜いたことはないので、そのへんの薬師には負けない)
村に入ると、大きな道が2本、村を貫いて通っており、中心で交差する。俺が通ってきた獣道は、木こりや狩人がよく使う道であり、主要な4つの出入り口の一つだ。というか、4つしか出入り口はないのだが。
その2本の道にそって家が立ち並び、どこが村?って感じだ。むしろ町っぽい。で、しょっちゅう薬草を取りに出かけるフミ婆の家は、この入り口から入ってすぐ右の路地にある。
『フェミル薬術店』、皇国でも同業者からは有名な場所だが、普通に古い木造家屋である。適当にノックし、ずかずか入る。
「フミ婆~、邪魔するよー!」
俺は言いつつ靴を適当に置いて、その和風な部屋に勝手に上がりこむ。
「そのフミ婆というのは、止めてもらえんのか?」
そう言いつつ、狐の耳と尻尾があり座布団に座って薬を調合する、見た目10代前半の少女がこっちを振り返った。
「えー、俺より70歳年上だろ?」
適当に返しつつ、勝手に座布団を出して勝手に座る。そう、フミ婆ことフェミルさんは、狐の獣人で、85歳。いや、人間換算だと12歳くらいらしいが、お婆さんだろ?
「はぁ、お主は一度言ったら絶対に曲げぬからな。とんでもない頑固者じゃ」
フミ婆は、ギロリと睨みをくれ、ついで言った。
「で、今日も取引か?」
「そうそう、いつもどおり情報よろしく」
俺はそう言いながら、かばんから薬草を次々出していく。今回はティルグリムにあらかじめ行っておいたので、貴重な薬草も多い。
「白露星草・・・お主、どこまでいってきたのだ?」
完全に呆れた顔で見られた。標高3000メートル以上じゃないと生えない(多分)な、貴重な魔法植物であり、これとフミ婆の腕があれば、大抵のものは治る(多分)。
これは調合の難易度が高すぎて、俺が持ってても宝の持ち腐れである。というか、鮮度も大事なので換金するのも至難の技であり、フミ婆が受け取らなければただの綺麗な草だ。
「ちょっと山登りをしてただけだけど?」
俺はとぼけるが、フミ婆の目が鋭く光る。
「普通に運んだにしては鮮度が高すぎるようじゃが? この草は魔力を吸うと鮮度が落ちる。魔法による鮮度保存は至難の技じゃ。飛行魔法でも使ってある程度運び、それから歩いてギリギリ使える鮮度で持ち込んだのではないのか?」
おお、さすが年の功。的中している。
「・・・その年の功すげーという顔をやめろ。毒食わすぞ」
フミ婆から魔力が立ち上る。人間以外の種族は、長く生きるほど魔力が増える。エリシアとかはまだ15歳なので俺と大差ないが、フミ婆の魔力量はかなりのもの・・・といいたいが、ドラゴンって最強種族だし、エリシアって天才なので、フミ婆とはいい勝負じゃないかと思う。
あれ、俺って地味に凄いんじゃないか? フミ婆と本気で戦ったら勝てるだろうか? ちょっと気になる。
「悪い、悪い、長生きなのは事実だろ?」
「若い娘に向かって婆さんなど、失礼千万じゃぞ・・・?」
いや、その口調が婆さんだよと思いつつ、ポーカーフェイス。昔から夏休みのたびにやってるので、慣れた。いや、声と見た目は若いんだけどね?
「・・・まあいい、情報じゃな。茶でも出すから適当に菓子でも探しとけ」
そう言ってフミ婆は立ち上がり、俺は、まだ食べられそうな菓子を発掘すべく、隣の薬草ジャングル部屋に突撃した。フミ婆はそこになんでも突っ込む。ただ、防虫結界等に抜かりは無いので、ゴキとかの心配はいらない。
そうして、俺は薬草を掻き分け、薬草に埋もれ、薬草を蹴散らし、薬草に溺れつつ、なんとか湿ってない煎餅を入手した。