第二話:急患
前に書いたものなので色々アレですが、見逃してください。
さて、俺は適当に座布団を二枚引っ張り出し、エリシアにも渡してから座った。フミ婆こと、フェミルもお茶をいれて戻ってきたので、軽くお茶会? である。
うん、羊羹おいしい。煎餅は醤油味だった。
「それで、何が知りたいんじゃ?」
フェミルがお茶を飲み干してから口を開いた。俺は、かばんから道中で拾った草・・・実は薬草―――を出しつつ言った。
俺は薬草の知識も集めているので、けっこう詳しいのだ。
「とりあえず、最近の魔物情報と大きなニュースでも」
「ふむ、ティルグリムの魔物の動向が近年活発化しておる。数年以内に大規模な群れの移動でもあるかもしれん」
「ティルグリムかぁ・・・ほかには?」
「この村の周辺でも魔物による襲撃が増えておる。お主もどこに住んでおるのか知らんが、気をつけろよ」
フェミルの目が鋭く光った。俺は軽く返しておく。
「了解。婆さんも気をつけろよ」
「・・・お主、本気で毒を盛るぞ? 別の呼び方にせい!」
「んじゃ、フェミルちゃん」
見た目子どもだし、ナイスアイデアだと思うのだがフェミルの目が怖い。
「そんなに死にたいのか? 短い人生じゃったな・・・!」
「悪い悪い、ジョーク――――」
さすがに謝ろうと思ったその時、荒々しい音と共に誰かが駆け込んで来た。
駆け込んできたのは、20歳くらいの若い男だった。筋肉質でたくましく、鋼鉄の鎧を着ている。おそらく村の自警団の人間だ。腕にぐったりした少女を抱えている。
「フェミルさん、急患だ!」
フェミルの顔が一気に真剣になる。男が少女を部屋の隅のベッドに下ろす。少女は顔が焼け爛れたようになっており、包帯が巻いてある。
「――――まさか、<ヘル・バタフライ>か!?」
「そうです・・・この子は薬草摘みに村の外に出ていたようで、アカサギ山の麓に倒れていました」
<ヘル・バタフライ>は猛毒を持った巨大な蝶だ。きわめて美しいが、その毒は大きな大人でも死に至らしめる。この感じでは、この少女は一命を取り留めても目が・・・
しかし、<ヘル・バタフライ>は本来、山の麓ではなく、頂上付近などの険しい地帯に生息しているはずだ。山の魔物の勢力が変化している?
フェミルは次々薬を取り出し、治癒術をかけるが、その顔色は優れない。
「・・・時間が経ちすぎておる。完全に治癒はこれでは無理じゃ」
そう言いつつも、治癒術をかけ続ける。<ヘル・バタフライ>の猛毒の解毒には、特殊な薬草が必要である。白露星草、標高の高い山にしか生息しない希少な魔法植物で、ほぼ全ての毒を解毒できると評判だが、鮮度が命で、摘んで一日以内には薬にしないと使い物にならない。薬にしても、半年保存が限界らしい。
魔力を吸収すると腐ってしまうので、一日以内という限度を魔法で伸ばすことはできない。まぁ、直接魔法をかけなければいいので、飛行魔法は使えるが。
俺は、背後で黙っているエリシアを振り返った。
「エリシア・・・」
「わかってます。早く行きましょう?」
エリシアはにっこり微笑んだ。まったく、なんか読まれてるんだよなぁ・・・
「フェミル、ちょっと薬草探してくる」
俺は荷物を纏めつつ、言った。
「・・・お主、どこまで行く気じゃ?」
「ちょいとティルグリムまで」
「白露か! いや、待て! 今行くのは自殺行為じゃ、S級も動いておるのじゃぞ!」
S級・・・それほど魔物の動きが活発化しているのは初耳だが、それでも、やっぱりほっとけないんだよなぁ・・・
「任せとけ。俺もエリシアもそのへんの魔術士より強いぞ」
冗談めかして言うが、まぁ事実だ。
ふとエリシアを見ると、なにやら隣の薬草部屋で薬草をあさっていた。
「フェミルさん、コレをもらってもいいですか?」
そう言ってエリシアが手に取ったのは、赤黒い草の入った袋だった。
「爆炎草じゃと・・・? お主ら、本当に何者じゃ・・・?」
爆炎草は、その名前の通りの草で、火の魔力に反応し、爆発する。似たような草に、薬草のアカネソウがあり、同じく赤黒く、見分けるのは至難の技だ。見分け方は、爆炎草は若干臭いことか? ただ、アカネソウのほうが圧倒的に多い。ちなみに、アカネソウは食欲増進などに効果がある。
「よし、行くぞエリシア!」
「はい!」
俺とエリシアは靴を履いて玄関を飛び出し、一気に魔力を集める――――
「エリシア、やっぱり急ぐからちょっと失礼」
「え!?」
落っことさないようにエリシアのお腹のあたりに腕を回し、抱き寄せる。集中し、エリシアと魔力を同調させる。
真っ赤になったエリシアにも気づかず、俺は魔力を解放する。
『我らは雷、天を切り裂き風よりも速く飛ぶ!<サンダーミグラトリィ!>』
突如村に雷鳴が轟き、銀の閃光が一直線に東へ向かって飛んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
俺とエリシアは、瞬く間にティルグリム山脈に到達する。俺の魔力がものすごい勢いで減るが、そのへんは緊急事態だから気にしない。
今は、多分だが標高は3000メートルは越えてるのではなかろうか?
周囲には高山植物がわずかに生え、岩でゴツゴツしている。しかし、ティルグリム山脈の山は一様に高く、この山の頂上まで、およそ200といったところか?
空気が薄いのは、魔力で心肺機能を強化し、対応する。
ただ、空気が薄くなると酸素だけでなく魔力の濃度も下がる。空気中にも魔力があるのだ。
通常、魔法は体内の魔力で発動する。空気中の魔力濃度関係なくね? という感じだが、空気中の魔力濃度が下がると、魔力の回復が遅れるのだ。エリシアとかは超高速で周囲の魔力を吸収できるので、魔力濃度が高ければ無尽蔵に魔法を乱射できる。まぁ、結界の中とかだとそう簡単にはいかないが。それに、乱射なんかしたら空気中の魔力くらいはすぐになくなる。
まぁ、とりあえず魔力回復が遅れる・・・というか、この標高だと期待できない以上、温存するほうがいい。S級魔物が徘徊してるとなればなおさら。
エリシアが鞄に爆炎草を詰めてきているが、S級相手では威嚇や陽動にしか使えない・・・いや、エリシアならなんとかなるのか?
というか、魔力濃度が薄いところで魔法を使うと、魔力消費が激しい。極寒の地で温かいものの熱がすごい奪われるようなもの。といえば通じるだろうか?
というか・・・。
「寒い・・・!」
さすがに高いところなので、寒い。冗談抜きで極寒だよ!(俺には)。
重装備だが、あくまで一般装備。登山とか想定外だ。
「アル、大丈夫です?」
エリシアが心配そうに見つめてくるが、むしろエリシアの方が寒そうなんだが。白いシンプルなワンピースに革の鎧を着ているだけだ。完全に軽装。
しかし寒そうに見えない。なにそれ、ずるい。
「・・・エリシア、なにか使ってるのか?」
「寒がるドラゴンなんて聞いたことないですよ?」
確かにそうだが・・・いや、恐竜は寒さと飢餓で絶滅とか言われないか? あー、でもエリシアは知らないか。
しかし寒い・・・もはや真冬並みだな。死ぬ・・・凍死する・・・・!
俺は、気を逸らすべく、まだまだ遠い頂上に向かって、ゴツゴツした岩の道を走り出す。エリシアもついてくる。
しかし、寒いのはどうしようもない。俺は寒いのダメなんだ・・・。
平気そうなエリシアが恨めしいぞ・・・。
魔力探知は怠らないが、なんか空気が薄いからか、すごい疲れた。
10分ほど走り続け、疲れきった俺は、切った大きな平たい岩を見つけ、思わず座り込む。なんか頭がクラクラする。
「あ~~~・・・・」
俺は、思わず頭を抱えて、そのまま寝転がる。空が見えた。先ほどよりさらに心配そうはエリシアが顔を覗き込んでくる。
「・・・アル、魔力使いきってないです? なんだか顔色悪いです」
あー、このまま眠ってしまいたい・・・・だるい・・・さむい・・・だるさむ・・・
俺は、そのまま目を閉じた。
「ア、アル!? 寝ちゃダメです! 死んじゃいます!」
エリシアが俺の肩を揺する。
・・・あー、エリシアの手があったかい・・・・
俺は、ぼんやりした頭のままエリシアを抱き寄せた。
「――――――アル!?」
エリシアが真っ赤な顔で慌てふためくが、何もかもどうでもいい・・・
ただエリシアが温かくて、思い切り抱きしめた。
しばらくして、エリシアも俺の背中に腕をまわして・・・
数分間くらいそうしてただろうか? なんか遠くから巨大な魔力が接近してきた。
でもまあぁ、どうでもいいや・・・温かいし、柔らかいし。
「アル! 起きてください!」
正気に戻ったエリシアが再び俺を揺する。
「悪い、眠いんだ・・・・」
俺は、そのまま意識を手放した。
「<スタンブレイク!>」
唐突に俺の体を電流が突き抜け、さすがに飛び起きる。
「うおっ!?」
ちなみに、俺は電撃で殆どダメージは受けない。慣れてるからか?
飛び起きると、かなり接近した巨大な魔力を感じ、エリシアの顔が真っ赤だった。俺は、なんか魔力が回復して、頭がすっきりしていた。
エリシアを見ると、何故か顔を逸らされた。え、なにこれ?
「・・・エリシア?」
「アル、何か来ます!」
さて、色々やってるうちに魔物に接近されてしまった。
その魔物は、ぼんやりと蒼い光に包まれた狼・・・AA級魔物、<ブルー・フェンリル>だった。
昔戦った<グレー・フェンリル>よりも大きい。あれが体長3メートルほどだったのに対し、コイツは5メートルはある。溢れる魔力で体毛が蒼く輝き、鋭い爪と牙が琥珀色に輝く。鋭い光を放つ目で、俺とエリシアを見据え、唸り声をあげた。