第1話:呪獣
ワープゾーンを抜けると、そこは日が沈みかけた草原でした。
………なかなか笑えない冗談だ。
「さて、宝物庫はどこかな………」
ダメ元で呟きつつ周囲を見渡すが、なだらかな草原と遥か遠くにある巨大な山しか見ることができない。しかし風が吹き付けるたびに揺れる草の感じを見る限り、そして空気中のマナを見る限りだと幻影ではなく、ごく普通の草原だと思われる。俺は思わず天を仰ぎ、そしてとんでもないものを見た。
「……なんで月が二つあるんだろうな」
空に、大きな銀の月と小さな金の月が浮かんでいる。太陽は沈みかけながらも見えているので、片方太陽というオチはないハズだ。
当然ながら俺は前世からこっち、月が二つあるというのは見たことが無い。
つまり、少なくとも先ほどまでいたアイリア大陸ではないということだ。
というか違う世界じゃね? と囁きかける直感はとりあえず放置して、俺は右手に魔力を集めつつ呪文を唱える。
「――――草原を翔る疾風の乙女よ、契約に従てその姿を顕せ――――! <シルフィード>!」
俺の右手が魔力の集中によって銀の光を放ち――――何も起こらない。
例え違う距離がどれほど離れようと、召還術は有効なハズなのに。
俺の額を冷や汗が流れ落ち、急速に寒気が襲ってきた。
「いや、落ち着け俺……もしかしたらシルフは今忙しいのかもしれない……」
そんなハズは無いと分かっていつつも、そういえば奥の手があったと思い、違う召還に挑戦する。
「――――契約に従いてその姿を顕せ――――! <エルシフィア>!」
自分でも今の今まで忘れていたが、そういえばエリシアも召還できたのだ。
エリシアならもし忙しかろうと何だろうと、来れるなら来てくれるだろう―――。
俺の右手が再び銀の光を放ち―――――しかし、何も起こらなかった。
「………や、やばいかもしれん」
なるほど確かに、フィリアもこんな宝物庫だったら行方不明になるよなー…。
とか現実逃避しつつも俺は必死でパニック寸前の頭を落ちつかせ、とりあえず草原に腰を下ろす。
そして、ふと気になって再び右手に魔力を集める。
「……魔力はある、か」
ということは魔法は使えるのだろうか?
使えなかったらどうなるかは極力考えないようにしつつ、俺は静かに呟いた。
「<サンダーボルト>!」
即座に俺の右手が眩い銀光を発し、相変わらず耳の痛くなる轟音を撒き散らしつつ銀の雷が草原を駆け巡る。
思わずホッと胸を撫で下ろしつつ装備を確認しようとして、思わず顔を顰めた。
「……げっ」
持ってきた精霊剣<シルフィード>、そして魔法剣<天照>、<アイテール>は全て黒く染まり、いかにも「使用不能です」といった様相を呈していたのだ。
ちなみに、重いのと準備の時間が無かったので他の剣は家においてきた。
「……<シルフィード>は仕方ないとして、<アイテール>は仕事しろよ……!」
<シルフィード>はシルフがどこか遠くにいる影響もあるだろう。しかし<アイテール>はただの魔法剣のハズなのだからせめてマトモに機能してほしかった。
俺はとりあえずひとしきり現状を嘆くと、ひとまず落ち着いて前世知識を掘り起こしてみることにした。
「…………こういう時ってどうするのが定番だったかなぁ」
もしここが宝物庫の中の異世界なら、近くにフィリアがいるか、すぐにエリシアらへんが追ってきてくれることが考えられる。
エリシアが俺が一晩経っても帰ってこないという状況で何もしないだろうか?
いや、でもアリアいるしな……。
とりあえず援軍は無しと考えると、フィリアと合流するのが上策だろう。
ただ、同じ場所に送られたと仮定するならだが。
「………魔法具の転移機能の暴走なら、多分同じ場所に送られると思うんだよな」
そのへんは昔、何かの本で読んだような気がする。
ただ問題があるとすれば、この異世界が想像以上に広かったり、特定座標に転移しなかったりした場合だ。
とりあえずは、周辺を探索してみるべきか……。
俺は一人で頷くと、勢い良く立ち上がって即座に魔法を発動する。
「<ウィング>!」
即座に空中に舞い上がった俺は、そのままヒトの気配を求めて大空を駆けるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――
人里離れた山道を、質素ながらもどこか気品のある馬車が全速力で駆け抜ける。
馬車の前後は武装した騎士がつき、御者は必死の表情で手綱を取る。
そしてその背後からは、禍々しい漆黒の魔力を放ち、目だけが不気味な赤色に輝く8頭の狼が魔法弾の射程限界外から襲い掛かる隙を待っているかのように付かず離れず、ピタリと追ってきていた。
殿を務める若い金髪の男は、平時であれば娘たちが例外なく熱を上げる美貌を歪ませ、牽制として火炎魔法を飛ばすが、狼たちは何事も無かったかのように軽々と回避し、即座に元の距離に戻す。
「……くっ、呪獣め……!」
20人いた護衛のうち、最初の襲撃で抵抗する間もなく4人が死んだ。抵抗したが、6人が死んだ。なんとか逃げ出したが、足止めしようとして5人死んだ。
しかもこの邪悪な狼たちは魔力を持つものを狙っているのか、足止めしようとした騎士たちを一瞬で殺すと、その骸に目を向けもせず即座に追撃に戻るのだ。
……通常であれば同胞の骸が荒らされないことを喜ぶべきなのだろうが、守るべき彼らの主の生命が危険に晒されているとなれば話は別だった。
そう、この邪悪な獣は彼らの主を狙っている。
馬車を牽く馬の体力も恐らく限界に近く、男は覚悟を決めた。
隣の部下に少しだけ馬を寄せ、必ず聞こえるように叫ぶ。
「――――オルディス、ここは私が食い止める! 必ず、姫様を――――」
「なっ!? フェリウス様、何を―――!?」
しかし、フェリウスの覚悟を嘲笑うかのように馬車が急停止する。
フェリウスとオルディスは卓越した技術でなんとか馬から放り出されずに急停止するが、何が起こったのかと馬車の前方を確認し、絶望が心を染めるのを感じた。
「………くっ、これまでだと言うのか……っ」
馬車と落馬した3人の部下たちの向こう、前方の道を塞ぐように新たに5頭の狼が待ち構えていたのだ。13頭になった狼たちは獲物を逃がさないようにするつっもりなのか、ある程度の距離をとりつつも馬車とフェリウスたちを取り囲む。
フェリウスたち護衛騎士も、最後まで誇りをかけて主人を守り抜くために馬車を囲うように立つ。
しかしここで馬車の中から美しい翡翠色の髪と瞳を持つ少女が顔を覗かせ、絶望的な状況を察したのか顔を青ざめさせつつも叫んだ。
「――――フェリウス、私も……私も戦います!」
フェリウスは即座に却下しようとして、しかし参戦してもらったほうが少女が生き残る確率を上げることができると判断し、静かに頷いた。
……どちらにせよ、絶望的なことに変わりは無いが。
「姫様………お願いします。我々も、この命が尽きるまで全力でお守りいたします…!」
フェリウスは、この勇気ある姫君をなんとしても守り抜くという意思を、部下たちと視線を合わせて再確認し、そして、ついに狼たちが飛びかかろうと邪悪な漆黒の魔力をその身に纏い――――。
「――――【天翔け、地を穿つ雷の鉄槌、裁きを! <トール・ハンマー>!】
この場に似つかわしくない少年の声が響き、その直後。
鼓膜が吹き飛ばされるのではないかという爆音が轟き、視界を銀一色に染め上げる。
思わず目を閉じてしまったフェリウスがなんとか目を開くと、強烈な閃光の影響で白く染まる視界に、信じられない光景が映った。
魔力を纏い、大抵の魔法を弾き返す呪獣ヘルハウンドによる包囲の一角に、まるで雷と砲弾が同時に着弾でもしたかのように焼け焦げたクレーターが発生し、あれだけ魔法を当てても効果の無かったヘルハウンドが黒こげになって倒れていたのだ。
そしてそこには漆黒の剣をだらりと構え、銀色に輝く瞳を持つ少年が獲物を見定めるかのように残りのヘルハウンドを睥睨していた。
少年はフェリウスが呆然としていることに気づいたのか、少しバツが悪そうに苦笑すると、凶悪なまでの魔力を右腕に纏いつつ呟いた。
「――――ちょっと、加勢させてもらうぞ」
フェリウスは慌てて何か言おうとしたが、少年の姿が掻き消えて唖然とする。フェリウスが慌てて振り返ったときには、少年は銀の雷を残像のように残しながらヘルハウンド3頭の首を漆黒の剣で一刀両断し、次の獲物に消し炭にする以外の意図で放ちようが無いばかりの雷を浴びせかけたところだった。
フェリウスたち護衛騎士が何も言うことができないままに少年は途中から逃げに徹しようとしたヘルハウンド13頭を狩りつくし、馬車から決死の思いで出てきたはずの少女が、感極まったような声で囁いた。
「………す、ごい…」
あとがき
エリシア「……やっぱり、アルは強いです!」
シルフ 「本当はもっと戦闘するハズだったみたいですけど。というか、サラッとご主人様だってネタバレしていいんですか?」
エリシア「……!? ところで、その…アルはどこにいるのです!?」
シルフ 「あ、誤魔化しましたね」
エリシア「じ、次回! 第2話:『魔術師とお姫様(仮』お楽しみに、です!」
シルフ 「……というか、なんかいきなり書き方変えてますけどいいんでしょうか?」
エリシア「……えっと、『とりあえずイチャイチャしてれば銀雷じゃね?』とのことです……」
シルフ 「……私にもイチャイチャさせえくださいよーっ!」