第1話:平和な日々
どうしてこなった……。
次回からはきっと真面目に新章やります!
ごめんなさいでしたぁぁっ!
「………あー、平和だな」
そう呟いてポヘェーっと窓の外を眺めているのは、少女―――エリシアが誰よりも愛していると公言して憚らない少年、アルネア・フォーラスブルグその人だった。
女の子みたいとからかわれたり女装させられたのが余程腹に据えかねたのか、エリシアの説得にも応じずにサラサラの金髪を(エリシアはそこに顔を埋めるのが大好きだったのに)短く切り、今度は「顔が幼く見える」と皆から言われたので今ではやや長めくらいの髪形に落ち着いている(頼まれてエリシアが治癒魔術で無理やり伸ばした)。
エリシアとしてはそんな気の抜けた顔と真面目な時のギャップがアルの可愛いところであり、その点に関してはフィリア・ローラもなんだかんだで同意見である。が、本人に言うとかなり落ち込まれるので注意が必要だ。
それはさておき現在は12月に入り、冬になると雪が深くなるラルハイト皇国では通っている学生たちが安全かつ迅速に帰宅できるよう、早めの冬休みに入ったところだった。それゆえにエリシア・アル・リリー・リックお兄さんはフォーラスブルグ邸でのんびりと過ごしている――――。
正確にはリリーは何を思ったかシルフと謎の特訓を開始し、リックお兄さんはお父さんと特訓を始め、相変わらずお母さんは赤ん坊のルリの世話に付きっ切り。
必然的にエリシアとアルは二人だけで暇をもてあましていた。
いや、もっと正確に言うのならアルは身重なエリシアを心配して毎休暇恒例のクエストの旅に出るのを自重しているのだ。……竜族の特性なのか何なのかは謎だが、ここ1ヶ月でエリシアは誰がどう見ても妊婦さんというくらいに急速にお腹が大きくなり、いつ生まれてもおかしくないんじゃね? という状況だったのである。
というわけで、話は先ほどのアルの「平和だー」発言に戻る。
時と場合によっては「戦が……血と狂乱が俺を呼んでいる!」というような危ない発言に思えないこともないが、要するに暇なのである。
エリシアは妊婦さんであるからして、アルといっしょに遊べない(深い意味はない)し、フィリアは色々と忙しいし、ローラは不服そうにしつつも実家に帰った。ローラもなんだかんだで家族は好き……本人は絶対に認めないだろうが大切に思っているようなので、こっちにすぐ来るのは問題があった。主にローラのお父さんが泣きそうなところとか。
で、冬休み開始から1週間が経過した今ではアルも料理とかチェスとかにも飽きてしまい、毎日の特訓も本日のノルマは3割り増しで完遂し、暇としか言いようの無い状態なのである。特に前世で色々と娯楽を楽しんだり、転生してから魔法の特訓やら剣術の特訓に邁進してきたアルとしてはすることが無いのは苦痛なことこの上ないだろう。
エリシアはアルの顔を眺めているだけで1日くらい余裕で過ごせるし、会話してられるなら1週間は何もいらないし、キスしてくれるなら1月は余裕だろうと個人的に思っていたが、同時にアルにそれを求めるのは酷だと思ってもいた。
実のところその考えは前世で誠司が年頃の男の子必携の『ばいぶる』とやらを持っていたのをユキが発見したことに端を発するのだが―――そのときに悟りを開いたような顔で誠司の妹の理香がユキに懇々と「男がいかに欲望に忠実な生き物か」を言い聞かせてくれたのである。
『……ユキ、お兄ちゃんは変態じゃないんだよ。健全なの。『男の子が好きだぁぁ!』とか、『俺は二次元にしか興味ねぇ!』とか言わないだけで許してあげて……』
………あのときは、ほんとうに驚きましたけど(本の内容に)。
とにかく、ユキにとって刺激が強すぎたその本はユキの心に大きな衝撃を残し、それに対して理香が「男は皆変態なんだよ。それが普通なんだよ」と教え込むことでフォローしたために、ユキ転生後のエリシアもその間違ってはないけど誇張された知識とかアルへの気持ちとか色々が合わさって、アルがえっちなのは許容することにしたのだ。
というわけで、推定4ヶ月ほど我慢している(何がとか聞いてはいけない)アルにエリシアは「もうそんなに頑張らなくていいです……!」と泣きつきたいくらいの気持ちであったのだが、ここで『そーいうお店』に行かせるのは流石のエリシアといえど嫌だった。
じゃあ見知ってる人ならいいよね。というと「逆に嫌だろ!」と猛烈にツッコミを受けそうなところであるが、そこは前世で理香くらいしか友達がいなかったと断言するエリシア(誠司は友達じゃなくて特別な人)であり、ローラとフィリアのことだってとてもとても大切に思っているのだ。
(それに、アルを信じてますし。………うん、しんじてます)
アルが「愛している」と言ってくれるのだから、それを信じると決めた。
というか、アルが嘘をつけるほど器用じゃないことはエリシアもよく知っている。
だからこそつい「暇だー」という趣旨の言葉を呟いてしまうのであり、エリシアがそれに気づいていると気がついて慌てるアルを見ていると愛しさが込み上げてくる。
「……えーと、エリシア? 今のは二人で何かボードゲームでもしたいなーという意味で………言ったということにしてくれ」
視線が逸れまくりで思わず苦笑してしまうと、アルもバツが悪そうに笑った。
「なんか最近、エリシアに勝てる気がしないんだが」
「……私も、アルに勝てないですよ?」
笑顔で心から断言するとアルは肩を竦めて立ち上がり、エリシアはひょいと軽く抱え上げられてベッドに下ろされる。子どものように軽々と運ばれるのは以前からなんとなく抵抗があったが、同時に子どものように遠慮なくアルに甘えたいような、そんな抗いがたい欲求も確かにあった。けれど、これは――――。
「その………アル? た、たしかに『もうがまんしなくても……』とは思いましたけどっ! まだお昼ですし、そのっ、アルと私の赤ちゃんはやっぱり大切にしたいとおもうんですっ!」
アルの本能が暴走ですっ!? とか割と本気で慌てふためいたエリシアだがアルは可笑しそうに笑い、エリシアを落ち着かせるように優しく笑った。
「って、そんなこと考えてたのか!? やっぱり意思疎通って大切なんだな。……大丈夫だって、ちょっと知的好奇心から竜族の生態調査するだけだから」
「そ、そうですよね…っ! はい、私にできることなら何でも協力しますっ!」
エリシアは羞恥で顔が真っ赤になるのを感じながら、それを誤魔化すように何も考えず協力を申し出て、アルの笑みに嫌な予感を覚えた時には既に遅かった。
「………ふっふっふ」
「………あ、アル? えっと、笑い方が怖いです……っ!?」
今までアルがこの笑い方をして、基本的にエリシアはロクな目にあったことがない。外でとか、いっそ空でとか、むしろ縛っとく? みたいな感じの(チェスのことだということにしてください)………とにかく! アルに妙なスイッチが入った合図と言ってよかった。
ただ、身構えたエリシアに掛けられた言葉は斜め上のものだったけれど。
「ふと思ったんだけどさ、魔力って美味しいよな?」
「え…? ……えっと、そうですね?」
体臭と同じで自分の魔力の『味』はよく分からないけれど、他人の魔力には『味』を感じるらしい。なんでも他人の魔力が神経に刺激を与えるとか何とかあったけれど、とにかく一人一人魔力の『味』は違うとのこと。
「で、唾液や涙をはじめとする体液には多量の魔力が含まれてるよな?」
「………は、はい」
それも魔力の『味』も、キスするたびに頭を茹でダコにされてきたエリシアとしては非常に今更な話であり、思わず首を傾げたエリシアにアルは笑顔で言った。
「………母乳って、魔力含まれるのかな?」
「………え? ……………それは、含まれると思い…ます?」
エリシアは悟った。暇すぎてアルのネジがぶっ飛んだと。
「ア、アル……? そ、そのっ! 私はそういうのはくわしくないですけどっ、それはさすがにダメなんじゃないかなって思ったりするしだいですっ!?」
「――――知る権利を発動する!」
「そ、それは使いどころが違うと思いま―――ひゃぁぁ!?」
――――――――――――――――――――――――――
「おぎゃぁぁぁーー!」
赤ん坊が泣いている。とはいえ、第3子―――アルとエリシアという養子を含めるなら第5子のルリが誕生して約4ヶ月のフォーラスブルグ邸では珍しいものではない。
だがしかし、それに異変を感じた人物が一人いた。それがクリス・フォーラスブルグ。かつて戦場で治癒魔術部隊として活躍し、現当主であるアルベルクと恋愛結婚の末結婚。これまで3人の赤ん坊を無事に育て、4人目子育て中の猛者―――というわけで、少し聞いただけだとルリが泣いていることに何らか異変を見出して凄い! みたいな話のようだが、そういうわけではなかった――――だって、ルリはお母さんの腕の中ですやすやと眠っていたから。
不審に思ったクリスが急いで声のする部屋に行くと……ぐったりと赤ん坊を抱えるエリシアと、テヘッと愛想笑いを浮かべるというかつてなく妙なテンションのアルがいた。
…………………………………
というわけで、第2回、フォーラスブルグ緊急家族会議開催。
議題、『エリシアが急に出産した件について』。
まず最初に、「何で出産なんて一大事に誰も呼ばないんだよ」的な全員のジト目に晒された俺だが、エリシアが「5秒で生まれたので呼ぶ暇が無かったです」とフォローを入れてくれたので、とりあえずの追及は止まった。真相は謎である(俺とエリシアは分かってるけど)。
まぁとにかく、早産とかの心配もぶっちぎって無事に俺とエリシアの子どもが生まれたのだが、ここで大きな問題が発生した。
「――――やっぱり『リ』は入れようよ! リリアとか、リリーナとか!」
「いや、ここはフォーラスブルグの伝統に従って『ア』とか『ル』をだな!」
「あなた、リリー。それはルリで入れたでしょう? ここはクリスティーナとかどうかしら?」
「メイドとして言わせていただきますと、フェイトやリリィ、ホムラなんていうのも熱いと思いますよご主人様!」
そう、なんだかんだで妊娠4ヶ月ということでまだ生まれまいと思って名前が決まっていなかったのである。というかシルフ、お前何で俺の娘に痛い名前をつけさせようとしてるんだよ! まぁとにかく、実はルリの時も大騒ぎしていたので第2回家族会議が勃発した。なんか皆自分に近い名前をつけさせようとするんですが。これがこの世界の常識なのか……?
「男の子だったら愛称がアルになるようにしようと思ったんですけど……」
そんな非常に反応に困るセリフを呟きつつ、エリシアのテンションがヤバイ。先ほどから赤ん坊を愛しそうに抱きしめて断固として放さず、緩みきった笑顔で「あ、目元がアルそっくりです!」とか言って、なにを思ったのか翼を出してパタパタと床から数センチ飛び上がっている。
「……なんだろう。なんか……」
悔しいというか、寂しいというか。よく考えると、エリシアが俺以外にあんな笑顔を向けることって無かったよなぁ……。
心を寒風が吹きぬけるというか、とりあえず人生初の感情だった。
それに気づいたのか、騒ぎを苦笑しながら眺めていたリック兄さんが俺の肩を軽く叩き、穏やかに言った。
「まぁ、お前もいざとなったら皇女様とローラがいるだろ?」
「――――そこか!? 慰めてくれるのかと思ったらそっちなのかよ兄さん!?」
自分もアイナさんと熱愛中のくせに、そんなこと言っていいのか!? と思わず先ほどまでの感傷を忘れてツッコむと、リック兄さんは肩を竦めて笑った。
「冗談だって。まぁ、お前もたまにはエリーに甘えてみればいいんじゃないか? ただな、お前もあの二人を真剣に幸せにする気なら、いい加減に動けよ?」
「……うっ」
そう、そうなのだ。欲望だけの関係だと思われたくない(主にフィリアとローラに)俺は、未だにフィリアとローラとはデートとキスはする。くらいの関係だ。手は出してません。
フィリアとローラも「エリーが動けない間に動くのは何か違う」という意見らしく一時休戦状態だったが………。
「……まぁ、とりあえず名前が先か?」
「……そうだね」
さすがにここは名前を先に考えても誰にも文句は言われないだろう。
エリシアは「笑い方がアルそっくりで可愛いですっ!」と宣言しつつ俺の方に駆け寄ってきて、輝くような笑みで言った。
「アル、アル! 見てください、笑ってますよ! 可愛いです!」
「……口元がエリシアそっくりで、すごく可愛いな」
先ほどから非常に恥ずかしかったので反撃するとエリシアは顔を真っ赤にして、あわあわと口ごもった。
「~~っ! そ、そのっ、それじゃあ……眉毛がアルそっくりで可愛いですっ!」
「むっ。こんなにエリシアそっくりで可愛い娘だと嫁にはあげられないな!」
「~~~…っ! アルの方が可愛いですっ!」
「なんっ!? 言いやがったな! エリシアはちっさいから凄く可愛いなぁ!」
「ぁぅっ!? ま、まだ成長中なんですっ!」
「えー、あんなに可愛いのに成長するのか?」
「ぅぅ~~っ! アルなんてさっきは赤ちゃんみたいで凄く可愛いかったです!」
「なぁっ!? あの時のエリシアの顔とか凄く可愛かったけどな!」
いつの間にか名前議論で盛り上がっていた皆は「ダメだアイツら」と苦笑していなくなり、俺とエリシアはその後数日間、恥ずかしさのあまり他の皆と目を合わせられなくなったのだった。
第2部の予告
――次回予告!
アル 「ってか、もう始まってるけど予告するのか?」
シルフ「――無事に子どもも生まれたご主人様に届くまさかの一報! 『フィリア皇女行方不明』という驚愕の事態に、ご主人様はどう動くのか!?」
アル 「……は? ちょっ、聞いてないぞ!?」
リリー「というわけで第2部! 次の話から本気出す!『輪廻の魔迷宮』編、スタートっ!」
エリシア「えっと、この次回予告は製作途中のものであり、予告なく変更される恐れがございます!」
アル 「待て、落ち着け! むしろ変更するんだ!」
シルフ 「貴方の心に、パック・ザ・フューチャー!」