第八話:尋問
「――――おい、ギニアス! 大丈夫か!?」
「………なんとか、大丈夫だよ」
とりあえず捕まえた少女はシルフにそのまま任せ、俺はギニアスのところに向かった。
ギニアスは遠目に見ても魔力が枯渇してしまっていて、既にエレボスとの融合状態も解除されてしまっていたが、ミリアを抱きかかえてホッとしたような笑みを浮かべた。
俺は、二人が大丈夫そうなことを確認して声をかけた。
「……悪いな、遅くなって」
「いや、お陰で助かったよ。……ノエル、悪いけど後は任せていいかな……?」
「……分かりました。ゆっくり休んでください」
ノエルが頷き、ギニアスは静かに目を閉じた。
その後、塔に王国魔術部隊がようやく駆けつけて大騒ぎになっのだが、ノエルが事情を説明してくれたのですぐに解放された。フィリアもいたし。
王国の魔術部隊もすぐに戦闘には気づいていたらしいのだが、なんでも『歪み』に阻まれて駆けつけられなかったらしい。
とりあえず、俺達は捕まえた少女を連れて一旦屋敷に戻るのだった。
いや、邪魔されたとはいえ少女を軍に引き渡すのは気が引けるし。
かといって何も聞かずに解放するわけにもいかないし、な。
―――――――――――――――――――――――――
「ア、アル……恥ずかしいです……」
「……なら、おんぶとどっちがいい?」
「あぅ……」
俺(本体のほう)とエリシアは、いい加減にフェミルの薬屋――ほぼ病院だが――の1つしかない患者用ベッドを空けるべく、家に帰ることにした。学園には休みの連絡を入れたし。
で、エリシアがおんぶを嫌がったのでお姫様抱っこにしてみた。
……歩くのも大変なのに『自分で飛ぶ』と強情なエリシアには困らされた。
俺は、フェミルに警告されてるので断固として譲らなかったのだが。
『―――よいか、お主にだけ伝えておくが状況は芳しくない。魔力異常は、むしろ時間ごとに悪化しておる。絶対安静、さもないと後悔することになるぞ』
下手にエリシアに知らせて、思いつめさせるのは良くない。
という俺とフェミルの判断なのだが、いざとなれば知らせるべきかもな…。
「なんじゃ、ここにしばらくいてもいいんじゃぞ?」
「いや、流石にベッドを占領するわけにはいかないしな」
「フェミルさん、ありがとうございました」
俺とエリシアは、わざわざ見送りまでしてくれたフェミルに軽く頭を下げてから魔力を集め、呟いた。
「ありがとな、フェミル。<ウィング>!」
「……ふん、もう怪我などするなよ」
ここからなら屋敷はそう遠くない。
とりあえず、父さんと母さんに何て説明するかが問題だけどな…。
……………
「エリーが体調不良だと!?」
「大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫です…!」
「とりあえず、エリシアは罰も込めて絶対安静だけどな」
案の定というか、父さんと母さんがかなり慌てたので、俺は肩を竦めて特に問題ないことをアピールしておく。……後であまり芳しくないことは説明するつもりだが。
エリシアが俺の顔を不安そうに見てくるが、俺は返事をせずにエリシアを俺の部屋まで運んだ。
「……その、アル…? アルの部屋です……?」
「そのほうが監視しやすいからな。別に嫌ならエリシアの部屋でもいいけど?」
「そ、そんなことないです……」
ついでにエリシアが俺の部屋に入り浸るようになってから、父さんからダブルベッドが進呈されたので一緒に寝るのも容易だったりする。
とりあえずエリシアをベッドに寝かせ、布団をかける。
「……アル、動いちゃダメ……です?」
「ダメだ。全身粉砕骨折だったんだし大人しくしてろ」
「……骨は繋がってますし、体がなまっちゃいます……」
「あのなぁ、体調が悪いのはエリシアも分かってるだろ? 治るまで大人しくしてろって言ってるんだ」
「………はい」
エリシアは寂しそうに頷き、所在無さげに視線を窓の外に向ける。
さて、一応聞いておかないといけないんだよなぁ……。
つい今しがた俺の【影】とフードの男の戦いが終わったのだが、ローラが気になることを言ってたし。
「エリシア、俺に隠し事とかしてないよな?」
「―――っ!? な、何のこと……です?」
聞いた瞬間、エリシアはビクッと震え、あからさまに動揺しまくっていた。
うわぁ、なんて分かりやすい……。
とりあえず可哀想なので、白状するきっかけをあげることにした。
「エリシア、何か言いたいことはあるか?」
「……ごめんなさい…」
というわけで、エリシアに洗いざらい白状させた。
ちょっと前から気分が悪かったり、体がだるかったり、やけに眠かったりしたものの特に気にしていなかったら、襲撃された日に血を吐き、それでフェミルのことろに行こうとしていたこと。
俺としては相談してもらえなかったのはショックだったし、怒ってやろうかとも思ったのだが、既にエリシアが半泣きだったので止めた。
「はぁ、今度からは相談してくれよ……」
「……はい」
その後は、ほぼ完全に大人しくなったエリシアと適当に話したり、本を読んだりして過ごした。のだが、一時間ほど経ってエリシアがごねた。
「……その、アル? ご飯、作ってもいいです……?」
「ダメだ」
「……アルのご飯、作りたい…です……」
「そんな目で見てもダメだ」
エリシアが上目遣いで見つめてくるものの、飯をつくるとか負担が大きそうなので断固却下する。エリシアはかなり寂しそうだったが。
「アルのご飯……」
「……はぁ、なら早く治して作ってくれよ」
「はい―――あれ? アルが二人です……っ!?」
「……は?」
ひょっとしなくても【影】のことのような気がするが、今はローラ、フィリアと一緒にラルハイトとエディメアの国境を越えたくらいだ。
まだ、探知するには距離が離れ過ぎてる気がするのだが……。
「あぅ………アルだけど、アルじゃないです…。でもこれは、どうして……?」
「あー、何かなんとなく思いついた術で出せたんだよ」
俺としても微妙な返答だなーと思ったのだが、エリシアは物凄く難しそう顔になった。
「……私の魔力の影響です…? でも、アルは……」
「……?」
「……アルは、体調が悪かったりしないです?」
「え? ……いや、健康そのものだけど」
そう、俺は特に何も無い。
しかしエリシアは不安そうで、しばらく黙り込んだ後、頬を赤く染めつつ呟いた。
「……アル、キスしてください…」
「――ぶっ!? なんだよ、いきなり!?」
「そ、そのっ、体調チェックです…っ!」
「ああー、そっちか!」
なんだか妙な空気になってしまい、二人して顔を赤くして黙り込む。
そして、動けないエリシアのために俺から顔を近づけると、エリシアはそっと目を閉じた。
唇が触れ、そのまま魔力を繋ぐ。
エリシアの心がそっと俺にふれるような感じを受けつつ、俺もなんとなくエリシアにふれて―――。
(……なんだよ、これ)
エリシアの魔力は、さながら砂漠並みに乾ききっていた。
確かにエリシアからいつもより少し弱い程度の魔力を感じていたのに、実際に魔力を直結させてみると、考えられないほどに魔力が足りていない。
まさか、エリシアはこれも隠していた?
色々と考えたいことはあったものの、俺は即座にエリシアに魔力を流し込んだ。
魔力の受け渡しはあんまり多用しないほうがいいのだが、そんなことを言っている場合じゃない。
エリシアが慌てて抵抗してくるものの、無視する。
『―――っ、アル、だいじょうぶ…です』
『―――うっさい、黙って受け取れ』
数十秒間の無言の戦いの末、ようやく観念したエリシアに魔力の大半を受け渡す。
あんまり多量に渡すと拒否反応が出る恐れもあるのだが、幸い大丈夫そう――というか、むしろ明らかに顔色が良くなった気がする。
「エリシア、説明してくれるよな……?」
「あぅ……」
俺が笑顔で睨みつけてやると、エリシアは布団で顔を半分ほど隠し、申し訳なさそうな目で俺を見つめてくる。
「……だって、アルに言ったら、アルの魔力が……」
「とりあえず、自分が病人だという自覚が足りないみたいだな。エリシア……」
どうしてやろうか考えつつ微笑んでやると、俺がかなり怒ってることを察知したエリシアが若干怯えつつ必死でベッドの上を後退する。
「で、でも……アルも、我侭な女の子は嫌いです……よね?」
「ああ、確かにいつも上位貴族が我侭言ってると俺が嫌そうな顔してるかもな。でも安心しろ、エリシアは特別だ。逆に黙ってるとお仕置きがあるかもしれないな……」
ちなみにフィリアとローラも同じく我侭を言われても嫌な気分じゃないが、今はあえて言う必要もないだろう。
エリシアはついに背中が壁に付き、布団を抱きしめて俺を上目遣いで見てくる。
「その……ぜ、絶対安静だと思うんです……?」
「そうだな。じゃあ大人しく俺に徹底的に看病されるよな?」
墓穴を掘ったことに気づいたのか、エリシアがビクッと震える。
そして、必死で反論してきた。
「だ、だいじょうぶです! アルが魔力をくれたから元気です……!」
「へー、じゃあ普通に罰だな。一週間ベッドから起き上がるの禁止」
「余計に酷いです…っ!?」
「文句があるなら誓えるか? 本当に元気じゃなかったら二週間ベッドから起き上がらないってな」
俺が半目で睨みつけると、エリシアはがっくりと項垂れ、呟いた。
「……ごめんなさい、元気じゃないです…」
「ん、とりあえずある程度治るまでは大人しくしてろよ。いいな?」
「……はい」
エリシアは頷いたものの、なんとなく気持ちがこもってない気がするんだよな。
何か誓わせとこうかとも思うのだが、エリシアは理由もなく反抗したりしないしな…。
立ち上がらないとか誓わせて、誰もいないときにエリシアがトイレに行きたくなったりしたら大変だし。
「……まぁ、いいか」
俺がそう呟くと、エリシアはホッと息を吐き、そして急に顔を赤くしてもじもじし始めた。……何だ? あからさまに怪しいんだが。
目で「どうしたんだよ?」と問いかけると、エリシアは消え入るような声で呟いた。
「……アル……おトイレ……」
「あー、それならここに病人用の尿瓶があるぞ」
「―――っ!? アルっ、いじわるしないで下さい……」
「いや、エリシアを反省させるのになかなかいいんじゃないかと」
「アル……っ」
「冗談だって、そんな泣きそうな顔するなよ」
フェミルに絶対安静にするように念押しされてる俺としてはあながち冗談でもなかったりするのだが、エリシアが本気で泣きそうなので止めた。
とりあえず、相変わらず軽いエリシアを抱えてトイレに急ぐのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「……っ、ここは……」
「お目覚めか? 悪いが色々と聞かせてもらおうか」
フォーラスブルグ邸における7不思議の1つ。
何故か存在する怪しげな地下室に、元・フードの少女が壁に磔になっていた。
磔は俺の趣味じゃなくシルフが勝手にやっただけなので悪しからず。
フードを外された少女は、この世界でも見たことが無かったピンク色の髪に薄桃色の瞳。
なんというか、人間っぽくない。相当に美少女だし。
ちなみに外見年齢は18歳くらいだろうか?
少女は、完璧な無表情で呟いた。
「……貴方に話すことは何一つありません」
「で、何で邪魔をした。俺はあのフードの男に借りを返さないといけなかったんだぞ? 俺の、婚約者が殺されかけた借りをな」
無視して話しかけてやると、少女は冷たい目で俺を見て言った。
「……戦いの中で傷ついたからと言っても、それは仕方のないことではないですか?」
「……あのなぁ、病人が夜道で不意打ちされたら怒って当然だろ?」
「……え?」
「俺の婚約者はな、かなり重い病気で、病院に行こうと早朝に出かけて、あのフードの男に全身の骨を折られたんだぞ」
「……う、嘘…ですよね?」
「俺のほうが嘘であって欲しいと思ってるけど? 復讐だかなんだか知らないが。ハズレだった、紛らわしいから半殺しにしておこう。とか最低だよ、お前らは」
抑えきれない怒りを滲ませて俺が吐き捨てると、少女は目を伏せて呟いた。
「すみませんでした。ただ、そんなことをするのが私たちの総意ではないということを、どうか分かってください……」
「……で、俺はその『私たち』がなんなのかすら知らないんだけど? ちゃんと説明してもらえるんだろうな」
「……そう、ですね。ただ、貴方は大まかな検討はついてるみたいですけれど」
俺は、ただ黙って目で話を促した。
少女は顔をあげ、小さく深呼吸してから話し始めた。
「……『私たち』というのは魔族のことですが、貴方の婚約者は、竜族の方ですよね」
「確かにそうだ。だが、それなら闇討ちしてもいいって言うなら―――」
「言いません。彼らが正々堂々と戦う以上、私たちもそれに答えて然るべきです」
「……お仲間は考えが違ったみたいだけどな」
「……それについては、言い訳のしようがありません。むしろ、その方が竜族から出奔なり追放なりされているのであれば、手を出さないのが正しい判断です」
「それは、どういう意味だ?」
「私たち魔族は、竜族と太古の昔から戦ってきました。互いに繁栄と衰退を繰り返して。その始まりは竜族の始祖であるエルシフィアと魔族の始祖であるベリアティスにまで遡りますが……理由は諸説あるのですが、激しく対立した二人が誓いを立てたのです。『我々の戦いの決着が着かなかったとき、子孫に引き継ぐ』と」
「傍迷惑なことだな」
思ったまま呟くと、少女も少しだけ笑った。
「そうですね。二人は実力が全くの互角で決着がつかなかったと聞いていますが、何世代も戦い続ければ死者も出ます。恨みを互いに蓄積し、互いに群れの規模も時の経過とともに大きくなり………そして、大きな戦いが起きました。人間には『破滅の大災厄』などと伝わっていたのですが……」
「……聞いたことないな。何百年前だ?」
少なくとも、グリディア襲撃の……あれって500年前だっけ? 600だっけ? どうも最近勉強してないので年号が思い出せないのだが―――。
確か今はアイリア歴700ちょいだっけか?
「およそ1000年前と聞いています」
「……人間の記録には残ってないな」
「そうですね。あの戦いで人間の文化は一度滅んだといっても過言ではありません。何故なら、竜族と魔族、互いに国交のあった大国と共に戦ったからなのですが」
「……竜族1人で人間1000人分は戦えると思うが?」
「それは、ごく一部の者だけです。確かに力を解放……竜族であれば竜になれば人間など相手にもならないでしょうが、人間の繁殖力と技術力は目を見張るものがあります。あのころは魔銃や魔砲といった重魔法攻撃装置もあり、それに竜から人へと戻れば、人間100人ほどで囲んで魔銃を撃てばひとたまりもなかったと聞いています」
「……その言い方だと、竜族も魔族もあまり子どもはできないんだな?」
「……ええ、力ある者なら数千年は生きる寿命の中で本当に愛し合える者を見つけられ、そして百年ほどかけて愛し合えば――――」
「……待て、何で百年なんだ」
「魔族における平均の子どもができるまでの期間です。愛が深いほど早く子どもができるなどの迷信もありますけれど……。恐らく、竜族でも似たようなものかと思います」
「……ちなみに、最短は?」
「魔族での最短は30年。竜族では……グリディアが1年で子どもをもうけたとの噂もありますけれど、『破滅の大災厄』以降の情報な上に信憑性も微妙なので、恐らくデマだと思います」
「……30年って」
早くて30年……母さんが赤ん坊――ルリを抱いているときにエリシアがなんとなく悲しそうな顔をしていることがあって、気のせいだろうと思っていたのだが……。
30年経つと俺が45歳。オッサンじゃん。
というか、それでもエリシアの見た目が今のままだったら、俺は確実に犯罪者にしか見えないだろうな。竜族って歳とらなそうだし。
と、ここで少女が呟いた。
「……いつの間にか子どもの話になってますけど、何の話だったか覚えていらっしゃいますか?」
「……悪い、忘れた」
「……すみません、私もです」
「……ドンマイ」
結局『破滅の大災厄』で竜族が勝利し、魔族は壊滅。西の辺境に追いやられ、今になってその生き残りが恨みを晴らすとか言っているのが問題らしい。
「……仲間の不出来な行為のお詫びにもならないと思いますが、帝国の皇帝ベルティスは今代の魔族の長です。そして、間もなくかつての竜族側の同盟国の首都の跡地にできた国、ラルハイトへの侵攻が始まります」
次回はタイトル未定です。
アル 「おはようございます……(小声」
リリー 「本日も始まりましたっ、寝起きドッキリ……(小声」
アル 「今日のターゲットは、エリシアです……(小声」
リリー 「お兄ちゃんも悪だね~……(小声」
エリシア「すぅ……」
アル 「よし、耳元に息を吹きかけてみるか。フゥ~っと」
エリシア「んぅ…っ、アル、らめぇ……」
リリー 「……お兄ちゃん、起きてるんじゃない? なんかエリーの声がかなり悩ましいんだけど」
アル 「……寝てる、と思うんだけどな」
エリシア「アルぅ……ぎゅってしてください……」
アル 「……別にいいけど」
エリシア「………あれ?」
アル 「あ、おはよう」
リリー 「おはよ、エリー!」
エリシア「ひゃぁぁ!?」
アル 「って、エリシア? こ――」
エリシア「だ、ダメですっ! 表現しなくていいです! それ以上言わないで下さい……っ」
リリー 「一体何があったのやら……」