第四話:避けられない運命
『――――刻は、来た』
真っ暗な闇の中、私は何者かの声を聞く。
若い男の声のように聞こえるけれど、感じるのは圧倒的な魔力。
『――――今こそ我らの存在を示し、この世界に認めさせる』
その声に篭るのは、静かな闘志。
そして―――――。
『我らの真の力と―――そして、誰が真の敗者なのかを―――!』
怨念。
底のない憎しみを。
底のない悲しみを。
―――――――――――――――――――――――
「―――――っ!?」
悪夢から覚めると、焼けるような痛みを感じた。
痛い。苦しい。
覚えのある痛み。
私は、呼吸するのも辛い痛みに胸を焼かれながら、私の横で寝ているアルを起こさないように必死で起き上がり、トイレに向かった。
「――――げほっ、げほっ、うぅ……っ」
口元を押さえた手は深紅に染まり、血が滴った。
「……けほっ、けほっ……どうして…」
血を吐いたのは前世のとき以来。
まさか―――。
湧き上がる嫌な想像を頭を振って追い払う。
それより、吐いた血をなんとかしないといけない。
高濃度の魔力を含んでいる血を流して大丈夫なのか分からない。
「……<フレア>」
私の手から放った白い炎は血を消し飛ばし、トイレの中をぼんやりと照らした。
(……火が、弱いです…)
うまく魔力が練れてない。
寝起きであることを加味しても、普段の半分……いや、もっと酷い。
アルと出会うのが運命なら、これも運命なのだろうか?
昨日まであんなに軽やかに動いてくれた体も、今では鉛のように感じる。
そう、前世で治せない病になったときと同じように。
「……アル」
私は、どうしてしまったのだろうか?
でも、とりあえず言えるのは一つのこと。
「……アルに、知られないようにしないと……」
前世でも内緒にして怒られたけど…。
それでも、アルはきっと心配してくれるから。
アルに心配をかけたくないから。
「……アルに気づかれる前に、治すんです……」
フェミルさんなら、きっと…。
アルが起きる前にこっそり飛んでいこう。
私はまるで自分のものではないかのように重い体を引きずって立ち上がり、部屋を出た。
……………
「……月、きれいです」
月の位置から察するに、午前2時くらいだろうか?
アルはまだ起きないと思うけれど……。
それでも、早く行って早く戻ってこよう。
「―――天翔ける自由の翼を…! <ウイング>!」
「…………あれ…?」
魔法が発動しない。
ひょっとして、呪文を変えたのがいけなかっただろうか?
「天翔ける疾風の翼よ! <ウイング>!」
「……お、おかしいです……」
魔力を練ろうとすると、頭がフワフワする。
私はよろめいて膝をつき、愕然とした。
「………なら、こっちです…」
残っている魔力を振り絞って竜翼を出す。
こっちのほうが消費が激しいから避けたかったけど、魔法よりも私の存在そのものと深く関わっているから、出せないことはない。魔力さえあれば。
「……けほっ、けほっ…」
再び吐いてしまった血を魔法で消し飛ばしてから、私はゆっくりと舞い上がった。
…………
(……あと、もうすこし……)
魔力の消費が早過ぎる。
ローラかフィリアに手伝ってもらったほうが良かったかもしれない。
私は霞む視界の中、なんとかフェミルさんのいる町を見つけて、近くの林に翼を消しつつ降り立ち、よろめきながら歩き出し―――。
そしてその時、何かに気がついた。
「――――誰です…っ!?」
振り向きざま、気配のした方に魔法弾を放つ。
しかし手ごたえはなく、何かが弾けるような音だけが聞こえた。
『……確かに憎らしい匂いがしたのだが、何だこの腑抜けた攻撃は? ……ハズレか』
感じたのは、圧倒的な魔力。
そして、殺気。
「―――っ!?」
『……ほぉ、いい反応だ―――遅いが。』
咄嗟に横に飛び、避けきったと思った。
「――――あぅ…っ!」
左腕を焼け付くような痛みが襲った。
慌てて傷を確認すると、外傷はないのに腕の骨だけが砕かれていた。
『クックック、ハズレの割には楽しませてくれた礼だ。半殺しで許してやるよ』
「――――あぐぅぅぅっ!?」
何の前触れもなく全身を激痛が襲い、私は意識を失った。
『……ふぅむ、加減が難しいな。半殺しのつもりだったが、死んじまったかな。まぁ、俺に出会った不幸を呪ってくれ。あと、紛らわしい魔力を持った自分自身もな』
半分闇に染まった意識で、見知った声が私を呼ぶのが聞こえた。
「―――――エリシアッ!」
―――――――――――――――――――――――――
正しく第六感。
目が覚めるとエリシアがいなくて、嫌な予感がしたので俺のマントの探知呪文からエリシアの位置を逆探知してみると、フェミルの町のすぐ外で倒れているエリシアを見つけた。
で、すぐに治癒魔法をかけてフェミルの家に運び込んだ。
「……全身の骨が砕かれておったな。まったく、どんな魔法なのやら……」
「……心当たりは?」
「無い。固有魔法なのは間違いないが、エリーがやられるとは有り得ないレベルの使いじゃな」
「……フェミル、お前もか」
そのエリーって愛称。
なんか似合わないんだがと言外に言うと、フェミルも察して拗ねた。
というか、そんなに俺の付けた名前は不評か?
「ふんっ、そんなことよりエリーの魔力枯渇のほうは平気なのか?」
「…ああ、問題ない。俺の魔力を半分渡した」
「……というか、私にも殺気を飛ばすのは止めてくれんか…?」
「……ん? ああ、悪い」
フェミルの顔が若干引きつっていた。
どうやら無自覚に殺気を撒き散らしていたらしい。
抑えるとフェミルが溜息をついた。
「とりあえず問題は、全身の粉砕骨折以上にエリーの体内の異常魔力じゃな」
フェミルはそこで一旦話を切り、チラリとエリシアが寝ていることを確認してから続けた。
「……何があったのか知らんが、体内の魔力が妙なことになっておる。前例なしの異常事態じゃ。治癒する方法が思いつかない上に無理すると命に関わる―――って待て! どこ行くんじゃ!?」
「……とっちめて吐かせる」
その犯人とやらを締め上げて何をしたのか全部吐かせる。
ついでにエリシアの痛みは100倍返しにする。
そしてなんとしてもエリシアを治させる。
「ええぃっ! エリーが起きたときにお主がいないのは不味いと思わんのか!?」
「……そうだな。悪い、ありがとな」
とりあえず再び座ったものの、落ち着かない。
なんとなくフェミルの部屋を眺め回すものの、結局見るのは血の気の失せたエリシアの顔。
ダメだ。やっぱりじっとしてるのは嫌だ。
しかし、エリシアを放っておくのも違う。
気がつくと、俺は呪文を唱えていた。
『―――集え、影よ。我が鏡となりて意を映せ! 《イミテーション・シャドウ》!』
俺の翳した手の先で、俺の影が立ち上がる。厚みができる。色がつく。
数秒もすれば、俺と寸分違わない俺が目の前に立っていた。
「な、なんじゃその魔法は!?」
驚愕するフェミルを無視し、俺は【影】に話しかけた。
「……そっちは頼むぞ」
『……ああ、俺がぶちのめしてやるよ』
俺の【影】は凶悪に笑うと、飛行魔法で飛び立った。
……これでいい。【影】にも魔力を3割ほど渡したので余裕がないが、大した問題じゃない。と思ったのだが、フェミル的には大問題だったらしい。
「―――おいっ、アル! 今の魔法は何じゃ!?」
「何って、そりゃぁ……あれ?」
……そういえば、あんな魔法を創った覚えはない。
ただ、なんとなく思いついただけ。
フェミルは何事か考えつつ呟く。
「……まさか、分かってないのか? それにお主、その魔力……」
その時だった。
エリシアが小さく呻いた。
「……あ…ぅ…」
「――――エリシアッ!」
フェミルが何を言おうとしてるのか気にならないでもなかったが、それよりエリシアが大事。即座にベッドの横に立って覗き込むと、エリシアがぼんやりと目を開け、眠そうに瞬きした。
「……うにゅ………アル…?」
「――っと、動くなエリシア。ジッとしてろ」
起き上がろうとしたエリシアを止めると、エリシアは不思議そうな顔になってから、急に寝起き状態から覚醒し、何かに怯える表情になった。
「――――ア、アル……そ、その…私……」
「……大丈夫だよ、エリシア。俺がついてる」
「……え? ………あっ、ありがとうです…!」
……あれ、てっきり襲撃犯に怯えてるのかと思ったんだが。
どっちかというと俺に怯えてたような……?
……ああ、そうか。
「……そういえば、黙って抜け出した罰は必要かもな」
「……あぅ……ごめんなさい…」
普段では考えられないほど弱々しい(言動ではなく雰囲気が)エリシアを見ていると、また襲撃犯への怒りが湧き上がってきた。
すると、エリシアが不安そうな顔で呟いた。
「……アル、怒って…ますよね……」
「あー、違うぞ! エリシアには怒ってない! 心配してる!」
そう言って頭を撫でてやると、エリシアは幾分か安心した様子で眠そうに瞬きした。
「エリシア、とりあえず俺が全部片付けるからゆっくり休めよ」
「………アル、どこか行っちゃうんです…?」
俺は不安そうなエリシアに優しく微笑みつつ言った。
「俺なら、魔法で軽く分身くらいできるんだよ。だから俺はお前の隣にいる。だから、ゆっくり休めよ」
「……はい。ありがとうです……」
そう言って儚げに笑って目を閉じたエリシアを見て思い出したのは、病気に苦しむユキの姿だった。
……縁起でもない。
今度こそ。
今度こそは必ず救ってみせる。
次回、第五話『情報』
*後書きは超次元であり、本編の時間軸とはあんまり関係ありません。
エリシア「えっと、がーるずとーく…です!」
ローラ 「……エリー、もしかしなくても知らない?」
フィリア「実は、私も……」
ローラ 「……ガールズトークは、主に男性の好みの話とかする」
エリシア「……えっと、アルの話です?」
フィリア「ドキドキ……アルの好みですか……」
ローラ 「……じゃあ早速。『アルを誘うのに一番いい方法は?』」
エリシア「な、何に誘うんです……!?」
ローラ 「……ごにょごにょ」
エリシア「そ、そっちです…!?」
フィリア「い、いきなりそんな……」
ローラ 「…でも、実践的」
エリシア「あぅ……」
フィリア「そ、そうですね…!」
続く