第二話:訪問
俺は、美味しそうな匂いで目を覚ました。
ぼんやりと匂いのほうを見ると、エリシアがエプロンをしてテーブルに朝ごはんの準備をして……いる。
俺は、まだ自分が寝ぼけているのかと思い、目を擦るが何も変わらない。
エリシアはエプロンをしている……というか、エプロンしかしていない…?
「うん、できましたっ! 後は、アルを起こすだけです……!」
エリシアは小声で呟くと、自分を励ますようにぎゅっと拳を握って―――。
俺とガッツリ目が合った。
「………え?」
「…おはよう、エリシア?」
「――――ひゃぁぁぁ!?」
とりあえず、土曜日の朝っぱらからエリシアの悲鳴が寮に響いた。
………………
「うん、やっぱり美味いなぁ…」
「よ、よかったです……」
というわけで朝ごはんだ。
メニューはパンとスクランブルエッグとコーンスープだ。
なんでエリシアが作るとこんなに美味いのか気になるが、聞いても恥ずかしがって教えてくれない。そんな恥ずかしい方法で作ってるのだろうか。
俺はパンを口に運びつつ、エリシアを覗き見てみる。
エリシアのエプロンは紐を後ろで結ぶと比較的ジャストフィットする代物なので、慎ましい胸の膨らみの形がエプロンをしていてもわかってかなりエロい。
というか、エリシアは本気でエプロン以外身につけていないように見える。
しかも、いつも向かい側に座るエリシアだが、今日は何故か隣だった。
そのため、エリシアの小さなお尻とか真っ白な太ももとか丸見えというか、他にも色々見えてかなり煩悩が……。
これはアレか、見てほしいのかエリシア……?
エリシアも意識してるのか、かなりぎこちなくコーンスープを飲んでいる。
しかも耳まで真っ赤にして相当に恥ずかしそうだし、ちょっと震えている。
恥ずかしいなら止めれば? と言ったほうがいい気もするが、そうするとエリシアが自分の魅力にまた自信をなくしそうだから言わないほうがいいな。
一応言っておくが、俺がもっとエンジョイしたいからではない!
違うからな!
それでも、秋なのにエプロン一枚は寒そうな気がしたので、さりげなく、気づかれないように魔法で部屋の温度を徐々に上げていく。
するとエリシアがハッとした顔で俺のほうを見てきた。
俺は気恥ずかしいので無言でパンを食べつつコーンスープを見つめる。
そして、今度はスクランブルエッグを――――。
「―――うおっ」
俺はうっかりスプーンを落としてしまった。
というわけで、拾いつつ浄化魔法をかけて……。
俺がイスに座りなおすと、何か違和感を感じた。
(……あれ? こんなにエリシア近かったっけ!?)
いつの間にかイスがぴったりくっつき―――というか、エリシアのむき出しの肩が俺の腕にほんの少し触れている。
おかしい。さっきまでは30センチくらいは間隔があったはずだ。
思わずエリシアの横顔をまじまじと見るが、エリシアは真っ赤になって縮こまりつつパンをけっこうな速度で口いっぱいに詰め込んで―――。
「―――――んぅっ!?」
エリシアは急に喉を押さえて苦しみだした。
もしかしなくても詰まらせたようだ。
俺は、慌ててエリシアがイスから落ちないように支えつつ手に魔力を集める。
「だ、大丈夫かエリシア!?」
「んっ、んぅ~~~~っ!」
俺は大丈夫じゃなさそうだと判断し、エリシアの口を無理矢理開けると右手を突っ込んで魔力を流し込み、一気に引き抜いた。
で、あきらかにエリシアの小さな口には容量オーバーなパンの塊が取れた。
……どんだけ動揺してたんだよ。
エリシアは咳き込みつつも俺に頭を下げた。
「けほっ、けほっ……アル、ありがとうございます……」
「……いいんだけどさ、なんで裸エプロン?」
やっぱり聞いてしまった。なんとなく聞いちゃまずい感じはあったのだが。
エリシアは限界まで真っ赤になって俯き、ちらちらと上目遣いで俺の表情を窺いつつ恥ずかしそうに言った。
「……えっと…こうすればアルもイチコロだって……」
『だって』ということは、何かで読んだか聞いたか。
エリシアはそういうの読まなそうということは――――。
「…誰が言ってた?」
「……シルフィーです…。で、でも、教えてほしいですってお願いしたのは私で…!」
……とりあえず、今度シルフに何かあげようと思う。
とりあえず必死にシルフの無実をアピールしようとしてるエリシアの頭を撫でて落ち着かせてやる。
エリシアはちょっと安心したような、不思議そうな目で見てきて、俺は優しく微笑んでやりつつ、自分のパンを少し千切った。
「…アル?」
「……俺のためにしてくれたんだな。ありがと、エリシア」
頭を撫でる手と言葉で感謝の気持ちを伝えると、エリシアは輝くような笑みを浮かべてくれた。
「はい…!」
というわけで、千切ったパンをエリシアの口元に持っていく。
「……ア、アル?」
「エリシアが喉に詰まらせると俺の寿命が縮む。というわけで俺が餌付け…じゃなくて食べさせるから」
「い、いま、普通に餌付けって言われましたっ!?」
「なんだよ、口移しのほうがいいのか? ……仕方ないなぁ」
「アルがおかしいですっ!? て、手でおねがいします……!」
「残念だが、裸エプロンのエリシアに言われても説得力0だ。はい、あ~ん」
「あ、あ~ん……」
「はい次。あ~ん」
…………
「で、食べ終わったわけだが……」
「は、はい……」
食べ終わって食器を浄化して片付けた俺とエリシアは、なんとなく二人でベッドに座っていた。
「……エリシア」
「……はい」
「……とりあえず着るか脱ぐかしてくれ」
「………………ぬ、ぬいで……いいです…?」
俺はとりあえず、恥ずかしそうにエプロンの紐を外そうとするエリシアの額に手を当ててみた。うん、熱いな。
「…ア、アル?」
「……熱い。熱があるんじゃないか?」
「………ぐすっ」
エリシアに泣かれてしまった!?
あれか、やっぱり今の俺の発言のせいだよな!?
「…悪い、俺ってデリカシーが無くて……」
「アルは悪くないですっ…! その……私がへんなことするからです……」
エリシアはしゅんと項垂れてしまった。
……えーと、もしかして恥ずかしいのを必死で堪えて誘惑してくれたところで俺が「熱でもあるのか?」と聞いたってことか? ……俺が悪いじゃないか。
「……エリシア」
「…は、はい」
「……脱がなくていい」
「……え? ひゃっ!?」
「エリシアが俺のために着てくれたんだし……このまま楽しむ!」
「アル…っ、ひゃぅんっ!?」
――――――――――――――――――――――――――――
「……エリシア、もうすぐお昼だな…」
「………う、うごけないです……」
「……ごめん」
「……あぅ」
おかしいな、ローラとフィリアと話し合いをするために声をかけにいく予定だったんだけど…。まぁ、朝の時点では早過ぎたから良かったとして…。
現在、午前11時。おかしいな。4時間くらい経過している。
ついでにエリシアは完全にグロッキーでベットに突っ伏してるし。
しかし俺は気合で立ち上がり、のろのろと服を着る。
「よし……ちょっと行ってくるな。エリシアは安静にしてるように」
「……あっ、アル、ちょっとだけ屈んでください……」
「……?」
俺は首を傾げつつ言われたとおりに屈むと、エリシアがよろよろと起き上がり、そっと俺に顔を近づけて――――。
俺の頬にとても柔らかいものが少しだけ触れた。
驚いてエリシアを見ると、エリシアは恥ずかしそうに言った。
「いってらっしゃい…のキス……です?」
とりあえず俺はエリシアを思い切り抱きしめ、出発は更に1分ほど遅れた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
というわけで――――。
なにがというわけなのかわからないが――――。
俺はローラの部屋の前に立っていた。
(……や、やばい。なんか緊張する…!?)
地味にエリシアとリリー以外の女の子の部屋を訪れたことない俺だった……。
いや、前世込みならユキと灯と理香の部屋にも行ってるが。
とりあえず、慎重にドアを3回ノックした。
あれ? ノックって2回と3回どっちが正しいんだっけ?
なんか回数によってトイレのノックとか色々あったような……?
そんな既に終わったことで悶々としていると、中から返事があった。
「……どちら様?」
「えーと……俺だよ俺」
ちょっと詐欺っぽかったが、ちゃんと通じたらしい。
パタパタと足音がしてローラが扉を開けた。
ローラの顔はちょっと驚いてるみたいだったが、とりあえず俺は口を開く。
「ちょっとエリシアとフィリアも入れて4人で話し合いがしたいんだけどさ……」
それだけで大体通じたらしい。ローラは真剣な表情で頷いて言った。
「ちょうどフィリアが遊びに来てたところ。……今から?」
言われ、グロッキーで歩けないエリシアを思い出す。
(……やばい、失敗した)
「……あー、もうちょっと後でもいいかな?」
「……フィリアは午後から予定があるって」
……どうやら、こんなときにエリシアと色々やってた罰のようだ。
いや、エリシアの精神の安寧のためだったんだよ……。
「えーと、それじゃあエリシアを連れてくる」
「……エリーはお昼ご飯の準備で忙しいんじゃ? 私たちが行こうか?」
(ま、まずい……今、俺の部屋は人をあげられる状態じゃない…!)
俺はじっとりと冷や汗をかきつつ、なんとか返事をした。
「いや、フィリアも忙しいみたいだし、あと俺の部屋は今いろいろあって人をあげられる状況じゃないんだよ……」
「……なにがあったの?」
「………口に出すのもはばかられる何かだ。ダークでバイオネスな」
「…うん、わかった」
実は、フィリアも忙しいみたい―――のあたりでフィリアもこっちに来たので仕方なく可能な限り誤解を与えそうな表現で押してみた。
こう、G的な何か的な。
ローラは物凄く嫌な何かを想像したのか、ちょっと口元が引きつっている。
そして、フィリアが嬉しそうに挨拶してきた。
「アル、おはようございます―――にはちょっと遅いですね。こんにちは」
「ああ、こんにちは。フィリア」
「……フィリア、アルが話し合いがしたいって。エリーも呼んでから」
途端にフィリアが凍りついた。
が、流石の速度で再起動して頷く。
「わかりました……それで部屋のお話をしていたんですね」
「そうそう。というわけで少し待っていてくれるか?」
「はい、わかりました…」
「……うん」
というわけで、俺は自分の部屋にとって返すのだった。
……………
部屋に戻ると、出るときは色々とまずい臭いがした気がする俺の部屋はすっかりリンゴの香りになっていた。ついでにベッドが新品同様にピカピカしている。
やばいな、逆にピカピカしすぎて不自然だ。後光が見える。
そして、エリシアはシンプルな白いワンピースを着て壁にもたれつつ、ベッドに女の子座りをしていた。顔がすごく眠そうである。
……まぁ、ほとんど寝てないから当然かもしれないが。
「ただいま、エリシア。……部屋が綺麗になってるな」
「……おかえりなさいです…。がんばってぴかぴかです…」
疲れきっているエリシアだが、それでも俺が帰る前に部屋をピカピカにしておきたかったらしい。エリシアを弄りまくった俺に怒ってもいいと思うのだが、俺を見て本当に嬉しそうに微笑んでくれて抱きしめたくなるが流石に自重する。
「実はな、フィリアが午後から予定があるらしいんだ。……というわけでこれからローラの部屋で話し合いたいんだが……大丈夫じゃないよな?」
「だ、だいじょうぶです…!」
むぅ、なんというか予想通りの返答が。
でも、このエリシアを歩かせるのはアレだし…。
「…よし」
「――――ひゃっ、アル…!?」
俺は相変わらず軽すぎるエリシアの脇に手を入れて持ち上げ、ベッドの端まで運んでから屈んで背負う。エリシアは困惑しているようだが、相変わらず口以外では抵抗してこないのであっさり成功。ついでにエリシアの腕を俺の首に回させる。
「アル、まさかこのままです…!?」
「そうだな。俺も気が引けるけど、これで幻滅されるならそれまでだよなーと」
いや、そのほうがいいかもな? と少し本気で考えてみたのだが、エリシアが顔を赤くして言った。
「たぶん、その、羨ましがらちゃったりするかも……です?」
「……え、マジか?」
やばい、想像の斜め上すぎる…。
「……いや、でもこれで幻滅されるかどうかってこれから先のためにも見ておいたほうが…」
下手をすればローラとフィリアに嫌われるかもしれないが。
それでも……、ローラとフィリアの為にも見ておいたほうがいい。
本当になんとも思ってなければ側室にでもなんでもして、気が向いたときだけ~ってなるだろうというのが俺の考えだが、ローラとフィリアからしたら、自分から嫌われようとするような俺の態度はどう見えるのやら。
急に黙り込んだ俺に何を思ったのか、エリシアがそっと呟いた。
「…アル、きっとローラもフィリアも分かってくれてますから、あんまり悩まないでください。……え、えっと……私はそんなアルも…だいすきですから……」
最後は消え入るような声だったが、ちゃんと聞こえた。
恥ずかしそうに、それでも俺を心配して言ってくれるエリシアが愛しかった。
俺は部屋を出るドアの前で立ち止まり、一言呟いてから廊下に出た。
「……ありがとな、エリシア。俺も大好きだよ」
エリシアから返事はなかったが、さきほどより強く抱きついてきた。
俺はその温もりと想いを感じつつ、歩き出した。
次回も明日の19時更新予定です。
次回、第三話『成田君は掃除大臣?』
アル 「……やばい、タイトルが不安すぎるんだが」
エリシア「成田君って、誰です……?」
リリー 「……ところでお兄ちゃん、私の出番は…?」
アル 「無いかもな」
リリー 「……そ、そんな!?」
アル 「とりあえず後書きで人気を稼げばあるいは……」
リリー 「べ、別に私、お兄ちゃんのことなんか何とも……何とも思ってなんかないんだからっ!」
アル 「……あざといな」
リリー 「むぅぅ……にぶちん」
エリシア「……お、お兄ちゃん……大好きです……」
アル 「ぐはっ……」
リリー 「………」