第一話:罰
エリシア「えっと、ご連絡です! 『4話からが本編ですので、それまでは見逃していただけると嬉しいです!』とのことです…?」
リリー 「まぁ、なんというか『一夫多妻って難しいね!』という感じ? かなり迷走するけど、4話で強制的にシリアスに入るよ!」
アル 「…えー、なんというか。以後気をつけます! すみませんでした!」
ミスコン終了後。何だかんだと色々あったが、俺はとりあえず風呂に入っていた。
が、やはり少し前に言われたことが頭から離れない。
『…嫌だよ。こんな我侭言っちゃダメだって、わかってるけど……』
『アルは優しいですよ。だからみんなアルのことが好きなんだと思います』
ダンスパーティでローラとフィリアに告白されてしまった。
しかも、エリシアにもなんとかするように頼まれる始末。
わかってる。男として情けないということは。
それでもやはり、そんな簡単に承知していい問題じゃないし。
とりあえず一番の問題であるエリシアの気持ちは……微妙だな。
エリシアは基本的に溜め込むから。
もし『アルは私のものです…!』とか言うタイプなら気にしなくても平気だと思うが、自己主張が弱過ぎるので俺が気をつけておかないと一人でこっそり泣いたりしそうだし。
だから、ああいうふうに言われてもやっぱりエリシアが心配なわけで。
「……はぁ、どうするかなぁ」
湯船につかりつつ、とりあえず溜息を一つ。
後はフィリアとローラの家の問題か。フィリアは皇女。ローラはエルフ。
どう考えても断るのが楽なんだろうけども……。
フィリアもローラも他にいい人を探したほうがいいと思いつつ、二人が他の男とくっつくのを想像すると、なんだか無性に気に食わない。
そんな自分に嫌気がさして湯船の中で悶絶すること数分。
――――コンコン。
何故か風呂のガラス扉がノックされた。
おかしい、今俺の部屋にいるのはエリシアだけのはず――――。
いや、誰がいても俺の部屋の風呂の扉がノックされるのは異常事態なのだが。
とりあえず、トイレに入ってる時と同じ対応にしてみる。
「……入ってるよー」
「―――し、失礼します…!」
ガラガラと扉が開き、そこにいたのはバスタオルを巻いたエリシア。
なんとなくそんな予感はしていたが、この展開は……。
「……エリシア、どうかしたか?」
「……アル、いっしょに入ってもいいです…?」
「あ、ああ。別にいいけど……」
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします……!」
【不束者:気配りが足りない、下品などの意味】
……とりあえず、エリシアがかなりテンパってることは分かった。
エリシアはおぼつかない手つきでシャワーを手に取る。
とりあえず見られてると体が洗いにくいだろうと思い、目を逸らす。
エリシアはちらっと俺の頭のほうを見てからバスタオルを外してスポンジを手に取る。
で、まずは左腕から……って、めちゃくちゃ凝視してしまっている!?
目を逸らしたハズなのに、気がつくとエリシアの小振りながらしっかりとある膨らみや、真っ白な太ももとかに目を向けてしまっている。
これが男の悲しい性なのか。
そんな自分に嫌悪感を抱きつつ、それでも俺の目は欲望に正直だった……。
……………
「……アル、私、頑張ってアルに甘えてみます……!」
体を洗い終えたエリシアは、風呂に入るなりそう切り出した。
天下のラルハイト学園といえど、風呂は一人用なのであまり広いとは言えない。しかしエリシアは小柄だし、俺も巨体ではないし、何より二人で密着しているので二人でもなんとか入れる。
が、何故に突然『甘える』宣言?
甘えてくれても全然OKだが、こういうのって宣言するものだろうか?
エリシアの場合は『甘えすぎたら嫌われるかもです……』とか思ってそうで怖いが。
「別にいいけども……。どうかしたのか?」
「その、私は大丈夫です……!」
一瞬『何が?』とか思ってしまったが、このタイミングならフィリアとローラの話以外にないじゃないか。
エリシアが体を洗うのを凝視していたせいですっかり忘れていた。
若干申し訳ないが、そうやって俺に配慮してくれるのは嬉しい。
だが、エリシアが……甘える?
友人を心配して浮気を推奨するような意味不明なレベルの遠慮家のエリシアが?
俺の意見に反対したことがあったか思い出せないレベルで自己主張が弱いのに?
「……エリシア、エリシアって甘えられるのか?」
「無愛想宣告です!?」
当然の疑問を口にしてみたところ、本気で驚かれた。
まぁ、無愛想宣告ではないけども。
「それじゃ、例えば何するんだ?」
「そ、その……勝手に手を繋いじゃったり……!」
勝手に携帯を覗くのも辞さない覚悟です!
ってくらい真剣な表情で宣言された……ものすごく不安だ。
「……じゃあエリシア、俺が既にローラとフィリアと手を繋いでたら?」
ちなみにエリシア限定の模範解答は『背中に抱きつく』などの代替案。
悪い解答は『諦める』『待つ』などの消極案か。
エリシアはまさかそんな事を聞かれるとは思わなかったのか、必死に考え、そして導き出した答えは――――。
「―――ローラかフィリアと手を繋ぎます…!」
いや待ておかしい。
エリシアは『これでどうです…!』と言わんばかりの真剣な表情なのだが、絶対におかしい。間違いなく間違ってる。
「……エリシア、それのどこが俺に甘えてるんだ?」
「え、えっと……ぐ、偶然です…!」
今回はなかなかに往生際が悪い。
エリシアは冷や汗をダラダラ流しながらも言い訳してくる。
「じゃあ次。もし俺がローラと一緒に寝る事にしたら」
「次の日は頑張ります……!」
とりあえず嘘をつく気はないらしい。
これで『私も一緒に』とか言ったら確実に嘘なので怒ろうかと思ったのだが。
「じゃあ、朝ごはんを作ったけども俺が既にフィリアの作ったご飯を食べ始めていた」
「……諦めます…」
「俺がローラとキスしてるのを目撃したら」
「……部屋に帰ります…」
「俺がフィリアとばかりイチャイチャしてる」
「――――勝手に手を繋ぎます……!」
ここぞとばかりエリシアが宣言したが、実際にそんな場面に遭遇したら半泣きで部屋に逃げ帰るエリシアの姿がありありと想像できるんだが。
「不安だ、不安すぎる……」
「ど、どうしてです…!?」
これは天然なのか、そうなのか!?
エリシアじゃなければ俺を騙そうとしてるんじゃないかと疑うところだぞ。
家事全般を完璧にこなし、反則レベルの魔力量を誇り、テストを受ければ百点を連発。文武両道で料理はプロ級なのに(俺の個人的な評価です)、どうやらエリシアには甘えるとかは無理なことが発覚した。
「どうしても何も、エリシアが無理して言ってるのがひしひしと伝わってくるんだよ。実際に俺がフィリアとローラとイチャイチャしてるところを想像してみろ」
そう言うとエリシアはちょっと不満げながら目を瞑り、真剣に想像しだした。
ここはしっかり現実を思い知らせておこう。
俺はリアルさを出すべく音声ありにしてあげることに。
「フィリアは可愛いな」
ビクッとエリシアが震え、しかしブンブンと頭を振って耐える。
「ローラ……好きだ」
エリシアの顔が青くなってきた。
……そろそろ限界だな。
「……な、無理するもんじゃないぞ」
言外に『それくらいにしとけ』と伝えるが、エリシアは目を開けずに言った。
「大丈夫です…! これくらい平気です!」
とはいうものの、顔がかなり苦しそうだった。
俺は溜息をつきそうになるのを堪えつつエリシアを抱き寄せた。
「……無理するな。エリシアが無理する必要はないんだぞ」
とりあえずエリシアとしては真剣に頑張ってくれてるのはわかった。
結果はともかく。
だから頭を撫でて慰めたのだが、エリシアはぽつりと呟いた。
「でも私……重い女です…」
「……へ?」
体重は40kg未満じゃなかったっけかとか思ったが、それじゃないよな。
これはアレか、俺に負担をかけてるって意味か。
「どのへんが重いのかさっぱりわからないんだが」
「……だって、結果的にアルが他の人と仲良くできないです……」
なるほど、確かに女遊びはできないな。する気ないけど。
浮気したらザックリやられるわけでもなさそうだし、これは重いのとは種類が違う気がするんだが……。
それを言うなら付き合うのをすっ飛ばして結婚指輪を渡した俺とか激重だ。
「というかエリシア。普通は好きな相手が別の人といたら嫌がって当然だからな」
「でも……」
「でもじゃない。エリシアが他の男といたりしたら俺なら発狂するぞ」
「ありがとうございます、アル……」
……なんで『ありがとう』なんだよ。
俺は浮気してよくてエリシアはダメって酷くないだろうか。酷いな。
エリシアと一緒にいるときは一夫多妻なんて止めたほうがいいと思うのに、ローラかフィリアといるときはやったほうがいいと思うんだよな……。
「というかエリシア、さっきの手を繋ぐってのは嘘だろ」
さっきの問答で俺とフィリアがイチャイチャしてるときに勝手に手を繋いでみせるとか言ってたが確実に嘘だ。できそうにない。
エリシアは思い切り目を逸らしたが、小さな声で反論した。
「……心意気だから、嘘じゃないです…」
大人しく降参しないとは珍しい。
とりあえず、エリシアの弱点である脇をくすぐってあげた。
「ふひゃぁ!? ら、らめですっ!」
「ほら吐け、吐くんだエリシア……!」
……………
で、5分後。
「ゆ、ゆるしてください……」
エリシアは笑いすぎてノックアウト。
息も絶え絶えである。
こんなに反抗的なエリシアも珍しかったが、特に許さない理由もない。
いや、待てよ……?
そういえば竜族は誓いを破れないとか言ってなかっただろうか?
元々エリシアと俺の意見が合わないことがないのでついぞ使ったことがなかったが、うまく使えばいい感じになるのではなかろうか。
と、いうわけで――――。
「ダメだ、許さない」
「え……?」
何を言われたのか分からないといった顔で呆然としてるエリシアが泣き出したりする前に、俺は一気に続けた。
「――――エリシアに罰を与える!」
「えっ…!?」
「俺に甘えたくなったら我慢せずに甘えるって誓うこと。それが罰な」
「それって……?」
エリシアが首を傾げて考え始めるが、泣き落としとかされると俺の良心の呵責がすごいことになるので一気に畳み掛けてみる。
「誓わないなら今後一切口をきかないからな」
「――――っ!? ち、誓います!」
我ながらかなり非道だが、これもエリシアの為だ…。
潜在的な甘えん坊だと思われるエリシアが『甘えたくなったら甘える』と誓えばきっと何かが起こるはず――――!
なのだが、特に何も起こらず。
誓ったから許してもらえるのだろうかと不安そうにエリシアが俺の顔色を窺ってくるくらいか。もしかしなくても不発だろうか。
……まぁ、この調子なら何でも誓いそうだから何か良いアイデアが思いついたら誓わせればいいか。
とりあえず、そろそろ風呂をあがらないとのぼせる。
「……まぁいいか。エリシア、のぼせたから先に出るな?」
「は、はい……」
ちょっと湯につかり過ぎて頭がぼーっとしてきていた。
俺は、訳がわかってないらしいエリシアを残して先にあがった。
……………
さて、困った。
俺はベッドに座りつつ頭を抱えた。
てっきりあんな感じで誓わせれば何か起こるかと思ったのが…。
しばらく考え込んでいると、風呂場のほうのドアが開く音がした。
恐らく、エリシアが風呂から出てきたのだろう。
俺はとくに何も考えずに顔を上げて―――。
「……へ?」
白銀の髪、赤い瞳。どこか幼さが残ってながら気品を感じさせる顔。
間違いなくエリシアだ。そうなのだが――――。
服装がおかしい。なんで風呂あがりにワイシャツなのか?
ついでに明らかにサイズがエリシアには大きい。
大幅に余った袖を握り締めつつ、顔を赤らめつつ立っている。
しかし大きいといっても太ももは見えて……。
しかもなんというか、風呂に入ってエリシアの肌が赤くなっているのでワイシャツを着ていても肌の色が透けて見えて……。
「……アル、似合わないです…?」
いや、そういう問題じゃないだろうと言いたかったのだが、俺がそういう前にエリシアは俺の隣に腰を下ろすと、そっと俺の腕に抱きついてきた。
「――――んなっ!? エリシア!?」
ワイシャツごしの柔らかい感触、エリシアの髪からは甘い香り。
風呂あがりのエリシアはとても温かくて。
「―――アル、だいすきです……」
そのまま呆然としている俺の唇にエリシアの唇が触れた。
ただ触れるだけのキス。
それでも、あまりの急展開に混乱している俺の頭をダウンさせるには十分で。
俺は慌てて魔力全開でバックジャンプを敢行。
ベッドの端、部屋の隅の壁に張り付いて深呼吸。とりあえず落ち着こうとする。
エリシアはそんな俺を不満そうに見つめつつ立ち上がって言った。
「アル、どうしたんです…?」
「どうしたって……エリシアこそどうしたんだよ!?」
「だって、アルとキスしたかったです……ダメです?」
寂しそうに見つめてくる感じは確かにエリシアだが、これは最早別人だと思ってもいいんじゃないだろうか。
というか、やっぱりさっき誓わせた『甘えたくなったら甘える』のせいだよな。
「というか、そのワイシャツ俺のだよな!?」
「……アルの匂いがします」
そういってエリシアは袖のあたりの匂いをかいでご満悦。
自分の匂いが喜ばれてると思うとかなり微妙な気分なんだが。
エリシアは一歩俺に近づきつつ言った。
「……アル、寒いです」
「そりゃあ秋に風呂上りワイシャツ一枚じゃ寒いだろうな。服着ろ―――」
俺が最後まで言い切る前に、エリシアがガッチリ抱きついてきた。
突然だった上に、まさかそこまでするとは思わなかったので対応できなかった。
「あったかいです……」
……やっぱり、エリシアは潜在的な甘えん坊だったっぽい。
部屋の隅に自分から逃げ込んでしまった俺にこれ以上の逃げ場はなく、幸せそうに抱きついてくるエリシアの柔らかいものが俺に当たって、俺の自制心を物凄い勢いで破壊していくんだが。
「落ち着けエリシア! とりあえず離れろ!」
「……嫌です」
わー、エリシアが自己主張してくれた。
それは嬉しいんだが、何故にこのタイミング!?
というか、いざエリシアから甘えられると妙な気分だ。
普段は常に俺が好き勝手してるからエリシアから甘えられると混乱する!
――――なら、俺が主導権を奪い返す!
こうして、俺とエリシアの激しい戦いが始まるのだった……。
次回更新は明日の19時予定です。