第十三話:灯とローラと…。
『―――というわけで、結果発表です!
第1回、ミス・ラルハイトコンテスト優勝は――――!?
なんと、フィリアさんとローラさんが同率1位!
おめでとうございます!』
『えーと、フィリアさんの話に感動した、酔ったローラさんが可愛かったなどのご意見を頂きました! ありがとうございます!』
『なお、20分の休憩時間の後すぐにミスターコンを始めます!』
コンテストの終了が告げられると、いきなりローラがダッシュで逃走した。
フィリアがちょっと驚いた顔でそれを見送り、エリシアは話しかけようとした体勢で呆然としている。
俺としても、ローラの発言について聞いておきたいことがある。
―――が、先にしておいたほうがいいこともある。
俺は素早く舞台に行くと、エリシアとフィリアに話しかけた。
「惜しかったな、エリシア。フィリア、優勝おめでとう」
「アル…、その、グルちゃんって……グルちゃんです?」
「……も、もしかしてローラの話に出てきた人も…ですか?」
エリシアがどことなく不安そうな顔で見つめてくる。
そしてフィリアの勘が鋭い…。
「分からない。というわけで聞き出そうと思ったんだけど…」
「……すごくはやかったです…」
「そうですね。酔いが直ったんでしょうか…? あんなに飲んでたのに…」
一体どれだけ飲んだのか気になるところだが、恐らくエルフだから回復も早いのかもしれない。ありそうだ。
「……とりあえず、この20分でローラを捕まえるぞ」
「わ、わかりました…!」
「はい、ご協力します!」
というわけで、俺たちは一斉にローラの後を追って駆け出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ローラはいつぞやの物見の塔の屋上で一人佇んでいた。
ちなみに、外壁を駆け上ってきた。
「……失敗した。せっかく隠してたのに…」
一人呟き、空を眺める。
前世とはあまりにも違う空。見知らぬ星々。
前世で助けてくれた男の子。
彼は死んでしまった女の子を忘れていなかった。
いつも他人の幸せを願って、まるで『俺はもう幸せにはなれないから』と言っているみたいだった。
だから、彼が立ち直ってくれるように必死に話しかけた。
彼に対する恩返しだと思った。
『一人で寂しいから』と夏祭りに誘ったら苦笑いしつつ一緒に行ってくれたし、
『することが無いから』と街に出かける提案をしたら嫌な顔をせず付き合ってくれた。
『友達がいないから』と海に誘ったら『俺は違うのか?』と笑いかけてくれた。
彼と一緒にいると楽しかったし、彼も少しずつだけれど影の無い笑みを浮かべてくれるようになっていった。
結局私は彼の為にしていたのではなく、私が彼と一緒にいたかったのだ。
彼が悲しそうな顔をするときはその人のことを覚えていて、その人を想ってるんだと思うと胸の奥が痛んだ。
ある日、気づいた。
私は、彼に自分の事だけ見て欲しいと思っていると。
私の目的は恩返しなんて高尚なものじゃなかったと。
私は、彼のことが好きなのだと。
だから悩んで、悩んだ末に告白した。
自分のことを嫌な人間だと思ったけれど、それでも彼が好きだった。
『私は……あなたのことが好きなんです。付き合ってください…!』
『……ありがとうな。いつも励ましてくれて。俺も灯のこと……好きだよ』
そしてその帰り道、トラックが歩道に突っ込んできた。
運転手の人は心臓発作で亡くなっていて、それで起きた事故だった。
彼が私を突き飛ばし、私の怪我はお尻を地面にぶつけた痣だけ。
彼は――――。
『――――誠司…! しっかりして、誠司…っ!』
『……灯、けがは……ないか?』
『―――っ、だいじょうぶ…。私は大丈夫だから……!』
『…そっか。よかった……。ごめんな、灯…』
『な…んで…。どうしてあやまるの…?』
『……灯も、俺と同じにしちまった。灯を…置いていく俺を恨んでくれていい……だからさ、前を向いて……はぁ、ひどいこと言ってるなぁ、俺……』
『嫌……そんなこと…言わないでよ…。諦めないでよ……生きてよ、誠司っ!』
『……ごほっ、ごほっ、ごめん……。ありがとう……あかり…』
そのまま彼は目を閉じ、二度と起きることは無かった。
トラックの運転手だった人も心臓発作で亡くなっている以上、私は誰も恨むことはできなかった。当然ながら彼を恨むなんてできない。……そう、何もできずに助けられた自分しか恨む相手がいなかった。
それからの私は……そう、彼と同じように抜け殻だったかもしれない。
私を心配して声を掛けてくれる人の思いは分かっても、応じようと思えなかった。
これは、自分のことしか考えられなかった私への報いなのだろうか。
彼のように他人の幸福を祈って生きていれば、私も幸せに……。
いや、どうしてあんなに優しかった彼が死ななくてはならないのか。
人助けが趣味で、他の人の笑顔を見て自分も笑顔なれるような人だったのに……。
それすらも、私が悪かったのだろうか。
私が彼を巻き込んでしまったのだろうか。
……なら、私はもう幸せなんて求めない。
だからせめて、彼が……もしあるのなら、彼が幸せな来世を送れるように……。
そして、私は気がついたら、エルフとしてこちらの世界に生まれていた。
いつ、何故死んだのかは思い出せない。
そのままなんとなくエルフとして育ち、私は心の傷から自然と寡黙になった。
エルフたちは見知らぬ者には寡黙だが、見知った仲間には明るいものなのに。
前世が人間だったせいもあるかもしれないけれど、そうしてエルフに馴染めなかった私は、皇都に行くとだけ行って家を出た。そのうち帰ると。
人間より圧倒的に長寿なエルフには、数年家を空けるくらい15歳にもなれば普通だと聞いていた。
何故かやたらと両親に心配されたが、久々に人間に会ってみたかった。
結局、すぐに後悔した。
エルフになった私の見栄えは、想像以上によかったらしい。
各種痴漢や人攫いなどに目をつけられ、全て殲滅したが面倒になった。
こうして私はエルフとしての特徴を隠し、なおかつある程度印象を薄くする魔法、あと気軽に声をかけにくい印象をうけるような魔法もかけた。
でも、結局これでは何も変わらない。
周囲の環境が変わっても、私が変わることができなければ何も変わらないかもしれない。
周りが人間でも、エルフでも、結局は私が心を開けないのが……開かないのが悪いのだ。
入学試験会場の前で、私はやはり帰ろうと思った。
そして、見てしまった。
彼にそっくりな少年が、誰かと楽しそうに話しながら歩いている姿を。
その無邪気な笑みが、彼と全く同じだった。
思わず追いかけて中に入った。
試験の課題は、なにやら魔法で色々する実技試験と、筆記試験だった。
文字は日本語だったので(エルフの里では古代語…英語を使う)楽だった。
実技試験で、彼をまた見た。
人間より上位の種族であるエルフの私から見ても、かなりの腕だった。
私は反則みたいなものだし、目立ちたくないので適度に手を抜いた。
彼に話しかけてみたかった。
でも、彼の横にはすでに少女がいた。二人も。
……ただ、そのうちの一人がどことなく彼の妹、理香に似ていた。
本当に彼……いや、彼の生まれ変わりなのではないだろうか。
話しかけて確かめたかった。
でも、生まれ変わってからずっと……いや、生まれ変わる前、あの事故からずっと自分から話しかけてこなかった私の口は動いてくれなくて、結局話しかけることはできなかった。
それに、何と聞けばいいというのだろう?
『あなたは誠司の生まれ変わりですか?』などと聞いても、記憶が残っているのかどうか全く分からないし、違うかもしれない。
……記憶がなくて、でも誠司かもしれない。
もしそうだったら、『生まれ変わり』ですか? と聞いたりしたら私は『変な子』扱いだろう。それは絶対に避けたい。
だから私は、学校に入学してアルが彼かどうか確かめることにした。
サバイバル合宿では、アルはお肉の焼き加減に拘ってた。
誠司と同じだ。うるさくするわけではないが、私が困ってると思うと教えてくれる。
あと人の頭を撫でたがるのも同じだし、押しに弱いのも、他人のことを優先しようとするのも同じだった。
私は気がつくと、誠司かどうかなんて気にせずにアルの話を聞いて、アルの笑顔を見て幸せな気分になっていた。
交流戦のとき、髪飾りを買ってくれて、『可愛い』と言ってくれて本当に嬉しかった。
そう、もう私はアルの事が好きになっていた。
でもエリーも、フィリアも、きっとリリーもアルのことが好きで…。
そして私がアルに告白してもしも成功したとしても、またあの時のように私のせいでアルが不幸になったら…。もしもアルまで死んでしまったら…。
怖かった。
でも、一緒にいたかった。
だから友達でいい。
アルの近くにいられるだけでいいって。
誠司みたいに、他人の幸せでも笑顔になれるように……なるんだって…。
視界がにじんで、涙がこぼれ落ちた。
酔うと泣きやすいって、本当かも…。
「……無理…、私には無理だよぉ…」
誠司みたいにはなれない。
私を見て欲しい。私に笑いかけてほしかった。
もう一度、優しく抱きしめてほしかった……。
「……灯?」
「―――っ、せ……アル? どうしたの?」
気づかなかった。
いつの間にか、アルが階段のところに立っていた。
この暗闇なら涙は見えないはず。むしろ魔法で除去したり拭ったほうが目立つだろう。
だから私はそのまま振り返り、真剣な表情のアルと向き合った。
「……そっちこそどうしたんだよ。ローラ…いや、灯」
…そう、もうグルちゃんの話もしてしまった以上、隠しても仕方がない。
本当に酔った自分は嫌になる。もう二度と魔法ジュースなんて飲まない。
「……私は、酔った勢いでなんでも話すのが嫌になっただけ」
「……なら、なんで泣いてるんだよ」
「……え?」
見えているはずはない。ないのに……。
アルの表情は本当に辛そうで、私を心配してくれてて……。
「……誠司、ごめんね」
「……どうして謝るんだよ…。謝るのは俺の方だ…」
「…ずっと、思ってたの。あの事故は神様の、自分のことしか考えられない私への罰で、本当は誠司じゃなくて私が死ぬはずで、誠司は巻き込まれただけなんじゃないかって」
「…そんなことあるはずないだろ。灯がどんなつもりだったにせよ、結果的に俺は助けられたんだ! もし自分の為に誰かを助けるのがダメなら、俺はもう100回は死んでる!」
誠司はとても真剣で、でもやっぱり私には、誠司と私は違うと思った。
誠司はとても眩しい。私のように濁っていない。
でも、やっぱりその眩しさの、温かさの傍にいたいと思う私がいる。
「……誠司は、他の人の幸せでも笑ってあげられるから。優しいから。
……私も、そんな風になろうと思ったけど……やっぱり無理だったよ」
「…俺だって、他人の幸せだけじゃ生きていけない。
……灯、お前と一緒にいたときの俺は、お前がいてくれたから。
それだけでよかったから他人の幸せでも笑えたんだよ」
「…誠…司?」
私が、いたから…?
じゃあ私も、誠司の役に立っていたのだろうか…?
私は誠司の傍にいて、良かったのだろうか…?
……私は、アルの傍にいようとしてもいいのだろうか…?
――――いや、でも。
「……ありがとう、誠司。ううん、アル」
「…いや、こっちこそありがとな…。灯、ローラ」
アルはほっとしたように笑い―――。
私は半目で指摘した。
「でも、アルは無用心。正直さっきのは口説き文句にしか聞こえない」
「……え、マジで?」
「そう、あそこでエリーが硬直してる」
「……ええっ!?」
というわけで、隠れていたエリーがアルに拘束された。
半泣きで。
「……エリシア、とりあえず何か誤解してるぞ」
「…アルは無自覚すぎるんです……」
そう、誤解だ。さっきの私も、エリーも。
本当に誠司は鈍感で、天然過ぎる。
だから――――。
そう、今回はアルが悪い。
誰も恨んだりしないし、妬んだりもできるだけしない。
だから、アルのことを好きでいても……いいよね?
「…もうミスターコン始まる。アル、エリー、行こう?」
「げ、もう始まってるかもな」
「大変です…!?」
「あっ、ここにいたんですか!? ローラ、大丈夫ですか!? 心配したんですよ!」
フィリアも駆け込んできて、なんだか可笑しくなって私は少しだけ笑ってしまった。
みんなで私を必死に探してくれたのだと思うと、嬉しかった。
「ふふっ、うん。だいじょうぶ」
「もう…。いきなりいなくなるのは止めてくださいね!」
そして、アルが物見の塔の端に立って笑った。
「んじゃ、急ぐか!」
「はい…!」
「はい!」
「うん」
というわけで、私たちは飛び降りて会場を目指すのだった。
次回予告!
アル 「こんな展開ですが、打ち切りじゃなく溜め込んだツケなので大目に見ていただけると幸いです…。反省はしてます。ごめんなさい…」
エリシア「次回は遂にミスターコンが始まります!」
アル 「審査員はミスコンの出場者。そして第1のお題は……ナンパ!?
…第1問は審査員をダンスに誘うセリフと仕草で採点されるらしい」
エリシア「次回、『ミスターコン、シャルウィダンス?』です!」
アル 「なお、ミスターコンではお題を募集させていただきます!
参加者が何かやらされて、それを審査員(ミスコン参加者)が採点するという方式ですので、そのへんをよろしくお願いします!」
エリシア「えっと、例題の『ダンスに誘え』みたいな感じで何か…」
シルフ 「無茶振りの方が面白いと思うので、バシバシ送ってください♪」
アル 「おい、シルフ!?」
シルフ 「いえ、ご主人様。盛り上がりは大事ですよね?」
アル 「…そうだけどな、俺としては――」
シルフ 「皆さん、よろしくお願いします♪(色々と)」
ローラ 「次回更新は未定だけど、ぜったい見てね?」
フィリア「一応、明日には更新するつもりらしいですよ?」
リリー「でもお兄ちゃん、お題なんて考えにくいんじゃ…?」
アル 「俺にはできない、読者さんにはできる」
ローラ「……それ違う」