第一話:魔獣の森
森を駆けるものの音。
空を切り裂く風の音。
俺は、獲物を追っていた。
獲物は、森の中をすさまじい勢いで逃げる。
だが、俺はそれを空から追っていた。
獲物は、木々をなぎ倒しつつ、しかし、全く速度は緩めない。
パワーだけなら兄さん並みだなぁ、と失礼なことを考えつつ、俺は追う。
そして、森が一旦途切れる場所。崖に行き着いた。
空からなら、逃げられない場所を探すのは地上からよりも、今回は容易だった。
思わず止まったソレの背後、50メートルほどに俺は降り立つ。
獲物、ソレは巨大なイノシシだった。トラックくらいの大きさ。
名前は<ビッグ・ボア>。魔獣だ。
ビッグボアは、間抜けにも地上に降りてきた俺に振り返り、唸りを上げる。
「――グガァァァ!」
ビッグボアが突進しようと体に力を溜め、さらに魔力装甲を纏うが、俺は慌てない。
掌に魔力を集め、呪文を詠唱する。
「白き雷は我が意思に従う、<サンダーブラスト!>」
俺の掌から白い雷が飛び出し、ビッグボアを焼く。
が、それでもビッグボアは負けじと突っ込んでくる。
「うお、すごいな」
俺は呟きつつ、左手で魔法剣<アリアティル>を抜いた。
「切り裂け、<疾風剣!>」
右手で魔術を維持しつつ、左手のアリアティルに魔力を込め、振りぬく。
アリアティルから風の刃が飛び出し、ビッグボアの顔面を直撃。
だが、いまだに耐えるビッグボア。
サンダーブラストと激突しているせいで、ビッグボアの速度は落ちてるが・・・
残り、およそ10メートル。
「むぅ、拾いに行くの大変なんだぞ・・・」
俺はぼやきつつ、アリアティルに雷を流し、帯電させる。
で、ぶん投げた。
「<雷鳴剣っ!>おりゃー!」
――――ズガーーーン!
「――グガァァァァ!?」
稲妻と化したアリアティルに体を貫かれたビッグボアは、
若干焦げて地面に倒れた。体の中心に風穴・・・
「おぅ、さすが魔獣。黒こげにならないとは。ラッキー!
エリシアに焼いてもらうかな!焼肉~♪やきにく~♪」
でも、父さんに貰った剣のほうが大事だな。
俺は、ビッグボアに隠蔽魔法をかけ、アリアティルを回収するために再び、空へ舞い上がった。
さて、俺の名前はアルネア・フォーラスブルグ。
みんなからはアルって呼ばれる。
今、俺は15歳で、皇立の魔法学校に通っている。
え、なにやってるかって?
今は、そう合宿だぜ!入学早々に。
なんか、例年なら湖に遊びに行って、親睦を深めるものらしいんだが・・・
「ふふっ、親睦を深める?ならサバイバルが一番だ!色々育める!
今年の一年生は、魔獣の森サバイバル合宿だ!異論は認めん!」
学園長が今年から変わった。合宿もソレで変わった。なんでも超強い魔術師だとか。
ちなみに長い黒髪の女の人だ。20代後半?
第一印象は、とんでもない人って感じだな。
「お、アリアティルみっけ」
崖に向かってぶん投げたから、飛んで探すはめになった。
まぁ、着弾したところが燃えてるからすぐ分かる・・・って!?
「やば、なんで空から落雷攻撃しなかったのか忘れてたぜ・・・」
一面森だから、よく燃えること燃えること。はっはー!
どうしよ?
なんとか大規模森林火災になる前に止めないとな・・・
周りの木を切って燃え広がらないようにでもしよっかなー。
とか考えてると、見知った魔力を感知。
「大いなる癒しの水、火を消し止めよ!<ハードスコール!>」
強烈な雨・・・スコールが火事を消し止めていく。
お~、助かった。
「お兄ちゃん!火事になったら危ないでしょ!?」
「悪い、リリー。<雷鳴剣>だ。」
と、言いつつ俺はアリアティルの所に着地。引っこ抜く。
肩の下くらいまでの金の髪に若干青みがかった緑の瞳。
15歳になってすっかり女の子のリリーことリリネア。妹だ。
「お兄ちゃん?雷鳴剣なんて使ったら火事になるってわかるよね?」
おおぅ、リリーがにっこり笑ってるが目が怒ってる。
「命の危険でしかたなく」
動じずに、しれっと答える俺。
「お兄ちゃんが命の危険に見舞われるとしたら、
エリーに変態なことして、本気で怒らせた時くらいじゃないの?」
妹よ、俺はどんな人間なんだ?
そしてエリシアを怒らせると命の危険・・・あるな、間違いない。
まあ、肯定するわけにもいかないので話題を戻そう。
「リリー、ビッグボアに襲われたんだぜ?俺」
「ビ、ビッグボア?何やってたのお兄ちゃん!?
ランクBの指定危険魔獣でしょう!?大丈夫なの!?」
あ、ランクってのは、ギルド(おなじみなので説明割愛)が決めていて。
高ければ危険ってこと。
上から、Z>SSS>SS>S>AAA>AA>A>B+>B>B->C+>>>>>>G-
って感じ。
まあ、学生が倒すにしてはBは強い。
ちなみに、グレーフェンリルはAランクだったりする。
よく勝てたな・・・
まあ、何はともあれ、リリーが心配してくれたのは、ちょっと嬉しい。
「むぅ!妹を心配させて喜ぶなんて酷いよ!」
リリーを怒らせてしまった。顔に出ていたか。
「いや、とりあえず討伐証明に何かとってくる~」
俺は逃げることにした。
「お空を自由にとべたらいいな~<ウィング~>」
若干やる気無い感じに詠唱。俺は空に舞い上がる。
「あ!?まだ話はおわってないよお兄ちゃん!」
リリーが呼び止めるが無視。リリーは空は飛べない。
にしても、広いなぁ、この森。
ラルハイト皇国の西側一帯に広がるこの魔獣の森は、やたら広い。
森の中に、村やら湖やら池やら迷宮やら洞窟やら崖やらてんこ盛りだ。
今、さりげなく入れといたが、迷宮がある。
ファンタジーには迷宮と書いてダンジョンは必須だよな?
そのへんの期待を裏切らない(俺的には)がこの世界だ。
さて、迷宮はこの森の中に幾つも発見されている。
まあ、森の浅いほうはけっこう迷宮も攻略されてるらしい。
見分け方は、基本、発見済みの迷宮には、魔法で印をつけるのが暗黙の掟だとか。
発見済みと攻略済みはほぼ同義。
全力で攻略されるらしいからな。
なんでも迷宮の中には、精霊がいるとかで、迷宮を攻略すると契約できるらしい。
精霊が自分に相応しい者を探すために創るのが迷宮なんだとか?
あ、前に父さんが言ってた方法でも精霊との契約は可能なんだけど、
精霊に会える場所なんてそうそう無い。
っと、ビッグボアのとこに帰還。
よ~し、剥ぎ取るかぁ・・・
俺は、解体用ナイフを取り出した。
――さて、俺は無事にビッグボアの爪とか牙とか毛皮を剥ぎ取って、
あと肉をゲットにてベースキャンプ・・・合宿本拠地に帰ってきた。
空から。
「っと、あそこにいるのは学園長か?」
このまま降りて平気なのか若干気になった。飛行魔法は超難度なのだ・・・
「げ、目があった。」
俺が見ていると、学園長は魔力を察知したのか、こっちを見て面白そうに笑った。
手招きしてる。いかないと殺られそうな気がした。なんとなく。
なんか怖いし、行きたくなかったが、観念して降りる。
「ふふっ、確かアルネアだったか?アルベルクのヤツも面白い息子を持ったな」
俺の持ってるビッグボア素材・・・デカイから背中からはみでて見える――
を見ながら楽しそうに言う。
「えっと、学園長は父とお知り合いですか?」
気になったので聞いてみた。
「ふむ、私の戦友だな。オルト山脈会戦では同じ砦にいた」
頷きつつ言う学園長。
なんてこった。父さんもオルト会戦に参加してたとは・・・
―――オルト山脈会戦―――
皇国、共和国、王国の三国連合軍と、西の帝国が激しくぶつかり合った、
一番新しい戦いである。結果は痛み分けに終わったが、壮絶な戦いだったという。
俺の生まれる2年前くらいだったか?
この戦いに学園長と父さんも参加し、一番の激戦地にして、
一番大事なラーガイル砦で戦ったんだとか。
曰く、父さんが一人で精霊使いを二人奇策で撃退し、また、敵兵を焼きまくって
『紅蓮の悪魔』と呼ばれる所以になったんだとか。
「まあ、とにかく。アルネア・フォーラスブルグ、ビッグボア討伐で15点追加だな。
さらに、素材と肉を持ち帰った功績でプラス8点!ビッグボアは旨い。」
学園長に23点貰った!
さて、一応説明すると、このサバイバル合宿は、食料調達で点がもらえる。
点は学園長が独断と偏見で決めるっぽい。まあ、この人ちゃんと考えてそうだが。
ちなみに、食料は渡しても渡さなくても自由だが、渡さないと加点されない。
魔獣を倒しても点がもらえる。こっちは大量得点のチャンス。
俺は、6人分ほど残し、(それでもまだまだある)残りを学園長に渡したのだ。
「あ、アル!おかえりなさい!」
噂のエリシアである。俺に気づいてこっちに小走りで来た。
一応、偽装魔法で髪を金に、瞳を青にしている。白髪赤目は目立つ。
背はリリーより若干低いような気がしないでもない。髪はリリーよりかなり長いが。
やっぱり15歳だ。
戸籍上、俺の義理の妹だったりする。
実は白いドラゴンなのだが、故郷にいられなくなって、
かつ命の危機にあったのを、俺が助けて、父さんと母さんに掛け合ってウチで引き取った。
この世界のドラゴンは人間に変身できる。すごいな。
「おう、ただいまエリシア」
俺は右手を軽く上げて挨拶。
「ふむ、仲いいな。お前たち」
なんか学園長が火種を投下しそうな予感。
燃える前に処理せねば。
「そうですか?家族なので当たり前では?」
俺は冷静に返してみた。
「ん?いや、義理なんだろう?義理なら結婚できるんじゃないか?」
ニヤリと笑う学園長。
なんで家庭の事情知ってるのー!?
俺、この人いやだー!
「・・・・」
ほら、エリシアが顔を俯けて真っ赤だよ・・・無言だよ・・・
・・・怒ってるぜ相当に!
学園長を焼いたら洒落にならないし、俺に八つ当たりされたら困る!
「そうですか!じゃあ、用事がありますのでー!ではまたー!」
俺はそう言いつつ、エリシアの手を引いて逃げる。
「・・・・アル?」
エリシアが戸惑ったように言う。
よし、少なくとも爆発する気配は無いな!
「そうだ!エリシア、ビッグボアの肉を手に入れたから焼肉しようぜ!」
とりあえず危ない話は早く忘れるに限る。
「・・・うん、そうですね」
何かを悟ったような顔で、若干残念そうなエリシア。
むぅ、俺はなにかミスったのか?
「エリシアは何してたんだ?」
「私はずっとお散歩してました・・・」
不満そうなエリシア。
そう、<火>系統の魔法使いは森林破壊の恐れがあるため、お留守番だった。
代わりに食事当番なのだ。火を扱うのは得意だから、料理は適任だったりする。
「アルだって、雷鳴剣とかサンダーボルトとかで森を焼き払いそうなのにズルいですっ」
と言って、出発前にエリシアは不満そうだったっけ・・・
って、俺ほんとに焼き払いかけてたじゃん。
しかも地雷踏んだ?
「アル、そういえば焼き払わなかったんです?」
エリシアが若干頬を膨らませつつ聞いてくる。
どうせ後でリリーから伝わるしなぁ・・・
「おい、エリシア。俺を誰だと思ってる?もちろん焼いたさ!」
「あ、ごめ・・・焼いたんじゃないですか!自信満々で言わないで下さい!」
上目遣いににらまれてしまった。
あれ、なんか可愛いなこの顔。
っと、いけない。俺は顔に出るから気をつけないと。
「悪い悪い。リリーが鎮火してくれたから問題ない!」
俺はそう言って問題ないのをアピールしようとした。
「・・・アル、リリーと一緒にいたんです?」
――空気が凍った。エリシアの無表情が怖い。
「いや、たまたま雷鳴剣の着弾地点で会っただけ」
とりあえず事実を述べとく。
多分、俺だけリリーと一緒だったのに怒ってるのだろう。と、俺は思った。
じと~~って視線を浴びせてくるエリシア。
「むぅ・・・アルはこういう嘘はつけないですから本当みたいですね」
「え、そうか?」
自分ではそんなイメージは無いのだが。
「そうなんです。それじゃあ、そのお肉焼いちゃいましょう?私たちの分もあるんですよね?」
手を出しつつ言うエリシア。
俺も渡しつつ答える。
「ああ、俺、エリシア、リリー、エリス、ジョンあと予備一人分だ」
誤字発見。訂正しました。