第十九話:誓い
「というわけで、今度こそ召還獣を探しにいくから」
俺は食卓でエリシアの作ったパンとベーコンと目玉焼きの朝食を食べつつ切り出した。
最近では俺の朝飯はエリシアが作っている。
昔から父さんの朝食は必ず母さんが作っていたから、同じことがしたいのだろう。
リリー、兄さん、シルフの朝食はランダム。ルリはまだ母乳だ。
とりあえず俺の『出かけてくる』宣言の反応だが、俺の向かい側に座るエリシアは上目遣いでうるうるした目で俺を見つめてきて、朝食と一緒にエリシアまでいただきたくなるから止めて欲しい。
そんな俺の視線に気づいたのか、リリーがエリシアを小突く。
「エリー、お兄ちゃんに狙われてる!」
おいおい、そんなダイレクトに言わなくても…。
とか思っていると、エリシアはにっこり笑ってベーコンを一切れフォークで突き刺してテーブルに身を乗り出し、俺の口の前に差し出した。
というか、届かないのでわざわざ魔力で浮遊している。
「アル、あ~ん…」
どうやらエリシアは、俺が肉を狙っていると思ったようだ。
いや、確かにこのベーコンは凶悪に美味しいけどな。
まぁいいや。ありがたく頂戴しよう。
「あ~ん」
俺が口を開けると、エリシアはとても嬉しそうに俺の口の中にベーコンを入れた。
「うん、美味い。ありがとな、エリシア」
「はいっ!」
二人で笑みを交し合うと、母さんも父さんに色々あげ始め、リリーは呆れたような目で、兄さんは若干羨ましそうな目で見てきた。
「はぁ、甘すぎて口から砂糖を吐きそうなんだけど…」
リリーは溜息をつきながら言い、兄さんも口を開く。
「ま、ちょっと羨ましいけどな。そうだ、リリーにやってもらうか…?」
「はい、リック兄ぃを餌付けなんてしないからね~」
リリーが若干侮蔑のこもった目で兄さんを睨みつけ、兄さんは大げさに肩を竦めて自分でベーコンを食べる。
そんなこんなで、いい感じに俺の『出かける』宣言は流れたと思ったのだが、俺が部屋で装備を整えているとエリシアが完全に出かける装備でやってきた。
夏休みに入ってからは大体白いワンピースを着ていたのだが、今は学校の制服 (各種防御魔法が組んである)を着て、<月詠>と<エルディル>を装備し、手には何か黒光りする布のようなものを持っている。
「…エリシア?」
「……アル、私もつれていってください…!」
俺は真剣はエリシアの瞳におされつつ、右手でガシガシと自分の頭を掻いた。
「連れて行きたいのは山々なんだけど、今回の行き先はティルグリムなんだよなぁ…」
「――そ、そんな!? アル、いっちゃダメです…!」
エリシアが動揺と恐怖が窺える顔で俺に抱き着いてきて、正直どうしていいのか分からなくなる。引き剥がすと泣かれそうな気がする。
ティルグリムは俺とエリシアが出会った場所にして、エリシアの故郷。
黒竜<グリディア>の生息地でもあるので、けっこう危険地帯だ。
万が一エリシアがグリディアと遭遇したりすると本気で危ない。殺されるか捕まるか。
しかしながらフェミルの情報によると、現在ティルグリムの西側に<フェンリル>と<ブルーフェンリル>が縄張り争いをしているらしい。
どちらも特異体らしく、是非とも召還獣にしたい。モフモフしたい。
「……私じゃダメなんです…?」
そう言ってエリシアは甘えた目で見つめてくるので俺の自制心が危ない。
いつも忘れがちだが、こんなんでもエリシアはドラゴンであり、人型と竜型の2つの姿を持っている。召還獣にできないこともないのだが―――。
「ダメ。確かにエリシアは俺のだけど、召還獣とかじゃなくて俺の大切な人だから」
我ながらとっても恥ずかしいセリフなのだが、まぁ本心だし。
エリシアは耳まで真っ赤になるが、それでも食い下がる。
「でも……アルは、私より召還獣のほうが大事なんです…?」
すごく申し訳なさそうな顔で言ってきた。
なんか「こんな言い方はしたくないけどアルを引き止めるためなら悪女にだって…!」という感じがひしひしと伝わってくる。
仕方がないので俺は溜息をこらえつつ口を開く。
「そりゃあ、エリシアのほうが大事だけどさぁ…」
「…じゃあ、私で我慢してください……」
濡れたような声で囁いたエリシアが俺に強く抱きついて、その体の温もりとか色々が俺の理性を崩壊寸前にまで追い込む。
違うぞ、召還獣を我慢するって意味だから。それ以外の意味はないからな!
「…というか、召還獣になるとデメリットとかないんだろうな?」
「……えっと、魔力での召還契約なので『魔力を支払わないと召還できない』ってところで対等な契約だと思います。不平等な契約も可能みたいですけど」
「…タダ働きとか?」
「奴隷とか、もしくはVIP待遇も可能らしいです」
「よし、VIPにしよう」
「ダメです、魔力の無駄遣いです」
いい考えだと思ったのだが、エリシア的にはもしもの時に魔力が多く必要な契約はアルの首を絞めるから止めてほしいとのこと。
「…その言い方だと自分の待遇が低い分には構わない感じに聞こえるな?」
「…だって、アルが困ってるときにアルの魔力消費なしで助けにいけるんですよ…?」
…なるほど、確かに便利だ。
「でもなぁ。……エリシア的にはどんな感じがいいんだ?」
「……私は…アルがしたいなら、奴隷でも……」
そう言って俺を上目遣いに見つめるエリシアだが、「じゃあやるか」って言うと本気でやりそうで怖い。
というか、エリシアが奴隷…? あれか、従順でなんでも言う事聞きますみたいな。
…あんまり今と大差なくないか?
「…とりあえず俺にそんな趣味はないから。対等でいいよ。決定。」
「はい」
エリシアが案外素直に頷いてちょっと拍子抜けする。
もうちょっとだけ「アルが楽な方がいいです」とかごねるかと思ったのだが。
「…案外素直だな」
「アルはこういう時はぜったい譲らないです」
「……まあな」
「はいっ」
そんなに俺の考えが分かるのが嬉しいのか、輝くような笑顔のエリシアに俺は「なら俺が奴隷にしないのも予想できるだろ」とツッコミを入れたくなるのを必死で堪えた。
あれだ、きっと本気度をアピールしたかったんだな。
「…アルが望むなら、私のすべてを貴方に捧げます…」
そうそう、そんな感じ。
……って、今ほんとに声が聞こえた気がするんだが?
「…エリシア?」
「迷惑……です?」
どうやら本当にエリシアが言っていたらしい。
不安そうな顔に「私はなんて大それたことを言ってしまったのだろう」と書いてあるような気がする。
俺が苦笑してエリシアの頭を撫でるとエリシアは拗ねたような顔になって俯いた。
「笑わないでください…」
「笑ってないぞ。苦笑しただけだ」
「……笑ってます」
「…じゃあ俺もエリシアが望むなら、俺の全てをエリシアにあげるよ」
そう言って優しく抱きしめてやると、エリシアは幸せそうに目を細めてそっと囁いた。
「…アル、だいすきです」
「…ああ、俺も I love you」
「――台無しです!?」
…………
その後、拗ねたエリシアを宥めるのに苦労した。
なんでも、「乙女心を粉砕された」らしい。なんとなく「もう乙女じゃないじゃん」と思ったのだが、見た目も中身も完全に乙女なのでツッコまないであげることにした。
そして、召還の契約を結ぶことになった。
正確には「召還獣契約」だが、エリシアを獣扱いとか論外だと思うんだ。
というわけで「召還契約」とする。
やることは単純で、向かい合って立って誓約の言葉を述べ、マナを交換するだけ。
なのだが―――。
「…可愛いな」
『…あぅ……』
久々にエリシアが竜に変身していた。ミニマムサイズだが。
小型犬くらいの大きさで、つぶらな瞳と白銀の鱗が可愛らしい。
なんでも大きさは大まかに「本来の大きさ」、「小さめ」、「ミニマム」の3つくらいから選べるらしく(普通はできないらしいが)、せっかくなのでミニマムにしてもらった。
エリシア的には「もしもの時それだと不安」だと言っていたが、これは可愛い。
それにこれでも十分強いのは交流戦で分かってるし、この方が消費魔力が少ないということでこれに決定した。
なんとなく足を掴んでひっくり返してみる。
お腹のほうも鱗はあるが、突付いてみると柔らかい。
…ほほう、なかなかのさわり心地だな。
せっかくなので、くすぐったそうに暴れる白竜を押さえつけて色々触ってみた。
『―――ひぅっ!? アル、どこひゃわってるんれす!?』
なんとなく尻尾を掴んでみると白竜がビクッと震えてから大人しくなった。
集中が乱れているせいで魔声が呂律の回らない感じになっている。
「…えいやっ」
『―――ひぁぁっ!? アルっ、おねがいですからひゃなしてっ!』
尻尾をぐにぐにしてみると、身悶える白竜に泣きそうな声で嘆願されてしまった。
流石にやりすぎたかなーと思って尻尾を解放すると、白竜はぺしゃっと地面にへたりこんだ。
「…えーと、大丈夫か?」
『…ぐすっ…、アルのばか……』
「…ひょっとして尻尾掴まれると痛い?」
『…痛くはないですけど……』
「あー…ごめん」
『…もうしないでください…』
猫も尻尾掴まれると怒るらしいし、そんな感じなのだろう。
白竜はちょっと鼻をすすってから起き上がり、頭をふるふると振ってから言った。
『…もう、早く終わらせましょう……』
「了解」
白竜の体が白銀に輝き、部屋に魔力が満ちる。
俺も魔力を解放して俺の体も白銀に輝いた。
魔力濃度が急激に上がった室内に雪のような魔力の結晶が生まれ、舞い落ちる。
『我が名はアルネア、召還の契約を望むものなり』
『我が名はエルシフィア、この魂に懸けてその契約を受諾いたします』
俺とエリシアの魔力の光が溶けて交わり、エリシアの魔力が流れ込んでくる不思議な感覚とともに部屋が白銀の閃光に包まれた。
何度かエリシアの魔力が流れ込んでくる感覚は体感しているのだが、なんか慣れない。
なんというか、ぞわっとするのだ。
ちなみに、本当はもっと長ったらしい契約らしいのだが、既にマナを交換してるから簡単に済ませても全く問題ないらしい。よく分からないが。
「というか、召還の契約は『この名に懸けて』じゃなかったか…?」
「だって…もう名前は没収されてますし、エリシアはアルに貰った名前だから魔法的な拘束力はないです…。こっちの名前のほうが私には大事ですけど……」
人型に戻ったエリシアは、再び俺に抱き着きながら言って、俺は頷いた。
「あー、なるほど」
「…私が縛られたいだけだと思いました?」
「…少しな」
「アル、竜族の誓約の中で一番重いのが何か知ってますか…?」
「知らないけど…」
「結婚、です。あなた?」
「ぷっ」
「うぅ~~、どうして笑うんです……?」
「だって、なあ?」
「ぅ~~、旦那様…?」
「…意外と似合うな。それだとお嫁さんというより使用人だけど」
「…アルっち」
「おいコラ、俺にヘンな仇名をつけるなよ!?」
「…じゃあ、せーじ」
「……それ前世だよな?」
「…アルの私だけの呼び方がほしいです…」
相変わらず妙なところにこだわるが、別にヘンな呼び方でなければ俺も困らない。
「…なるほど、じゃあ誠司でもいいよ。俺もユキって呼ぶか?」
「はいっ! だいすきです、せーじ」
「なんかセージみたいだな」
「……アル~…」
ぽつりと呟いた俺に、エリシアが唇を尖らせて上目遣いで何かをねだる。
大体想像はつくが、あえて聞いてみることにする。
「どうした、何かほしいのか?」
「大好きって言ったのに無視されました……」
「そっちか。キスがほしいのかと」
「…キスもほしいです……」
「悪い悪い」
俺はニヤリと笑ってからエリシアを抱きしめ――――。
「I love you」
「台無しです!?」
「えー、俺の会心の発音が…」
「…アルは私に I love you って言われて嬉しいです…?」
「む、確かに「大好き」のほうが伝わる感じはあるな」
「ですよね…?」
「だから言ってください…」という無言かつ上目遣いの願いに苦笑しつつ、俺はエリシアに顔を近づけて囁いた。
「アイラブユー」
「そっちじゃないですっ!?」
可愛いから苛めたくなる気持ちも分かってほしい。
その後、拗ねてそっぽを向くエリシアにたっぷりキスしてなんとか許してもらった。
えーとですね、スランプです。
誠に申し訳ありませんが。これが限界だったんです…。
次章から頑張らせていただきたいと思っております…。