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クモの糸

作者: 鏡秋雪

 「こいつだ!」

 鬼を伴った長髪でぶくぶくに太っている若造は私に指を向けた。

「またか・・・・・・」

 私はもう、うんざりしてその若造の顔を見た。

 長年の経験で一目でこいつが仕事が出来ない男であるのを私は感じた。恐らくは理屈をこね回しては何もチャレンジしようとしない、甘ったれた若造だ。面識は――ないと思われた。

「お前はどうやって死んだんだ?」

 鬼が若造に問いかけた。

「こいつのせいで、俺は会社を首になって自殺したんだ!首吊り自殺!」

 若造は血走った目を大きく見開いて何度も私に指をさして叫んだ。まったく失礼な奴だ。

「お前はリストラ対象になった理由を考えたことがあるのか?能力があればどんな環境でも仕事を見つけることが出来るだろ。それが出来ない自分を棚に上げて自殺したのを他人のせいにするな!」

 私は無駄を承知で言い返してみたが、若造はまったく反応しなかった。

 鬼はめんどくさそうに私に近づくと、私の首を信じられない力で締め上げてきた。私の身体が宙に浮いた。あがいても、首を締め付ける鬼の手に爪を立てても鬼の力はまったく弱まることはなかった。

「アハハハ!死ねっーー!死んじまえ!」

 若造の狂ったような笑い声と呪詛の声を聞きながら、私は意識が遠くなっていった。

 また・・・・・・死ぬのか。


 私はいい人生を送ったと思う。32歳で独立して一代で大企業に育て上げ、いつしか経済界のドンと呼ばれるようになった。経済界のトップとして政治にも介入して20年以上続いたデフレも終わらせた。まったく知らない人からも何度も私を賞賛する声を聞いた事もある。

 臨終の時も息子や孫たちに囲まれ幸せだった。死んだ後、テレビ番組で私の死を惜しむ特番などが組まれて気恥ずかしい思いもした。

 当然、天国?極楽?に行けるものだと信じていたのに・・・・・・。なぜ・・・私は地獄にいるのだろうか?確かに、私がライバルを蹴落として自殺に追い込んだ奴は一人や二人じゃない。そいつから糾弾されるのはまだ、理解できる。

 だが、リストラに絶望して自殺した奴まで私の責任なのか?もし、そうだとするなら、私は何万人に殺されることになるのだろう?事実、地獄にきてから私は3桁ぐらい鬼に殺されている。

 首吊り、飛び込み、飛び降り、服毒、練炭・・・・・・。どうやら鬼は自殺した連中と同じ目を私に味あわせて死なせるのが役目のようだ。

 鬼に殺されてふと気がつくとまた、しばらくして鬼を伴った奴が現れてまた殺されて・・・・・・というのを何度も、何度も・・・・・・なぜこんな目に遭わなければならないのか。


 ふと、目をやると猿にしか見えないモノを鬼が捕まえて殺していた。

 指を引きちぎり、腕をもぎ取り、足も引き抜き、そのたびにその猿は悲鳴を上げていた。

「あの猿はなあ。どこかの国の独裁者だったらしいぜ。自国民を何十万人も虐殺したらしい」

 いつの間にか隣に立っていた男が私に声をかけてきた。その顔はどこか見覚えがあった。

「ほう」

 と、私が答えるとその男は自慢げに言った。

「ここじゃ、自分の心のあり方で姿まで変わっちまうらしいぜ。もう、あの猿には恐怖心しか残ってないのかも知れねーな」

 この男は口は悪いが、仕事は出来るタイプ。それも猛烈に出来るタイプだ。人生で出会っていれば必ず記憶に残っているはずだが、どうしても思い出せなかった。

「あなたをどこかで見たような気がする。どこかで会っていたかな?」

 仕方なく私はその男に尋ねた。

「生きてた頃の話かい?」

「はい。どこかで見た気がするんだが、どうしても思い出せない」

「見たことはあるだろうな」

 男はそう言うとニヤリと笑った。「俺は田原。っていうより、新宿連続爆破テロの犯人。と言った方が分かるだろ」

「あ!!」

 あの事件か!日本史上最悪の爆破テロ。巧妙に時間差をつけた爆破で駆けつけてくる消防やレスキューを爆破に巻き込み、機能不全にさせてからさらに駅周辺を爆破させた事件。死者は1万人に迫る大規模な事件だった。私の会社の社員も何十人か犠牲になっていた。

 なるほど、犯人の田原は間もなく逮捕されてテレビ報道されていたから見覚えがあったのだ。

「俺はアンタを知ってるぜ」

 田原はクククと笑いを噛みしめながら私に指をさした。「経済界のドンって言われてた佐藤だろ?」

 私が頷くと田原はこらえていた笑いを解放した。

「ハハハハ!やっぱり、地獄って面白れぇ!俺のような犯罪者とお前が同列なんだからな!」

「同列なものか!」

 私は叫ぶように否定した。「貴様は何の罪もない人たちをただ殺しただけじゃないか!」

「同じさ。現にお前も鬼に殺されてるじゃないか」

 田原は狂ったように笑い続けていた。

 そこへ血まみれの男が鬼を伴ってやってきた。

 またか。私はその血まみれの男が私を指差さないように願った。

「こいつです」

 血まみれの男が指差したのは田原のほうだった。私は胸をなでおろした。何度殺されても死ぬのは嫌なものだ。

 田原は男に指をさされても意に介さず笑い転げていた。

「お前はどうやって死んだんだ?」

 鬼は血まみれの男に問いかけた。

「爆発に巻き込まれて、焼かれて・・・・・・」

 鬼はめんどくさそうに田原にふうっと息を吹きかけた。息は見る間に爆風となり、田原をバラバラに吹き飛ばした。

 私の足元に田原の首が転がってきた。

「お前と俺は一緒だ!ハハハハ!」

 首だけになっても田原は狂ったような笑いをやめなかった。

 私は思わず目をそむけた。――そむけた視線の先に私を指差している血まみれの女がいた。私は絶望した。

「お前はどうやって死んだんだ?」

 鬼は血まみれの女に問いかけた。

「主人がリストラで自殺して・・・・・・私は死ぬしかなかった。飛び降り自殺・・・・・・」

 鬼は私を片手で掴むと信じられないスピードで断崖絶壁を登り始めた。

「ご主人には申し訳ないが、仕事を失ったぐらいで自殺するとは弱すぎる!それに、ご主人が自殺したからといって、あなたまで生きていけないなんて、もっと知恵と工夫をすればいいだろうに!」

 と、無駄を承知で抗弁したが、女は私の言葉にはまったく無関心だった。

「このくらいかあ?」

 鬼は30メートルぐらいの高さをあっという間に登ると女に問いかけた。

「もっともっと高い場所」

 鬼はめんどくさそうに、だが、ものすごいスピードで登った。もう、高さは100メートルぐらいになっただろうか。女の姿が米粒にしか見えない。

「これくらいかあ?」

「もっと、もっと、もっと高い場所!」

 女はヒステリックな口調でまくし立てた。

 この女!都庁のてっぺんから飛び降りたとでも言うのか!

 鬼はさらに登って300メートルぐらいの高さから私を放り投げた。

 身体がふわりと重力を感じなくなり、なくなっているはずの内臓が浮く感覚が私を動揺させた。何度味わってもこの感覚は好きになれない。

「アハハハハ!死んじゃえ!死んじゃえ!」

 甲高い耳障りな女の声を聞きながら、私は全身を地面に叩きつけられ絶命した。


 気がつくと私は一人だった。妙に静かだった。

 ふと上に目をやるとなにやら白く輝く糸のようなものが垂れ下がっていた。

 私は小さく地を蹴ってその糸を掴んでみると意外としっかりした手ごたえで、私の身体をしっかりと支えることが出来るものだった。

 これを登ればここから抜け出せる!私はわけもなくそう感じた。

 意外と疲れを感じない。腕だけでなく全身を使ってずんずんと私は上へ登っていった。

 どれくらい登り続けただろうか・・・・・・。糸を見上げると先には10メートルぐらいの光の円が見えていた。あそこに行けば、今よりましになるはずだ。

 下を見てみると、地獄の風景はだいぶ小さくなっていた。・・・・・・よく見ると、糸を伝って多くの者が登ってきているようだった。その先頭にはあの田原がいた。

 私は一瞬腹が立ったが、「まてよ」と思い直した。

 これは蜘蛛の糸だ。慈悲の心を失って俺の糸に何をしやがる!とか言うと切れるという話だ。

 神か仏かは知らないが、その力でこの糸ができているのなら、何万人の地獄の亡者が掴まってもこの糸は切れないに違いない。

 私はそう信じて再び登り始めた。


 出口はもうすぐそこだ!

 私は目の前に広がる光を見た。もう、手を伸ばせば届きそうだ。といっても50メートルぐらいありそうだが、今まで登ってきた距離に比べたらもう到着したも当然だ。

 下を見てみると田原が表情をはっきりと見て取れるほどの距離にまで迫っていた。

 だが、その表情はだいぶ苦しそうだ。

「大丈夫か?」

 私は思わず田原に声をかけた。

「なんか、妙に身体が重い・・・・・・。もう少しなのに」

「がんばれ!もう少しだ!」

 私は田原を心から励ました。

 かつて、壁にぶつかっていた社員を激励して導いたような思いを私は思い出していた。

 そうだ!これが私の本質だ!人を率いてまとめ上げて大きな目標を目指していく。そうやって私は会社を大きくしてきた。そうやって私は日本を救ったのだ!

「キー!」

 甲高い奇声と共に田原を乗り越えてきたのはあの独裁者だった猿だった。

 猿はぐんぐんと登ってくると私の顔を足蹴にしてさらに糸を登っていった。

 私の中で何かが弾けた。

「この!猿!!私より先に行くとは何事だ!!」

 私は思わず叫んだ。と同時にしまったと思った。

 やはり思ったとおり糸は切れてしまった。怒ってはいけなかったのだ。

 近かった光があっという間に小さくなっていく、私と同じように落ちてくる猿を見て私は叫んだ。

「ざまあみろ!!!」

 私は偽善者だ。自分が一番でなければ、自分が安全なところにいなければ他人に慈悲を与えることは出来ない。そういう性格なのだ。

 だからなんだと言うのだ。みんなそうではないか。

 私はなんだかおかしくなって笑った。自分が良心の塊であるかのように振舞っていた事を笑った。自分がすべて正しいと思ってきた事を笑った。狂ったように笑った。いや、狂ったのかもしれない。


 私は――壊れた・・・・・・。


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[一言] さいごのサルがなんて言うかもうー! ウキー!!
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