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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第6章:深層解放編 ―― 直す前に、触れ方を決めろ
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第97話 古い設備は、古いだけで嘘はつかない

 翌日、班は脈動の拍子を頼りに、山と山のあいだの「弱る瞬間」を待って、もう一段だけ奥へ下りた。


 エルメアの鈴が持ち時間を区切り、ガルムの退避線が背中に伸びている。昨日まで霧に沈んでいた管の正体が、その一段ぶんだけ、目の前に近づいた。


 それは、太い管が幾本も束ねられた古い機構だった。継ぎ目から滲んだ鉱泥が固まり、表面のあちこちが欠けている。だが、欠けた縁の内側で、何かがまだ規則正しく動いていた。弁のような部品が、拍子に合わせて、わずかに開いては閉じる。


「動いてる」とレインは言った。


「これだけ朽ちてるのに、止まってない。さっきの脈は、こいつが弁を開け閉めしてる音だ」


『分析します』とセレスが言った。『この機構は、古代の保守設備です。何かの流れを、一定の周期で送り出し、また受け取る。循環を保つための装置と推定します。劣化していますが、機能の芯は生きています』


 レインは、欠けた弁の動きを見つめた。劣化しているのに、嘘はついていない。古い機械は、古いなりに、自分の異常を正直に表に出している。上層で起きていた警報も、水脈の音も、この弁が一つ開くたびに、馬鹿正直に上へ伝わっていただけだった。


---


『これ、保守を自動化できるんじゃない?』と、声を弾ませたのはルカだった。


『設備があるってことは、手順がある。弁の開閉に合わせて、こっちで補助を入れてやれば、劣化ぶんを埋められる。巡回に組み込めば、人が張り付かなくても――』


「待て」とレインは言った。


「お前の自動化は、こっちの設備に載るときだけ動く。これは、こっちの設備じゃない」


『……試してみないと、分かりません』とルカは引かなかった。


 ルカが、手元の自動化機構を、古代の弁の周期に合わせようとした。だが、噛み合わなかった。弁の開閉の刻みが、こちらの自動化が前提にしている規格と、根本から違っていた。手順を組もうにも、載せる土台の寸法が合わない。


『……載りません』と、ルカがめずらしく素直に言った。『古すぎます。同じ「弁」でも、こっちの言葉と、向こうの言葉が違う。翻訳できない』


「だろうな」とレインは言った。


「直すにも、自動化するにも、まず相手の言葉が要る。それが、今はない。今日できることは、保守そのものじゃない」


 自動化は、既存の設備の上でしか成立しない。未知の古代仕様は、その前提を外れていた。便利な切り札が、ここでは一枚、使えなかった。


---


「やることを、絞る」とレインは言った。


「機構は直さない。自動化もしない。今日やるのは、こいつが弁を開けるたびに上へ飛ぶ波を、上に届きにくくすることだけだ。緩衝を、間に一枚挟む」


『その設計なら、お任せを』とミストが言った。


『正体は分からずとも、波の通り道は昨日のうちに見えています。弁から上層へ抜ける管の、いちばん細い喉のところ。そこに、衝撃を吸う層を一枚噛ませる。波を消すのではなく、角を丸めるのです』


「派手にやるなよ」とレインは釘を刺した。


「相手の周期を変えるな。送り出す力はそのまま通す。尖った頭だけ、なだらかにする。それ以上はやるな」


『分かっています』とミストは言った。『今日は、芝居気は仕舞っておきます』


 ガルムが、ミストの引いた図を現場の手で形にしていった。喉の手前に枠を組み、吸う層を流し込み、退避線の内側で、一区画ぶんずつ。エルメアの鈴が鳴るたびに手を止め、上がり、休み、また下りた。


「焦るとまた弾かれる」とガルムは言った。


「ここは、急いだ奴から崩れる。昨日のあれで、よく分かった」


---


 緩衝の層が固まりはじめた頃、セレスの声が変わった。


『上層へ抜ける波形が、変わりました』とセレスは言った。『脈動の山が来ても、上へ届く波の頭が、丸くなっています。精度は霧がかったままですが、傾きははっきり下向きです。第1層の魔力供給の乱れが、減り始めています』


「警報のほうは」とレインは聞いた。


『誤作動の間隔が開きました』とセレスは続けた。『止まったわけではありません。ですが、頻度は落ちています。第2層の夜間の音も、小さくなる見込みです』


 止血の手応えが、足場の上に静かに広がった。レインは、それを喜びきらなかった。喜ぶには、代償のほうが、はっきり見えすぎていた。


---


『ノアから、収支の報告です』と、ノアが割って入った。


『その緩衝は、ただ置いただけでは保ちません。波を吸い続けるために、中枢魔力を一定量、恒常的に食います。上層の機能を絞って捻出した分の、一部が、これで埋まらなくなります』


「どれくらいだ」とレインは聞いた。


『多くはありません』とノアは言った。『ですが、終わりがありません。緩衝を置いているかぎり、毎日、少しずつ持ち出され続けます。直したのではなく、押さえ続けることを選んだ以上、この出費は、止まりません』


 レインは、それを承知で頷いた。直せば一度きりで済む。だが、直せない相手だった。押さえ続けるには、ずっと払い続けるしかない。止血とは、そういうものだ。傷がふさがるまで、誰かが手で押さえていなければならない。


「払う」とレインは言った。


「恒常で持ち出すぶんは、台帳に固定費として載せる。隠れた出費にするな。毎日いくら、これに使ってるか、ベルダに見えるようにしておけ」


『……それは、賢明です』とノアは言った。『見えない出費は、いつか拠点を裏から食い破ります。見える出費は、議論できます』


「それと、ルカ」とレインは続けた。


「お前の自動化は、今日は載らなかった。だが、無駄じゃない。相手の言葉が分かれば、いつか載る。今日のうちに、こいつの弁の刻みを、片っ端から記録しておけ。直すためじゃない。いつか翻訳するための、辞書の最初の一行だ」


『……それなら、やります』とルカは言った。『載せられないのは、悔しいので』


 使えなかった切り札を、レインは捨てなかった。今日できないことを、できる日のための下ごしらえに変える。それも、現場の回し方の一つだった。


---


 地上へ戻ると、ベルダが受付の卓で待っていた。


「第1層の見張りから、伝言だ」とベルダは言った。


「夜のあいだ、警報が一度も鳴らなかったってさ。ここんとこ毎晩鳴ってたのが、嘘みたいに静かだったと」


「一度もか」とレインは聞き返した。


「一度もだ」とベルダは言った。


「水汲みの連中も、第2層の音が小さくなったって言ってる。理由は分からんが、現場は気づいてる。あんたが下で、何かやったんだろう」


 レインは、深く頷きはしなかった。現場が静かになったのは確かだ。だが、それは治ったからではない。誰かが下で、波の角を押さえ続けているからだ。


「静かになったのは本当だ」とレインは言った。


「だが、終わったわけじゃない。だから、台帳に一行増やす。深層緩衝・恒常維持って項目だ。これは、これからずっと、拠点が払い続ける金だ」


「増えるのか、固定費が」とベルダは顔をしかめた。


「増える」とレインは言った。


「黙って減らされるより、見えてるほうがいい。減らせるかどうかは、これから考える」


---


 帰りの縄を伝いながら、ドルクが横で言った。


「で、止まったか」と老坑夫は聞いた。


「止まってない」とレインは言った。


「上に飛ぶ波の角を、丸めただけだ。源は奥で、今も弁を開け閉めしてる。俺がやったのは、こいつとの付き合い方を、一つ覚えただけだ」


「上等だ」とドルクは言った。


「水番だって、川を止めたことなんざ一度もねえ。溢れる前に、ちょっと逃がす。それを毎日やる。お前さんも、やっと、毎日やる側になったな」


 足場を離れる間際、レインは、もう一度、霧の奥を振り返った。


 弁は、拍子どおりに、また一つ、ゆっくりと開いた。緩衝の向こうで、その波の頭は、確かに丸くなっていた。だが、機構そのものは、何ひとつ変わっていない。劣化したまま、止まらないまま、自分の周期を刻み続けている。


 止血はできた。だが、押さえている手を、いつ離せるのか――その当ては、まだ、どこにもなかった。

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