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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第1章:廃迷宮のトリアージ ―― まずは「初心者が死なない入口」を再建せよ
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第8話:最初の試験運用 ―― 新人冒険者リナの視点

「灰霧迷宮は、初心者の墓場だ」


 それが、近隣の鉱山街でくすぶる下級冒険者たちの共通認識だった。


 薄汚れた革鎧を着た十六歳の少女、斥候職のリナは、大きくため息をついた。


 隣を歩くのは、同じく駆け出しの剣士カエル。二人は結成したばかりのパーティで、資金も装備も底を尽きかけていた。


「本当にここに入るの、リナ? 先輩たちは『あそこは罠が壊れてて理不尽に死ぬからやめとけ』って言ってたぞ」


「じゃあどうするのよ。手持ちの銅貨はあと五枚。王都近くの安全な迷宮まで移動する馬車代もないじゃない。日帰りで浅い階層の薬草だけ摘んで、すぐに戻れば平気よ……たぶん」


 不安を押し殺し、二人は灰霧前砦の薄暗い受付へと足を向けた。


 いつもなら不機嫌そうに帳簿を睨んでいる受付嬢のベルダが、今日は奇妙なことを言った。


『今日から第一層の一部区間で、新しい管理者による「安全テスト運用」が始まってる。入口から百五十メートルの広場までなら、死ぬ確率は格段に低い……らしいよ。まあ、気をつけて行きな』


 安全テスト? 新しい管理者?


 首を傾げながらも、リナたちは重い鉄格子の門をくぐり、地下への階段を降りた。


 ――そして、第一層に足を踏み入れた瞬間、リナは目を丸くした。


「……明るい?」


 以前、先輩に連れられて一度だけここに来たときは、一寸先も闇だった。


 だが今は、壁に等間隔ではないものの、絶妙な位置に光石が配置されている。特に、魔物が潜んでいそうな嫌な曲がり角や、足元の段差が、青白い光ではっきりと照らし出されていたのだ。


「すげえな、松明がいらないくらいだ。それに……なんだか、歩きやすい?」


 カエルが感嘆の声を漏らす。


 リナも同感だった。ただ明るいのではない。光が「ここには何も隠れていない」という安心感を視覚的に与えてくれるため、肩の力が抜け、無駄な体力と精神力を消耗せずに済むのだ。


 二人は警戒を解かないようにしつつも、スムーズに通路を進み、壁際に自生する微光草や傷薬の材料になる苔を採取していった。


 いつもなら暗闇に怯えながらの作業だが、今日は驚くほど順調だ。


「なんだ、灰霧迷宮ってちょろいじゃん! これならもう少し奥まで――」


 カエルが調子に乗って、下り坂の滑りやすい石畳に足を踏み入れた、その瞬間。


 ――ガコンッ!!


 壁の奥から、重い機械が作動する恐ろしい音が響いた。


「カエル、危ないっ!!」


 リナは血の気が引くのを感じた。ここは先輩冒険者から『絶対に近づくな』と念を押されていた場所だ。罠が暴発することで有名な『首切り坂』。


(巨大な刃が飛び出してきて、カエルの胴体が真っ二つになる!)


 リナの視界で、時間がひどくゆっくりと流れた。カエルも足元の異音に気づき、顔を青ざめさせて壁を見る。だが、滑る足元では回避行動すらとれない。


 ――キィィィィィィィン!!


 迷宮内に、鼓膜を劈くような甲高い金属音が鳴り響いた。


 リナは思わず目を固く閉じた。相方の体が切断される生々しい音と、血しぶきが飛んでくることを覚悟して。


 だが……いつまで経っても、悲鳴は聞こえない。


「……え?」


 恐る恐る目を開けると、カエルは腰を抜かして石畳にへたり込んでいた。彼の目の前の壁には、一枚の錆びた鉄板がだらんと飛び出し、金属の板にぶつかって止まっている。


「ひっ……あ、ああああ……あ、あれ? 俺、生きてる……?」


 カエルは震える手で自分の首を、胸を、腹をペタペタと触る。五体満足であることを確認した瞬間、張り詰めていた糸が切れ、ボロボロと大粒の涙をこぼした。


「……カエルッ!」


 リナは膝から崩れ落ちた相方に駆け寄り、その背中を強く叩いた。彼が生きている。その事実だけで、リナの目からも涙が溢れそうになる。


 だが、リナは飛び出した鉄板の仕掛けを見て、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。


(刃が折れてるわけじゃない。重りも刃先もない。ただ『音が鳴るだけの鉄板』が取り付けられてる……?)


 自然に壊れたのではない。誰かがわざと刃を外し、侵入者を殺す代わりに、強烈な音で警告する『警報装置』に作り変えているのだ。


 もしあれがかつての罠そのままだったら、カエルは自分の軽率な一歩のせいで、間違いなくここで死んでいた。


「……ごめん。俺、調子に乗ってた」


 カエルはまだガクガクと震える足で、なんとか立ち上がった。その顔からは、先ほどまでの「ちょろい」と浮かれていた空気は完全に消え去っている。


「死んでた。俺、今ので絶対に死んでた。……次からは、絶対に足元を確認する。お前の言うこともちゃんと聞く」


 カエルは真っ青な顔のまま、深く反省した様子で頷いた。ただ謝るだけでなく、自分がどれほどのミスを犯したかを骨の髄まで理解した声だった。


 理不尽な死を与えるのではなく、失敗の重さを教え、次に活かす機会を与える。


 それが、この迷宮の新しい管理者が用意した「意図」なのだと気づき、リナは底知れない驚きと、得体の知れない感謝を覚えた。


「……ええ。気を引き締め直しましょ、カエル。ここは安全になったわけじゃない。私たちの『油断』を教えてくれる場所になっただけよ」


 二人は互いに頷き合い、剣と短剣の柄を握り直す。


 駆け出しの未熟な二人が、本当の意味で「迷宮に挑む冒険者」の顔つきになった瞬間だった。


 だが、彼らが学びを得たのも束の間だった。


 先ほどの大きな金属音を聞きつけ、奥の暗闇から低い唸り声が近づいてきたのだ。


 現れたのは、三匹のゴブリン。錆びた鉈を引きずり、黄色い目を爛々と輝かせている。


「しまっ……! カエル、逃げるわよ! 三匹は無理!」


「くそっ!」


 駆け出しの二人に、三匹のゴブリンを相手にする実力はない。


 二人は採取した薬草の袋を抱え、踵を返して全力で走り出した。背後からは、ゴブリンたちの醜悪な叫び声と足音が迫ってくる。


 恐怖で心臓が破裂しそうになる中、二人は第一広場と呼ばれる交差点に飛び込んだ。


 そこで、リナの足がピタリと止まる。


(どっち!? 入り口はどっちの道だっけ!?)


 来た時は明るくて分かりやすかったはずなのに、パニック状態に陥った脳は、方向感覚を完全に喪失していた。


 三つの通路と、崩落した横穴。どれも同じ暗い口を開けて、自分たちを飲み込もうとしているように見える。


 ゴブリンの影が、すぐそこまで迫っていた。振り向いたカエルが、絶望に顔を歪める。


(死ぬ。ここで、迷って死ぬんだ……!)


 追いつめられ、逃げ道を求めて無我夢中で周囲の壁へ視線を走らせた、その時だった。


 息を切らして前傾姿勢になっていたリナの視界の端に、ぼんやりと光る「緑色の線」が飛び込んできた。


 それは、大人の腰ほどの高さの壁に引かれた、真っ直ぐな夜光塗料の線だった。


 広場の出口から始まり、ただ一つの通路を通って、どこまでも奥へと――いや、地上へと続いている。


『迷ったら、線をたどれ』


 誰かのそんな声が、聞こえた気がした。


「カエル、こっち!! 壁の光る線を追って!!」


 リナはカエルの腕を掴み、緑色の線が引かれた通路へと飛び込んだ。


 もう、周りの景色を見る必要すらない。頭を空っぽにして、ただ視界の端にあるその「線」が途切れないように走り続けるだけでいい。


 線は、滑りやすい段差を避け、魔物が隠れそうな横穴を無視し、最短距離で二人を導いていく。


 後ろから追ってきていたゴブリンたちの足音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。


 そして――。


「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


「た、助かっ……た……!」


 冷たい外気が頬を撫でる。


 気づけば二人は、灰霧前砦の地下階段を転がり出て、地上の光を全身に浴びていた。


 極度の緊張が解け、二人は石畳の上に倒れ込み、背中を丸めて激しく咳き込む。


「おいおい、派手に走ってきたな。ほら、水だ。ゆっくり飲め」


 頭上から降ってきたのは、現場作業員頭ガルムのぶっきらぼうだが温かみのある声と、冷たい水の入った革袋だった。


 カエルが震える手でそれを受け取り、回し飲みをする。


 そのガルムの隣には、見慣れない黒髪の青年が立っていた。彼は手にした薄い板のような魔力道具(端末)から視線を上げ、安堵の息を小さく吐き出していた。


「……生体反応の安定を確認。大きな外傷もありませんね。無事の生還、おめでとうございます」


「あ、あんた……誰……?」


 リナが掠れた声で問うと、青年――レイン・ヴァルトは端末を下げ、二人の目の前に静かにしゃがみ込んだ。


「今日からここの管理責任者になった、レインです。まずは、息を整えてください」


 レインは決して焦らせず、二人の呼吸が完全に落ち着くのを待った。


 やがてカエルが水を飲み干し、リナが自力で体を起こせるようになったのを見計らってから、レインは真剣な眼差しで口を開いた。


「落ち着いたところで、一つだけヒアリングに協力してほしいんです。あなたたちが死にかけた原因を、根本から潰すために」


「死にかけた原因……なんで、私たちがゴブリンに追われたことまで知ってるんですか?」


 リナが不思議そうに目を丸くすると、レインは手元の端末を軽く叩いてみせた。


「この管理端末で、第一層の生体反応はすべてモニタリングしていました。広場で三つの魔物反応に追われ、あなたたちの反応が一時的に混乱状態パニックに陥ったのも見えましたから。……その上で聞きたいんです。あの時、壁の『退避線』は、直感的に逃げ道として認識できましたか?」


 ただの事務的な質問ではない。


 自分たちをモニターの向こうからずっと見守り、これからの迷宮で二度と初心者を理不尽に死なせないための、管理者としての切実な問いだった。


「えっ……あ、はい。あの緑の線のおかげで、迷わずに走れました。あれがなかったら、絶対に変な穴に飛び込んでたと思います」


 リナが答えると、レインは深く頷き、手元の端末に何かを書き込んだ。


「そうですか。なら、よかったです」


「あのっ……!」


 立ち上がりかけたレインの背中に、リナは思わず声を張り上げていた。


「あなたが、あそこの罠を直して、線を引いてくれたんですか!?」


「ええ、現場の皆と一緒に、ですが」


「あの迷宮、すごく……すごく良かったです! 罠の音で自分のミスに気づけたし、帰り道も迷わなかった。私たちみたいな新人でも、ちゃんと薬草を持って帰ってこられました!」


 リナは、自分が採取した微光草の束を、誇らしげに掲げてみせた。


 いつもなら命懸けの博打だった迷宮探索が、今日は「自分の判断と行動が結果に結びつく」確かな手応えのある冒険になっていた。


「これなら、明日も来れます! 次はもっと周りを見て、安全な範囲で少しだけ奥の草も採ってきます!」


 興奮気味に語るリナを見て、ガルムが「おいおい、死にかけたってのによく言うぜ」と呆れ半分、感心半分の笑みをこぼした。


 レインは表情を大きく崩すことはなかったが、その口元には、確かな充実感を伴った柔らかな笑みが浮かんでいた。


「お待ちしています。ここは、挑戦する者が理不尽に死なない迷宮ですから」


 受付カウンターの奥では、二人が持ち帰った薬草の査定を終えたベルダが、数年ぶりに帳簿へ「黒字」の数字を書き込んでいる。


 灰霧迷宮の心臓部が、確かな脈動を取り戻した日だった。

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