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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第3章:資源層整備編―― 稼げる迷宮の採集導線を構築せよ
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第50話 根を残せ、明日のために

 灰霧前砦の地下深く、第2層《地下水脈層》。

 迷宮管理者レイン・ヴァルトが主導して引かれた五色の導線のうち、安全が確認された黄色い【採集許可導線】の内側には、地上の喧騒が嘘のように静謐で清らかな空間が広がっていた。


 どこからともなく滴り落ちる水滴の音が、ひんやりとした冷気を含んだ洞窟内に心地よく反響している。


 その澄んだ水辺の岩肌には、青白く幻想的な光を放つ植物が群生していた。『水脈薬草』である。

 第一層で採れる微光草とは比べ物にならないほど葉が肉厚で、その成分は強力な傷薬、高熱を下げる解熱薬、さらには迷宮特有の毒消しや激しい腹痛を抑える鎮痛薬にまで使えるという、極めて汎用性の高い貴重な素材だった。


「すごいわ……ここ、宝の山じゃない!」


 若手冒険者のリナは目を輝かせ、群生地へ駆け寄った。

 第一層でのゴブリン狩りや微光草集めで、すっかり迷宮探索のコツを掴んだ気になっていた彼女にとって、魔物に怯えることなくこれほど高価な素材を採集できるこの場所は、まさに夢のような環境だった。


 相棒のカエルも周囲を警戒しながらホクホク顔で頷く。


「ああ、こいつはすげえ。これだけあれば、新しい革鎧どころか、鉄の剣だって買えるかもしれないぜ。さあ、どんどん袋に詰め込もう!」


 リナは大きく頷くと、背嚢を下ろし、足元に生えていたひときわ大きな水脈薬草の株に両手を伸ばした。

 冒険者にとって、迷宮から持ち帰る素材は「重さと量」がすべてだ。葉だけをちぎるよりも、泥のついた太い根っこごと引き抜いてしまった方が、受付の秤に乗せたときに重量が稼げる。


「よーし、いっせーの、で……!」


 リナが力任せに薬草を根元から引っこ抜こうと力を込めた、まさにその瞬間だった。


 ガシッ!


「痛っ!?」


 背後から伸びてきた分厚い革手袋が、リナの手首を万力のような力で掴み、その動きを強制的に停止させた。

 驚いて振り返ると、そこにはいつになく険しい、氷のように冷たい目をした巡回治療師エルメアが立っていた。彼女の後方には、手元の管理端末スレートに視線を落としているレインの姿もある。


「そこまでだ。……採るのは、葉だけだよ」


 エルメアは低い声で告げ、リナの手を薬草の根元から強引に引き剥がした。


「えっ……? エルメアさん、どうしてですか? 私、ちゃんと黄色い線の内側で採ってますよ?」


 リナは手首をさすりながら、戸惑いと不満の入り混じった声を上げた。自分はルールを守っている。青線も越えていないし、赤線にも近づいていない。それなのになぜ止められるのか、全く理解できなかった。


「線の内側なら何をしてもいいわけじゃない。どうして根っこごと抜こうとしたんだい」


「だって、根っこも一緒に持って帰った方が重たくなるから、受付で高く売れるじゃないですか。少しでも多く稼ぎたいんです」


 リナの答えは、日銭を稼ぐ冒険者としてはごく当たり前の心理だった。

 だが、その言葉を聞いたエルメアの顔に浮かんだのは、理解や同情ではなく、静かな怒りだった。


「今日の小銭のために、明日の薬を殺す気かい?」


「……明日の、薬……?」


 リナはぽかんと口を開けた。


「水脈薬草ってのはね、根さえ土に残っていれば、また数週間で新しい葉をつけるんだ。だが、あんたのように目先の重さ稼ぎのために根こそぎ引っこ抜いちまったら、二度とそこには生えてこない」


 エルメアは足元の岩肌を指差した。


「次にカエルが大怪我をした時、あるいはあんた自身が毒に倒れた時。もしこの水辺から薬草が一本残らず消え失せていて、私が傷薬を作れなかったら……どうやって命を繋ぐつもりだい?」


 その重い言葉に、リナはハッとして息を呑んだ。

 自分の行動が、「お金」という結果だけでなく、「未来の命を奪う」という結果に直結しているという事実に、初めて気がついたのだ。


『エルメア氏の指摘は、生態系の維持サステナビリティの観点から極めて正確です』


 レインの傍らで、青い光の玉である分析精霊セレスが明滅し、空中に半透明のウィンドウを展開した。


『このエリアにおける水脈薬草の再生周期を推定しました。根を残し、光合成に必要な葉を三分の一残して刈り取った場合、約二十日で再採集が可能です。しかし、現状の冒険者たちのペースで根付き採集ルート・ロストが続行された場合、この群生地はあと十四日で完全枯渇リソース・ゼロします』


「完全枯渇……二週間で、ここにある草が全部なくなるってことかよ!?」


 カエルが青ざめて叫ぶ。


『だったら簡単じゃねえか!』


 黄色い光の玉、自動化精霊のルカが嬉々として飛び出してきた。


『受付のカウンターに高精度の自動計測器オートスケールを置こうぜ! 一人当たりの持ち込み重量を毎日キッチリ量って、上限に達したらその日は強制終了させりゃあ、採りすぎることはねえだろ!』


『不十分です。ルカの提案は本質的な解決デバッグに至っていません』


 緑の光の玉、監査精霊のノアが冷たくルカの案を切り捨てる。


『重量制限を設けても、「根こそぎ引き抜く」という採集方法の致命的エラーは残ったままです。……システム上、第2層における【根付き採集行動の全面禁止】をハードコーディングすべきです。違反者は即座に排除バンを推奨します』


『ちょっと待ちなさいよ、あんたたち! そんなギスギスしたルールばかり作らないでよ!』


 赤い光の玉、設計精霊のミストが反発して飛び回る。


『この美しい水辺の区画を、綺麗に区画整理して美しい畑状に植え替えましょうよ! お花畑みたいに等間隔に並べれば、誰がどこを採ったか一目でわかるし、景観も最高じゃない!』


 重量の自動計測、全面禁止と厳罰化、そして景観を重視した大改修。

 四体の精霊たちは、相変わらずそれぞれの専門分野に偏った極端な提案をレインの前に並べ立てた。


 レインは彼らの意見を黙って聞き終えると、手元の管理端末の画面を指先でなぞり、静かに口を開いた。


「ルカ。お前の自動計測案は却下だ」


『なっ、なんでだよ! 一番効率的じゃねえか!』


「机上の空論だからだ。冒険者が使う背嚢や籠の重さは規格化されていない。おまけに、雨が降って濡れた日と乾いた日、泥の付着量でも重さは変わる。そんな不確定要素だらけの素材を機械で自動計量すれば必ず誤判定バグが起き、受付で毎日トラブルが発生して導線が詰まる」


 レインは銀縁眼鏡を中指で押し上げ、次々と指示を切り替えていく。


「ミストの畑化案も、現時点では土壌改良のための人員と魔力が圧倒的に足りないため見送りだ。……ノアの言う通り、根付き採集を禁止するルールは絶対に必要だ。だが、言葉だけで『禁止だ』と言っても、迷宮の暗闇の中で監視の目がなければ、人間は必ず欲に負けて根ごと抜く」


 レインは端末を閉じ、腰のポーチから小さな音を立てて何かを取り出した。

 それは、親指ほどの大きさの、薄く削られた【黄色い木の札】だった。表面には、偽造を防止するための微細な魔法陣シリアルナンバーが刻まれている。


「本日より、第2層の採集システムに『採集札チケット制度』を導入します」


 レインはリナとカエルに向けて、その木の札を掲げて見せた。


「ルールは三つです。

 第一に、冒険者は迷宮に入る前、地上の受付で自分のランクに応じた枚数の『採集札』を受け取る。初級者である君たちの場合は、一日につき【黄札三枚】までです。

 第二に、根付き採集、および種胞子をつけた親株の採集は絶対禁止。

 第三に、採集した薬草は、地上に戻った際、受付でエルメアさんが現物を直接確認した上で、この札と引き換えに買い取りを行います」


 レインの声は淡々としていたが、そこには一切の妥協を許さない冷徹な響きがあった。


「当然、根っこごと引き抜かれた薬草や、種がついた親株、あるいは札の枚数を超過して持ち込まれた余剰分については、いかなる理由があろうと【一切買い取らない】。……ルールを破った採集品は、換金価値のないただの雑草エラーデータとして没収し、破棄します」


「そ、そんな……!」


 リナは絶句し、肩を落とした。


「せっかく宝の山を見つけたのに、一日たった三株分しか買い取ってもらえないなんて……。そんなの、あんまりです! 目の前にお金があるのに、無視して帰れっていうんですか!?」


 冒険者として、そのもどかしさは痛いほど理解できる。

 今日たくさん採れれば、今日の夕飯に肉が食える。装備を新調できる。その日暮らしの彼らにとって、「明日のために今日を我慢しろ」という要求は、あまりにも残酷な制限に思えた。


「……不満は分かるよ、リナ」


 エルメアが、項垂れるリナの肩にそっと分厚い手を置いた。


「制限をかけられたみたいで、嫌な気分になるだろう。でもね、忘れないでおくれ。……薬草ってのは、金になるただの素材アイテムじゃないんだ」


 エルメアの顔には、先ほどの厳しい怒りはすでになく、長年多くの命の死に立ち会ってきた治療師としての、深く慈愛に満ちた表情が浮かんでいた。


「あんたたち冒険者が迷宮の奥で血を流して倒れた時、暗闇の中で、もう一度その足を立たせるための『命綱』なんだよ。……今日あんたが残した根っこが、来月、あんた自身の命を救うかもしれないんだ」


 命綱。

 その響きが、リナの胸の奥深くにストンと落ちた。


 自分は今まで、この地下迷宮をただの「お金を拾う場所」だと思っていた。

 だが、違うのだ。ここは人間が生きて帰るための、ギリギリの生存競争の場なのだ。自分が欲をかいてシステムを壊せば、そのツケは回り回って、必ず自分や仲間の死という形で返ってくる。


「……分かりました。私、もう根っこは抜きません」


 リナは顔を上げ、腰から小さな採集用ナイフを取り出した。

 そして、先ほど自分が引き抜こうとした水脈薬草の前にひざまずくと、根元から指三本分の高さをきっちりと残し、慎重に、そして丁寧に、葉だけを刈り取った。


「見てください、エルメアさん。これなら、また生えてきますよね?」


「ああ。上出来だ。いい手つきだよ」


 エルメアが目を細めて頷き、リナの頭を軽く撫でた。


 レインはその様子を静かに見つめながら、手元の端末に「運用ルールの定着を確認コミット」とログを打ち込んだ。


 システムによる物理的な制約(採集札の枚数制限)と、経済的なペナルティ(買取拒否)。

 しかし、それだけでは人間は抜け道を探そうとする。最終的にルールを強固なものにするのは、エルメアのような現場の人間の「哲学」であり、それに納得して行動を変えるリナたち利用者の「モラル」なのだ。


 これで、水脈薬草の枯渇問題はどうにか管理のレールに乗せることができそうだった。


 だが。


(……薬草は、自分たちの命に関わるからこそ、冒険者たちも我慢を受け入れる。だが……)


 レインが視線を向けた先。

 黄色い線のさらに奥、絶対に立ち入ってはならない青い線【水脈保護】で区切られたエリアの壁面には、薬草など比較にならないほどの莫大な利益を生む、どす黒く光る『鉱泥』がびっしりと張り付いていた。


「ただの泥」が、金貨に変わる。

 それは命に直結しないからこそ、人間の底知れぬ強欲を刺激する。


「……採集札の三枚制限などでは、決して抑えきれないだろうな」


 薬草問題の解決は、ほんの序の口に過ぎない。

 より大きな利益と、拠点全体を水没させかねない致命的な環境破壊リスクを孕む「鉱泥採掘」という巨大な壁が、すぐ目の前に迫っていた。


 第2層という資源庫を巡る、人間の欲求とシステム制御の本当の戦いは、これからが本番だった。

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