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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第1章:廃迷宮のトリアージ ―― まずは「初心者が死なない入口」を再建せよ
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第5話:死角を潰せ ―― 光石の再配置

湿った冷気が肌を刺し、松明の炎が心細く揺れている。

 迷宮第一層の入り口からわずか数十メートル。かつては近隣の鉱山街からやってくる初級冒険者たちで賑わったはずの石造りの通路は、今や深い闇と、正体不明の獣の臭いが混じり合う「死の空間」へと変貌していた。


「……ひどいものですね」


レイン・ヴァルトは、手にした管理端末の魔力スクリーンを睨みながら、思わず独白を漏らした。

 彼は戦闘特化の能力こそ持たないが、この場所の「構造」と「欠陥」を読み取る力だけは誰にも負けない自負がある。

 背後では、現場作業員頭のガルムが、重い予備建材を担ぎながら不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。その隣には、数人の作業員たちが控えている。皆、王都から来た「エリート様」が何を始めるのかと、疑念と諦めが混じった視線をレインの背中に投げかけていた。


「光石の再配置だと? そんなもん、壁から剥がして埋め直すだけだろ。わざわざ俺たちが駆り出されるようなことかよ。罠を直すっていうから来てやったのに、ただの電球の交換作業か?」


ガルムの言葉には、この廃迷宮を長年支え続けてきた者特有の、鋭い棘があった。

 だがレインは振り返らず、十日間の馬車旅で凝り固まった肩を軽く回すと、淡々と、しかし確かな説得力を持って答えた。


「ただ埋めればいいというわけではありません。ガルムさん、あなたはここを歩くとき、どこに一番の恐怖を感じますか?」

「あ? ……そんなもん、曲がり角の先が見えねえときだろ。暗がりにゴブリンが潜んでねえか、いつもヒヤヒヤしてんだよ」

「その通りです。暗闇は恐怖心を煽り、人間の判断力を著しく低下させます。そして魔物は、その恐怖と死角を最大限に利用する」


レインは端末を操作し、古代の補助存在であるAI精霊たちを呼び出した。


『管理者様、現状分析に基づき計算を開始します。現在の魔力供給量――わずか四・八パーセントでは、標準規格に基づく全域点灯は不可能です。……効率を重視し、進行方向の視認性を確保するための「最適配置図」を投影します』


青い光を纏う分析精霊セレスの声と共に、通路の壁面に青白い三次元のシミュレーション図面が浮かび上がった。

 そこには、光石が照らす範囲を示す円が、パズルのように精密に組み合わされている。


『そうそう! そこ、魔物が潜むには最高の「見せ場」になっちゃう場所なのよね! 光を当てて、ドラマチックな奇襲のチャンスを台無しにしてあげましょう!』


赤い光を放つ設計精霊ミストが、その創作気質を隠そうともせずに楽しげな声を弾ませた。

 レインが指差したのは、松明の光すら吸い込むような、不自然に深い闇に沈んだ曲がり角だった。


「ガルムさん。あの角の右側、高さ二メートルの位置にある石を抜き取ってください。代わりに、この予備の光石を埋め込みます」

「……チッ、大工の次は石工かよ。おい、お前ら。やるぞ」


ガルムの指示で、作業員たちが重い腰を上げた。壁の石をノミで削り、魔力の切れた古い光石を取り出す。

 レインはその傍らで、端末を通して管理核から送られる微弱な魔力を、新しい光石へとバイパスしていく作業に集中した。


(これまでの管理者は、ただ「全体が暗い」と嘆いて予算を要求するか、無理に全点灯させて魔力を枯渇させ、重要なときにシステムを落としていた……)


レインの額にじわりと汗が浮かぶ。

 王都管理局で、地味な保守・障害対応ばかりを任されていた彼にとって、これは「日常」の延長線上にある作業だ。派手な討伐実績にはならないが、これがなければ冒険者は一歩も先へは進めない。


「よし、はまったぞ。……おい、新入り。これだけで本当に変わるのか?」


ガルムが新しい石を押し込む。その瞬間、レインが端末で承認プロトコルを実行した。

 淡い青白い光がじわじわと周囲を照らし出す。計算通り、その光は通路の先にある段差をくっきりと浮き彫りにし、曲がり角の奥にある「潜伏ポイント」を完全に無効化していた。


「……ほう。確かに、松明一本よりずっと先が見通せるな。おまけに、こっちの影が壁に映らねえ。魔物に見つかりにくくなるってわけか」


ガルムが感心したように目を細めた。現場の人間だからこそ、この「わずかな変化」が死線を分けることを直感的に理解したのだろう。


「次は十五メートル先です。そこは天井が低く、足元が滑りやすくなっている。ルカ、設置手順を簡略化できるか?」


『任せろ! 既存のソケットが錆びて使い物にならないから、外付けのブラケットを打ち込む手順に変換したよ! これなら作業時間を三〇%短縮できるぜ!』


黄色い光を放つ自動化精霊ルカがせっかちに飛び回り、作業員たちに最適なハンマーの振り方まで指示を出し始める。

 地味な、あまりにも地味な作業が数時間続いた。

 だが、一箇所、また一箇所と「正確な位置」に光が灯るたびに、迷宮の表情が劇的に変わっていくのが分かった。


それはただの照明ではない。

 「理不尽に殺す迷宮」から、「挑戦すれば成長できる迷宮」へと、管理者の意志が石壁に刻み込まれていくプロセスだった。


「……ふぅ。これで入口から第一広場までの視認性は、暫定的な安全基準を満たしました」


作業を終えたレインが告げると、現場には奇妙な沈黙が流れた。

 振り返れば、そこには「気味の悪い廃墟」ではなく、明確な意図を持って整備された「道」が生まれていた。

 作業員たちは、自分たちが作り上げた光の帯を、どこか誇らしげに見つめている。


「……なあ、新入り。いや、レイン管理者様よ」


ガルムが、担いでいた工具を地面に下ろし、改めてレインに向き直った。

「たかが明かり、されど明かりってか。王都から来た奴が、まさかこんな泥臭い作業を最後までやり遂げるとは思わなかったぜ。……あんた、もしかして本気なのか?」


「本気でなければ、こんな辺境まで来ませんよ。……ガルムさん、明日ここを通る誰かは、少なくとも暗闇からの不意打ちで死ぬことはなくなります。それだけで、この迷宮に挑む価値は生まれるはずだ」


レインの静かな、しかし確かな熱を持った返答に、ガルムは鼻を鳴らした。

 だが、その表情からは最初の敵意が消え、代わりに「この男が次に何をやるのか」という、期待の色が混じり始めていた。


「よし、管理室に戻りましょう。ベルダさんに第一段階の完了を報告し、収支予測を微修正しないと。……次は、第一層の『狂った牙』を抜く作業に移ります」


暗闇を払った次の課題。それは、故障して暴発を繰り返す「即死罠」をデチューンし、管理可能な仕組みへと変えることだった。

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