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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第3章:資源層整備編―― 稼げる迷宮の採集導線を構築せよ
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第46話 水は通った、だが掘れば濁る

 灰霧前砦の広場に、清らかな水音が響き渡るようになってから数日が経った。


 地下深くの『地下水脈層』から巨大な魔導ポンプで引き上げられた水は、灰吸い岩のフィルターを通ることで、泥や毒素を含まない透き通った清水となって給水塔から溢れ出している。


 そして、生活で汚れた水は、計算された傾斜と排水路を通って、生活圏から完全に隔離された地下の『腐れ谷』へと滞りなく落ちていく。


「ぷはぁっ! 冷てええっ、最高だぜ!」


「おい、あんまり独占すんなよ! こっちも顔を洗わせろ!」


 洗い場では、迷宮探索から帰還した冒険者たちが、躊躇うことなく頭から水を被り、泥と汗を洗い流していた。

 かつては濁った泥水で顔を洗うことすら命がけだったこの場所が、今では嘘のように清潔で活気に満ちている。十分な水分と衛生環境が確保されたことで、隔離テントに溢れていた病人も劇的に減少し、悪臭も完全に消え去っていた。


「……ふぅ。とりあえず、これでみんな病気で死ぬような真似にはならないね」


 一階の受付カウンターの奥。運用管理長のベルダは、広場の和やかな光景を窓越しに眺めながら、安堵の息を吐いた。

 だが、彼女の手元にある分厚い台帳に視線を落とすと、その顔はすぐに険しいものへと変わった。


「暮らせるようになったのはいい。本当に素晴らしいことさ。……でもね、レイン。これを維持する費用が、思った以上に重くのしかかってきてるよ」


 ベルダの向かいで、静かに茶を飲んでいた迷宮管理者レイン・ヴァルトが、銀縁眼鏡を中指で押し上げた。


「水路の定期補修材、給水塔の魔導ポンプの点検費用、排水口の清掃にかかる人件費……。それに、エルメアに頼んでいる病人用の薬草の備蓄。どれも、この拠点が『暮らせる状態』を維持するためには削れない固定費です」


「そうさ。死人が出なくなった分、赤字ってわけじゃない。でも、今の第一層から上がる魔石や薬草の利益だけじゃ、この増え続ける維持費を払い続けたら、いずれジリ貧になるよ」


 ベルダが羽ペンでトントンと台帳を叩く。

 そこに、商工会会頭のバロスが、恰幅の良い体を揺らしながら受付の奥へと入ってきた。彼は上質な葉巻の煙を細く吐き出し、ニヤリと笑う。


「ベルダの言う通りだ。水は命綱だ。それがなくては誰も生きていけん。……だが、命綱だけじゃ商売にはならんのだよ、共同経営者殿」


 バロスはレインの隣に腰を下ろし、鋭い商人の目を向けた。


「私の商会も、無償で食料を提供したりと随分投資をさせてもらった。そろそろ、この迷宮が『利益』として何を生むのか、具体的に見せてもらいたいところだな」


「ええ、分かっています」


 レインはカップを置き、静かに立ち上がった。

 インフラが整い、人が定住できるようになった。ならば次の段階フェーズは、この拠点を「稼げる場所」へと進化させることだ。


「地下の管理中枢室へ向かいます。第2層に眠る資産の、本格的な棚卸しを行いましょう」


 ◆


 地下五階、冷たい青白い光に満たされた管理中枢室。

 レインは巨大な管理核コアの前に立ち、自身の魔力をコンソールへと直結させた。彼自身の持つ、現状の課題と理想のギャップを極限まで洗い出すための特有の解析技能スキルを発動する。


「セレス、第2層の資源分布と、現行の拠点維持費との『差分分析(カレント仕様ビュー)、フルスロットル!』だ。予測モデルの『最大深度マキシマム・デプス!』まで一気に潜れ」


『了解しました、管理者様! 演算リソースを全開に設定。深層の資源データと現在のアセットを照合します!』


 レインの高度なコマンドに呼応し、青い光の玉である分析精霊セレスが激しく明滅する。空中に、第2層の未踏エリアを網羅した巨大な立体地図ホログラムが展開された。


『解析完了です。第2層には、拠点運営の収益化に直結する三つの有用な資源反応が確認されました』


 地図上のあちこちに、キラキラと光るマーカーが点灯する。


『一つ目は【鉱泥】。魔導管の補修材や防水材として極めて高い需要があります。二つ目は【水脈薬草】。良質な傷薬の原料。そして三つ目が、高価な魔導具の触媒となる【薄光結晶】です。これらを適切に採集できれば、拠点の維持費を差し引いても莫大な利益が見込めます』


「……なるほど。お宝の山ってわけだ!」


 背後で腕を組んでいた現場頭のガルムが、興奮したように大槌の柄を叩いた。


『だったら決まりね! 第2層に、美しくて広大な採集回廊を作りましょうよ! クリスタルの壁で囲んで、冒険者たちが優雅にピクニック気分で鉱石を拾える夢のエリアにするの!』


 赤い光のミストが、現実味のない壮大な構想を語って飛び回る。


『バッカじゃねえの! そんな無駄な装飾をしてる暇があったら、一番資源が密集してるポイントまで、一直線の高速採集ルートをドカンと開けようぜ! 自動運搬トロッコを走らせりゃ、一気に全部掘り尽くせる!』


 黄色い光のルカが、効率と速度だけを求めた乱暴な提案を被せてくる。


『すべて不合格です』


 だが、緑の光のノアが、二人の提案を絶対零度の声で切り捨てた。


『第2層は、地上の人間が生きるための「水源」です。ミストやルカの提案通りに無計画な採掘や工事を行えば、岩盤が崩壊し、必ず水源の汚染と排水路の閉塞を招きます。……危険性が極めて高いため、採集活動自体を【全面封鎖】することを推奨します』


 利益の算出、美観、速度、そして絶対の安全。

 四体のAI精霊たちは、相変わらずそれぞれの専門分野に偏った極端な提案をレインにぶつけてくる。


 レインは彼らの意見を黙って聞き終えると、コンソールの上に展開された光の図面を、指先でツーッと一本の線でなぞった。


「全員、極端すぎる。……ミストの言うような無駄な装飾はいらないし、ルカのように乱暴に掘り尽くす気もない。だが、ノアの言うように封鎖してしまえば、俺たちは早晩、維持費に押し潰されて干上がる」


 レインは振り返り、ガルムたちを見据えてハッキリと告げた。


「いいですか。第2層は、ただの宝物庫じゃない。地上の水循環を支える『臓器』です。掘るなら、まずその臓器を壊さない『採り方』を設計しなければならない」


「壊さない採り方、ねえ……。そりゃあ現場の連中に『気をつけろ』って言うしかねえんじゃねえのか?」


 ガルムが首を傾げる。


「言葉だけの注意マニュアルは、必ず破られます。……今回俺が直すのは、第2層という『場所』そのものではありません。第2層から資源を取り出す『流れ』です」


 レインの銀縁眼鏡が、青白い光を反射して鋭く光った。


「安全なルートを引いて【採集】させ、迷わずに【帰還】させる。地上に持ち込まれた泥だらけの素材を【受付・買取】し、価値を高めるために【洗浄・乾燥・加工】する。そして、拠点の水路や壁を直すための【補修用の内部留保】を先に確保し、残った余剰分だけを外部へ【外販】する」


 レインの口から語られるのは、単なる迷宮探索の枠を完全に超えた、巨大なビジネスプロセスの全貌だった。


「そこまでを、一つの強固な『資源パイプライン』として設計します。一部でも詰まれば、水が濁るか、受付がパンクするか、拠点が赤字になる。……最初から最後まで、すべてを統制下に置くんです」


 ◆


「……またアタシの台帳の項目が増えるのかい。受付を処理システムに変えるって言ってたけど、本気でやる気だね」


 地上に戻ったベルダが、レインの途方もない計画を聞いて、呆れたようにこぼした。だが、その顔には不思議と絶望感はなく、むしろ忙しくなることへの覚悟が決まっているようだった。


「今度は、水を腐らせずに泥を掘るってわけか。……インテリ様の考えることは相変わらずエグいが、やり甲斐はありそうだな」


 ガルムも獰猛な笑みを浮かべ、ハンマーを肩に担ぎ直す。


「ハハハハ! 素晴らしい! ただの素材の横流しではなく、加工と内部留保のプロセスまで組み込むとは! 共同経営者殿、あんたは本当に恐ろしい男だ!」


 バロスは、レインの設計したパイプラインの持つ「利益の最大化」という側面に気づき、たまらないといった様子で腹を揺らして笑った。


 それぞれが自らの役割を自覚し、第2層という新たな金脈への挑戦に向けて熱を高めていく中。


 その日の夕方。

 バロスの元に、街の方へ情報収集に出していた彼の部下が、ひどく焦った様子で駆け込んできた。


「会頭! ずいぶん厄介な情報が入りました!」


「どうした、騒々しい」


 部下は周囲を警戒するように見回し、声を潜めて報告した。


「王都筋の商人が、この灰霧の地下で採れる『黒い泥』……鉱泥の価値について、すでに嗅ぎ回っています。どうやら、独自に買い付けのルートを構築しようと動いているようで……」


「……なんだと?」


 バロスは笑みを消し、忌々しそうに舌打ちをした。


「……水の次は、泥か。あの優男、本当に鼻だけは利くな」


 夕闇が迫る砦の外壁の向こう側。

 そこには、かつて水利権を巡ってレインと対立し、一時的に手を引いたはずの外部水運商会代理人――セドリック・ヴェインの冷たく計算高い影が、再びこの灰霧前砦へと忍び寄ろうとしていた。

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