第4話:現場監督の不信と、最初の要求
管理核の周囲で、四つの光球が目まぐるしく交差する。
AI精霊たちによる、第一層入口付近の「ガラクタと残存リソースのすり合わせ」は、わずか数分で完了した。
『シミュレーション完了。第一層入口から第一広場までの直線距離、約百五十メートル。これを暫定的な「初心者向け安全ルート」として設定します』
青い精霊セレスが、空中に短い一本のルートを緑色で強調表示する。
『不満だわ! たった百五十メートルなんて、迷宮じゃなくてただの散歩道じゃない!』
『黙れミスト。現在、このルート上には三箇所の「崩落による横穴」が存在し、魔物の侵入経路となっています。これを物理的に塞がない限り、安全基準は満たせません』
赤いミストの文句を、緑のノアが冷徹な事実で切り捨てる。
レインは投影された地図上の「三箇所の横穴」を見つめ、頷いた。
「魔物は基本的に、歩きやすい道を選ぶ。横穴が開いていればそこから本道へなだれ込んでくるが、物理的に塞いでしまえば、知能の低い下級魔物は別のルートへ迂回するはずだ」
レインは視線を上げ、腕を組んで黙り込んでいるガルムを見た。
「ガルムさん。外で雨ざらしになっていた木材と、倉庫の廃棄部品を使えば、この三箇所の横穴にバリケードを構築できますか? 完全に魔物を防ぐ強固な壁である必要はありません。視界を遮り、『ここは通れない』と錯覚させる程度の簡易的な柵で十分です」
ガルムは、ポカンと口を開けた。
「……は?」
「寸法や必要な資材のリストは、すぐにルカに出させます。作業の指揮を――」
「いや、待て待て待て」
ガルムが慌てて手を振って言葉を遮る。
「お前……本気で言ってんのか? 魔法障壁を張るとか、自動迎撃のゴーレムを置くとかじゃなく……ただの木の柵を打つだと?」
「はい。それが一番安く、早く、確実だからです。今の我々に、障壁を張る魔力もゴーレムもありません」
レインのあまりにも現実的で、迷宮管理者らしからぬ地味な回答に、ガルムは毒気を抜かれたような顔をした。
これまでの管理者は皆、見栄を張って「魔法的な解決」を望んだ。魔力が足りないのに高度な罠を再起動しようとして失敗したり、無理やり討伐に赴いて怪我をしたりして、結局は現場にツケを回してきたのだ。
だが、目の前の青年は違う。
古代の超常的なAI精霊たちを従えておきながら、導き出した答えが「外の廃材で木の柵を作る」なのだ。
「……ふっ、あっはははは!」
突然、ガルムが腹を抱えて大笑いし始めた。
「傑作だな! 王都のエリート様が、泥臭い大工仕事をやれってか! いいぜ、そういう身の丈に合った貧乏くさいやり方は嫌いじゃねえ」
ガルムはひとしきり笑った後、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「だがよ、新入り。外の湿気った木材はクソ重いぞ。俺たち作業員だけじゃ日が暮れる。まさか、自分は涼しい管理室で見物ってわけじゃねえだろうな?」
意地悪な挑発。現場を知らないお坊ちゃんへの、最後の試金石。
だが、レインは微塵も揺らがず、当然のように頷いた。
「もちろんです。俺も現場に出ます。力仕事の戦力としては期待しないでほしいですが、現場で精霊の端末を使い、リアルタイムで指示を出す必要がある」
「……上等だ。案内してやるよ、俺たちの『終わった職場』へな」
◆
重い鉄格子の門が、軋み声を上げて開かれる。
灰霧前砦の地下から続く、第一層への入り口。
足を踏み入れた瞬間、レインは思わず顔をしかめた。
ひんやりとした空気に混じる、カビと獣のひどい悪臭。そして何より――。
「……暗すぎる」
レインの呟きに、ガルムが肩をすくめる。
「魔力不足で、照明用の光石がほとんど死んでるからな。俺たちが入る時は松明を使ってるが、それでも足元が見えねえ場所ばかりだ」
レインは目を凝らした。
本来、迷宮の通路には一定間隔で光石が埋め込まれ、薄明るい空間を保つ仕組みになっている。だが今の第一層は、全体の八割が深い暗闇に沈んでいた。
(暗闇は恐怖心を煽り、判断力を鈍らせる。何より、足元の危険な罠や、不規則な段差を見落とす原因になる……)
「ガルムさん、バリケード構築の前に一つ予定を変更します」
「あ? なんだよ、ビビって帰るか?」
「いいえ」
レインは薄暗い通路の先を見据え、はっきりと告げた。
「まずは、このエリアの『死角』を潰します。光石の再配置から始めましょう」
それは、灰霧迷宮が「理不尽な死の空間」から脱却するための、文字通り最初の光となる作業だった。




