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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第1章:廃迷宮のトリアージ ―― まずは「初心者が死なない入口」を再建せよ
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第29話:三日目、灰霧前砦は姿を変える

 三日目の朝。


 灰霧前砦の周囲をぐるりと囲む漆黒の防壁の内側は、これまでのどの朝とも違う、力強くも規則正しい喧騒に包まれて目覚めた。


「おい、宿舎の四番通路! まだ寝てる奴は叩き起こせ! 朝の掃除の時間だぞ!」


「荷捌き場の連中、黄色い線の外に荷馬車をはみ出させるなよ! すぐに次の商隊が入ってくるからな!」


 大工の親方であるガルムの野太い声が、広場全体に響き渡る。


 たった三日間。その短い期間で、この辺境の吹き溜まりは完全に別の生きシステムへと姿を変えていた。


 荒野からかき集めたゴミと魔力石を融合させて出力した、分厚く無骨な漆黒の外壁。


 その内側には、ミリ単位で狂いなく敷き詰められた石畳の広場が広がり、バロス商会の紋章を掲げた巨大な木造倉庫が、すでに屋根の骨組みまで到達して堂々とそびえ立っている。


 緑色の線で区切られた居住区には、無秩序な野営用の天幕の代わりに、冒険者たちが自主的に持ち込んだ木材と布で組み立てられた「簡易的な長屋」が規則正しく並び始めていた。


「おはようございます、親方。基礎工事の手間がないとはいえ、凄まじい建造速度ですね」


 見回りに来た迷宮管理者レイン・ヴァルトが声をかけると、ガルムは木材を肩に担いだままニカッと笑った。


「おう、管理者! そりゃあそうさ。飯は美味えし、夜は隙間風に震えずにぐっすり眠れる。おまけに足元は絶対に泥濘まねえ平らな石畳だ。職人のやる気を引き出すための条件が、これでもかってくらい揃ってやがるんだからな」


 ガルムの言う通り、広場を行き交う人々の顔つきは、三日前とはまるで違っていた。


 以前の彼らは、常に死の恐怖と隣り合わせの「囚人」のような暗い目をしていた。


 だが今は違う。昨夜の温かいシチューで腹を満たし、安全な壁の中で十分な休息を取った冒険者たちは、装備を手入れしながら「今日はどのルートを狩るか」と、プロの探索者としての前向きな情報交換を行っている。


「……信じられないね。たったの三日で、本当に『街』になっちまうなんてさ」


 巨大な漆黒の門の横に設けられた受付の小窓から、受付嬢のベルダが広場の活気を見渡して感嘆の息を漏らした。


 彼女の手元には、真新しい通行許可証(木札)の束と、すでに数百人分の名前と血の署名が記された分厚い帳簿が置かれている。


 その時、小窓の横に設置された魔導伝声管から、外の荒野にいる誰かの戸惑うような声が響いた。


『お、おい……! 灰霧前砦ってのはここじゃねえのか? なんだよこの真っ黒でデカい壁は……門もピクリとも動かねえぞ!』


 どうやら、噂を聞きつけて新しくやってきた冒険者パーティのようだ。ベルダは慣れた手つきで伝声管のスイッチを入れ、小窓の鉄格子越しに外を覗き込んだ。


「アンタたち、新顔だね! 砦ならここで合ってるよ。中に入りたけりゃ、そこの窓枠に身分証を置きな!」


『うおっ、壁から声が!? ……あ、ああ、ギルドの認識票だな。ほらよ』


 スリットから差し込まれた札を素早く確認し、ベルダは羊皮紙の契約書を押し出した。


「よし、賞金首の手配はないね。じゃあ、その紙に書かれた『三色の線の掟』をよく読んで、同意するなら一番下に血で署名しな。掟を破ったら即刻叩き出すからね」


『な、なんだって? 野営地で掟だと? 冗談じゃ――』


「冗談じゃないよ。署名しないなら、そのまま荒野に帰って野宿でもしな。野盗や魔物に寝込みを襲われないようにね」


『……っ、わ、わかったよ! 書きゃあいいんだろ!』


 数分後。署名済みの契約書と引き換えに、ベルダが『灰霧砦・専用利用証(木札)』をスリットから外へ落とす。


「その木札を、門の横の窪みにはめ込みな! それがアンタたちの『鍵』だ!」


 外でカチッという魔力の駆動音が鳴り、重厚な漆黒の門が自動でゆっくりと開いていく。


 恐る恐る中へ入ってきた新規の冒険者たちは、目の前に広がる整然とした石畳と、活気に満ちた市場(バロス商会)の様子を見て、開いた口が塞がらないという顔で立ち尽くした。


「……す、すげえ。本当にここは、あの最悪の辺境迷宮なのか……?」


 呆然とする彼らを尻目に、門は再び自動で閉ざされ、外界の脅威を完全にシャットアウトする。


「完璧ですね、ベルダ」


 レインは一連の認証処理(ログイン・プロセス)を見届け、満足げに眼鏡を押し上げた。


「物理的な門だけでは、人は弾けません。あなたがこうして、小窓越しに一人一人の身元を確認し、ルールに同意させた上で木札アカウントを発行する。この『論理的な境界』があるからこそ、この街の治安は劇的に向上し、内部の人間は安心して眠ることができる」


「ふふっ、面倒な仕事だけど、悪くない気分だよ。自分がこの街の心臓を直接握ってるみたいでさ」


 ベルダは分厚い帳簿をポンと叩き、誇らしげに笑った。


 レインは小窓から離れ、青い線の区画――商人たちの荷捌き場へと足を向けた。


 そこでは、迷宮の第一層から生還した冒険者たちが、次々とバロス商会の鑑定台に魔石やゴブリンの牙を放り出していた。


「おいおい、今日の買い取り価格は随分と色をつけてくれるじゃねえか!」


「ハハハ! これだけ良質で大量の素材が、泥に汚れることもなく安全に荷馬車に積めるんだ! 我々商人の利益も跳ね上がっているからな。還元して当然だ!」


 バロス会頭が、銀貨の詰まった袋を気前よく冒険者に渡している。


 安全な拠点があるからこそ、冒険者は限界まで迷宮に潜って稼ぐことができる。稼いだ金は商人に落ち、商人はその金でさらに美味い飯や良い武器を拠点に供給する。


『管理者様。……ご報告します』


 青い光の玉――分析精霊セレスが、レインの肩のあたりで嬉しそうに明滅した。


『本日の正午の時点で、迷宮の管理核コアへの魔力還元量が、着任当初の五百パーセントを突破しました! システムはかつてないほどの安定と高出力を記録しています!』


「五百パーセント、か。……素晴らしい数字だ」


 レインは小さく息を吐いた。


『信じられないわ……。迷宮ってのは本来、人間を罠にハメて、絶望や死の恐怖からマナを絞り取るものだと思ってたのに』


 赤い光の玉、ミストが困惑と感嘆の混じった声で宙を舞う。


「死や絶望から得られるマナは、確かに瞬間的な出力は高いかもしれない。だが、死んだ人間は二度と迷宮には来ない。それは未来の利益を食い潰す『焼畑農業』だ」


 レインは広場で談笑する冒険者たちを見つめながら、静かに語った。


「見てみろ。彼らは死ぬためではなく、生きるため、そしてより豊かになるために、自らの意志で迷宮に挑んでいる。……『生への執着』『挑戦意欲』『安心感』。それら前向きで力強い感情熱量マナが、この地上の完璧なインフラと結びつくことで、持続可能で莫大なエネルギーを生み出しているんだ」


『その通りです。これこそが、迷宮を『消費する罠』から『循環する生態系エコシステム』へと最適化させた結果。……管理者様の手法は、システムとして完全に正解でした』


 緑の光の玉、ノアもまた、冷徹な声の中に深い敬意を滲ませて同意する。


 物理インフラの完成。


 運用ルールの徹底。


 そして、住民たちの間に芽生えた強固な帰属意識。


 三日間という異常な速度で、レイン・ヴァルトはこの辺境の地に、いかなる脅威にも揺るがない「無敵の要塞都市」を組み上げたのである。


 だが。


 その平和と繁栄のピークは、夕闇が荒野を包み始めようとした時刻に、唐突に破られることになった。


『――警告アラート。管理者様、上空に高密度の魔力波長を検知しました』


 ノアの声が、一瞬にして冷たい無機質なものへと切り替わった。


『目標の属性、王国迷宮管理局。……魔導飛行船が、当拠点の上空エリアへ侵入しました。間もなく到達します』


 その報告とほぼ同時だった。


 荷捌き場で木箱を運んでいた一人の若い冒険者が、ふと手を止め、空を見上げて素っ頓狂な声を上げた。


「……おい、なんだあれ。空に……デカい船が浮いてるぞ?」


 その言葉に、広場にいた数百人の冒険者、商人、大工たちが一斉に作業の手を止め、上空を見上げた。


 太陽の光を遮るように、東の空から巨大な影が滑り込んでくる。


 船体の両翼に回転翼プロペラを備え、王国の黄金の紋章をこれ見よがしに船腹に掲げた最新鋭艦――王都からの特別査察官を乗せた魔導飛行船だ。


 ズドドドドドッ……!!


 空気を震わせる重低音が、防壁の内側に響き渡る。


 その威圧的な姿に、広場の空気が一瞬にして凍りついた。


 辺境の冒険者たちにとって、王都の紋章は「理不尽な搾取」の象徴だ。誰もが直感的に理解した。あの船に乗っているのは、自分たちの生活を豊かにしてくれる客ではない。


 自分たちが血と汗を流して築き上げ、ようやく手に入れたこの「黄金の街」を、問答無用で奪い取りにきた中央の権力なのだと。


「……来たね、厄介な害虫のお出ましだ」


 ベルダがギリッと奥歯を噛み締め、小窓の鉄格子を強く握りしめる。


「ええ。予定通りの時刻です」


 レインは飛行船から目を逸らさず、深く、静かに息を吸い込んだ。


「あいつら、降りてくる気だぞ!」


 ガルムが斧を手に取り、防壁の階段へ向かって吠えた。


 その声に呼応するように、冒険者たちが次々と武器を手に取り、商人たちは商会の私兵にクロスボウを構えさせる。彼らの目にあるのは、権力に対する恐怖ではなく、自らの居場所を脅かされることへの「明確な怒り」だった。


「全員、落ち着いて配置につけ。……手出しは無用だ」


 レインは銀縁眼鏡を押し上げ、夕日に照らされる巨大な漆黒の門を見据えた。


 彼の脳内では、昨夜地下で組み上げた「迎撃のロジック」が、静かに、しかし確実に駆動を始めている。


「……この街の『システム』が本物かどうか、最終テストの始まりだ」


 三日間にわたる絶え間ない改善と労働の果てに。


 灰霧前砦はついに、王都の絶対的な権力という最悪のバグを、その漆黒の門前へと迎え入れたのだった。

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