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AI精霊と始める迷宮再建 〜落第管理者ですが、運用改善で最強ダンジョンを作ります〜  作者: 結城ログ
第1章:廃迷宮のトリアージ ―― まずは「初心者が死なない入口」を再建せよ
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第11話:戦えない管理者の「システム防衛」

「そこだッ!!」


 地下中枢室にレイン・ヴァルトの鋭い声が響き、管理端末の実行キーが強く叩き込まれた。


 その瞬間、第一層の通路の天井に設置されていた光石が、魔力の限界突破オーバーロードを引き起こして一斉に発光した。


 ――カッ!!!!


 絶対の暗闇に慣れきっていた黒曜狼オブシディアン・ウルフの視界を、白昼の太陽すら凌駕する強烈な閃光が焼き尽くす。


「ギャウッ!?」


 完全に目を潰された黒曜狼は悲鳴を上げて通路の石壁に激突し、その巨体を床に転がした。限界を超えた光石は、パリンッと甲高い音を立てて次々と砕け散り、迷宮は再び深い闇に包まれる。


『閃光による網膜ダメージを確認! 対象の動きが停止しました!』


 分析精霊セレスの報告に、レインは小さく息を吐いた。だが、安堵している暇はない。


『……警告。対象、すでに再起動しています。視覚を失いながらも、嗅覚で「退避線の薬品臭」と「人間の体臭」を捉え、追尾を再開しました』


 監査精霊ノアの無機質な声が、残虐な現実を告げる。


 立体地図上の赤い光点(黒曜狼)は、再び猛烈なスピードで緑の光点リナとカエルを追い始めていた。

 壁に引かれた退避線が、逃走の道標であると同時に、獣を一直線に導く誘導線になってしまっているのだ。


「くそっ、やっぱり臭いで追ってくるか。ノア、彼らと階段までの距離は!?」


『残り八十メートル。現在の両者の移動速度では、階段到達の十秒前に接触します。また、先ほどの限界突破により、第一層に割り当てていた魔力リソースの八割を喪失しました』


 魔法の強力な障壁を張ることも、新たな光で牽制することもできない。


 だが、レインの目はまだ死んでいなかった。


「魔力がないなら、あるものを使い倒すまでだ。……ルカ! 正規ルートから外れた『横穴』に設置してある罠の回路を、俺の端末に直結しろ!」


『おうっ! でもあそこの罠は、音が鳴るようにデチューンしただけのただの鉄板だぜ!? あんなもん直撃させても、あのバケモノには――』


「直撃させる必要はない。音を『デコイ』にするんだ」


 レインは管理卓の盤面に広がる回路図を睨みつけ、十本の指を高速で走らせた。


「視覚を奪われた獣は、聴覚と嗅覚に頼る。嗅覚でルートを絞り込んでいるなら、聴覚に『偽の獲物の足音』を錯覚させてルートから逸らす!」


『なるほど! 音による誘導ハッキングってわけだな!』


 黄色い光のルカが歓声を上げ、迷宮の回路を強引に繋ぎ変える。


 ◆


 暗闇の中、退避線だけを頼りに走るリナとカエルの背後に、再び獣の荒い息遣いが迫っていた。


「はぁっ、はぁっ……! カエル、追いつかれる……!」


「走れ! 絶対に止まるな!」


 背後の闇から、黒曜狼が跳躍の姿勢に入る気配がした。その時である。


 ――ガァンッ! ガァンッ! ガァンッ!


 二人が走っている真っ直ぐな通路ではなく、その横にぽっかりと口を開けていた「横穴」の奥深くから、連続して金属が弾けるような甲高い音が鳴り響いた。


 それは、パニックになって横穴に逃げ込んだ人間が、次々と罠を踏み抜いている足音のように聞こえた。


「ガ、ゥ?」


 視界を奪われ、極度に神経を尖らせていた黒曜狼の足が、一瞬だけピタリと止まる。


 臭いは真っ直ぐ続いているが、音は横穴から聞こえる。獲物が分断されたのか、あるいは別の獲物がいるのか。迷宮の生態系において「未知の音」は無視できない要素だ。


 黒曜狼は一瞬の逡巡の後、音の鳴った横穴の方へと首を向け、そちらへ数歩踏み出してしまった。


『よし! 対象が正規ルートから逸脱! タイムラグ、五秒獲得!』


 通信魔石から、ルカの興奮した声が響く。


『止まるな! 今のうちに走れ!』


 レインの指示に急かされ、リナとカエルは最後の気力を振り絞って石畳を蹴った。

 

 前方には、迷宮の「正規ルート」と「地上への階段」を仕切る巨大なアーチ状のゲートが見えてきた。あそこを抜ければ、地上へ続く階段だ。


 だが、深層の殺戮獣は、そう簡単に騙され続けるほど甘くはなかった。


 横穴に獲物がいないと悟った黒曜狼は、己がちっぽけな獲物にコケにされたことを理解し、怒り狂った咆哮を上げ、すぐさま正規ルートへと舞い戻ってきたのだ。


 ――ギャァォォォォォンッ!!


「ひぃっ!?」


 恐ろしい咆哮が、すぐ背後からリナの背中を叩いた。


 五秒のタイムラグは、獣の怒りによる爆発的な推進力であっという間に食い潰されていく。


『ノア! 次のトラップは!? 残っている魔力で起動できるものは!?』


 中枢室で、レインが声を張り上げる。


『……ありません。魔力リソース、完全に枯渇。もはや光石一つ点灯させることも、鉄板一枚動かすことも不可能です』


 ノアの無機質な声が、冷酷な死刑宣告のように響いた。


「嘘だろ……」


 レインの顔から血の気が引く。


 盤面にある手札は、すべて使い切った。魔法も、罠も、光も、音も、何一つ残っていない。


 立体地図上の緑の光点(冒険者)は、地上階段の手前のゲートまで残り数メートル。しかし、赤い光点(黒曜狼)はその真後ろにまで肉薄していた。


(ここで終わりか? 俺の設計ミスのせいで、あの二人が死ぬのか?)

 

(いや、だめだ。諦めるな。盤面を見ろ。魔力がゼロでも動かせる「質量」が、まだ残っているはずだ……!)


 レインは血が滲むほど唇を噛み締め、管理端末の構造図を血走った目で睨みつけた。


 視線の先にあるのは、地上へと繋がる最後の関門。かつて、侵入した冒険者の退路を断ち、地下で孤立させて嬲り殺しにするために作られた、悪辣な巨大ギミック。


「……ノア! 階段手前のゲートにある『大扉ポートカリス』のロック機構! あれを外すだけの魔力なら、管理核ここから直接物理回路に流し込めるか!?」


『……計算中。はい、ロックの解除のみであれば、ギリギリ可能です。しかし、大扉を昇降させる動力はありません。ロックを外せば、数トンの鉄格子が「自由落下」することになります』


「魔力がないなら、物理法則(重力)を使え! リナたちがゲートを潜り抜けた瞬間に、ロックを解除して扉を叩き落とす! それで奴を分断するんだ!」


 ◆


 リナとカエルの目の前には、地上へ続く階段へと繋がる巨大な石造りのゲートが迫っていた。


「カエル、あそこを抜ければ階段よ!」


「おおおおっ!」


 二人は最後の力を振り絞り、ゲートの下を潜り抜けた。


 その直後、背後から跳躍した黒曜狼の影が、ゲートの入り口で宙を舞う。大きく開かれた顎が、しんがりを走っていたカエルの踵を食いちぎろうとした、その時。


『今だ、落とせッ!!』


 中枢室のレインの怒号に合わせ、ルカがゲート上部の制御ブロックを強制解除した。


 重力に任せ、数トンの重量を持つ鉄格子が真上から自由落下してくる。


 ――ズドォォォォォンッ!!


 鼓膜が破れそうな轟音と共に、巨大な鉄格子がリナたちのすぐ背後、ゲートの境界線に叩きつけられた。


 石畳が粉砕され、もうもうと土埃が舞い上がる。


 宙を舞っていた黒曜狼は、鼻先数センチのところで落下してきた鉄格子に阻まれ、凄まじい衝撃と共に迷宮の奥へと弾き飛ばされた。


「ギィンッ!?」


 鉄格子は床の瓦礫に引っかかり、地上へ続く階段側からは、迷宮の奥が僅かに見える程度の隙間を残して止まっている。


「はぁっ、はぁっ……た、助かった……のか?」


 ゲートを抜け、階段の踊り場に倒れ込んだカエルが、震える声で呟く。


 だが、鉄格子の向こう側では、弾き飛ばされた黒曜狼が立ち上がり、血走った目で鉄格子の隙間を睨んでいた。奴はまだ、大扉の下の僅かな隙間から這い出そうと、低い唸り声を上げている。


 その時だった。


 リナたちの目の前、階段の「上」から、月光を背負った巨大な影が降りてきた。


「――よう。王都のエリート様からのご指名でな。お前さんを『お出迎え』しに来てやったぜ」


 現場作業員頭のガルムだった。


 彼は迷宮の入り口(地上)で待機しており、大扉が落ちる轟音を聞いて階段を駆け下りてきたのだ。


 ガルムは腰を抜かしているリナとカエルの前に立ち、二人の「盾」となるように鉄格子の前へ陣取った。


 ガルムは迷宮の修繕に使う巨大な鉄のハンマーを肩に担ぎ、鉄格子の隙間の向こうにいる黒曜狼を見据えた。


「ガ、ゥゥゥ……ッ」


 鼻を血で染めた黒曜狼が、鉄格子の向こうで低く唸る。


「現場を舐めんじゃねえよ、バケモノが」


 ガルムは鉄格子の隙間に大槌を差し込むと、獲物を求めて身を乗り出そうとしていた黒曜狼の、正確に『鼻先』を狙って一撃を放った。


 ――ゴアァァァァンッ!!!


 火花が散り、激しい衝撃波が鉄格子の向こう側の空間を圧迫する。


 ただの大工ではない。かつてこの辺境で名を馳せた、元冒険者としての正確で容赦のない威嚇の一撃。

 

「ギィェェェェンッ!!」


 弱点を直撃された黒曜狼が、これまでにない惨めな悲鳴を上げた。


 閃光で目を焼かれ、偽の足音に翻弄され、鉄格子で物理的に退路を断たれ、最後は元冒険者による致命的な一撃。


 いくら凶悪な獣とはいえ、これだけの連続攻撃を受ければ、本能が完全な敗北を認める。


 黒曜狼はガルムをひどく怯えた目で睨みつけると、尻尾を巻き、ついに踵を返して迷宮の奥深くへと逃げ帰っていった。


「……ふん。口ほどにもねえな」


 ガルムが大槌を下ろし、肩の力を抜く。


「カエル! リナ! 怪我はねえか! 立てるなら、さっさと上に上がれ!」


 階段の下で倒れていた二人は、ガルムの大きな手に引き上げられ、支えられながら地上の砦のホールへと辿り着いた。


 ◆


 数分後。


 地下の中枢室から駆け上がってきたレインが、肩を激しく上下させ、蒼白な顔でホールに現れた。


 そこには、石畳の冷たさも忘れて座り込み、ガルムに渡された水を震える手で啜るリナとカエルの姿があった。


「二人とも……! 無事か……っ!?」


 その声は、王都でエリート官僚と呼ばれていた頃の冷静さを完全に失っていた。


 レインが二人に駆け寄ろうとした、その時だった。


「……管理者様!」


 先に声を上げたのはリナだった。彼女はまだガクガクと震える膝を必死に抑えて立ち上がると、泥に汚れた顔を上げ、潤んだ瞳でレインを真っ直ぐに見つめた。


「ありがとうございます……! あの時、私たちの頭の上で光が消えて、見たこともない大きな音が鳴って……。……分かったんです。声は聞こえなかったけど、誰かが、あそこで私たちを助けようとしてくれてるんだって。暗闇の中で、独りじゃないんだって」


 カエルもまた、剣の鞘を杖代わりにして立ち上がり、深く頭を下げた。


「俺も……情けねえけど、腰抜かして初めて気づきました。あの狼の目を潰して、足止めしてくれたあの仕掛け、あれが無かったら俺は今頃、あのバケモノの腹の中だ。……管理者様、俺たちの命を繋いでくれて、本当に、本当にありがとうございました」


 二人の心からの感謝の言葉が、レインの胸に鋭い痛みとなって突き刺さる。


 彼らが自分を「救世主」のように見れば見るほど、自責の念が溢れ出した。レインはその場に膝をつき、絞り出すような声で言った。


「……いや、違うんだ。礼を言われる筋合いなど、今の俺にはない」


 レインは床に押し当てた拳を、血が滲むほど強く握りしめた。


「申し訳なかった。今回の件は、完全に俺の設計ミスだ。……俺は、迷宮を『人間のための施設』だと錯覚していた。人間にとって安全で歩きやすい道(退避線)を引いたことで、結果的に、鼻の利く魔物にとっても『最高の狩猟ルート』を提供してしまったんだ」


 レインは顔を上げられなかった。


 自分の「親切」が、未来ある若者を死の淵へ追い詰めた。王都で「全体を見ろ」と偉そうに説いていた自分が、現場の生態系という最も基本的な要素を見落としていたのだ。


「俺の浅はかな改善が、君たちを殺しかけた。……管理者を名乗る資格など、今の俺にはないんだ」


 重苦しい沈黙がホールを包む。


 しかし、その静寂を破ったのは、リナの凛とした声だった。


「それでも、私はまたここに来ます」


 レインが驚いて顔を上げると、リナは自分の涙を拭い、確かな意志を宿した瞳で微笑んでいた。


「迷宮が危険な場所なんて、最初から分かってます。理不尽に殺されるのは怖いけど……でも、私たちのミスを教えてくれる『音』があって、迷わないための『光』がある。そんな迷宮は、ここ以外にないんです。……私は、ここで強くなりたい。自分の足で、もっと奥まで行ける冒険者になりたいんです」


 カエルもまた、震える手で剣の柄を握り直し、不敵に笑ってみせた。


「俺もだ。情けねえツラを見せちまったけど、次はあいつの首を俺の剣で狙ってやる。……だから管理者様、あんたも顔を上げろよ。あんたが『責任』を感じてるってんなら、俺たちがもっと安心して修行できる、最高の迷宮を作ってくれ。それが、俺たちを助けたあんたの仕事だろ?」


 二人の言葉が、レインの耳から心へと染み渡っていく。


 彼らは、自分の設計ミスで死にかけたにもかかわらず、それでもこの迷宮の「未来」を信じ、共に歩もうとしてくれている。


「……ああ。約束する」


 レインはゆっくりと立ち上がった。その瞳には、先ほどまでの絶望ではなく、重い責任を背負って進む覚悟が宿っていた。


「次は、二度とこんな思いはさせない。人間と魔物の導線を、物理的に分断する。……失敗から学び、生態系という要素を組み込んでシステムを再構築する。それが、俺の果たすべき本当の仕事だ」


 それを見ていたガルムが、鼻を鳴らしてレインの肩を力強く叩いた。


「へっ……やっとまともなツラになったな、新入り」


 ガルムのその大きな掌の熱は、レインにとってどんな理論よりも頼もしく、温かかった。


「お前は、前任のクソ野郎どもとは違う。ミスを取り繕わず、ちゃんと尻拭いをして、頭を下げた。……それだけで、俺たち現場の人間にとっては十分すぎる合格点だ。元プロの冒険者の勘として……お前のその『執念』だけは、骨の髄まで信用したぜ」


 現場の長からの承認、そして冒険者たちからの信頼。


 落第管理者とポンコツ精霊たち、そして元凄腕の現場作業員。


 本当の意味での「チーム」が、今、静かな決意とともに産声を上げた。

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