EP 8
「経済――月見大根と平和の値段」
ポポロ村の朝は早い。
日が昇りきらないうちから、村の中央広場には荷馬車の車輪が軋む音と、商人たちの活気ある声が響き渡る。
「へいらっしゃい! ルナミス帝国の最新魔導具だよ!」
「こっちはガルーダの毛皮だ! 直輸入だから安いよ!」
「ワイズ皇国の宝石はどうだい? 愛人のプレゼントに最適だ!」
俺とニコラスは、雑踏の中をゆっくりと巡回していた。
SWAT装備の黒ずくめは、ファンタジー世界の色鮮やかな市場において異質極まりない。だが、その「異物感」こそが抑止力になる。
「……ボス。この村、意外と景気いいっすね」
ニコラスが興味深そうに、屋台に積まれた金貨を見つめる。
「あぁ。人口300人の寒村にしては、物流の規模がデカすぎるな」
俺たちの疑問に答えるように、パチパチという軽快な音が背後から近づいてきた。
ゴルド商会のニャングルだ。
「そらそうでっせ、旦那方。ここは『黄金の三角地帯』やからな」
ニャングルは得意げに算盤を弾き、地図を広げた。
「北のルナミス、東のワイズ、南のガルーダ。この三大国は仲が悪すぎて、直接の国境はずーっと緊張状態で検問も厳しい。関税もバカ高い」
「なるほど。だが、このポポロ村は緩衝地帯だ」
「ご名答! ここはどこの国にも属さへん『中立地帯』。ここを経由すれば、面倒な手続きなしで他国の品物が手に入る。いわば大陸の『オフショア市場』みたいなもんですわ」
ニャングルがニヤリと笑う。
リスクはあるが、リターンは大きい。だからこそ商人が集まり、宿屋が潤い、村に金が落ちる。
俺たちの給料(月40万)も、この危ういバランスの上に成り立っているわけだ。
***
「おーい! サメジマさん、ニコラスさん!」
人混みをかき分けて、村長のキャルルが走ってきた。
その細い腕には、自分の体ほどもある大きな木箱を軽々と抱えている。さすがは獣人族、見た目に反して腕力がある。
「巡回お疲れ様です! これ、今朝採れたばかりの『月見大根』です。よかったら食べてください!」
キャルルが差し出した木箱には、満月のように丸く、白く輝く大根がびっしりと詰まっていた。
ほんのりと青白い光を帯びており、微かに魔力の残滓を感じる。
「月見大根……。これが村の特産品か」
「はい! ポポロ村の土と、月の光がないと育たないんです。とっても甘くて、滋養強壮にいいんですよ!」
ニコラスが一本手に取り、匂いを嗅ぐ。
「へぇ……なんか日本の大根より瑞々しいっすね。これ、どうやって食うんです?」
「ふふっ、今日は市場のおばちゃんたちが『煮込み』を作ってくれてますよ。行きましょう!」
***
昼食時。
俺たちは詰め所の休憩室で、湯気を立てる椀と向かい合っていた。
透き通った黄金色のスープの中に、分厚く切った月見大根と、トライバードの肉団子が浮いている。
「……いただきます」
俺はスプーンで大根を割った。抵抗なくスッと切れる柔らかさ。
口に運ぶと、溢れんばかりの出汁と、大根自体の優しい甘みが広がった。
「……美味い」
思わず声が出る。
前世で食った、コンビニの味の染みたおでんを思い出す。欲を言えば和辛子が欲しいところだが、贅沢は言うまい。
「うめぇ! なんだこれ、口の中で溶けるぞ!」
ニコラスもガツガツと椀をかき込んでいる。
キャルルは俺たちの食いっぷりを見て、嬉しそうに長い耳をパタパタと揺らした。
「よかったぁ。これを食べると、体の中の魔力も少し回復するんです。お二人は魔法を使わないみたいですけど、疲れは取れるはずですよ」
「あぁ、沁みる味だ。……これなら、一食500円払う価値はある」
俺はスープを飲み干し、ふぅと息を吐いた。
ポケットの赤マルに手が伸びそうになるが、グッと堪えてコーヒーキャンディを口に放り込む。
窓の外を見れば、子供たちが笑いながら走り回り、モウラ率いる自警団が、俺が教えた隊列の練習をしている。
平和だ。
だが、この平和が、薄氷の上に成り立っていることを俺は知っている。
「……キャルル。この村が『中立』でいられるのは、お前の政治力だけじゃないな?」
俺の問いに、キャルルの笑顔が少しだけ曇った。
「……はい。各国が手を出さないのは、ここが『美味しすぎる場所』だからです。誰かが独占しようとすれば、他の二国が黙っていない。
でも、もしそのバランスが崩れたら……ポポロ村は真っ先に戦火に包まれます」
彼女は自分の拳をギュッと握りしめた。
ウサギのような愛らしい見た目の裏で、彼女はこの綱渡りのような平和を必死に支えている。
「心配するな」
俺はキャルルの頭に手を置き、ポンポンと軽く叩いた。
長い耳がビクッと反応する。
「そのために俺たちがいる。
バランスが崩れそうなら、俺たちが押し返す。……別料金は取らないでおいてやるさ」
「サメジマさん……」
キャルルが顔を上げ、花が咲くように微笑んだ。
「はい! 頼りにしています、私の……あ、私たちの騎士様!」
「よせ。俺たちはただの警備員だ」
照れ隠しに帽子を目深に被り直す。
隣でニコラスが「ヒューヒュー!」と茶化し、俺の肘鉄を食らって悶絶した。
穏やかな昼下がり。
月見大根の優しい味と、守るべき依頼主の笑顔。
だが、俺たちの「SWATの勘」が告げていた。
この平穏は長くは続かない。
嵐は、すぐそこまで迫っている。




