EP 5
「生活――戦士の家計簿」
キャルルに案内されたのは、村外れにある一軒の空き家だった。
木造平屋建て。屋根の一部は苔むしており、風が吹けばギシギシと悲鳴を上げそうな物件だ。
「……ここが、お二人の家になります。以前は老夫婦が住んでいたんですが、今は空き家になっていて」
キャルルが申し訳なさそうに振り返る。
「あの、少し……いえ、だいぶ古びていますが、雨風は凌げますから!」
「……本当だな。隙間風で風邪ひきそうだぜ。これならロス市警の留置場の方がまだマシ――」
ドゴッ!
鈍い音が響き、ニコラスが「ぐへっ」と奇妙な声を上げてくの字に折れ曲がった。
俺の右肘が、相棒の脇腹に綺麗に入った音だ。
「ジョ、ジョークですって……ボス、容赦ねぇ……」
「口を慎め。屋根があるだけ感謝しろ」
俺は痛みに悶絶する相棒を無視して、キャルルに向き直った。
確かにボロ屋だが、射線(見通し)は悪くない。村の入り口を見下ろせる位置にあり、防衛拠点としては悪くない立地だ。
「問題ない。我々は野戦での野営にも慣れている。住まわせてくれるだけで十分だ」
「そ、そうですか? よかったぁ……」
キャルルが安堵の息を吐いた瞬間、背後から「チャリーン」という軽快な音が響いた。
振り返れば、ゴルド商会のニャングルが、意地悪そうな笑みで算盤を弾いている。
「はいはい、旦那方。感動の入居式の最中に野暮な話でんねんけど」
パチパチ、と算盤の珠が弾かれる音が、俺たちに現実を突きつける。
「この家、村の所有物件ですねん。タダってわけにはいきまへん。
家賃は月20,000円。井戸の汲み上げポンプ維持費(水道代)が5,000円。冬場に向けた魔法薪代が5,000円」
「さ、三万円……」
復活しかけたニコラスが、再びダメージを受けてよろめいた。
「おいおい、ボロ屋で3万かよ! 物価どうなってんだ!」
「これでも破格の『村長特別価格』やで? 普通なら倍は取りまっせ」
ニャングルは容赦なく続ける。
「ほんで、旦那さん達、自炊はしはるんでっか? 見たところ鍋釜も持ってへんようやけど」
「……あぁ。レーション(携帯食料)も切れている」
俺が答えると、ニャングルは「毎度あり!」と猫耳を震わせた。
「なら、村のおばちゃん達が作る『宅配弁当サービス』がありまっせ。
1食500円。ライス大盛りに、季節の野菜サラダ。メインはジューシーな『トライバードのソテー』か、脂の乗った『ピラダイの塩焼き』。特製スープ付きで栄養満点や!」
「うっ……美味そうじゃねぇか……」
ニコラスの腹が鳴った。トライバードもピラダイも未知の食材だが、響きだけで食欲をそそる。
「だが、待てよ……」
ニコラスが指を折りながら計算を始めた。顔色が青ざめていく。
「1食500円……俺たち体が資本だし、1日3食は食うだろ? ってことは1日1,500円。
二人分で1日3,000円……かける30日で……きゅ、90,000円!?」
ニコラスが悲鳴を上げた。
「家賃光熱費の3万と合わせて、固定費だけで12万円!?
俺たちの給料は二人合わせて40万円……残りは28万円……。
ってことは、自由に使える金は一人当たり……たったの14万円!?」
「その通りや。賢いな、兄ちゃん」
ニャングルがニヤリと笑う。
14万円。
日本での生活なら、独身男性が遊んで暮らすには心許ないが、生きてはいける額だ。
だが、俺たちには重すぎる『女神税(弾薬代)』がある。
マグナム弾一発1,000円。140発撃てば破産だ。訓練すらまともにできない。
「やれやれ……。贅沢は敵だな」
俺は頭の中で、購入予定だった『新型の防弾プレート』の予算を削除した。
そして、俺にとって食事よりも重要なライフラインについて尋ねる。
「……ニャングル。一つ確認だ」
「へいへい、なんでっしゃろ?」
「この村で、タバコは吸えるのか?」
俺が胸ポケットの空箱(赤マル)を見せると、ニャングルは「あー」と残念そうな顔をした。
「嗜好品は贅沢品でっせ。村の雑貨屋には安い『葉巻』くらいしか置いてまへん。
旦那が吸ってるような、紙で巻いた洒落たヤツ(シガレット)は、ゴルド商会の都の店か、それこそ『通販』で取り寄せるしかありまへんなぁ」
「……そうか」
つまり、ルチアナから一箱3,000円で買うしかないということだ。
俺は深く溜息をつき、空になった赤マルの箱を握りつぶした。
「ニコラス」
「……はい、ボス」
「明日から、コーヒーキャンディも半分に割って舐めるぞ」
俺たちの異世界生活は、ゴブリンとの戦いよりも過酷な、『節約』という戦いから幕を開けることになった。




