第二章 世紀末の現金輸送車護衛任務
「槍働きは辛いよ――SWAT、底辺労働を知る」
ブスリッ。
湿った音がして、俺の手ごたえが重くなる。
目の前のゴブリンが、喉を貫かれて痙攣し、やがて動かなくなった。
「……ターゲット、沈黙。クリアだ」
俺は荒い息を吐きながら、ゴブリンの死体から慎重に武器を引き抜いた。
手に持っているのは、愛銃のKorthではない。
長いアイアンウッドの柄の先端に、俺の『ストライダー・ナイフ』を装着した急造の長槍――『タクティカル・スピア(貧乏人の槍)』だ。
「はぁ……はぁ……。クソッ、やってられねぇ……!」
背後でドサリと音がした。
ニコラスが、泥だらけのSWAT装備のまま地面に座り込む。
彼の足元には、頭蓋骨をハンマー(ガンツ作の鉄塊)で粉砕されたゴブリンが二匹転がっている。
「ボス……。銃なら指一本、0.1秒で終わる仕事っすよ?
なんで俺たち、汗だくになって原始人みたいな狩りしなきゃなんないんすか……」
ニコラスがヘルメットを脱ぎ、滝のような汗をぬぐう。
この森は蒸し暑い。20kg近いフル装備で槍を振り回すのは、サウナで筋トレをするようなものだ。
「……喚くな、ニコラス。弾がないんだ」
俺は腰のポーチを探り、最後の一粒になったコーヒーキャンディを口に放り込んだ。
あの「給料日の悲劇」以来、俺たちの弾薬庫は空っぽだ。
マグナム弾は残り6発。ショットシェルはゼロ。
これらは緊急時の「御守り」として温存しなければならない。
「筋肉はタダだ。……汗をかけば金になる」
「世知辛ぇ……! 俺、帰ったらエアコンの効いた部屋でコーラ飲みたい……」
俺たちは重い腰を上げ、ゴブリンの死体処理に取り掛かった。
狙いは、魔物の心臓付近にある「魔石」だ。
ナイフで胸を割き、血塗れになりながら小指の先ほどの石ころを取り出す。
「……ちっせぇ。小豆サイズかよ」
「Eランクのゴブリンだ。こんなもんだろう」
俺たちは半日かけて森を歩き回り、ゴブリン10匹を処理した。
戦果は、小粒の魔石が10個。
かつてロス市警で凶悪犯を制圧していた俺たちが、今は小銭のために泥にまみれている。
――プライド? そんなものはルチアナに売り払った。
***
夕暮れ時のポポロ村。
俺たちはゴルド商会の出張所(掘っ立て小屋)のカウンターに、戦利品をジャララと広げた。
「へい、毎度あり〜。……って、またゴブリンの魔石でっか?」
ニャングルが算盤片手に、俺たちの苦労の結晶を鼻で笑った。
「しゃあないなぁ。どれどれ……うーん、質が悪いなぁ。傷も多いし」
「おい猫野郎、足元を見るなよ。新鮮な取れたてだぞ」
「新鮮でも石は腐りまへんがな。……締めて、800円やな」
「は?」
ニコラスの声が裏返った。
「は、800円!? 1個80円!?
俺たち、半日かけて森を走り回って、泥だらけになって、装備のクリーニング代もバカにならねぇのに……二人で800円!?」
「相場やからしゃあない。文句あるなら、もっとデカイ獲物狩ってくるか、割のええ仕事しなはれ」
ニャングルは容赦なく銅貨と小銭をカウンターに置いた。
チャリン、という乾いた音が、俺たちの心の傷に塩を塗る。
時給換算……一人当たり約70円。
日本の最低賃金を遥かに下回る、圧倒的ブラック労働。
「……受け取れ、ニコラス。明日の朝飯代だ」
「ボス……涙で前が見えねぇっす……」
***
その夜の食卓は、静通夜のように静かだった。
テーブルに並んでいるのは、村のおばちゃんが「これなら安くしとくよ」と譲ってくれた、売れ残りの野菜たち。
メインディッシュ:大根の葉っぱの塩炒め。
スープ:具なしのコンソメ風。
ライス:なし。
「……いただきます」
俺たちは古びた家のダイニングで、青々とした葉っぱを口に運んだ。
シャキシャキとした食感。悪くない。ビタミンは豊富だ。
だが、カロリーが致命的に足りない。
「……ボス。俺、肉が食いたいっす」
ニコラスが虚ろな目で呟く。
「トライバードのジューシーな肉……ピラダイの脂の乗った塩焼き……」
「想像するな。腹が減るだけだ」
俺は葉っぱを噛み締めながら、窓の外を見た。
村の広場では、自警団たちが楽しそうに酒盛りをしている。彼らには守るべき家と、安定した生活がある。
対して俺たちは、英雄と呼ばれながら、その日の食い扶持にも困る有様だ。
(……このままではジリ貧だ。弾も買えず、装備も直せず、いずれ野垂れ死ぬ)
俺の中で、SWATの「状況判断」警報が鳴り響く。
現状打破には、リスクを負ってでも「大きなヤマ」を踏むしかない。
「……ニコラス。葉っぱを食ったら寝るぞ」
「へい……。明日はもっとマシな獲物がいればいいんすけど……」
俺たちは栄養不足の体を休めるため、早々にベッド(煎餅布団)に潜り込んだ。
だが、翌日。
俺たちの前に現れたのは、獲物ではなく――「ファッションに目覚めた猛牛」という、別の意味で厄介なトラブルだった。
金がない時に限って、物欲の神は微笑むのだ。




