EP 14
「月の癒しと英雄たち――戦場に降りた奇跡」
オーク・ジェネラルが粉砕され、残党が森の彼方へ消え去った後。
戦場となった村の広場には、静寂だけが残されていた。
漂うのは、硝煙の匂いと、土埃、そして焦げた肉の臭気。
「……終わった、のか?」
瓦礫の陰から、自警団員の一人がおずおずと顔を出した。
それを見たニコラスが、ヘルメットのバイザーを上げ、親指を立てる。
「あぁ、クリアだ。……あのウサギちゃんが、全部持ってっちまったけどな」
その視線の先。
月明かりの下、キャルルが肩で息をしながら立ち尽くしていた。
足元の『機動防衛靴』からは、まだ紫色の煙が燻り、あの美しい白革は黒く焦げ付いている。
「……みんな、怪我は!?」
キャルルがハッと我に返り、周囲を見回した。
被害は甚大だ。
家屋は倒壊し、多くの自警団員が倒れ伏している。特に、ジェネラルの一撃をまともに受けたモウラの状態は深刻だった。
「モウラ!」
俺とキャルルは同時に駆け寄った。
瓦礫に埋もれたモウラは意識がなく、呼吸も浅い。腕は不自然な方向に曲がり、全身鎧がひしゃげている。
「……チッ。開放骨折に内臓出血か。トリアージは『赤(即時搬送)』……いや、『黒(救命困難)』に近い」
俺は冷静に診断を下しながらも、奥歯を噛み締めた。
手持ちの医療キット(止血帯とガーゼ)ではどうにもならない。現代医学でも、ここから助けるには手術室が必要だ。
「サメジマさん、下がってください」
キャルルが静かに告げた。
彼女は手袋を外し、モウラの体にそっと手を当てる。
「月よ……満ち欠ける慈愛の光よ。
傷つきし戦士たちに、欠けたる命を再び満たしたまえ――」
『月光治癒』
キャルルの祈りと共に、夜空の満月が一際強く輝いた。
空から降り注ぐ青白い光の柱が、モウラを、そして傷ついた自警団員たちを包み込む。
「……なっ!?」
俺とニコラスは、目の前の光景に言葉を失った。
光の中で、モウラの折れ曲がった腕が、ひとりでに元の形に戻っていく。
裂けた皮膚が塞がり、青ざめていた顔色に赤みが戻る。
それは医療ではない。時間の巻き戻しに近い「奇跡」だ。
「……ん、ぁ……? アタシは……?」
数秒後。
モウラが呻き声を上げ、何事もなかったかのように上半身を起こした。
「嘘だろ……。あれだけの重傷が、数秒で完治かよ」
ニコラスが呆れたように呟く。
「これじゃ衛生兵の出る幕がねぇな。……ボス、俺たちの医療費も浮きましたね」
「……あぁ。全くだ」
俺は苦笑し、安堵の息を吐いた。
破壊と再生。
この小さな村長は、その両方を掌中に収めている。なるほど、これでは各国が欲しがるわけだ。
***
治療を終えたキャルルが、ふらりとよろめいた。
魔力を使い果たしたのだろう。倒れそうになった彼女の小さな体を、俺は慌てて支えた。
「おっと。……無理をするな、村長」
「あ……サメジマさん……」
キャルルが俺を見上げ、弱々しく、しかし誇らしげに微笑む。
「守れました……。みんな、無事です……」
「あぁ。お前のおかげだ。……最高のキックだったぞ」
俺が素直に称賛すると、キャルルの長い耳が嬉しそうにパタパタと動いた。
「うぉぉぉぉッ!!」
その時、自警団と村人たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
「村長万歳! キャルル様万歳!」
「それに、あの黒い兄ちゃんたちも凄かったぞ!」
「SWAT! SWAT!」
いつの間にか、俺たちの周りには村中の人々が集まっていた。
大人も子供も、涙を流しながら俺たちに手を振っている。
「……へへっ。悪くねぇ気分っすね、ボス」
ニコラスが鼻の下を擦りながら、照れくさそうに手を振り返した。
「……あぁ。ロスでは『税金泥棒』と罵られるのがオチだったがな」
俺もまた、ヘルメットを小脇に抱え、村人たちの歓声を受け入れた。
ただの金銭契約で始まった関係だ。
だが今、この瞬間、俺たちは確かにこの村の「英雄」だった。
モウラが起き上がり、ガンツが駆け寄り、ニャングルが安堵でへたり込む。
その中心で、キャルルが俺に支えられながら笑っている。
ポポロ村の夜が明けていく。
二つの月が沈み、紫がかった太陽が昇る頃には、村はいつもの平和を取り戻していた。
――そう。
この時はまだ、俺たちも浮かれていたのだ。
英雄になった高揚感と、戦いが終わった安堵感で。
俺たちは忘れていた。
「報酬(給料日)」という名の、最も恐ろしいイベントが待ち受けていることを。
「……ボス。明日は給料日っすね! 赤マル、やっと吸えますね!」
「あぁ。……ニコラス、コーヒーはブラックか? 奮発して豆を買うぞ」
勝利の美酒に酔う俺たちの頭上には、まだ見ぬ女神の悪意(集金要請)が、鎌首をもたげて待ち構えていた。




