EP 11
「侵攻――鋼鉄の豚と溶解する予算」
ブォォォォォォ……ッ!
不快なほど低い、法螺貝のような音が夜の森に響き渡る。
それは、オーク軍団の突撃合図だった。
「来るぞ! 総員、防御態勢!」
俺の号令と同時に、自警団たちが訓練通りに動いた。
村の入り口に築かれたバリケードの隙間を埋めるように、大盾を持った男たちが壁を作る。
「シールド・ウォール! 隙間を開けるな! 槍隊、構えッ!」
ザッ! と揃った足音と共に、盾の隙間から無数の槍が突き出される。
その光景は、もはや農村の自警団ではない。ローマ重装歩兵の再来だ。
暗闇の中から、重厚な足音が迫る。
松明の明かりに照らされたのは、醜悪な豚の顔と、筋肉の鎧を纏ったオークの群れ。数は50……いや、もっといるか。
「ブモォォォッ!!」
先頭のオークたちが、怒号と共に盾の壁へ激突した。
ドガァァァァンッ!!
凄まじい衝撃音が響く。だが、壁は崩れない。
個の力ではオークが勝るが、密集陣形による「面」の防御は、その突進力を分散して受け止める。
「押し返せぇぇッ! ここはお前らの餌場じゃねぇんだよッ!」
中央で陣頭指揮を執るモウラが吼える。
彼女は自らも大盾を構え、突っ込んできたオークを弾き返すと、隙だらけになった腹部に鎖付き戦斧を叩き込んだ。
「よし、前線は持ち堪えている……!」
俺はKorthを構えつつ、戦況を分析する。
ブートキャンプの成果は出ている。雑魚オーク相手なら、弾を使わずとも槍と連携で処理できる。
だが、問題は――。
「ボス! 右翼が崩れそうです! 数が多すぎる!」
ニコラスの悲鳴に近い報告。
側面から回り込んできた別動隊が、手薄な箇所を食い破ろうとしていた。
「……チッ。必要経費だ。ニコラス、制圧しろ!」
「了解! ……あぁ畜生、俺の晩飯代が飛んでいく!」
ドォン! ドォン! ドォン!
ニコラスのベネリM4が火を噴いた。
バックショット(散弾)が至近距離で炸裂し、右翼のオーク3体が肉塊となって吹き飛ぶ。
一発500円×3発。今の轟音は1,500円の焼失音だ。
「ヒャッハー! ざまぁみろ豚野郎! ……うっ、財布が痛い!」
ニコラスは叫びながら、ポンプアクションで排莢する。
「無駄弾を使うなよ! 確実に頭を狙え!」
「分かってますよ! でもコイツら、皮が厚くて一発じゃ止まんねぇ!」
そう、ゴブリンとは耐久力が違う。
オークの分厚い脂肪と筋肉は天然の防弾ベストだ。散弾では急所を外せば致命傷にならない。
その時。
戦場を圧するような、一際巨大な殺気が膨れ上がった。
「――ヌゥン!」
ズドォォォォォォォンッ!!
中央の防衛線が、たった一振りで吹き飛んだ。
宙を舞う自警団員たち。ひしゃげた大盾。
土煙の中から現れたのは、全身を黒鉄のフルプレートメイルで覆った、巨塔のような怪物。
オーク・ジェネラルだ。
手には身の丈ほどの巨大なバトルアックス。
兜の隙間から覗く瞳は、知性のある残虐な光を宿している。
「……人間風情が、小賢しい陣形を組むか」
ジェネラルが低い声で唸り、一歩踏み出す。
その一歩だけで、地面が揺れる。
「モウラ、下がれ! そいつは別格だ!」
俺は叫びながら、Korthの照準をジェネラルの兜の隙間――眼球に合わせた。
距離20メートル。外さない。
俺は躊躇なく、1発1,000円のマグナム弾を解き放った。
バギィィィンッ!!
乾いた金属音が響き、ジェネラルの顔がわずかに仰け反る。
――当たった。
だが。
「……痛いな。虫が刺したか?」
ジェネラルは鬱陶しそうに首を振っただけだった。
兜が凹んですらいない。
いや、違う。着弾の瞬間、奴の身体が赤黒い光――『闘気』に包まれ、弾頭を弾いたのだ。
「……マジかよ。マグナムが通じないだと?」
俺の背筋に冷たいものが走る。
現代兵器の利点である「貫通力」が、ファンタジーの理(闘気)によって無効化された瞬間だった。
「グガァァッ! 小細工なしだ!」
モウラが側面から突っ込む。
全力を込めた『魔牛流』の一撃。戦斧がジェネラルの脇腹を捉える。
ガギィンッ!
「なっ……!?」
「軽い」
ジェネラルは裏拳で、虫を払うようにモウラを殴り飛ばした。
彼女の巨体が、紙屑のように数メートル吹き飛び、民家の壁に激突する。
「がはっ……!」
「モウラ!」
自警団最強の戦力が、一撃で沈黙した。
絶望が伝染する。自警団員たちの足が震え、陣形が崩れ始めた。
「終わりだ、人間ども。……蹂躙せよ!」
ジェネラルが高らかに斧を掲げる。
その後ろから、勢いづいたオーク軍団が雪崩のように押し寄せてくる。
俺とニコラスは顔を見合わせた。
手持ちの弾薬は残りわずか。
撤退か、全滅か。
――いや、まだだ。
俺たちの背後には、まだ避難しきれていない村人たちがいる。そして、あのおでんの味を知ってしまった俺たちは、もう「見捨てる」という選択肢を選べない。
「ニコラス。……全弾撃ち尽くす覚悟はいいか?」
「へっ、とっくに赤字ですよ、ボス!」
俺たちは再び銃を構え、絶望的な鉄の壁に立ち向かう。




