EP 10
「嵐の前の月見大根――最強の安全靴と、おでんの味」
その夜、ガンツの工房から、満足げなドワーフの声が響いた。
「できたぞ! これぞワシの最高傑作……『機動防衛靴』だ!」
作業台の上に置かれていたのは、一見するとお洒落な白い革のブーツだった。
キャルルの服に合わせたのか、赤いステッチが可愛らしく施され、内側にはフカフカの毛皮が張られている。
「……おい、ガンツ。俺は『安全靴』を頼んだはずだが?」
俺は疑わしげにブーツを手に取った。
見た目は完全にファッション重視だ。これでは落下物から足先を守れるか怪しい。
「安心しな。中身はガチガチだ」
ガンツがニヤリと笑う。
俺がブーツのつま先をコンコンと叩くと、確かに硬質な金属音が返ってきた。
「つま先と踵には、以前アンタが持ち込んだナイフの削りカス――特殊合金を埋め込んである。ここまでは注文通りだ」
「ここまでは、だと?」
「問題はソール(靴底)よ。……おいニコラス、ちょっと触ってみな」
言われて、横にいたニコラスが不用意に靴底に指を伸ばした。
バチィッ!!
「ぎゃあああっ!?」
派手なスパーク音と共に、ニコラスが弾かれたように後ろへ吹っ飛んだ。
白目を剥いて痙攣している相棒を尻目に、ガンツが得意げに胸を張る。
「『雷竜石』をソール全体に敷き詰めた。
普段は絶縁魔法で保護されてるが、履き手が『守る意志(闘気)』を込めると、紫電の反発フィールドを展開する。
つまり、どんな悪路でも滑らねぇし、高所から飛び降りても衝撃をゼロにする。……どうだ、究極の『安全』だろう?」
「……あぁ。安全すぎて涙が出るな」
俺は呆れながらも、その技術力に舌を巻いた。
これはただの靴じゃない。「対人地雷」を履いて歩くようなものだ。
***
「わぁっ! 可愛い!!」
村長宅に届けたブーツを見るなり、キャルルは目を輝かせて飛びついた。
早速履いてみると、サイズはオーダーメイドのように完璧だ。
「すごい! すごく軽いです! それに、足がポカポカします!」
「雷竜石の微弱電流が血行を良くしてるんだろ。……気に入ったか?」
「はい! ありがとうございます、ガンツさん、サメジマさん!」
キャルルが嬉しさのあまり、ぴょんと軽くその場でジャンプした。
着地した瞬間。
ズドンッ。
床板が軋み、キャルルの足元から紫色の火花が散った。
衝撃を吸収したはずなのに、なぜか床に焦げ跡ができている。
「……キャルル。家の中で跳ねるな。床が抜ける」
「あ、あれ? ご、ごめんなさい!」
俺はため息をつきつつ、彼女の脚力とこの靴が組み合わさった時の「破壊力」を想像して、少し背筋が寒くなった。
***
その夜、村の広場では「月見大根の収穫祭」さながらの宴が開かれていた。
大鍋で煮込まれた月見大根の香りが、夜風に乗って漂ってくる。
「ほら、サメジマさんたちも食べて!」
キャルルがよそってくれた椀には、出汁をたっぷり吸って琥珀色になった大根と、ピラダイのつみれが入っていた。
俺とニコラス、そしてモウラやガンツ、ニャングルも車座になって鍋を囲む。
「……いただきます」
熱々の大根を口に運ぶ。
ジュワリと溢れる出汁の旨味。そして、ピラダイのつみれから出る濃厚なコク。
これは……。
「……おでんだな」
「オデン? なんですかそれ?」
キャルルが小首をかしげる。
「俺の故郷の料理だ。……寒い夜に、こうやって鍋を囲んで食うんだ」
俺は夜空を見上げた。
二つの月が浮かぶ異世界の空。だが、この温かさと味だけは、懐かしい故郷のものと同じだ。
「へぇ、ボスの故郷にもこんな美味いもんがあるんすね」
復活したニコラスが、ハフハフと大根を頬張りながら笑う。
「あぁ。……悪くない」
月給20万円。命懸けの任務。
割に合わない仕事だと思っていたが、この瞬間だけは、悪くないと思えた。
守るべき笑顔と、温かい食事。
SWAT時代には忘れていた「充足感」が、俺の胸を満たしていた。
――だが。
戦場の神は、俺たちに休息を与えるほど甘くはない。
ズゥゥゥゥン……。
スプーンを口に運ぼうとした俺の手が止まる。
地面の底から響くような、重苦しい振動。
最初は微かだったが、次第に近づいてくる。
「……おい、地震か?」
モウラが立ち上がり、周囲を警戒する。
俺は即座に椀を置き、風の匂いを嗅いだ。
大根の優しい香りが消え失せ、代わりに鼻をついたのは――腐った肉と、強烈な獣臭。
「……総員、戦闘配置!」
俺が叫ぶと同時に、広場の明かりが一瞬にして緊迫の色を帯びた。
子供たちを避難させるキャルル。武器を取る自警団。
「南の森からだ! 数が違うぞ!」
見張りの悲鳴のような報告。
暗闇の向こうから現れたのは、ゴブリンなどではない。
鋼鉄の鎧を纏い、巨大な斧を引きずった、身長3メートルを超える怪物の群れ。
「……嘘だろ。なんでこんな辺境に……」
ニコラスがベネリのセーフティを解除しながら、乾いた笑い声を漏らす。
「オーク・ジェネラル(豚鬼将軍)のお出ましだ」
平和な宴は終わった。
俺たちの弾薬と命を削る、本当の戦争が始まる。




