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想いが交差する場所


「やっぱりここは落ち着くなぁ。」

咲耶はカフェ・エスポワールのカウンターに腰掛け、カフェ・オレを飲んでいた。


「何でここに来るの?日下部さんといたんじゃないの?」

隼人が怪訝そうに咲耶に聞く。


「えっ?日下部さんとは食事をして、もう駅で別れたから大丈夫。」


「大丈夫って……。だったら家に帰ったら良いのに……。」

隼人は咲耶と日下部さんの仲を心配していた。


「う~ん……そうなんだけど。

隼人の顔を見たくなったんだよね。カフェ・オレも飲みたかったし。」


「日下部さんは、咲耶を気に入っているんだろ?」


「まぁ、そうかも……。日下部さん、私が大学生の時から仕事を丁寧に教えてくれたから、きっと育てがいがあると思ってくれてるよ、私のこと。

私、一生懸命仕事を覚えたし。」


咲耶の言葉に

隼人は「それはそうかもしれないけれど……。」と言って黙った。


「あのね、日下部さんの写真展、凄く良かったのよ。

隼人も見たら、感動すると思う。

特に日下部さんのモノクロ写真、味があるんだ。」


「そっか。写真展、いつまで?」


「えっ、来週末までかな。隼人も観に行く?」


「うん。そうしようかな……。」

隼人はカップを布巾で拭いて定位置に戻しながら、そう呟いた。


咲耶は、カフェ・オレといっしょに出されたフルーツタルトをぱくぱく食べている。


「凄い勢いで食べてるけど……咲耶、日下部さんと食事してきたんじゃないの?

よく入るね、そんなに。」

隼人が呆れたように咲耶を見る。


「食べたんだけど……どこか緊張してたのかな、あんまり食べた気がしなくて。

今、やっと落ち着いて食べられるよ。

美味しいね、由紀叔母様のタルトケーキ。」


隼人は小さく首を振りながら、来店したばかりの客のオーダーを取りに咲耶の側を離れた。


咲耶は、タルトケーキを食べ終わり、隼人が忙しく動き回るのをしばらく見ていたが、自分も手伝おうとカウンターの中に入った。


たまった洗い物をしたり、オーダーが入ったケーキをお皿に盛ったり……。

珈琲を淹れるのは隼人の仕事だが、咲耶は自分の出来る範囲で隼人を手伝った。


隼人も咲耶が手伝ってくれるのを自然と受け入れていた。


そこに連れ立ってやってきたのが森咲結衣と野崎直也だった。


扉が開いて「今晩は。」という結衣の明るい声が店内に響いた。


「あら、結衣ちゃん。」

咲耶は結衣の姿を見つけ、嬉しそうに声をかけた。


「あっ、咲耶さんっ!」

結衣も偶然、咲耶に会えて目が輝いている。


「結衣ちゃん、今日はお友だちも一緒?」

咲耶が直也に気がつく。


「はい。同じサークルの友だちなんです。

こちら、野崎直也さん。」


直也が結衣に紹介されて

「野崎です。初めまして。」と頭を下げる。


「初めまして。私、ここの店主の妹で柚木咲耶です。」


隼人も近づいてきて

「いらっしゃいませ。」と声をかけた。


「私たち、双子なんです。」

と咲耶がにこやかに言った。


あぁ、それで……普通の兄妹以上の何かを感じたのかなと直也は思った。


「結衣ちゃん、窓際の二人掛けの席にどうぞ。」

隼人が二人を案内する。


オーダーを取りに来た隼人に

「野崎君が、隼人さんに会ってみたいって言うから連れてきました。」と結衣が言った。


「どうも、野崎です。」と言って頭を下げる直也。


「私が隼人さんがカフェを経営しながら、色々な人の話を聞いているって言ったら、彼、隼人さんに興味を持ったんです。直接、話を聞いてみたいって……。」


「僕、Instagramも見て、このお店のことを知って……森咲さんがよく行っているお店だって偶然聞いたから、今日はお邪魔しました。」

直也は隼人に憧れの目を向けた。


「そうなんだ。今日はわざわざ来てくれて、ありがとう。何でも聞いてくれて良いよ。」

直也に優しく話しかける隼人。


咲耶が二人の前におしぼりと水を置く。

「咲耶ちゃん、私も今、食べたんだけれど今日はフルーツタルトがお薦めよ。」


「えっ、本当に?じゃあ、食べてみようかなぁ。

野崎君も食べる?」


「僕は……いいかな。森咲さん、食べたら?」


「そっかぁ。野崎君は食べないのか。私も太っちゃうからどうしようかな。」


「結衣ちゃん、ちっとも太ってないのに……気にしてるんだ。」


「えっ、咲耶さんは食べても太らないタイプですか?

羨ましいです。スタイルも良いし……。綺麗だし……。」


「まさか……。」

結衣と咲耶が美容や食事、スタイルの話で盛り上がっている間、直也は隼人に色々質問していた。


「隼人さんは、公認心理師の資格を取られているとか……。」


「うん。頑張って取ったんだ。お陰で色々な人の話を聞く姿勢ができたような気がするよ。」


「そうなんですね。」


「直也君は、子ども支援サークルに入っているんでしょ?活動していてどう?」


「子どもたちを相手にするのは大変ですが、やっぱり可愛いから続けられてます。」


「わかるなぁ、その気持ち……。」


「森咲さんから聞いたんです。

隼人さん、店で子ども向けイベントをやったり、子どもたちから話を聞いたりしてるって。」


隼人は穏やかに頷いた。

「うん。まあ、店が出来ることなんて小さいことだけどね。」


「いえ……そういう場があるだけで救われる人もいます。

僕たちもサークルで子どもたちを支援していますが、どうしても現場はドライになります。

制度にも時間にも限界があって。」


その口調は熱があり、しかし慎重だった。

言いすぎないように、でも伝えたいことは抑えない。

隼人は少し驚いたように目を細めた。


「そういう話ができる学生、なかなかいないな。」


直也は照れたように笑った。

「僕、自分に出来ることが少ないのが悔しいんです。

でも、何もしないのはもっと嫌で……。」


隼人はグラスを拭く手を止めた。

「それ、十分だと思うよ。

出来ることの大小より、“ありたい自分”を見失わない方が大事だよ。」


隼人は時々仕事に戻るが、合間に直也と話をするのを楽しく感じていた。


四人がそれぞれ、会話を楽しむ中で時々、結衣が隼人をじっと見てはそっとため息をついているのを直也は見逃さなかった。


森咲さんに好きな人がいるって聞いてたけど……隼人さんか。


直也は結衣の様子を見て納得したが、隼人さんってちょっと普通の人じゃないしな……。

モデルか俳優と言ってもおかしくない容姿。

誰にでも優しい。

そして、咲耶さんという息の合った双子の兄妹がいる。


直也は、隼人と咲耶がごく自然に振る舞っているが、二人だけの世界を築いているのを見てしまった。


時々二人は、何気なく視線を合わせている。

お互いの存在を確かめ合うように……。


あれは……かなり手強い世界じゃないかな。

誰も簡単には踏み込めない世界ーー。


森咲さんの恋は、そう簡単には成就しない気がしてきた。

自分にも、もしかしたらチャンスがあるかもしれない。

直也はそうも思った。


最近、結衣とは同じサークル活動をする仲間という関係から少し親密になってきたのを感じている。


率直に森咲さんは、可愛いし、いつも一生懸命な人だと思う。

直也の中で結衣は、もっと仲良くなりたいと思わずにはいられない相手になってきていた。


そんな直也の心など知らない結衣は咲耶と笑い声を立てていた。


結局、結衣はフルーツタルトを頼んで美味しそうに食べている。

「このタルト、凄く美味しいですね。幸せ……。」


「結衣ちゃんもそう思う?実は私もそう思ったんだ。

やっぱり幸せを感じるためにも、たまには甘いものも食べなきゃね。」


咲耶がそう言うと結衣も「はい。」と笑顔で頷いていた。



カフェ・エスポワールは、誰もが気軽に入ってゆっくりできる場所。

色々な気持ちが交差し、答えは必ずしも出ない場所かもしれない。


でも、また足を運びたくなるそんなカフェだった。














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