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あなたの隣にいたくて

4月になり、結衣は大学生になった。

髪色を明るくして、念入りにメイクをする。

お洒落もして、カフェ・エスポワールの扉を開けた。


「いらっしゃいませ。」

隼人の優しい声が響く。


「こんにちは。」

結衣の姿を見て、隼人はちょっとだけ驚いたような顔をした。


「あれっ……結衣ちゃん?」


「はい。」


「何だか雰囲気が変わったね……一瞬誰かと思ったよ。」


「えっ、私、おかしいですか?」  


「まさか……。大人っぽくなったよ。

その髪色もよく似合ってる。」


「本当ですか?」


「うん。そこの二人掛けの席にどうぞ。」


隼人に声をかけてもらえて、結衣は夢見心地だった。

席に座るとオーダーに来る隼人を待った。


「ご注文は?」

程なくして隼人が結衣のテーブルまでやって来た。


「えぇと……今日はアイスコーヒーで。」


「かしこまりました。」

隼人はにっこり笑うとカウンターに戻った。


あの笑顔を見るだけで幸せになれる……

結衣は隼人が珈琲をドリップするのをじっと見守っていた。


「アイスコーヒー、お待たせしました。」

隼人がテーブルにアイスコーヒーを運んで来た。


「あの……隼人さん、このお店、バイトは募集してないんですか?」 


「えっ?バイト?

そうだね……忙しい時もたまにあるけど、あのInstagramを始めたばかりの頃の賑わいはちょっと収まったし。

何とか僕一人でやってるよ。」


「そうですか。……残念です。私、大学生になったから、ここでバイトしたかったんですよ。」


「そうだったんだね。ありがとう。気持ちは嬉しいよ。」


結衣は少しがっかりしたように隼人を見たが、

「いえ……大丈夫です。

これからもお客さんとして、通わせてください。」


「よろしくお願いしますね。」

隼人はまた、優しく笑った。


結衣は不意打ちの笑顔にドキッとして、顔を赤らめた。


「そういえば、結衣ちゃんは、大学は何学部なの?」


「教育学部なんです。」


「そうなんだ……何かサークルに入った?」


「はい。子ども支援サークルに……。」


結衣がそう言うなり、隼人は目を輝かせて

「良いじゃない、子ども支援サークル。頑張って。応援してる。」と嬉しそうに言った。


「ありがとうございます。」

少し驚いたように結衣はお礼を言った。


隼人が自分に興味を持ってくれただけでなく、サークル活動の応援までしてくれたーー。


結衣はアイスコーヒーを飲みながら今、隼人に言われた

言葉を脳内で反芻していた。


何度でも隼人の笑顔と一緒に思い出せる。


隼人さんは、子ども支援サークルのような場所、大切だと思っているのかな?


そう言えば、最近、大学で出会った人がいる。


同じ学部の同級生、野崎直也だ。


入学したばかりの頃、子ども支援サークルの内容に惹かれてパンフレットを受け取ると、横で同じパンフレットを手に取った男子学生がいた。


黒縁の眼鏡に柔らかい雰囲気。派手ではないが感じの良い顔立ちだった。


「興味あるの?」と先に声を掛けられて、結衣は少し驚く。


「えっ? ……まあ、ちょっと。」


「僕も。教育学部だよね? 一年?」


結衣は頷く。

「同じ。俺、野崎直也。」


そう名乗られて、結衣も慌てて名を告げる。

「森咲結衣です。」


直也はパンフレットを折りたたみながら、どこか嬉しそうに言った。


「良かった。誰も知り合いいないと入りづらいよね。新歓見に行ってみる?」


結衣は自然に「うん。」と言っていた。


サークルの活動は週一回、放課後。

子どもたちに勉強を教えたり、一緒に遊んだり。

思っていたよりエネルギーがいるが、結衣は子どもたちの笑顔が好きだった。


ある帰り道、直也がぽつりと言った。

「……子どもって強いよな。環境が大変な子もいてさ。サークル入るまで、あまりそういう子のこと知らなかったよ。」


結衣も歩きながら言う。

「うん。皆大変だろうに頑張って勉強したり、楽しそうに笑ったり……。

最初はあまり笑わなくても、打ち解けてくると笑ってくれる子もいて、嬉しくなるよね。」


「うん、そうだね。

森咲さん、俺、こういう活動を通して少しでも子どもたちの役に立ったら嬉しいなって純粋に思えるようになったんだ。

ただ、子どもたちと一緒にそこにいるってことが大事なんだよね。」

結衣は直也のその言葉を聞いて、胸の奥が温かくなった。


結衣はカフェにいながら、野崎直也のことを思い出している自分に驚いた。


直也君と隼人さんってどこか似てるのかな?

結衣は、ぼんやりと隼人の方を眺めた。


隼人は、お客さんの一人と熱心に話をしていた。

話をしているというか、その人の話に耳を傾けているという感じだった。


最初は、悩んでいて苦しそうだったその人の顔が隼人と話をするうちに段々と和んでくるーー。


隼人さんって凄いなぁ。

まるで魔法使いみたい。


隼人がふっと結衣の方に視線を移した。


「あっ、何でもないんですっ!」

結衣が思わずそう声に出すと何?という感じで首を傾げる隼人。


「心の声が隼人さんに聞こえちゃったかな。

もう、今日は帰ろうっと。」


結衣はバッグを持って唐突に立ち上がった。


「あの、お会計を。」

結衣の声に


「もう、結衣ちゃん、帰るの?気を付けてね。」

隼人が慌てたような結衣を心配するように声をかけた。


急いでカフェから出ると窓越しに隼人をそっと見る。


「ろくに隼人さんと話もできない。

私、何しにここに来ているんだろう?」

少し自分を情けなく思ってしまう。


結衣はすっかり春らしくなった日差しを浴びながら、駅を目指して歩いていた。


大人の隼人さんとまだまだ子どもの自分。

背伸びして、大人びた格好をしたって隼人さんには釣り合わないよなぁ。


ため息交じりに歩く結衣の足取りは、少し重かった。










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