木漏れ日のベンチ
もうすぐ梅雨が明けそうな7月の半ば。
大学の庭で、野崎は一人ベンチに座って缶コーヒー飲んでいた。
大きな木の下で日陰になっているとはいえ、すでに夏の暑さを感じさせる季節だ。
いつの間にか緑が濃くなり、足元には木漏れ日が揺れている。
時々吹く風が葉を鳴らし、頬を撫でていく。
野崎は目の前を行き交う学生たちをぼんやりと見ながら、この間のカフェ・エスポワールでのイベントを思い出していた。
森咲さんは、隼人さんをしょっ中目で追っていたな--
隼人さんは、そんな森咲さんを全く意識していないみたいだったけれど。
俺は森咲さんの隼人さんに向ける熱い視線が気になってしまった。
森咲さんに告白した時にいくらでも待つとは言ったものの……
相変わらず、彼女からは何の返事もないし。
コーヒーをひと口飲んだ後、野崎は深いため息をついた。
やっぱり俺じゃ魅力ないよな。
諦めた方が良いのかもしれない。
ついつい、意識する余り森咲さんには素っ気ない態度をとってしまうし、これじゃ好かれるはずもない。
野崎が悶々としていると……
結衣が校舎から出て来て野崎が一人で座っているのに気が付いた。
少し躊躇ったが、結衣は野崎の側まで歩いてきた。
「野崎君。」
「えっ?」
野崎が顔を上げた。
「一人で黄昏てるみたいに見えるけど……。」
「いや、別に。」
「隣、良い?」
「あっ、うん。」
少し野崎が横にずれて、結衣が隣に座った。
野崎は結衣の方を見ようとしない。
結衣は、野崎の横顔を見ながらしばらく黙っていたが……
決心したように話しかけた。
「ねぇ、野崎君。最近、全然話しかけてくれないね。」
「そんなつもりはないけど。」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「その缶コーヒー、美味しかった?」
「う……ん。まぁ。」
「また、隼人さんのお店に行って珈琲淹れてもらおうよ。
あそこの珈琲は、やっぱり美味しいからさ。」
「森咲さん、一人で行って来たら。」
「何、それ。私、何かした?
野崎君が怒るようなこと……。」
しばし沈黙が流れ、野崎がやっと重い口を開いた。
「俺、隼人さんに夢中になっている森咲さん、見たくないからさ。」
「えっ?」
結衣はそれ以上、野崎に何も言えなかったが……
それってもしかして嫉妬?と心の中で呟いた。
「俺、格好悪いよな。ちっちゃい奴で。」
「そんな風には思わないよ。私……隼人さんのこと好きだけれど、今では憧れみたいな存在なんだ。
遠くから見てるだけで良いし、たまに話ができたらそれで良いの。」
「そう……なの?」
「うん。」
「隼人さんと付き合わなくて、良いの?」
初めて野崎は、結衣を見た。
「だって、隼人さんは私にそんな気持ち持ってないもの。」
「でも、エプロン渡したんだろ?
この間、隼人さん、そのエプロン着てたし。」
「隼人さんは、優しいからね。気を遣ってくれてるのよ。」
結衣は少し笑って言った。
野崎は何とも言えない気持ちになった。
森咲さんは、一生懸命自分の気持ちを抑えている。
ここは、慰めるべきか?
「あ、あのさぁ。森咲さん、大丈夫なの?」
「私はもう、大丈夫。それより、野崎君に無視されたり、冷たくされる方が嫌だよ。」
結衣はちょっぴり睨むように野崎を見た。
「無視だなんて……そんなつもりなかったんだ。
ただ、何だか自分に自信もなくて。」
「カフェでのイベントの時、野崎君が子どもたちに優しく接していたり、甲斐甲斐しく仕事をしているのを見て、私、感心したんだよ。」
「えっ?俺に……感心した?」
「うん、格好良かったよ、野崎君。」
「俺が?」
「そう、野崎君が。
ずっと野崎君に私、返事してなかったけど……友だちからお願いできますか?」
「友だちって、もう、俺たち、友だちだよね。」
「うん、まぁ、そうだけど。
急に付き合うって感じでもないというか……。
うまく言えないけど、野崎君が気になるから、もっとよく知りたいと思ったんだ。」
野崎は結衣の言葉に思わず吹き出してしまった。
「おかしいかな、私?」
結衣が心配そうに野崎の顔を覗き込んだ。
「いや……。正直だよね、森咲さんは。」
「正直?」
「うん。だから、信用できる。」
「そう?」
「じゃあ、友だちから、お願いします。」
野崎は結衣に頭を下げた。
「こ、こちらこそ。」
結衣も頭を下げて、二人は同時に顔を上げた。
目が合ってお互い、何だか可笑しくなって笑い出した。
「友だちなら、これからは結衣ちゃんって呼ぶよ。
俺は直也で良いから。」
「あぁ、そうだね。直……也君。」
「うん、じゃあ、早速一緒に学食にでも行く?
昼ごはん、まだだよね。」
「うん。」
二人はベンチから立ち上がった。
明るい日差しの中、二人は並んで校舎に向かって歩き出した。
空には、真っ白な雲がゆったりと流れている。
これから、二人の夏が始まろうとしていた。
期待半分、不安半分--。
結衣も野崎もまだ慣れない自分たちの関係に少し戸惑いながら……
それでも一緒に歩いていくことを決めたのである。




