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バレンタインデー

その朝、隼人はいつものようにカフェを開ける準備をしていた。

床を拭いた後、机の上に上がっていた椅子を下ろす。


店内のテーブルを丁寧に拭き上げた後、小さな花を生けた一輪挿しを置いていく。

隼人は、咲耶に言われて、最近では店内に花を飾るようにしていた。

今日の花は、淡いピンク色のラナンキュラス。

幾重にも重なった花弁は、丸みを帯びたシルエットで、とても愛らしかった。


カウンターに立って何気なく、窓の外を行き交う人を見ていたが……。

店の前を行ったり来たりしている少女がいるのに気がついた。

少女と言っても高校生ぐらいだろうか?


隼人は気になって店の扉を開いた。

「あの……何かご用ですか?」


「えっ!」

少女はびっくりしたように小さく声をあげた。

手には小さな紙袋を持っていた。

ブルーのダッフルコートに白いマフラーをしている。

肩まで伸ばした黒髪はサラサラとしていて、時折吹く風になびいていた。


「あっ、あの……これを……。」

彼女は紙袋を隼人に差し出した。


「えっ、僕に?」 


隼人は躊躇いつつ、その紙袋を受け取った。


「良かったら、食べてください。

チョコレートです。

店長さん……私のことを覚えていますか?」


隼人はしばらく彼女を見つめていたがふっと思い出したように口を開いた。

「あぁ……いつかお店に来てくれましたよね。

その時は確か制服を着ていたから、今日とは雰囲気が違っていて……。」


「はい。私、あの時すごく落ち込んでいたんです。

でも、店長さんの淹れてくれたカフェオレを飲んで温まりました。

体だけじゃなくて心まで。」


「そうだったんですね。それは、良かったです。」

優しく微笑む隼人。


隼人の笑顔を眩しそうに眺めていた女性は、

「私……森咲結衣って言います。

店長さんは?」


「僕は、竹村隼人です。」


「隼人さん……。」

胸がいっぱいという顔をして、隼人を見上げた結衣。


「私……この春から大学生なんです。

大学、ここから近いから、また来ますね。」


「そうなの。大学生か、おめでとう。」


「じゃあ、失礼します。」

お辞儀をすると急いで後ろを向き、足早に結衣は歩き出した。


「ありがとう、チョコレート。」

結衣の背中に隼人は声をかけ、小さく手を振った。


隼人の声に振り向いた結衣は、軽く会釈し、少し恥ずかしそうに俯いてまた、歩き出す。


遠ざかる結衣を見送った後、隼人は紙袋を持って店に入った。


「チョコレートか……。

ん?今日ってバレンタイン?」

隼人はそう呟きながら、カウンターに置いた小さなカレンダーを確かめた。


今日は、2月14日、バレンタインデーだった。


忙しくて忘れていたな……。

チョコなんてもらうのいつぶりだろう?

高校や大学の時はよくこういうことあったけど……。

あぁ、毎年咲耶と母さんからはもらってたか。


隼人はぼんやりと今までのことを思い出し、チョコの入った紙袋をカウンター内にある棚の上に置いた。

そのまま数時間、紙袋はそこに置かれたままだった。


夜になり、そろそろカフェを閉めようかと思っていた矢先、扉が開いた。


今頃誰かと思ったら、勇太だった。

「隼人、悪い、一杯だけ飲ませて。」


「う~ん、もう店を閉めるとこだったんだけどな。

まっ、いいよ。そこに座って。」

隼人はカウンター席に勇太を座らせた。


「ごめんな~。今日、土曜だけど部活の指導があってさ……。

すんごく疲れちゃった。

濃い珈琲もらえる?」


「わかった。ちょっと時間がかかるけど待ってて。」


隼人は深煎りの豆を選び、時間をかけて珈琲を淹れた。


「どうぞ。」

勇太の前に珈琲カップを置く。


勇太は一口飲むなり

「う~っ、これはたまらなく旨いな。」

と唸った。


「良かった。」

隼人が満足げに勇太を見る。


珈琲を飲みながら、勇太は隼人が立つ後ろの棚に小さな紙袋が置かれているのを見つけた。


「それ……もしかしてチョコ?」


「えっ?」

隼人が振り向いて袋を見てから

「そう。」と言って頷いた。


「誰から?」


「お客さんだよ。」


「どんな?」


「どんなって……高校生の女の子。」


「えっ、高校生?そんなに若い子なんだ。」


「別に……ただのお客さんだよ。

いつかここに来た時のお礼みたいなもの?」


「お礼って何の?」 


「何か落ち込んでいる時に飲んだカフェオレが美味しかったって言ってたよ。

開店前に渡しに来てくれたんだ。」


「隼人……その子、お前のこと好きだぞ。」


「えっ、まさか。」


「いや、絶対そうだって。」


「あんな若い子が俺になんて興味あるわけないよ。」

隼人は苦笑しながら言う。


「お前さぁ、イケメンなんだから、年の差なんて関係なくもてると思うけどな……。」


「ないない。」

隼人は笑いながら、たまった洗い物を始めた。


「そういえば、アップルパイが一つ残ってたから食べる?」

隼人の問いに


「食べる、食べる」と嬉しそうに勇太が答えた。


アップルパイを食べながら

「ねっ、その子の名前聞いた?」

と勇太がまた、少女のことを聞き始めた。


「えっと……結衣ちゃんだったかな。」


「へぇ。結衣ちゃんね。

可愛いんだろうな~。」


「興味あるの?勇太はその子に……。」


隼人に聞かれて

「な、ないよ。そんなことあるはずないでしょ。

佐織に殺されちゃうよ。女子高生に興味あるなんて知れたら……。」 

と真面目な顔で勇太は訴えた。


「お前、殺されるってなんだよ。オーバーだな。」

隼人がくすくすと笑っている。


「マジで、あいつを怒らせたら怖いからな。」

勇太は、少し顔を曇らせて小声で囁く。


「お前さぁ、やっぱり無自覚イケメンなんだな。

好きな子とかいないの?」


「好きな子?

別にいないなぁ……。」

隼人は興味なさそうに答える。


「佐織が言ってたけど、咲耶も仕事が恋人だそうだ。」

 

「そうなの?」


隼人は洗い物をしていた手を止めて顔を上げた。


「咲耶には、俺は幸せになってもらいたいけどなぁ。」


「お前なぁ、お前だって幸せにならなきゃだろ?」

そう言いながら、隼人の方を真っ直ぐに見つめる勇太。


「俺は幸せだよ。このカフェがあるし。」

隼人はそう言うとぐるっとカフェを見渡した。


「あっそう。

ちょっとその袋取って。」


勇太が手を伸ばしたので、隼人は濡れた手を布巾で拭い、結衣からもらった袋を勇太に手渡した。


「隼人はずっと放置しそうだから、俺が代わりに中味を見てやるよ。」


袋からは、綺麗なリボンがかかった小さな箱が出てきた。

箱の中には手作りのチョコがいくつか入っている。


「これ、手作りじゃん。カードも入ってるし……。

ますます、結衣ちゃんはお前に本気だってことがわかったぞっ!」


「そうなの?

ホワイトデーに何かお返ししなきゃかな?」

隼人が驚いたように勇太に言う。


「そりゃそうでしょ。」


「う~ん。これは、困ったね。」

隼人が腕組をし、首を傾げている。


「困ったねって……。

これだから、無自覚イケメンは手におえないよ。

昔っから隼人目当ての女子がバレンタインの日は教室に集まってきて、俺、その子たちにお前を呼び出してくれって頼まれて大変だったんだからな。」


「そうだったの?」

隼人がキョトンとして勇太を見ている。


「隼人って……何と言うのか……。

もしかして、天然なの?」


「天然って……何だよ、それ?」

隼人はまた、一人で笑い出した。


「俺、もう帰るからな。」

勇太がしまいには、呆れて怒り始めた。


 

二人のバレンタインデーの夜は更けていくーー。









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